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WiiWareで非ゲームアプリを呼び込むWii新戦略




●本体は記録的な売れ行きだがゲームアタッチ率が低いWii

任天堂「Wii」

 任天堂のゲーム機「Wii」は、最速で2,000万台の出荷を達成した。その成功の秘訣は、任天堂自身が説明するように、まず最初にカジュアルゲーマー層をターゲットにしたことにある。ハードウェアゲーマーにアピールして、それから周辺のカジュアル層に広げるという従来のゲーム機の定石を崩した。定石通りに展開していたXbox 360は、1年先行していたにもかかわらず、Wiiが2,000万台に達した昨年(2007年)末の時点で1,770万台と、出荷台数でWiiに抜き去られてしまった。

 しかし、おそらく任天堂の首脳部は、この成功を手放しでは喜んでいないだろう。どころか、危機感を持っているかもしれない。なぜなら、Wii戦略の第2ステップに当たる、Wiiにユーザーを定着させる部分が、明らかに追いついていないからだ。

 Wiiは直観的な操作のコントローラという、わかりやすさと期待感で、新しいユーザーを引き込むことに成功した。Wiiで掘り起こした新ユーザーの多くは、従来ゲームをしていなかったか、ゲームから離れて久しかった層。コアゲーマー層のように、黙っていてもゲームをどんどん買って、ゲーム機を稼働させるユーザーではない。そのため、新ユーザー層をWiiに定着させ、Wiiを毎日起動し、Wiiのコンテンツを継続して利用させるための新しい方策が必要になる。それに失敗すると、Wii旋風は一過性のものとなり、中途で失速し、Wiiの大半は家庭でホコリをかぶってしまうことになりかねない。

 ゲーム機のアクティブ度の指標は、タイトルアタッチ率(ゲーム機1台当たり売れているゲームタイトル数)だ。Microsoftが3月10日に発表したリリースによると、WiiはXbox 360と対照的に、アタッチ率が高くない。Microsoftによると、ヨーロッパ地区のアタッチ率は、Xbox 360が7.0本に対して、PLAYSTATION 3(PS3)が3.8本、Wiiが3.5本という。ライバル側の示している数字ではあるが、Wiiのアタッチ率がXbox 360より低いこと自体は、ゲーム業界では周知の事実だ。

●ゲーム機の稼働時間を増やすことが今回のテーマ

 もともと、ゲーム機は最も売れるハードのアタッチ率が相対的に低く、2番手以下のハードの方がアタッチ率が高くなる傾向が強い。これは、1番手のハードでは、カジュアル層が相対的に増えるためだ。コア層に固まる2番手の方がアタッチ率が高くなりがちで、珍しい現象ではない。だが今回の場合、アクティブ度が低いことは、かなり悪い兆候だ。

 というのは、3社とも、今回はゲーム機の稼働時間を増やすことが、戦略の重要なポイントとなっているからだ。ゲームプレイ時間以外は電源を投入されず、ともすれば何カ月も起動されない、そういった従来ゲーム機の状況から脱することが、各ベンダーの共通した目標となっている。TVのように、常に起動されるマシンになることが初期目標で、それが、次のより大きな戦略への足がかりとなる。そのため、今世代では、最も売れるゲーム機になるだけでなく、最も稼働するマシンにもならなければ、真の意味での勝者になれない。

 アタッチ率は、従来型のゲームプレイの稼働時間の目安であって、従来型ゲーム以外の付加価値をつけた今世代のゲーム機の稼働率を完全には示してはいない。しかし、不吉な兆候であることは間違いがない。

 問題の1つは、Wiiで掘り起こした新ユーザーが従来型のゲームをどんどん買うようになるかどうか、そこに疑問があることだ。新ユーザーの開拓に成功したニンテンドーDSの成功方程式を当てはめるなら、従来はゲームの範疇に入らなかった、新しいアプリケーションがWiiにも必要になる。DSの場合、『脳トレ(脳を鍛える大人のDSトレーニング)』が起爆剤となり、実用とゲームの間のあいまいな領域のアプリケーションを花開かせた。

 ゲーム会社を自認する任天堂は、こうしたケースでも、決して“非ゲームアプリ”といった表現はしない。従来ゲームでなかったものを、ゲームの範疇に取り込んだ、といったニュアンスの表現をする。しかし、実態としてやっていることは、非ゲームアプリを、ゲーム機に取り込むことだ。同様の新要素が、プラットフォームとしてのWiiの成功に必須となる。

●ゲーム機に触ってもらうためのアプリケーション&サービス

 任天堂は、2月に米サンフランシスコで開催されたGDC(Game Developers Conference)で、そうした課題について、社内にプロジェクトチームを作って取り組んだことを明らかにした。「Wii本体機能具体化プロジェクト(Console Feature Realization Project)」と呼ばれるこのプロジェクトでは、家族全員に受け入れられるマシンとして、本体にどんなアプリケーションを実装すればいいかが大きなテーマとして扱われたという。その結果、まずニュースと天気予報が挙げられた。

任天堂の青山敬氏

 「それまでのゲーム機なら、親はゲーム機の電源を切りなさいと子どもに言う。しかし、ニュースと天気予報があれば、朝、親が子どもにゲーム機の電源を入れておいてねと言ってくれる」とGDCで講演を行なった任天堂の青山敬氏は説明した。

 その結果、Wiiでは無料のネットワーク経由のプッシュ型ニュースと天気予報サービスが提供されることになった。もちろん、任天堂もニュースと天気予報で充分と考えたわけではない。GDCでは、家族全員に触ってもらうためには、多くのアプリケーションを揃えることが必要だという結論に達したと説明された。そして、多くのアプリを整理して表示するユーザーインターフェイス(UI)として、現在のWiiのメニュー型のインターフェイス「Wii Menu」が考案されたという。

 Wiiでは、アプリは、Wii Menuの上のWiiチャンネルとして扱われる。TVチャンネルのメタファーで、ゲームコンテンツもチャンネルの1つに見える。従来のゲーム機は、ディスクメディアでしかアプリケーションは提供されなかった。ゲーム機本体には、簡単なブートローダが載っているだけだった。しかし今世代ゲーム機では、各社とも本体にOSがあり、その上にアプリケーションやユーティリティが載せられている。アプリは、本体内蔵のストレージから起動する。Wiiの場合は、そのアプリ群が、Wii Menu上のチャンネルとして見えるようになっている。

 そして、Wiiチャンネルコンテンツの主体は、ネットワークと連動するサービスで、多くはアプリ本体のプログラムもネットワークからダウンロードする。任天堂が、ダウンロードコンテンツを次々に開発して提供して、Wiiチャンネルが充実し、家庭でのWii稼働率がますます高まるというのがシナリオだった。

 任天堂の戦略の矛盾点はここにある。任天堂は、ゲーム機をより多くの層に触ってもらうためには、従来型のディスクメディアのゲームだけでなく、多くのアプリを本体に揃える(またはインストールできる)必要があると当初から認識していた。にもかかわらず、1年と1四半期で揃えられたチャンネルは、TVガイドや投票、Miiコンテストなどでまだ少ない。ディスクコンテンツから本体にインストールできるチャンネルも、『Wii Fit』でようやく実現したところ。Wii本体機能具体化プロジェクトで構想していた、多くのチャンネルが画面に並び、そこから、家族の各人がアプリを選んで楽しむという構図には、まだ遠い。

GDCで行なわれた任天堂によるWii本体機能具体化プロジェクトの説明を元に作成したチャート。英語がぎこちないのは、元の任天堂の英語表現によるもの
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●リソースに限界がある任天堂本体

 Wiiチャンネル戦略の遅滞の原因は明瞭ではない。しかし、おぼろげに見えてくるのは任天堂のリソースの不足だ。任天堂は、Wii向けにマリオやゼルダのような従来型ゲームも開発し続け、Wii Fitのようなディスクメディアベースの新ゲームも創造し、ネットワーク経由のWiiチャンネルコンテンツも開拓しなければならない。それも、Wii本体のシステムソフトウェアのメンテナンスと拡張、互換性検証を行ないながらだ。従来のゲーム機と較べると、Wiiでは本体システムソフトの維持開発や互換性検証の負担もはるかに大きくなっているはずだ。リソースを大幅に増やさない限り、これら全てをまかなうことはできないが、そうした対応は日本企業が苦手とするものだ。

 また任天堂は、企業としては、どうしても直接カネになる部分にリソースを割くことになるだろう。そうすると、直接の収入にならないタイプのWiiチャンネルアプリケーションにはリソースを割きにくい。それでも、本体の売れ行きが鈍っていれば、本体の付加価値を増すためにWiiチャンネルアプリにも力を入れるかもしれないが、本体が売れまくっている時には力を入れにくい。

 そうなると、次の手として考えられるのは、ダウンロード型Wiiチャンネルアプリを、他社にもオープン化することだ。任天堂以外のベンダーに、ダウンロード型アプリを開発してもらい、それをWiiチャンネルとして提供する。

 しかし、そうなるとサードパーティがダウンロード型モデルでビジネスができなくてはならない。そのためには、無料のダウンロード型Wiiチャンネルコンテンツに、有料のモデルを定着させなくてはならない。これまでも、旧世代ゲーム機のゲームは、Wiiに対して有料でダウンロード販売(バーチャルコンソール)をしているが、そうしたモデルを広げる必要がある。

●他業種によるWiiコンテンツ&サービスの道を開くWiiWare

 こうした状況で、任天堂がWii戦略の次の手として打って来たのが『WiiWare』だ。WiiWareは、ダウンロード型の有料Wiiアプリカテゴリの名称だ。簡単に言えば、Wiiに対するダウンロードコンテンツとネットワーク経由のサービスでビジネスができるプラットフォームを作るという話だ。

 WiiWareとして、現在のところ見えているのはWii向けのゲームコンテンツだ。しかし、任天堂の本来の目的や、Wii本体機能具体化プロジェクトでの検討内容を考えれば、それで終わらないことは明らかだ。

 Wiiに対して、ゲームと非ゲームの両方にまたがる、多種多様なコンテンツやサービスを、任天堂以外のベンダーが提供できる土台を作る。任天堂1社ではまかない切れない、さまざまなサービスやアイデアをWiiチャンネルにもたらす。それによって、従来はゲームの範疇に入らなかったものも含めた、新しい種類のコンテンツを開拓し、Wiiユーザーの定着とアクティブ化を図る。それがWiiWareとニンテンドーWi-Fiコネクション有料サービスの真の狙いだろう。

GDCで行なわれた任天堂によるWiiWareの説明を元に作成したチャート。英語がぎこちないのは、元の任天堂の英語表現によるもの
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 もっとも任天堂は、GDCではそうしたWiiWareの狙いについては、高らかに謳うのではなく、かなり慎重な表現をしていた。理由は明瞭で、ディスクメディアベースのゲームビジネスを主軸としている、ゲーム会社を刺激しないようにするためだ。WiiWareの説明でも、ダウンロード販売は従来のパッケージ販売を補間するものであり、パッケージ販売に代わるものではないと、強調した。

 しかし、慎重な表現であっても目的は明瞭だ。青山氏は次のように説明した。

 「WiiWareには、価格設定の自由度が大きい、在庫の制約がない、ネットワークとの親和性がよいなどの特徴がある。このことは、従来のパッケージビジネスでは障壁が高く、なかなか実現できなかった、ゲーム以外のビジネスの可能性を秘めていることを表している。

 しかし、任天堂がそういったビジネスを単独で行なえるものではない。任天堂にはリソースやノウハウなどに限界があり、自身では幅広くビジネスを展開することはできない。一方で、WiiWareでは、他業種の方が参入していただき、ビジネス展開をされることも現実的になっている。Wiiは色々なものをたくさん詰めることができるマシンで、そうしたこと(他業種のビジネス)に対しても親和性の高いマシンだ」。

 整理すると次のようになる。任天堂は、Wiiについては、当初から家庭で家族全員が触る、稼働率の高いマシンを目指した。そのために何が必要かをプロジェクトチームで検討し、ニュースや天気予報から始まって、ネットワーク経由での多彩なサービスやコンテンツを提供することが重要だと結論づけた。しかし実際には、任天堂1社ではリソースやノウハウの制約から、構想していたようなサービスやコンテンツをまかなうことができない。そこで、Wiiに対して、非ゲーム会社を含めた他社がビジネスできる枠組みを設けることにした。

 任天堂は、このプレゼンテーションの最後で、WiiWareのライセンシーの募集を呼びかけ、ライセンス窓口のメールアドレスを公開した。ゲームに詳しいライターの小野憲史氏は「ここでメールアドレスを公開するというのが、今まで、任天堂がやって来なかったこと」と指摘する。今回のWiiWareで、任天堂のオープン度が前進したことが、こうした部分からも伺える。

 門戸を開け、他業種も含めて多くのコンテンツ&サービス提供者を集める。それが、任天堂の新戦略だ。任天堂も、限定された範囲ではあるが、PCの発展の図式を取り入れようとしていることがわかる。つまり、サードパーティのソフトウェアやサービスが花開くことで、プラットフォームが繁栄するという図式だ。

 この戦略が成功するかどうかは、任天堂が本当にどれだけ門戸を開くことができるかどうかにかかっている。言い換えれば、Wiiにユーザーを定着させ、真に家庭に融け込んだマシンにするというWiiの本当の目的を達成できるかどうかは、任天堂がオープンに変身できるかどうかにかかっている。

●Wiiのハードの弱点は内蔵ストレージの容量

 こうした戦略を遂行する上で、現行のWiiハードウェアの難点の1つは、ローカルストレージであるNANDフラッシュの容量が少ないこと。512MBと限られた量しか搭載されていない。この問題は、任天堂がWiiWareのようなコンテンツ配信を拡充すればするほど障壁となる。

 もちろん、そのために任天堂はWiiWareコンテンツの容量を制約したり、起動時に自動解凍するプログラムファイル圧縮機能を実装したり、内蔵フラッシュからSDフラッシュメモリカードへのコンテンツ待避をサポートしたり、削除したコンテンツの再ダウンロードが可能なようにしている。だが、いずれも根本的な解決ではなく、Wiiのローカルストレージの制約は大きい。

 しかし、WiiがローカルストレージにNANDフラッシュを選んだこと自体に問題があるわけではない。NANDフラッシュは現在、1年から1年3カ月で倍々のペースで容量を増大しつつある。そのため、任天堂はコストはそのままで、ストレージの容量を倍増させて行くことができる。

 Wiiの発売前、部材調達時に最もビット当たりの単価が安かったNANDフラッシュチップは4Gbits(512MB)品だった。だから、コストセンシティブなWiiのストレージは512MBだったと推測される。しかし、発売から2年目の今年(2008年)は、NANDでビット単価が最も安いチップは16Gbits(2GB)品だ。512MBと同じコストで2GBが載せられることになる。4Gbits品の価格はほぼ下げ止まっているため、16Gbits品に切り替えても4倍のコストにならない。16Gbits品をサポートするには、NANDコントローラ側の制御ロジックを変更する必要があるが、Wiiほど量が出ていれば充分コスト面で見合うだろう。

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【3月6日】【海外】Wii開発の鍵となるコンセプト「プッシュサービス」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0306/kaigai424.htm
【3月11日】任天堂、「Wiiウェア」のサービス提供を3月25日開始(GAME)
http://www.watch.impress.co.jp/game/docs/20080311/wii.htm
【2月23日】【GDC2008】任天堂の青山氏、Wiiメニューの進化の経緯を紹介(GAME)
http://www.watch.impress.co.jp/game/docs/20080223/wii.htm

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(2008年3月14日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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