9月から秋冬モデルが投入された国内PC市場だが、その勢いはいまひとつだ。 BCNが発表した量販店における2007年9月のPC販売台数は、前年同月比8.9%減のマイナス成長。店頭市場全体の7割を占めるノートPCは、Windows Vista発売以降、前年実績を上回る形で推移してきたが、9月には0.2%減と、Vista発売以来初の前年割れとなった。デスクトップPCに至っては、25.5%減と、前年同月の4分の3の売れ行きに留まっている。 数字以上に事態は深刻だ。 昨年(2006年)秋は、すでにVista発売前の買い控えが始まっていた時期。分母となる前年実績は、その前年に比べて20%前後のマイナス成長となっていたのだから、今年(2007年)9月の落ち込みは、それに輪をかけたものとなる。業界では、少なくともプラス成長は確実と読んでいただけに、ショックは隠せない。 Vista発売から3四半期(9カ月)を経過したものの、その効果が依然として需要拡大につながらないのだ。
●Vista戦略を転換するマイクロソフト マイクロソフトでは、今年秋から施策を大きく転換する。 「Vistaで何ができるかを提案しきれていなかった反省がある。それがWindows XPのままでいい、という状況を生み出している。今年秋からは、いくつかの具体的な利用シーンを想定したシナリオを提案し、実際に体験してもらうことに力を注ぐ」と、マイクロソフト 眞柄泰利執行役専務は語る。 同社では、年末商戦に向けて「チャレンジ! デジタルライフ2008」と銘打ったキャンペーンを開始する。 「すごいね、それ」を、「すごいでしょ、これ」に変えることを目指すという同キャンペーンは、これまでVistaを遠くから眺めていたユーザーに対して、自ら所有してもらって、Vistaの良さを体感してもらうのが狙いだ。
それを加速させるために、11月1日からは、量販店店頭において、サードパーティの製品などと組み合わせた展示を開始。店頭には、Windows Vista認定マイスターを配置して、利用シーンからの提案を行なえる体制を確立する。 「最新のデジタルライフを、この冬、お手元にお届けしたい」と、眞柄執行役専務は語る。 先頃、開催されたCEATEC JAPAN 2007の基調講演に登壇した眞柄執行役専務は、得意とするPowerPointを極力使用しないで講演を進めた。その代わりに、「いま現在、実現できるものをみなさんにお見せしたい」とし、Vistaによって実現される数々のサービスをデモンストレーションしてみせた。
多くのデジタル機器が運び込まれた壇上では、さまざまな形でのVistaとの連動シーンが公開され、聴講者が高い関心を寄せたのは成果だったといえよう。 一方、ウィンドウズ デジタルライフスタイル コンソーシアムを立ち上げたのも、同様に、具体的な利用シーンの提案を想定したものだ。 同コンソーシアムは、11月に正式にスタートするが、すでに富士通、NEC、シャープ、東芝が早期賛同パートナーとして名乗りをあげており、今後、デジタルライフスタイルの提案シナリオの開発や、プロモーション展開、需要の喚起などへの取り組みを、参加企業が共同で行なっていくことになる。 マイクロソフトが、Vista普及に向けて、もう一歩踏み込んだ施策に乗り出すというわけだ。 ●国内PC産業の空白の5年とは 実は、日本のPC市場はここ5年間、空白の期間を過ごしてきた。 それは、過去の出荷統計と比較してみると一目瞭然だ。 過去に発表された調査会社の統計数字には若干の差があるが、日本国内におけるPCの年間出荷台数は、2001年には、1,350万台前後であったものが、2006年実績でも1,400万台前後。この5年間、市場規模はほとんど変わらないことがわかる。しかも、2000年実績が、2001年よりも市場規模が大きかったことを考えると、2000年からは、むしろ市場が縮小しているともいえるのだ。 では、米国市場はどうだろうか。2001年には4,500万台規模であったものが、2006年には、なんと7,000万台近いところにまで市場が拡大しているのだ。 さらに、全世界という観点で見れば、2001年当時には1億3,000万台規模であったPCの出荷台数は、新興国へのPC普及なども影響して、2006年には2億2,000万台を突破している。2007年には、2億5,000万台に達するという予測も出ており、極めて高い成長を見せている。 もし、日本が、米国と同じ成長率を維持したとすれば、日本のPC市場は、今年あたりは、ちょうど2,000万台規模の市場になっているはずだ。 米国のような市場成長にならなかった理由として、日本のユーザーは、メールを携帯電話に頼っているためとの指摘もある。だが、中小企業でのPC利活用が遅れていること、シニア層の利用が進んでいないことなど、日本の市場にとって未開拓の分野は少なくない。日本のPC業界にとって、5年間に渡って新たな需要を顕在化できなかったツケは大きく、それはVistaの発売以降も前年割れを続けることにもつながっている。 欧米でも、Vista効果は限定的とはいわれるが、それでもプラス成長を維持している。マイナス成長は、日本の特殊要因ともなっているのだ。 ●中小企業需要の顕在化に乗り出す 業界では、需要の顕在化に向けて、中小企業向けの施策が相次いだり、団塊世代を含むシニア向けの普及策に取り組むといった動きが出ている。 マイクロソフトは、中小企業経営者を対象に、ITを経営に活用するメリットを啓蒙するIT推進全国会を組織化、中小企業IT化支援センターを設置したり、全国を巡回して、セミナーおよびイベントを開催する全国IT実践キャラバンの開催などに取り組んでいる。 一方、NECでは、2002年から全国各地で「NECシニアITサポーター養成講座」を開き、障害者や高齢者に対して、ITを活用したコミュニケーションを行なえるようにサポートするシニア世代の人材育成に着手。インテルも、マイクロソフトやビットワレットとともに、シニア向けPCのガイドラインを策定するなどの動きに乗り出している。 だが、これが、需要を喚起するまでには、まだ多くの投資と時間がかかりそうだ。 しかし、業界がこの活動を地道に続けない限り、日本のPC産業の市場規模は、5年先も同じままという可能性は捨てきれない。 ●空白を取り戻すための切り札とは もう1つ、空白の5年を取り戻すために、PC業界がアピールしなくてはならないことがある。 それは、TVとしてのPC利用の促進だ。 なにをいまさらと言うかもしれない。富士通が、数年前から「地底人」を起用(?)してまで、「地デジ」を徹底的にアピールしているのは周知の通り。競合他社も同様に地デジ機能の訴求には余念がない。
だが、これはあくまでもPCを中心とした訴求。もっとTV側に踏み込んだ訴求をしていくことが必要だと感じる。 2011年7月のデジタル放送への完全移行まで、あと4年を切った。NHKが先頃発表した今年9月末時点の地上デジタル放送受信機の普及台数は2,526万台。そのうち地上デジタルTVチューナ内蔵プラズマTVおよび液晶TVは1,510万台。総務省では、「地上デジタル放送は、計画どおりに進捗している」とするものの、2011年のデジタル放送の完全移行時までに、1億2,000万台といわれるすべてのTVをデジタル化するのは難しいのではないか、との懸念が業界内に広がっている。 とくに、ポイントとなるのが2台目以降のTVだ。 4,300万世帯に1億2,000万台のTVが普及している状況から逆算すると、単純計算で約8,000万台が2台目以降のTVということになる。いまや、一家に複数台のTVが設置されている状況は一般的ともいえるものだ。 しかし、多くの家庭で、いま目がいっているのは1台目のTVのデジタル化だ。リビングに設置することを目的に、まずは大画面TVをどうするか、というのがお茶の間の議論の的となっている。2台目以降のTVのデジタル化は、リビングの大画面TVのデジタル化が終了してからの課題となる。 デジタルチューナ内蔵TVの普及台数を、1億2,000万台の普及台数に当てはめてみると、普及率はわずか約13%だ。まさに、これからが本番なのである。 PC業界が注目すべきなのは、8,000万台の2台目以降のTV市場だ。TVの総需要の60%以上が21型以下という状況を見ても、やはり、同様のことがいえる。ここに、地デジチューナ搭載PCの潜在需要がある。 日本テレビ放送網編成局デジタルコンテンツセンターの田村和人センター長は、放送局の立場から次のように語る。 「放送局にとっては、TVに留まらず、PCであれ、携帯電話であれ、視聴する機会が増えることは歓迎したい。むしろ、2011年にデジタル放送を視聴できない人がいることの方が問題。PCでTVを視聴するというスタイルは、2台目以降のデジタルTVの普及を補完する役割を担うものと期待している」 PCの世帯普及率は約70%といわれている。4,300万世帯という数値から逆算すれば、約3,000万台のPCが家庭で利用されていることになるだろう。そして、これらのPCは、毎年、約500万台ずつのペースで買い換え、買い増しが行なわれている。 本来ならば、2009年までとされていたWindows XPのサポート期限が、地デジチューナ搭載PCへの買い換えを促進する起爆剤になるはずだった。しかし、2014年へとサポート期間が延長されたことで、この起爆剤は不発のままとなる。 だが、8,000万台の2台目TV需要を、PC業界に取り込む手段はまだ残っているはずだ。 家庭における2台目以降の地上デジタル放送視聴用機器は、PCが最適との訴求が、新たな需要を開拓する手段の1つになる。 Vistaにおけるフルセグ対応は、来年(2008年)を待たなくてはならないだろう。だが、現時点でも、国産PCメーカー各社から、デジタル放送の視聴が可能なPCが相次いで投入され、それはノートPCの世界にも広がっている。そして、先頃、外資系メーカーの先陣を切って、デルが外付けの地デジチューナバンドル製品を投入した。 空白の5年間によって、PC業界は、年間600万台規模の需要を損失している計算になる。 2011年の完全デジタル化は、PC業界にとっては、これを取り戻す大きなチャンスとなる。これを業界をあげて活かさない手はないはずだ。
□関連記事 (2007年10月22日) [Text by 大河原克行]
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