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コンピュータからゲーム機へと揺り戻したPLAYSTATION 3




●ハードはハードでビジネスをするPS3の当初のビジョン

 「ゲームの(ビジネス)モデルはコンテンツとハードビジネス。もう1つ加えると、任天堂の時代はロイヤリティだった。でも、今回のPS3(の価格)での僕らのメッセージはクリアだ。ハードはハード(でビジネスをする)」「ビジネスモデル的には、PS3で変わる。(コンピュータになると)ハードで損して(ライセンスの)ロイヤリティでバランスを取るというビジネスモデルは成り立たない」

久夛良木健氏

 2006年5月に米ロサンゼルスで開催されたゲーム関連ショウ「E3(Electronic Entertainment Expo)」でPLAYSTATION 3(PS3)の価格を発表した後、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)の代表取締役社長兼グループCEOの久夛良木健氏は、このようにインタビューで語っていた。この時の価格のビジョンは明瞭だった。当初、PS3を高価格に設定したのは、ゲーム機ではなく、エンターテイメントコンピュータとして成立させるためだった。

 だから、PS3の価格は、“ゲーム機の価格”ではなく、“PS3だけの新しい価格カテゴリ”となっていた。言い換えれば、コンピュータとしての価格がつけられていた。

 では、それを変更したのはなぜか。それは、一足飛びにPS3=エンターテイメントコンピュータに行き着くのが難しいと判断したからだろう。コンピュータに育てるという目標は据えたまま、まずはゲーム機として立ち上げるのを優先する。それが、現在のSCEの戦略だ。

●ゲーム機として見た価格のレンジへと軌道修正

 先週の東京ゲームショウ(TGS)までのPS3は、ゲーム機という位置付けではなかった。ゲーム機はライバルとしておらず、ライバルは言ってみればPCやデジタル家電だった。だから価格もゲーム機のレンジではなく、“PCに対抗するなら十分に安い”、“家電としてもお買い得”のレンジに設定されていた。

20GBモデルでもHDMI端子搭載

 具体的には、HDMI端子付きのフルスペックの方の60GBコンフィギュレーションPS3は7万円台の予想(オープンプライス)で、下位の20GB版がHDMIレスで59,800円だった。コンピュータとして見るなら、売れ筋PCがディスプレイ込みで20万円台であることを考えると、十二分安い設定だ。また、AV機器と比較しても、PS3の上位モデルはHDDレコーダの下位機種程度の価格、BDプレーヤーと比べれば格安。比較にならないかもしれないが、iPodの上位機種の4万円台と比べても悪くない価格だ。

 つまり、対PC、対家電として見れば、納得できる価格設定だった。だが、“ゲーム機として見れば”、この価格は極めて高い。ゲーム機は、伝統的に高くても税別で4万円を切る価格からスタートするのが通例だったからだ。例えば、PS2も出だしは39,800円(遅れて発売した米国では299ドル)だった。PS2と比較すると、当初のPS3の価格設定は、対ゲーム機の価格設定でないことは明瞭だった。

 「PS3は、“家電として見たって”圧倒的に安い。でも、“ゲーム機として見れば”、じゃあ(安い)PS2を買おうかっていう話になる。そこには、“○○として見れば”という対象が必ずある。でも、PS3では、それがあっちゃいけない。僕らはもう、PS3はPS3と考えている」と久夛良木氏はE3後の価格の説明で強調していた。

 つまり、この時点ではゲーム機として見た価格をはみ出すことは、当然という姿勢だった。

 しかし、TGSで仕切り直した価格は、意味合いがかなり変わっている。下位の20GB HDD版はHDMIインターフェイスを搭載することになり、価格は税込みで5万円を切る設定になった。20GB版の新価格は、“ゲーム機として見ても”普通の消費者が出せるレンジに“一応”入った。もちろん、過去のゲーム機と並べればまだ高いが、そこがコンピュータとしての付加価値分というわけだろう。人によって受け止め方は違うだろうが、“ゲーム機として見て”許容できるレンジに入ったと受け止めていいだろう。

 実際、TGSフォーラムの基調講演では、久夛良木氏はこれまでになく「ゲーム機」という単語を連発した。語っているビジョンは、PS3やCellプロセッサで、より広汎なコンピューティングを実現するというものだが、言葉的にはゲーム機という表現が目立った。

 整理すると、E3時の価格は“エンターテイメントコンピュータPS3としての新価格”だった。だが、TGSでの新価格は“ゲーム機として見た”価格に近いラインになった。SCEは、この改定で、少なくとも日本ではPS3をどう位置付けるかが、変わったことになる。

●SCEが目指すのはコンピューティングプラットフォームの提供

 SCEが長期的に構想しているのは、PS3を広いレンジのエンターテイメントコンピュータに仕上げることだ。つまり、ゲームしかできないマシンではなく、多彩なエンターテイメントアプリケーションが走るコンピュータにしようとしている。そのために、PS3ではHDDの標準搭載にこだわり、部分的にオープンなプログラム環境になるという点も何度も示唆してきた。

 ゲームが走るCell OSが管理するHDDエリアはセキュリティロックされるが、それ以外のエリアはLinuxなどのOSとその上のアプリケーションで自由に使えるようにする。PSPの時のように、ソフトウェアが書かれるのを黙認するという姿勢ではなく、積極的にアプリケーションを育てようという姿勢だ。これが少なくともE3時でのPS3のコンセプトだ。

 しかし、SCEはこの戦略を追求するために、ビジネス戦略を変えなければならなかった。なぜかというと、プラットフォームの販売で十分な利益を上げ、プラットフォームに開発投資できる構造にする必要があるからだ。

 SCEが目指すのはコンピューティングプラットフォームのビルダー。つまり、PCで言えば、IntelとMicrosoft、あるいはIntelとAppleを合わせたような存在だ。もちろん、SCEにはIBMや東芝といったパートナーがあるので、SCE単体でというわけではない。フォーカスする市場もリビングのエンターテイメントと異なる。IntelやMicrosoftのように、OEMを介するというモデルも取らない。また、Windowsのように、OSで縛るというモデルも取らないと久夛良木氏は明言している。OSもアプリケーションとして自由に提供していいという意味だ。しかし、コンピューティングのプラットフォームを握るという意味では、IntelやMicrosoftにある程度近いと言える。

 だが、そのためには、SCEはPS3というプラットフォーム単体の販売で十分な利幅を取れるようにしなければならない。IntelやMicrosoftが、CPUやハードウェアプラットフォーム、OS、開発環境に投資しているのと同様に、かなりの規模の投資を、PS3プラットフォームに対して行ない続けなければならないからだ。

ゲームコンソールのソフトウェア層の変化(※別ウィンドウで開きます)
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●コンピュータ化で増大するプラットフォームへの投資

 従来のゲーム機は、ハード(OS等システム側ソフトウェアも含む)の利幅は小さく、ゲームタイトル販売で稼ぐというビジネスモデルだった。また、他のゲームベンダーは、SCEからライセンスを受けてゲームタイトルを発売する。ライセンスモデルがゲーム機の基本だ。さらに、以前は、このライセンス料を高額に設定し、プラットフォームベンダーが重く依存するというスタイルを取っているケースも多かった。

 しかし、PCタイプのモデルでは話が違っている。Microsoftは直接ソフトウェア会社からWindowsアプリケーションのライセンス料を徴収しているわけではない。建前的には、誰でも自由にソフトウェアを書けるのがPCの世界のモデルだ。PCはソフトウェアに対してオープンだから、その上で急速にソフトウェアが進化した。同じことをPS3で期待するためには、SCEはゲーム以外のアプリケーションに対してライセンスモデルを持ち込むことができない。

 そのため、PS3がコンピュータとして育っていくと、SCEはPS3ハードの販売台数に対する自社ゲームタイトル販売の収入が相対的に減少し、ライセンス&ディスクプレスといった付帯ビジネス収入も減少していくことになる。

 その一方で、プラットフォームへの投資はこれまでより増大する。ハードウェアを継続的に進化させ、さらに、OSやミドルウェアや開発ツールの発展を促さなくてはならないからだ。また、SCE自身も、PS3向けに魅力的なアプリケーションやサービスを開発する必要がある。そうした投資は、膨大な額になるはずだ。だから、SCEはPS3のハード価格を高く設定し、利幅を大きく取る必要があった。PS3の当初の価格設定には、こうした意味があった。

●コンピュータとして伝道できていないPS3

 だが、TGSで明かされた新しい日本価格とスペックによって、PS3はよりゲーム機に近いラインでスタートすることになった。つまり、PS3をエンターテイメントコンピュータとしての新しい価格に設定するという路線が崩れたことになる。おそらく、SCEは、しばらくの間はPS3をゲーム機としてフォーカスしてプロモートして行くことになるだろう。つまり、ゲーム機+コンピュータに寄ったコースから、ゲーム機として集中する方向へコース取りが変わったと推定される。

 しかし、現状では、これは正しい判断と言えるだろう。それは、エンターテイメントコンピュータとしてPS3を位置付けることが、うまく行っていなかったからだ。

 もともと、PS3をエンターテイメントコンピュータとして立ち上げるプランは、いくつかの条件が揃わないと難しかった。なかでも、もっとも重要なのは伝道だ。つまり、PS3が、単なるゲーム機ではなく、もっと広いポテンシャルを持ったエンターテイメントコンピュータなのだと浸透させる必要があった。

 コンピュータはソフトがなければただの箱とよく言われるが、PS3についてもそれは同様だ。全く新しいコンピュータであるPS3は、いくらコンピューティングパフォーマンスが劇的に上がると言っても、それを活かすソフトが揃わなければ、ユーザーを納得させることができない。つまり、SCEはPS3をエンターテイメントコンピュータと位置付け、それだけの価格をつけるためには、それなりのソフトウェアの展開を示す必要があった。

 例えば、HDビデオ編集ソフトウェアや自動映像インデックス機能付きビデオサーバーソフトウェアを作って一般公開、PS3上で広くデモを行なうイベントを開き、ゲーム以外のPS3の能力を誇示するといった方法だ。

 また、PS3については、Cellのプログラミング情報は明らかにされているが、まだPS3ハード全体の詳細情報は、ライセンシーにしか公開されていない。PS3をオープンなプラットフォームにするためには、このあたりの情報も、より広く公開して行く必要があるが、まだなされていない。

 実際、SCEが本当にPS3をコンピュータとして立ち上げようとしたら、かなりの情報伝達の努力が必要となる。ソフトウェア開発を促すためには、さまざまなアプローチが必要で、Intelの「Intel Developer Forum(IDF)」やMicrosoftの「Professional Developers Conference (PDC)」のような大がかりな技術カンファレンスも開く必要があるかもしれない。そこまで行かなくても、さまざまなチャネルでの伝道活動が必要だろう。

 しかし、これまで、SCEはそうした活動は広くは行なって来なかった。おそらく、ゲームプラットフォームの整備に追いまくられ、それどころではなかったというのが実情だろう。そのため、現状では、PS3のゲーム以外の部分のポジショニングができていない。それでは、ゲーム機以上の価格をつけても、ユーザーを納得させることができない。

 こうして見ると、SCEがE3以降、PS3=コンピュータという点を打ち出して来なかったために、必然的に路線に修正を加えざるを得なくなったことがわかる。

●大幅に減少する日本でのハード売り上げ

 この変更によって、SCEは事業計画そのものを見直さなければならなくなったはずだ。

 もともとのプランでは、HDMI付きのフルスペックは60GB HDDのコンフィギュレーションだけ。BDという要素も考えると、デジタル出力でHDMIは重要なフィーチャとなる。そのため、少なくともスペックを重視する日本のアーリーアダプタの多くは、60GB版を選ぶはずだった。60GB版と20GB版でフィーチャに差をつけたということは、明確にSCEも上位モデルへと消費者を誘導していた。つまり、オリジナルプランでは、日本での初期出荷量は60GB版が中心になる計算だったはずだ。欧米ではまた話は違うだろうが、少なくとも日本ではそうした流れにあった。

 しかし、現在では、HDD容量以外の重要フィーチャは両バージョンで同一となった。そして、HDD容量は、ゲームだけなら20GBでも十分で、より汎用的なコンピューティングに使うなら60GBだけでは逆に不十分だ。例えば、HDビデオ編集をするのなら、60GBのディスク容量ではきつすぎる。この状況では、ユーザーを60GB版へ誘導するのは難しく、20GBへとどうしても流れるだろう。

 HDMI端子の有無やHDD容量の違いによるコスト差は、それほど大きくはない。そのため、この変更で、SCEの売り上げだけでなく利幅も削れることになる。ここで疑問は、新プランへの変更での、売り上げや利益のギャップをSCEはどうやって埋めるのかという点だ。

 もちろん、高価格で売れ残ってしまい在庫を積み上げるより、ゲーム機価格に下げることで普及させて売り上げを伸ばす方がいいという、単純な計算かもしれない。しかし、事業計画としては、もっと確固とした計算があるはずだ。

●気になるPS3タイトル価格との関係

 じつは、今回の変動には小さな兆候もあった。その1つは、PS3ゲームタイトルの価格がかなり高くなるというウワサだった。夏の終わり頃から、PS3タイトルの価格が、Xbox 360タイトルより1ランク上の価格になるという情報が複数から伝わってきた。

 価格帯は、公式に発表されていないため、フタを開けてみたら違っている可能性もあり、まだ予断を許さない。しかし、情報の通りだとすれば、PS3タイトルはPS2タイトルより高い価格帯で店頭に並ぶことになる。あるゲーム業界関係者は「この価格だと、税金(ライセンス料等のこと)もPS3では高くなるんでしょうね」と語っていた。つまり、サードパーティ側は、PS3タイトルではSCEのライセンス料またはプレス料が高く設定される可能性があると心配しているわけだ。

 しかし、これは、PS3をエンターテイメントコンピュータにするという本来の戦略からすると、噛み合わないストーリーだった。というのは、PS3上で、ライセンス契約しないアプリケーションの繁栄を望むなら、長期的にはゲームタイトルの方もライセンスを緩める方向へ向かう必要があると推定されていたからだ。例えば、PS3上の汎用OS上で、ゲームソフトが登場した場合、そちらからはSCEはライセンスを取ることができない。一貫性を持たせるためには、むしろゲームのライセンス料等を縮小したり、ライセンスシステム自体を取りやめて行く必要があると思われる。ところが、PS3タイトルが高価格になるとすると、そうした流れとは噛み合わない。

 PS3タイトルの価格について、こうした疑問が生じていたところに、今回のPS3ハード価格の仕切り直しがあった。そこで、1つの推測が立てられる。SCEがハード価格の引き下げを決めた時点で、減る売り上げを補完するためにゲームタイトル価格も高く設置したという可能性だ。つまり、ハード部分でのへこみを、ソフト部分の収入で埋めるつもりかもしれない。特に、最初はSCE自体で開発したファーストパーティタイトルも多くなるため、タイトルを高価格に設定すれば、コンテンツでの収入が増えることになる。

 もしそうだとすれば、PS3はますますゲーム機的なモデルへと揺り戻したことになる。

●スピーチでの公式アナウンスを避けた異例の発表形式は何のため?

 今回の、いきなりのPS3価格改定の件での疑問の1つは、その発表方式だ。久夛良木氏は、東京ゲームショウで開催されたTGSフォーラムのキーノートスピーチに登壇したが、価格とHDMIという重要な事柄はスピーチの中で直接発表しなかった。キーノート自体は、ビジョンを語るに留まり、その後のトークセッションで爆弾的に暴露した。つまり、“公式に発表”という形ではなく、“半公式”的に語る形をとった。だから、新価格のスライド資料も存在しない。あとで、価格入りのリリースが出て公式な発表になったとはいえ、現場ではなぜ、こんな変則的な形を取ったのだろう。

 以前、久夛良木氏は、価格のような件は、自分が語るべきではないといった趣旨のことを語っていた。実際、久夛良木氏はビジョンを語ることが多く、製品の現実的な事柄についてアナウンスすることが少ない。特に、クリティカルな今回はスピーチで語りたくはなかったのかもしれない。

 しかし、他にも可能性が考えられる。例えば、今回の値下げやHDMI端子の標準搭載については、ソニー本社との合意が取れていなかったのかもしれない。だとすれば、公式には発表できない理由も納得できる。しかし、発言してしまえば、規定事実になってしまう、そこを久夛良木氏が狙った可能性もある。(その後、SCEからは金額の入ったリリースが出され、正式に発表された)

 もちろん、これは単なる憶測だが、そう考えたくなるほど最近のソニーとSCEの間は、連携が悪い。また、こうした小回りが効く点が、ソニーとSCEの違いでもある。ソニー本体だったら、一度公式に発表した戦略製品の価格を、発売前にアッサリと書き換えるような大胆なことは難しいだろう。

 大企業の場合、いったん発表した価格を引っ込めることができず、失敗への道をまっしぐらに進むケースがありうる。しかし、SCEは規模の割に、日本企業としては小回りが利き、対応がスピーディで、面子にこだわらずに軌道修正ができる。逆を言えば、そんなSCEだから、PS3をゲーム機以上の価格でスタートさせようというリスクの高い賭けも張ることができる。つまり、リスキーなこともするが、リスクを回避するのも速い。そうしたSCEの特徴が、今回は発揮されたと見ることもできる。

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(2006年9月26日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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