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HPがPRINT 2.0で提唱するプリントしないという選択




 プリントすればするほどプリンタベンダは儲かる。インクやトナーといった消耗品の売り上げで、売れたあとの本体のコストを追加回収するビジネスモデルでは、できるだけたくさん印刷してもらわなければ話にならない。だが、そういうことを言っている時代ではないようだ。

●グリーンプリントが地球を救う

 HPは、世界最大のシェアを持つプリンタベンダーだ。そのHPが、アジア太平洋地域におけるビジネスプランと新製品の発表のために、上海市内でプレス向けのイベントを開催した。そこでは、Print2.0をキーワードに、さまざまなコンセプトが紹介されたが、驚いたことに、時間の多くがグリーンITの説明に費やされた。

 映画版のドラえもんまでもがグリーンをテーマにストーリーを展開するのが今のトレンドだ。IT業界も地球環境保護を軽視するわけにいくはずもない。あのIntelだって、パワーあたりの演算性能に躍起になっている。世界一のITベンダーとしては、HPも、売れて儲かればそれでよしというわけにはいかないようだ。

 たとえば、深夜と週末にプリンタをスタンバイ状態に設定することで、66%の電力を削減することができるという。また、Fortune 500企業が、文書を両面印刷するようになれば、1年に700トンの紙を節約できるという。さらに、今、トナーカートリッジの5本のうち4本がリサイクルされずに捨てられているらしい。

 身の回りのグリーンの実情なんて、こんなものだ。おそらくは、読者諸氏の職場も似たようなものではないだろうか。プリントアウトしたことを忘れて排紙トレイに大量の書類が残っていたり、出力がちょっと気に入らないからと、その場で捨ててやり直すなど、誰にでも心当たりがあるんじゃないだろうか。それに、放置されたプリントはセキュリティ的にも問題がある。紙による情報漏洩は漏洩全体の40%を超えるという調査もあるくらいだ。

●パーソナルアゲインはマーケティングキーワード

 Print2.0は、多様化する顧客ニーズに応え、新たなプリンティングサービスモデルを構築しようとするHPの戦略だ。そして、そこには、新たなサービスを提供するとともに、グリーンを強調し、環境にやさしいITとして、その最適化に貢献することがもくろまれている。

 多くの企業は、ネットワークに接続されたコンピュータに関しては、その管理体制を確固たるものにしようと、あらゆるソリューションを駆使している。だが、ことプリントとなると、かなり軽視されているというのが現状だそうだ。驚いたことに、ほとんどの企業がプリントコストを勘定していないともいう。そもそも、プリントコストにおけるハードウェアコストはたいした割合を占めない。つまり、コストを削減するには、ハードウェア以外のところを気にしなければならないわけだ。

 かつて、プリンタは、IT環境の構築の中で、もっとも後になって考えられる出力周辺機器にすぎなかった。だが、プリンタがネットワークにつながるようになり、少し事情が変わってきた。コンピュータと同じように、管理しなければ収集がつかない存在になってきているのだ。ちなみに、アジアパシフィックの新興地域は、欧米と違い、ITレガシーがないため、最新鋭の環境を構築するのは、比較的たやすいともいう。

 今、HPが熱心にやろうとしているのは、管理されたプリント環境の提供というソリューションだ。つまり、かつてのIBMがそうしたように、ソフトやハードではなく、サービスを提供する企業になろうとしているととっていいかもしれない。HPはプリンタだけではなく、世界一のITベンダーとして、サーバーからワークステーション、PC、モバイルまでを網羅する巨大企業だ。それらをソリューションとして組み合わせることで、新たな環境を作りだすことに熱心なのはごく自然な成り行きだ。。

 米Hewlett-Packard Companyイメージング・プリンティング・グループ(IPG)のグローバル・エンタープライズ・ビジネス担当上級副社長、Bruce Dahlgren氏は、アナログからデジタルへのシフトが起こっている今ではあるが、実際にはプリントが増えていることを指摘、出力先として、紙以外に、ネットワークやストレージなどでサポートできるのが同社の強みであるとアピールする。

 HPには、PCやシンクライアント、ブレードなどを担当するパーソナル・システムズ・グループ(PSG)や、各種サービスを担当するテクノロジーソリューショングループといったビジネスユニットがあるが、今後は、各グループの連携体制がいっそう強化されていくのではないかとDahlgrenはいう。実際、現在も、エンタープライズ向けの事案では、計画の策定段階で、すべてのグループのメンバーがプロジェクトに参加するという。

 ちなみに、今、PSGでは「Computer is Personal Again」というスローガンを掲げているが「あれは、単なるマーケティングキーワードだ」とDahlgren氏は苦笑する。コンピュータがこれまでたどってきたのと同様に、その足跡をプリンタが追いかけ、エンタープライズITの管理下に入っていくのは当然の結末ということだった。

●期待される新たな出力デバイス

 プリントのテクノロジーそのものの進化は、今、足踏み状態にあるといってよさそうだ。低温で溶けるトナーが開発されたり、プリンタそのもののインスタントオンテクノロジーによって、グリーンのための貢献はしてはいるが、何よりも重要なのは、プリントをする人々の意識を変えることだし、それができないのなら、プリントポリシーなどをIT的に策定し、プリントさせない、あるいはしないといったソリューションを強制するしかない。

 たとえば、あるワークグループは両面印刷しかできないとか、カラー印刷を禁止するといったポリシーを、業務ごとに適用していくわけだ。こうした積み重ねが、グリーンに大きく貢献することになる。HPとしては、エンタープライズ顧客に介入し、最適なプリント環境をコンサルティングして構築するサービスの提供を主幹ビジネスにしたがっているようだ。その結果、納入されるプリンタの数が大幅に減ることになっても、それはかまわないのだという。

 だが、常に「Invent(発明)」をアピールするベンダーなのだから、技術の進化によるグリーン貢献にも期待したいところだ。プリント済みの用紙に重ねて印刷すると、前のプリントが消えて、新たなプリントができる用紙の開発といったことも実現してほしいし、紙に固執するのではなく、紙に印刷するよりも読みやすい表示デバイスなども考えて欲しいものだ。

 液晶ディスプレイが自発光して表示する仕組みになっている以上、反射光で視認する印刷よりも目の疲れという点では不利だ。でも、普段使っているディスプレイのほかに、書類閲覧専用の縦型ディスプレイがあればどうだろう。反応速度は犠牲にしても、反射型で目に優しく、低消費電力なものがいい。印刷された紙の束を、パラパラとめくるようにして全体を把握できるような行為を、電子的に成立させることはできないものだろうか。まさにブラウズである。それさえできるのなら、紙よりも電子化された書類のほうが圧倒的に便利でグリーンなのだ。今後は、出力先として紙だけに注目するのではなく、もっと広範な視点も期待したいところだ。

□関連記事
【2007年6月1日】米HP、プリンタ分野の新イニシアティブ「Print 2.0」を発表(Enterprise)
http://enterprise.watch.impress.co.jp/cda/foreign/2007/06/01/10411.html

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(2008年4月25日)

[Reported by 山田祥平]


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