●さまざまな変更を意味するPLAYSTATION 3の価格設定変更 ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)は、PLAYSTATION 3戦略を大きく変更した。
従来は59,800円(税別)を予定していたPLAYSTATION 3のエントリモデル(20GB HDDコンフィギュレーション)の価格を、税込みで49,980円に引き下げ。さらに、従来は上位版(60GB HDDコンフィギュレーション)にしか搭載されていなかったHDMIインターフェイスを、20GB版にも搭載する。HDMI端子付きPS3という意味では、2万円を超える値下げとなる。 今回の件は、表向きは、PS3のローンチ価格の大幅引き下げだが、その意味するのは単純な価格設定の変更ではない。PS3をどう位置付け、どう売るかという、SCEの基本戦略の変更が、今回の背後にはあると見られる。 簡単に言えば、高価格路線のこれまでのPS3は、ゲーム機というよりコンピュータという位置付けだったが、新価格ではゲーム機の色彩がぐっと強くなった。つまり、コンピュータ寄りからゲーム機寄りへと、もう一度位置付けが戻されたように見える。 それは次のような変更も意味すると考えられる。リスクの高い賭けから、よりリスクの少ない穏当なアプローチへ。短期間でコンピュータに育てるスピード戦略から、長期的な移行戦略に。オープンで広汎なアプリケーションへの展開から、よりゲームソフトフォーカスに。対PCではなく、対ゲーム機に。総合的な戦略変更だ。 SCEの今回の戦略変更が、PS3をエンターテイメントコンピュータに育てるという長期的なビジョンに影響を与えるとは思えない。しかし、“PS3をどう立ち上げるか”という点については、明瞭に戦略が変わった。それは、より現実的なラインに戻すというだけでなく、PS3を取り巻く現在の厳しい状況を打破するという意味もある。 ●久夛良木氏が自ら価格設定の変更を公開 SCEの代表取締役社長兼グループCEOの久夛良木健氏は、9月22日から幕張メッセで開催されている東京ゲームショウのTGSフォーラムの基調講演に登場。久夛良木氏は、講演でPS3のビジョンを語った後、トークセッションでPS3の価格と一部仕様の変更を明かした。
従来のPS3の日本での予定価格は、20GB HDDのコンフィギュレーション版が59,800円、60GB版がオープンプライスで、実売7万円台とウワサされていた。米国版は20GB版が499ドル、60GB版が599ドル、ヨーロッパは20GB版が499ユーロ、60GB版が599ユーロが予定されている。そこから、今回、日本の20GB版の価格変更が明確にされた。価格について久夛良木氏は次のように説明する。 「まず最初に、アメリカの値段を決めた。500ドル超えてもと思ったが、500ドルを切らさせてもらった。で、E3の発表後、リテーラの方やユーザーの方から、(この価格で)全然問題がないと、そんな安くていいのかと言われた」、「ヨーロッパは1ドルを1ユーロで換算して499ユーロだよねと。ところが、今、1ユーロが(為替レートが上がってしまって)140~150円(現在149円)で、高すぎて何も買えない。ところが、ユーロの人たちに言わせると全然問題がない。(ユーロ圏の)中での通貨(価値)は同じだから何も問題がない」 「日本のユーザーやメディアからは高いよと、ずっと言われ続けて、なかなか収まらない。よく考えたら、他の通貨で決めて逆算して円に直して、消費税入れて6万いくらは高いと言われて。高い高いと言われ続けていると、夢の世界はなかなか実現できないとちょっと思ったりするんで、爆弾発言なんですけど、日本で、(20GB版を)消費税を込みで49,980円で、20円ですけど5万円を切る値段で出させてもらおうかなと」 つまり、PS3の価格は、米国の価格をまず決定し、そこから他の通貨圏に価格を換算して出したと。ところが、通貨為替レートが変動しても、その通貨圏の中での価値というのは変動しない。単純に為替変換で価格を決定するのは間違えていたので、日本は日本の市場に合わせた価格にするというのが説明だ。 ●キーファクタであるHDMIが20GB版にも搭載へ また、同時にこれまで60GB版と20GB版にあったハードウェア上の決定的な差も埋められた。これまで、高解像度のデジタル出力用のHDMI端子は、60GB版だけのフィーチャで、20GB版には載らないことになっていた。しかし、今回、久夛良木氏は、HDMI端子が下位の20GB版にも搭載されることを明らかにした。 「HDMIの話をさせていただいたのは確かE3だったと思いますが、その段階ではHDMI付きのTVがなかった。規格そのものも非常に動いていて、(TV側の)解像度もあまりフルHDに対応していなかった」、「しかし、近年、(HDMIが)ものすごい勢いで普及し始めようとしていると、我々も感じている。予想を超えて、時代はもっと早まったと」、「みなさんに、NTSC(にPS3をつないでいて)から、いつかTVを買い換える時にPS3も買い換えてくれってわけにはいきませんよね。というわけで、(HDMIを20GB版にも)つけてしまうことにしました」 つまり、当初はHDMIの普及は急激には進まないと予測していたため、下位のコンフィギュレーションからは外した。しかし、HDMIの普及が思ったより急峻なので、全ラインにつけることにしたという説明だ。 ●60GBから20GBへと誘導が変わる これまでの価格とコンフィギュレーションの戦略は、明瞭に60GB版へ消費者を誘導するものだった。特にHDMIはBD(Blu-ray Disc)でもキーファクタであるだけに、スペックを重視するアーリーアダプタは確実に60GB版へと誘導される。フルスペックのPS3は、60GB版、つまり、実売7万円台でしか提供されないというのが、これまでのメッセージだ。 しかし、今回の価格とコンフィギュレーションでは、そうした差別化要因がなくなる。事実上、20GB版でもゲームコンソールとしてはフルスペックとなり、60GB版のバリューは当然減る。消費者は当然20GBへと誘導される。というより、それを見越した上での価格とコンフィギュレーションの改訂だ。 そのため、この変更は、単純に1万円+消費税分の価格引き下げにはならない。ユーザーにとっては、キーフィーチャを揃えたPS3が、2万円以上安い価格で手に入ることを意味する。SCEにとってはメインで売れるコンフィギュレーションが、7万円台から5万円以下になることを意味している。価格が今のところ変更されていない米国やヨーロッパでも、HDMIをキーファクタと見る層が買うモデルが変わる。ワールドワイドで見ても、かなりPS3ハードの売上げが変わることになる。 では、なぜSCEはここまで思い切った価格戦略の転換に出たのだろう。 ●ゲーム機のビジネス構造がゲーム機の低価格を支える これまでのPS3の高価格戦略は、全て、PS3をエンターテイメントコンピュータにするという路線の上にあった。逆を言えば、SCEがPS3をゲーム以外でも有用なコンピュータにしようとしたら、高い価格に設定せざるを得なかった。それは、伝統的なゲーム機と、PCのようなコンピュータでは、ビジネスモデルが異なっているからだ。 ゲーム機の価格は、PCや通常のAV機器と比べるとかなり割安だ。それは、ゲーム機がソフトウェアと一体になっており、ハードを1社がほぼ独占的に供給するからだ。 ハードは1社提供であるため、ゲーム機本体は、長期的に見て黒字になるように設定することができる。ローンチ時点では、部品が高コストで利幅が狭い、あるいは逆ざやでも、部品コストが下がった時点で埋め合わせるという計算が可能だ。例えば、PS2は、コストの多くを占める半導体チップを自社生産し、微細化を重ねることで、劇的にコストを下げた。 また、ゲーム機ベンダーは、そのゲーム機に対するソフトウェア出版のライセンスやディスクのプレスも行ない、自社ゲーム機向けにゲームタイトルも開発して販売する。そのため、ゲーム機ハード自体では儲けない、あるいは低利幅でも、ソフトに付帯する収入で利益を上げるというモデルを取ることができる。実際、SCEが参入する前の構造は、ハードは赤字でも、ソフトに付帯する収入で元を取るというモデルが一般的だった。SCEは、ハードウェアの価格を上げ、ライセンス料だけに頼らないモデルを作ったが、それでもPCのように、純粋にハードだけの価格モデルとは異なる。 実際、ゲーム機の価格を決めるにあたっては、そのゲーム機1台当たり、何本のタイトルが売れて、その内の何本が自社タイトルになるかを予想してつけると言われる。自社タイトルの利益はそのまま載せることができるし、アタッチ率(1台あたりのタイトル販売本数)が高ければ、付帯収入もある程度期待できる。 ●価格戦略の転換が意味するものは こうした仕組みから、ゲーム機では、特に高コストなローンチ時に戦略的な低価格設定がしやすい。また、低価格に設定しなければならない理由もある。 ゲーム機の成功は、ゲームタイトルがそのゲーム機上でどれだけ揃うかにかかっている。ゲームデベロッパ/パブリッシャが力を入れて、魅力あるゲームを多数揃えてくれれば、ゲーム機も成功する。しかし、そのためにはゲーム機を普及させて、デベロッパやパブリッシャがゲーム開発に乗り気になるようにさせる必要がある。 そのため、ゲーム機の立ち上げ機には、普及しやすい価格に設定するのが通例だ。特にコストが苦しいローンチ時も、低価格に抑えて、普及を促進するわけだ。そうすると、ハードが普及する→ゲームタイトルが揃う→ハードの普及が加速する、というポジティブスパイラルが回り始める。 ところが、PS3をエンターテイメントコンピュータとして位置付けて売ろうとすると、こうした旧来のゲーム機モデルが取りにくくなってしまう。つまり、ライセンスを受けたゲームタイトルしか走らないマシンではなく、誰もが自由にプログラムを書いて走らせることができるPCのようなコンピュータにしようとすると、これまでのモデルは通用しない。なぜなら、PS3がコンピュータとして成功して、ユーザーが、コンピュータとして使うためにPS3を購入するケースが増えると、ゲームのアタッチ率が下がるからだ。 ソフトウェアに対してオープンなコンピュータにするなら、本体ハードで十分な利益が上がるように設定しなければならない。だからこそPS3は高価格、言い換えれば、PC価格だったわけだ。そのため、その価格が仕切り直しになったという意味は大きい。少なくとも、初期の段階では、PS3はゲーム機の色彩が強くなり、エンターテイメントコンピュータとして訴求されるのは、ややフェイズがずれることになったと推測される。 しかし、PS3の現状を考えると、これは、おそらく正しい戦略判断だ。少なくとも、ゲーム業界では、この変化は歓迎される。そして、この戦略変更で、このところPS3を覆っていた暗雲が、かなり吹き飛ばされることも確実だ。 □関連記事 (2006年9月22日) [Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]
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