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AMDの製品戦略全体の再構築となるFUSION




●携帯電話やデジタルTV市場をカバーするFUSION

 AMDが掲げる、CPUとGPUの統合的なソリューション「FUSION(フュージョン)」。AMDはFUSIONファミリを、PCだけでなく、家電/携帯電話、コンバージェンスデバイス、バリューPC/UMPCなどのエマージング市場といった幅広い市場に展開しようとしている。むしろ、FUSIONのフォーカスの半分は、これら新市場にある。そして、AMDは、それぞれの市場に適した、異なるFUSION製品を作って提供していく計画だ。その多くは、CPUコアにGPU/メディアプロセッサコアや、その他のブロックを統合したシステムオンチップ(SoC)型の製品になっていく。

AMDのPhil Hester氏

 「今のクライアントPCスペースで、我々が、ウルトラバリューセグメントからエントリー、ミッドレンジ、パフォーマンス、エンスージアストまでの全てをカバーしているのと同じことだ。我々は、クライアントPCのさまざまな設計ポイントそれぞれに向いたアレンジの実装を行なっている。同様に、我々は、PC以外のさまざまなデバイスの、それぞれの設計ポイントに向けたアレンジを提供する」とAMDのPhil Hester(フィル・へスター)氏(Senior Vice President & Chief Technology Officer(CTO))は説明する。

 そして、幅広いFUSIONの展開の中で、AMDのx86 CPUコアと、旧ATIのGPUや携帯電話向けメディアプロセッサ「Imageon(イマジオン)」やデジタルTV向けチップセット「Xilleon(ジリオン)」の資産が融合されていく。FUSIONのコンセプトは、AMDとATIの資産の全面的な融合(FUSION)という点にもある。

 「旧ATIは、すでに携帯電話やデジタルTVといった家電市場で大きな成功を収めてきた。そして、旧AMDのプロセッサはPC市場で成功を収めてきた。今後は、この2つのエリアでの技術の移行が進むだろう。PCスペースでは、GPUなどの技術がFUSIONのパートとして利用できるようになって行く。同様に、家電スペースでは、x86コアがどんどん浸透していく。

 今日のローエンドの携帯電話やデジタルTVなどの家電機器にx86 CPUが必要かと言えば、答えはノーだ。しかし、近い将来には家電機器でも、より多くの機能を実装することが重要となり、その結果、複雑なソフトウェア層が必要となる。すると、x86アーキテクチャが、家電でも価値を持ち始める。x86の開発環境は、ソフトウェア開発者にとって、組み込み向けのそれよりも、ずっと汎用で生産的だからだ。膨大な量のx86のコード資産を活かすこともできる。そのため、デバイスにx86プロセッサが実装されるのが、理にかなうようになると信じている。我々は、2~3年前までにそうした結論に達していた」(Hester氏)

AMDのFUSION構想全体図
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●ATI買収前から計画していた統合的なモジュラー化

 AMDが、こうした広汎なFUSIONのプランを組み立てたのは、ATIと合併するよりも前。逆を言えば、FUSIONプランのために、ATIを買収したと言ってもいい。また、FUSIONプランは、CPUを始めとしたコンポーネントをモジュラー化して、IPとして再利用しやすくするというAMDの設計手法計画とも密接に結びついている。プログラマブルGPUコアと、デジタル家電市場向けのIPコンポーネントを手に入れるためATIを買収したわけだ。

 「我々は、2年前に、モジュラー設計のアプローチに向かうことを公にした。その時点では、ATIの買収をまだ発表していなかった。しかし、当時、我々の頭には、将来の家電市場のための設計ストラクチャのプランが明確にあった。

 まず、設計手法として、PCと家電の両方の分野に向けて、x86コアのマクロを簡単に提供できるようにする。そして、GPUやその他の特定用途向けアクセラレータを、x86コアの回りに容易にプラグインできるようにする。これが、我々が家電スペースでやろうとしていることだ。ATIを買収したことで、我々はx86コア以外のパーツを手に入れ、ロードマップを実現できるようになった」とHester氏は語る。

2006年12月のAnalyst Dayで示されたモジュラー設計構想

 明瞭な動きは携帯電話だ。iPhoneの登場で、携帯電話の高インテリジェンス化はますます加速している。こうした波に乗って、x86コアを携帯電話にも浸透させることができれば、x86ベンダーであるAMDの強みが発揮できるx86市場自体が広がる。

 「AMDとATIが合併した現在、我々の家電市場セグメントでの製品を見ると、すでにATIが携帯電話ビジネスでFUSIONライクなプロセッサを導入している。今日の製品は、MIPS系CPUコアの回りにSoC(System on a Chip)で必要なフィーチャを統合できる。しかし、将来は、ここにx86の機能を提供することが理にかなうようになるだろう。すると携帯電話メーカーは、携帯電話市場で一般的なARMコアとMIPSコアに加えてx86コアを選択することができるようになる。

 もっとも、我々はx86コアを全ての顧客に強制しようとは考えていない。あくまでも、選択の提供だ。なぜなら、ローエンド(携帯電話)市場では、これから先もかなりの期間、組み込みCPUアーキテクチャが適しているだろうからだ。しかし、次世代の携帯電話や、携帯電話とノートPCの中間にあるハイブリッドデバイスでは、x86コアを中心にしたFUSION型の製品が非常に適したスタイルになるだろう。そこに我々は浸透する」(Hester氏)

●FUSIONのメディアプロセッサ機能も強化

 そのためのコンポーネントとして、旧AMD側のx86 CPUコアだけでなく、旧ATI側の提供するプログラマブルなメディアプロセッサコアや周辺ロジックも進化させていく。中でも重要なのはGPUコアのプログラマブル化だ。旧ATIは、携帯機器向け組み込み向けGPUコアのプログラマブルシェーダプロセッサ化を進めていた。Imageonファミリには、PC向けGPUと同様にユニファイドシェーダプロセッサを実装する。携帯電話向けGPUアーキテクチャは、駆け足で進化を続けて来たが、ついにアーキテクチャではPC向けGPUに追いついた。

 なぜ携帯機器向けのグラフィックスチップが、ユニファイドシェーダプロセッサ搭載へと走るのか。その理由は明快だ。シェーダを3Dグラフィックスだけでなく、多彩なマルチメディア処理に適用するためだ。

 携帯電話向けGPUメーカーは、以前から組み込み向けGPUコアでもプログラム性がメディア処理のアクセラレーションのカギになると説明していた。メディア処理ではビデオ、オーディオ、画像などで、多様なメディアフォーマットに対応した処理が要求される。それぞれのフォーマットに個別の専用回路を用意すると、個々の回路ブロックは小さくてもチップ面積が大きくなってしまう。それよりも、プログラマブルなシェーダプロセッサである程度の処理を行なった方が、チップ面積を小さくできる利点がある。また、規格の変化やバリエーションにも柔軟に対応できる。

 従来は汎用CPUコアのアプリケーションプロセッサを使うか、専用回路を使うか、その2つしか選択肢がなかった。しかし、プログラマブルシェーダプロセッサコアは高効率のベクタプロセッサコアで、柔軟な処理を可能にするという中間解を提供できる。こうした利点があるため、組み込み向けメディアプロセッサでもシェーダプロセッサ化が急速に進むと見られている。組み込み向けのメディアAPIを策定するKhronosグループでは、OpenGL ES 2.xでプログラマブルシェーダをサポート。さらに、他のメディア処理のAPIも整えつつある。

AMDのDavid E. Orton氏

 もっとも、専用回路の方がプログラマブルプロセッサより、原理的に消費電力が小さい。そのため、シェーダプロセッサによる柔軟性と専用回路による省電力性のバランスが重要となる。また、シェーダプロセッサ自体を徹底して省電力化する必要がある。AMDのDavid(Dave) E. Orton(デイブ・オートン)氏(Executive Vice President, Visual and Media Businesses, AMD)は、めざましい進展があると説明する。

 「OpenGL ES 2.0では、真のプログラマブルシェーダのサポートへと進んでいる。我々はその(シェーダプロセッサ)アーキテクチャに、携帯電話に向いた省電力管理スタイルから学んだことを適用すると、極めて省電力のユニファイドシェーダコアを創ることができることを発見した。

 (同じユニファイドシェーダでも)Xbox 360ではローパワープロセス技術は使わなかった。ファイングレイン(細粒度)のクロックゲーティングや、電力アイアンド式に電力プレーンを分離して電力供給を行なう技術は使わなかった。こうした技術を使うと、(ユニファイドシェーダでも)非常に電力を抑えた効率のいいベースアーキテクチャを創ることができた」

●FUSIONで次世代ゲーム機もカバー

 AMDは全ての処理をプログラマブルなプロセッサに集約しようとしているのではない。むしろ、固定機能ユニットが有効な処理には、積極的に専用回路を搭載していこうとしている。

 「我々はプログラマブルプロセッサをヘテロジニアス(Heterogeneous:異種混合)構成にするだけでなく、特定用途に特化した固定機能のアクセラレータも統合していくことを重視している。その良い例がUVD(Universal Video Decoder)だ。UVDではハイビジョンのビデオデコードという、特定目的に向けたシリコンによってプログラマブルなプロセッサよりずっと良好な省電力パフォーマンス特性が得られた。こうしたユニットで汎用の演算はできないが、効率ははるかにいい。こうしたアクセラレータは今後も統合していくだろう」(Hester氏)

 固定機能の統合は、特にパフォーマンス/電力が重要となる携帯機器や家電では重要となる。この点でもAMDは、旧ATIの専用チップの資産を活かすことができる。

 FUSIONは、PC、家電/携帯電話、コンバージェンスデバイス、エマージング市場をカバーするだけではない。Hester氏はFUSIONが次世代ゲーム機もカバーできると期待を語る。

 「FUSIONのビジョンはゲーム機にも適用できる。CPUとGPU、両サイドのビルディングブロックを備えることで、我々はゲーム機も効果的にカバーできるようになったからだ。今日、AMDの旧ATI部門はXbox360とWiiを獲得している。それはゲーム機でのGPU面での要求にATIが応えることができたからだ。そして今、我々はCPUとGPUの両方の要求に最適な答えを提供することができる。システムレベルでのヘテロジニアスなプロセッサの混在で、ゲームプラットフォームに最適なバリエーションを作ることができる」

 従来の汎用x86 CPUコアは、シングルスレッド性能を追求するため、ゲーム機には“重い”CPUコアになってしまっていた。しかしAMDは、今後はBobcat(ボブキャット)系の家電向けの低消費電力のCPUコアも提供していく。そうしたコアを使ったマルチコアCPUなら、次世代ゲーム機にもいいソリューションとなるかもしれない。

●FUSION戦略とモジュラー設計化は表裏一体の関係

 こうしてAMDのFUSIONプロセッサの全体像を見渡すと、FUSIONはAMDの製品設計手法の再構築であることも分かる。全てのIPをモジュラー化して、広い市場に向けた多彩な製品を提供できるようにする。FUSIONとモジュラー設計は表裏一体の関係にある。

 「AMD自身にとってのFUSIONプロセッサの意味は、設計手法と設計オートメーションツール、そしてAMDのIPマクロとATIのIPマクロの両方にまたがるライブラリ化にある。異なる分野のIPマクロから好きなブロックを選んで、1チップの中で自由にミックスできるようになる。

 そのため、AMDとATIの資産を融合させるFUSIONは、単一のコンビネーションの製品にはならない。多彩な市場の要求に対して、多くの異なったIPの組み合わせの製品が生まれるだろう。しかし、個々の製品の構造は大きく異なっていても、内部を見ると、個々のブロックは共通している。そんな形になっていく」とHester氏は語る。

 こうしたIPのモジュラー化の考え方は、別に目新しいアイデアではない。SoCソリューションに力を入れる日本の半導体ベンダーは以前から行なっていた。また、ARMのようにIPを提供することだけに特化したプロセッサベンダーもある。実際、ATIもImageonでは、限られてはいるがIPライセンスを行なっている。

 しかし、AMDのFUSION戦略の軸は、こうしたIPビジネスモデルとは異なる。あくまでもAMDは、同社がフォーカスした特定市場に向けたIPを開発し、主に自社の戦略によって自社製品を販売していく。

 「今日、我々は総合的なIP企業になろうとしているわけではない。我々が行なおうとしているのは、IPを使って広い製品分野をカバーすることだ。携帯電話市場なら、3Dとマルチメディアについての全面的なサプライヤになろうとしている。決して、全ての市場に対しての総合的なIPを備えるつもりはない。顧客との戦略的な提携の中で、特定の市場セグメントでIPを活かしていく。さまざまな組み込み機器向けにIPコアをサポートすることで、フォーカスを薄めたくはない。ただし、AMDにはエンベデッドグループがあり、そこではIPとチップを組み込み市場でどう活かすかを検討している。しかし、それでもARMのようになろうとしているわけではない」とOrton氏は語る。

 独自技術の製品を開発/販売するという、AMDのビジネスモデルの軸はぶれてはいない。それを、より柔軟に、広い市場に適用させるのがFUSIONのビジョンだ。

2006年12月のAnalyst DayでHester氏が紹介したFUSION

●FUSIONに向けたプロセス技術の再構築も

 AMDはプロセス技術についても、FUSIONで拓く広い市場をカバーするためにバリエーションを広げる。現在、AMDは先端プロセスで、SOI(silicon-on-insulater)技術による高パフォーマンスなプロセスにフォーカスしている。しかし今後は、従来のバルクプロセスでの製品も、平行して作り分ける態勢を整えていくという。

 「現時点では、FUSIONプロセッサについてのプロセス技術の詳細はまだ話すことができない。一般論で言えば、PC市場に向けた製品ではSOIが適したプロセス技術だ。しかし、家電やコンバージェンスの市場については、スタンダードなファウンドリテクノロジが十分なパフォーマンスとコストのバランスの面で適していることは明らかだ。

 FUSIONプロセッサ自体は技術的にはプロセス技術に依存しない。我々は、ハイエンド向けのSOIの実装と、低い消費電力とパフォーマンスが要求される分野向けのバルクの実装の両方を考えている。我々のFabが、SOIとバルクを容易に作り分けできる能力を持っているかどうかは、まだアナウンスしていない。しかし、我々は常にそうしたことが可能だと言ってきた」とHester氏は語る。

 AMDはFUSIONに向けてプロセス技術にも幅を持たせようとしている。

 こうしてみると、FUSIONは単純にAMDのCPUとATIのGPUを統合した製品を作ろうというプランには収まらないことがよく分かる。AMDとATIの全てのIP資産を使って、PC市場の外の広大な市場に向けた製品を作ろうというのがFUSION戦略だ。

 AMDは2015年までに世界人口の50%に、安価なインターネット接続とコンピューティングを提供するエマージング市場向けイニシアチブ「50x15」を掲げている。それに携帯電話や家電を含めれば、潜在市場は膨大なボリュームとなる。50億人が新たにコンピューティングデバイスを持ち、さらに携帯電話やデジタルTVにもx86が入るようになるなら、年間数10億以上のCPUが必要な市場が創造される。そうなれば、CPUの単価が安くても十分な規模の市場となる。AMDのFUSION戦略のポイントは、SoC型のソリューションでこの市場を掘り起こすことにある。


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【6月21日】【海外】AMDの省電力CPUコア「Bobcat」とFUSION構想
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0621/kaigai367.htm
【5月29日】【海外】LPIAに対抗する、もう1つのFUSION
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0529/kaigai363.htm
【5月28日】【海外】「Griffin」から「FUSION」への道
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0528/kaigai362.htm

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(2007年6月28日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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