マウスがこれほど長く使われ続けることになるとは思わなかったというのは、その発明者本人であるダグラス・エンゲルバートの言葉だが、タブレットのようなデバイスの登場により、GUIのポインティングデバイスにちょっとした変化が現れようとしている。教育の現場がタブレットを強力に取り入れることは、これからのタブレットPCの進化にどのような影響を与えるのだろうか。 ●標準モデルを模索する 2007年7月27日、秋葉原コンベンションホールにおいて、今年で2回目となる教育関連のイベント「Innovative Teachers Day」が開催された。ICT教育推進プログラム協議会主催によるもので、マイクロソフトが特別協賛している。その分科会で『学校における「ICT標準モデル」とは』というパネルディスカッションのセッションがあり、教育現場的には門外漢としてのぼくもパネラーとして参加してきた。 ディスカッションは小泉力一氏(尚美学園大学教授)の司会のもと、山本朋弘氏(熊本県立教育センター指導主事)、永浜裕之氏(東京都教育庁指導部指導企画課指導主事)、野中陽一氏(和歌山大学教育学部附属教育実践総合センター准教授)が参加、それぞれの立場から教室で使われるPCのあるべき姿を提案した。 とはいうものの、たった40分のセッションでは、それぞれが冒頭で自案をアピールしたところで時間の大半を消化してしまい、ディスカッションらしきものが成立するのは難しく、結論らしい結論も出なかったのが残念だ。 山本氏は「デジタルスキルの高い教師と、そうでもない教師のうち、後者がタブレットPCを有効と考えている」という。「タブレットは、これから教育にコンピュータを使っていこうとしている教師にとって重要な要素だ。タブレットと無線ネットワークによって子どもの目線を感じ、向き合いながら授業を進めることができる」と有効性を唱えた。 また、永浜氏は「今の電子辞書のようなPCなら、1人1台欲しい」と提案、授業の場としてタブレットを使い、技術を意識せずに使える環境と、きちんとしたデジタル教科書で、黒板が置き換わっていくことを望む。 野中氏は、イギリスの事例を紹介しながら、天吊りタイプのインタラクティブプロジェクタの必要性をアピールした。「教師の授業力や黒板文化を生かしながら、子どもの視点で見たときのことを考えていきたい」という。 一様に、タブレットPCに、その有効性を見ている点では全員の考えが一致するようだ。教育関係者から見ると、もう、タブレット以外は考えられないという印象さえある。 ●こんなPCを使ってほしい 教育現場の門外漢として参加したぼくは、今、現実のものとなっているテクノロジーから大きく逸脱することなく、高いハードルを越えず、すぐにでも実現できそうな「明日のPC」として、次のような提案をした。 まず、ハードウェアに関しては、 ・1kgを下回ること とした。また、ソフトウェア的な観点からは、教師は残るが、子どもは卒業していくのだから、新しい環境でとまどわないように、 ・できうる限り、新しい世代のOS といった環境を望みたいとした。これらの運用に際しては、 ・データを本体に保存せずにサーバーにリダイレクト といった内容を提案した。 教育の現場や現状を知らない立場でこそいえる内容であって、当事者から見れば見当外れのことを言っているのかもしれない。 タブレットの有効性についてはぼくも賛成だが、子どもに使わせるのであればピュアタブレットがいい。電磁とタッチセンサーを併用し、自動切り替えができるものが望ましいと思う。キーボードは、必要なときに、Bluetoothで接続すればいい。また、屋外での使用を考慮した視認性の確保も重要だ。 ●バラバラで進化してきたITと指導技術 イベント最後の基調講演では、読み書き計算の徹底反復学習が基礎学力向上に効果的だと提唱する「陰山メソッド」で有名な陰山英男氏(立命館小学校副校長)が登壇した。 陰山氏は日本が世界一のブロードバンド大国なのに、学校のコンピュータ環境は世界最低であることを強調、Windows 98どころか、Windows 95が使われている現場もあることを嘆きながら、子どもたちの基礎学力は落ちる一方だが、世界レベルでは中の上を維持しているのは、現場がよくやっているからだとアピールする。日本の教育現場では、教師が使うPCのほとんどは私物であり、教職員の給料を減らすことは、最後の手段を奪うようなものであると指摘した。 陰山氏もまた、タブレットを強く推奨する。今までのPCの大きな欠点は、タブレットがなかったことだと指摘、「書く」という作業を入れたとたんに脳がものすごく活発に動き出すのだから、その作業をデジタルの技術を使って反復させることで成績があがる事実を、さまざまなデータを元にアピールした。書くという意味では紙もPCも同じだから、到達度という点ではそれほど大きな違いは出てこないが、100%の児童が達成するという点では、PCを使った方がいいらしい。 また、陰山氏は、コンピュータの専門家が教室に入って、教師といっしょにコンテンツや環境を開発できなかった状況により、コンピュータの技術と指導技術がバラバラで進化してきたところに問題があったことを指摘した。やはり、業者との癒着などの懸念が、こういう状況を作ってきたわけだが、今後は、優れた教育技術が、優れたコンピュータ技術に支えられてこそ夢はかなうとして、基調講演を締めた。 さまざまな思惑や政治的要因、そして利権が教育現場を左右し、子どもの未来を決めてしまっている現状、そして子どもの学力が低下している本当の原因を、マスコミも政治も知らない。カリキュラムがおかしいのに、教師批判が起こるのは一種の冤罪であり、今、学校がどう困っているのか、それを学校側もメッセージしきれていないという論旨が、もし、真実なのだとしたら根は深いと思う。
□ICT教育推進プログラム協議会のホームページ
(2007年7月30日)
[Reported by 山田祥平]
【PC Watchホームページ】
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