●あまりに長すぎた5年の年月 まもなくリリースされる見込みのWindows Vistaは、メジャーリリースとしては2001年10月のWindows XP以来となる。現時点でVistaのリリース日は明確にはなっていないが、コンシューマーやOEMが広く入手可能になる2007年1月を次のリリース日とすると、実に5年3カ月ぶりのニューリリースということになる。5年あまりという月日は、一般の世界でもかなり長いが、ITの世界ではなおさら長い。 2001年秋というと、IntelがPetium 4のソケットを423ピンから478ピンに変更したあたり、AMDもAthlonが全盛(Palominoが登場したばかり)でまだ64bitの足音は聞こえていない。Appleが最初のMac OS Xをリリースしたのはこの頃だ。
まもなくPentium 4は、プレミアムプロセッサの座をIntel Core2 Duoに譲り、AMDは64bitアーキテクチャへの移行を終えている。AppleにいたってはMac OS XがIntelプロセッサで利用可能になるという、当時では考えられなかった変化さえ訪れた。 これだけ長い間、メジャーアップデートがなかったのだから、Windows Vistaでは技術的にキャッチアップしなければならない部分がどうしても多くなるし、市場環境の変化への対応も不可欠になる。その1つに大容量のフラッシュメモリ(NANDフラッシュ)が安価に利用可能となったことが挙げられる。 おそらくWindows XPの開発が進められていた時点においては、現実的な価格で一般のユーザーが入手可能なフラッシュメモリの容量は、数MBからせいぜい32MB程度であっただろう。それが現在では最終製品としてのフラッシュカード(SDやメモリースティック)でも1GBで5,000円を切るものが珍しくない。チップレベルの価格では1GBで15ドル程度だと言われている。この安価に入手可能となった不揮発メモリをうまく活用しようというのは、当然出てくるアイデアだ。 ●フラッシュメモリの値下がりに乗じたハイブリッド技術の登場 Microsoftが発表した「ReadyDrive」は、システムにNANDフラッシュメモリを内蔵したHDD(ハイブリッドディスク)を搭載し、フラッシュメモリをキャッシュに利用することで、システムの起動時間の短縮、キャッシュを活用することでHDDの回転を最小限に抑えバッテリ駆動時間の延長とHDD寿命の延長を図る、というもの。キャッシュが不揮発メモリであるから、オペレーション途中の電源断といった不測の事態が生じても、データを失わずにすむ。
このハイブリッドディスクのアイデアは、WinHEC 2005で披露された。この時点での説明では、メモリは不揮発であれば種類を問わない(NANDフラッシュ以外でもかまわない)、Microsoftの主な役割はコマンドセットの標準化にある、といったことだったのだが、今年は実用化に向けて1歩踏み出した、ということなのだろう。 実際にはMicrosoftは、数年前から“Piton”という開発コード名で、このアイデアを育むと同時に、ドライブメーカーに採用を呼びかけていたようだ。今回のWinHEC 2006では、Samsungが2.5インチタイプのハイブリッドディスクを展示会に出展、2006年後半からの量産開始を表明した。さらに、展示会場内MicrosoftブースのReadyDriveのコーナーでは、Seagateと日立GSTのサンプルドライブが並べられていた。
というわけで、2007年のHDD、特にモバイル向けの2.5インチドライブにはフラッシュメモリ搭載が標準になる、かというと、そこまで言い切るのは難しいようだ。その理由の1つは、ドライブメーカーの態度が今ひとつハッキリしないこと、もう1つは競合する技術が存在することにある。 上述したように、現時点でReadyDrive対応のハイブリッドディスクに最も熱心なのは、Samsung Electronicsである。展示会の自社ブースにコーナーを設け、製品展示を行なっていたほどだ。しかし、そこで説明を行なっていたのはほとんどが半導体事業部の担当者で、磁気ディスク事業部の担当者を見つけることはできなかった。ハイブリッドディスクの隣には、NANDフラッシュを用いたSSD(ソリッドステートディスク、半導体ディスク)のコーナーがあり、筆者にはそちらのプロモーションの方により力が入っているように見えた。 HDDにとってメモリというのは、必要不可欠なものではある。どんなHDDであろうと、ファームウェア用のフラッシュメモリ(主にNOR型)とバッファ用のDRAMを搭載している。だが、ハイブリッドディスクのように数百MB単位でフラッシュメモリを搭載する(Microsoftでは50MB以上を必須、128MB~256MBを推奨している)となると、話は異なるようだ。 おそらくHDD事業者にとって、大容量のNANDフラッシュというのは、ある種の「異物」である。しかもこの異物は、自分たちの領土を切り崩そうとしている「敵」でもある。1インチドライブを採用したiPod miniを、フラッシュメモリを搭載したiPod nanoが駆逐してしまったように、油断すると次は1.8インチドライブが切り崩されるかもしれない(Samsungは16GBと32GBのSSDを展示していた)。HDD事業者が、積極的にNANDフラッシュを搭載したいだろうとは思えない理由がここにある。 自社でNANDフラッシュとHDDの両方を手がけるSamsungはともかく、HDD専業メーカーは積極的にハイブリッドディスクを量産するだろうか(同じく、NANDフラッシュとHDDの両方を手がける東芝の動きが気になるところだが)。 もう1つHDDメーカーを不安にさせるのが、ハイブリッドディスクのマーケットがWindows Vista搭載PCに限られることだ。MicrosoftはReadyDriveをWindows Vistaで標準サポートする(すでにβ2にサポートコードが入っており、最初のリリースから正式サポートが始まる)としているが、ReadyDriveをWindows XPをはじめとする過去のOSにバックポートするとは言っていない。ドライブ上のNANDフラッシュを活用するコマンドが標準化されるといっても、具体的にそれをサポートするプラットフォームがVistaに(少なくとも今のところ)限られるのではマーケットは極めて限定されることになり、HDDメーカーはリスクを負うことになる。 ●Intelが持つ競合技術「Robson」
さて、ReadyDriveの競合技術だが、それは言うまでもなくIntelのRobsonテクノロジーだ。ReadyDriveとはキャッシュの位置が異なり、こちらはPCI Expressバス上である。HDDからキャッシュを分離することで、別途コントローラが必要になるといったコスト高要因が生じるが、HDD自体は現在売られている汎用のドライブで良い。つまり、ドライブに異物を組み込む必要がない。 この異物という点で思い出すのがDirect Rambusメモリ(Direct RDRAM)だ。RDRAMは、ダイ上にメモリセルに加えてRambus ASIC Cell(RAC)と呼ばれるRambusインターフェイス回路を必要とする。RACの設計はRambusが行ない、実際に製造を行うライセンサー(メモリメーカー)が中に手を出すことが許されないという点で、RACは「異物」であった。ダイのシュリンクや最適化を行なう上で、この異物が歓迎されなかったことは言うまでもない。ブラックボックスであるRACの搭載と、ライセンス料の2つが、メモリメーカー(特に強硬だった3社)がDirect RDRAMに最後まで抵抗した理由だったのではないかと筆者は思っている。 このRDRAM問題で、Intelは異物について学んだのかもしれない。Robsonのポイントの1つは、HDD自体は普通の(すべてのアプリケーションで利用できる)汎用のドライブで良い、ということだ(FB-DIMMがAMBチップが必要となっても、DRAMチップ自体は汎用品で良いように)。つまりHDDメーカーはリスクを負わなくてすむ。 OSへの対応については、Intelのドライバサポート次第、ということになる。現時点でIntelは具体的なサポートプランを明らかにしていないが、Windows Vistaに限定して最大のインストールベースを持つWindows XPを外すとは考えにくい。ReadyDriveでVistaを売りたいMicrosoftと異なり、IntelにRobsonでVistaを売る必然性はないからだ。Windows XPのサポートがあれば、そこにWindows 2000を追加することは、難しいことではない。おそらくMac OS Xのサポートも行われることだろう。 逆にRobsonの制約事項は、チップセットがIntel製に限られる、ということだ。Santa RosaプラットフォームにおけるRobsonの位置付け(必須かオプションか)は、まだハッキリとはしないが、他社製チップセットで利用できるようなことにはならないだろう。現在、Intelの無線LANモジュールが原則的にIntelチップセットとセットでしか販売されないオプションであるように、Robson(チップ単位で売られるのか、PCI Expressのミニカードとして売られるのかも不明)が単独で売られるとは思えない(もちろん何事にもグレーマーケットは存在する)。RobsonがHDDメーカーの支持を取り付けやすい一方で、AMDやNVIDIAがReadyDriveを支持するであろうと予想することは実に容易だ。
【表】ReadyDriveとRobsonの比較
おそらく性能という点では、OSの知る情報すべてを利用可能なReadyDriveに軍配が上がるだろう。Microsoftは、Windows Vistaの性能強化策として、ReadyDriveだけでなくSuperFetch(利用状況に合わせてページングを行なうメモリ管理)やReadyBoot(SD、CF、メモリースティックといったフラッシュカードをキャッシュに使う)といった技術(これらも機会があれば取り上げてみたい)を打ち出しており、たとえばReadyDriveとSuperFetchの組み合わせは、なかなか魅力的に思える。 逆にRobsonは汎用のドライブや、既存の手持ちのドライブでも利用できる上、おそらくOSが限定されない(ひょっとするとLinuxのサポートもあるかもしれない)。コントローラの追加というコスト高要因があるにもかかわらず、現実のトータル入手価格は特殊なドライブを必要としない(量産規模の大きな汎用ドライブが使える)Robsonの方が安い可能性も考えられる。 ReadyDriveとRobson、どちらが良いのか、実に難しい。おそらく多くのノートPCベンダも頭を悩ませていることだろう。勝負となるのは2007年の第1四半期。おそらくWindows Vistaが幅広く入手可能になり、IntelのSanta Rosaプラットフォームもデビューする。どちらがより多くのOEMを獲得できるのか、実際の性能はどうなのか、注目されるところだ。
□関連記事 (2006年5月26日) [Reported by 元麻布春男]
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