●IntelのLPIAとずれるBobcatの方向性 AMDは低消費電力のCPUコア「Bobcat(ボブキャット)」を準備している。Bobcatは、現在のメインストリームPC向けCPUコア群とは全く別なCPUコアとなる。ターゲットは、ウルトラバリューPCやUMPC(Ultra Mobile PC)といったエマージング市場から、家電や高機能携帯電話まで幅広い。また、AMDは、Bobcatを単体CPUとしてだけでなく、GPUや他の機能ブロックも加えた「FUSION(フュージョン)」として投入するつもりだ。 「Bobcatは、低消費電力コアのために決められた名前だ。ノートPC向けのGriffin(グリフィン)とは異なる。1~10Wの(TDP=熱設計消費電力)レンジに最適化された、低い消費電力のコアとなる。また、それ(1~10W)以下にスケールダウンすることも可能だ。 この(Bobcatの)設計ポイントは、バッテリ駆動するデバイスを狙ったものだ。しかし、同じ(CPU)設計でバッテリで駆動しないデジタルTVやSTBビジネスにもカバーする。なぜなら、それらの機器では、ファンのないパッシブクーリング設計が要求されているからだ。バッテリ駆動向け機器より少し熱設計を緩め、10Wかそれをちょっと切る程度(のTDP)にすれば、比較的パフォーマンスが高く、電力効率に優れたコアにすることができる」
こう語るのはAMDのPhil Hester(フィル・へスター)氏(Senior Vice President & Chief Technology Officer(CTO))だ。Hester氏は、以前のインタビューでも、このプロジェクトについて触れている(関連記事参照)。 Bobcatは、バッテリ駆動機器を狙った低消費電力のx86 CPUコアという点では、Intelの低消費電力x86 CPU「LPIA(Low Power Intel Architecture)」と重なっている。現状では、Bobcatが低消費電力コア技術自体のコードネームなのか、それともLPIA対抗の製品コードネームなのかは明確ではない。しかし、コードネームから離れて、AMDの低消費電力CPUコアのプロジェクト全体で見ると、構想はIntelとは以下の点で異なっている。 (1)LPIAより高いTDP(=パフォーマンス)レンジまでカバーする。 IntelはPC向けCPUを下は5Wのレンジまで提供し、LPIAは5W以下で0.5Wまでのレンジをカバーすると位置付けている。それに対して、AMDはPC向けCPUでは5~7Wといったレンジは提供していない。技術的にできないわけではなく、製品戦略としてそのレンジをカバーしない戦略だ。その代わり、Bobcat系CPUコアを1~10Wのレンジをメインに提供する。つまり、InteltとAMDではCPUコアのTDP(Thermal Design Power:熱設計消費電力)帯による切り分けが異なっている。 これは、IntelとAMDそれぞれが、低消費電力コアをプッシュする市場が異なるからだ。AMDは、低消費電力コアを非常に広いレンジに提供しようとしている。それに対してIntelは、現状では、LPIAを携帯機器にフォーカスしようとしている。AMDも現在は、IntelのLPIAへの対抗上、UMPCなどをBobcatのターゲットとして押し出しているが、真のターゲットはより広い。
●FUSION構想の中の1パーツとなるBobcat AMD幹部は、低消費電力コアの開発をFUSION構想の中の一要素として説明する。FUSIONの幅広い展開の構想がベースにあり、その中で非PC市場向けのCPUコアのベースとなるのが低消費電力のx86コアという位置付けだ。実際には、最初にFUSIONではない単体のBobcatが登場し、その後、Bobcat系のコアがFUSIONに統合された形へと移行する可能性が高い。しかし、AMD幹部の説明を聞くと、フォーカスは統合化されたFUSIONにあることがわかる。 そのため、AMDの低消費電力コア全体の構想を理解するには、明らかになり始めたFUSIONの全体像を知る必要がある。 AMD幹部は、台湾で開催されたCOMPUTEX時のインタビューを通じて、FUSIONの構想全体の説明を始めた。Hester氏は、FUSIONを次のように再定義する。 「FUSIONは、アクセラレート型コンピューティングについての全てをカバーする。そして、アクセラレート型コンピューティングは、我々にとってヘテロジニアス(Heterogeneous:異種混合)型の混合したコアを意味している。だから、システムオンチップ(SoC)のワンチップ構成に限らず、複数チップによるシステムレベルでのヘテロジニアス構成もFUSIONに含んでいる。また、携帯電話ビジネス向けのさまざまな機能要素の統合(製品)から、PC向けのハイパフォーマンスのクライアントCPUまで、全てをFUSIONに定義している」 つまり、現在のAMDは、異なる種類のプロセッサコアを統合する、ヘテロジニアス型のコンピューティングスタイル全体をFUSIONと位置付けている。ポイントは、CPUコアがx86であるという点だ。そして、AMDの現在の定義では、FUSIONは、異種コアをワンチップに統合した統合チップだけでなく、システムレベルでCPUとGPUを統合した構成も含む。要は、CPUとGPUで、非PCを含めた幅広い市場をカバーするAMDの全体戦略をFUSIONと呼ぶようになったのだ。 ●5つの市場セグメントをターゲットとするFUSION この構想は、図式化するとわかりやすい。AMDのDavid(Dave) E. Orton(デイブ・オートン)氏(Executive Vice President, Visual and Media Businesses, AMD)は、下の図を書きながら、FUSION戦略を次のように語った。
「簡単な図を書いてみよう。FUSIONは単一の製品ではなく、ファミリだ。FUSION全体では、まず最初がストリーミングコンピューティング、その下がメインストリームノートPC、その下がバリュー(PC)/UMPC/OLPC(One Laptop per Child)といったエマージング市場、その下がコンバージェンスデバイス、その下がハンドヘルドとデジタルTV(DTV)となる。 一番上のセグメントでは、FUSIONは実際にはワンチップではなく、2個の分離したチップによって、ストリーミングコンピューティングが実現される。統合されたデバイスではないが、ソフトウェアプログラミングモデルは(FUSIONと)共通だ。 我々が、現在、FUSIONで真剣に考えているのはその下。メインストリームノートPC市場と、エマージング市場だ。この2市場に、かなりフォーカスしている。(ワンチップの)FUSIONは、メインストリームノートPC市場に変革をもたらし、(PC以外の)デバイスによるエマージング市場の掘り起こしの可能性を開くからだ。 我々のビジョンにあるFUSIONは、メインストリームのPC市場向けだけでない。むしろ50x15(2015年までに世界人口の50%に、安価なインターネット接続とコンピューティングを提供するイニシアチブ)市場に浸透し、コンバージェンスデバイスの市場をx86 CPUで立ち上げ、x86 CPUをハンドヘルドとDTVにもたらすためのものだ。つまり、FUSIONはシングルポイントにフォーカスした戦略ではなく、広汎なビューだ」 AMDは、同社が狙う市場を5つのセグメントに分けて考えている。上がよりPC的なデバイスの市場、下がより家電機器的なデバイスの市場だ。この図の最上層は、従来型のPCモデルからの発展系で、GPUをよりプログラマブルなプロセッサとして活用するというものだ。そして、その下の4セグメントを、統合チップであるFUSIONで切り開こうとしている。 ●FUSIONの統合チップが利点をもたらす市場 AMDが最初にフォーカスするのは、ノートPCと、その下のエマージング市場だ。ノートPC市場では、現在のCPUとGPUのモデルに、FUSION統合チップに導入することで変革を促す。もう1つは、現在勃興しつつあるUMPC、低価格PC、OLPCまたはクラスメイトPCと呼ばれる学校に配布する超低コストPCなどの市場。AMDは、50x15と呼ぶイニシアチブを掲げて、この市場を掘り起こそうとしているが、そのためのテコとなるのがFUSIONというわけだ。 AMDは、ワンチップのFUSIONのソリューションが、これらの市場にとって重要な鍵となると考えている。 「メインストリームノートPCでは、低消費電力と省フットプリント、低コストが必要とされている。(ワンチップの)FUSIONは、その全てを提供できるため、大きなチャンスがある。FUSIONは、より高いパフォーマンスとより多くのフィーチャを、より小さなフットプリントとより低い消費電力、より低いコストで提供できる。それがノートPCでのFUSIONの勝機だ。そして、エマージング市場に対しても、低消費電力が重要な意味を持つと我々は考えている。いわゆる199ドルPCなどの市場では、ノートPCとは異なるフォームファクタになるだろうが(低消費電力は重要だ)」(Orton氏) ここで重要な点の1つは、AMDが50x15向けの低価格コンピューティングデバイスを、PC市場のサブカテゴリではなく、新カテゴリとして強調している点だ。AMDは、OLPCやクラスメイトPCなどに熱心だが、この市場では、発展途上国の学校などをカバーするため、極めて低いコストが要求される。また、電力供給が安定していないエリアも多いため、バッテリ駆動と省電力性が求められる。そのため、AMDは、この市場をPC向けとは異なるデバイスでカバーしようとしている。 さらに、AMDはx86 CPUコアとGPUなど周辺回路を組み合わせたFUSIONのアプローチをそのほかの市場にも浸透させる。1つは、携帯電話などの携帯機器や、デジタルTVやSTB(セットトップボックス)などのデジタル家電機器の市場。もう1つは、家電とコンピュータが融合したコンバージェンス機器の市場だ。この2市場では、すでに各種機能やCPUコアを統合したチップが存在しており、x86 CPUがFUSIONでの新しい要素となる。 ●Bobcat系CPUコアを下の市場セグメントにも移転させる 大きく切り分けると、AMDの構想では、上の2つのセグメントが伝統的なPCセグメントに属し、下の3つのセグメントが新市場となる。そして、この全体構想の中で、AMDは下の3市場に最適化した新しいx86 CPUコアを開発している。そのひな形になるのがBobcat系コアという位置付けだ。 「メインストリームノートPC市場と、OLPCなどの市場、この2市場それぞれに向けたコアは、異なる性質のものになる。メインストリームノートPC向けのコアは、汎用の(PC向け)CPUコアになるだろう。それに対して、バリュー(PC)やUMPC向けのコアは、非常に低消費電力で低コストなx86コアになる。すると後者のコアは、その下のコンバージェンスデバイスとハンドヘルド/DTV市場にも適用できる可能性がある」(Orton氏) メインストリームノートPC向けのFUSIONは、伝統的なPC市場向けのx86 CPUコアでカバーできる。しかし、その下の50x15セグメントは、異なるマイクロアーキテクチャのCPUコアが必要になるとAMDは考えている。そして、50x15セグメント向けに開発したCPUコアの技術は、時間とともに下の市場セグメントにも転移させることが可能になるとAMDは考えている。 時間軸では、AMDはメインストリームノートPCにFUSIONを導入した後、比較的短期間で50x15市場向け製品も投入する計画だ。Orton氏は段階的なFUSIONの計画を次のように説明する。 「この図では(時間は)表していないが、時間軸で言うと、我々はこの市場(メインストリームノートPC)を突いたすぐ後に、こちらの市場(50x15)に行く。メインストリームノートPC向けと、OLPCなどに向けたもの、2種類の異なるデバイスを投入する。最初に、この2つにフォーカスし、次にテコとなる技術を下のエリアにももたらす」 Orton氏の説明を図式化すると、下の図のようになる。下の2市場に対しては、ある程度のタイムラグがある。ウォータフォール式に、技術を移転させて行くイメージだ。 こうして全体を見渡すと、AMDがFUSIONの大きな図式の中で、広範囲な市場をカバーするためのマイクロアーキテクチャとしてBobcatを開発していることが見えてくる。
□関連記事 (2007年6月21日) [Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]
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