山田祥平のRe:config.sys

タブが崩す最後のsの砦




 Windowsの最後のsは複数形を意味する。表示される複数のウィンドウは、タイルからオーバーラップへと進化し、現在のスタイルに落ち着いてからは、かなり長い時間が経過している。そこにちょっとしたトレンドの変化が起こった。それが、タブインターフェイスの登場だ。

●タブが見せることができるのは1つのペインだけ

 IE7のβ2が公開された。目玉機能の1つがタブへの対応だ、Ctrlキーを押しながらリンクをクリックすると、バックグラウンドのタブでそのリンクが開く。MSNツールバーが提供していたタブ機能では、フォアグラウンドのタブで開いていたので、正反対の振る舞いをするが、検索結果の中からめぼしいものを拾っていくような場合には、こちらの方が使いやすいと思う。(もちろん、従来通り、もう1つブラウザを起動することもできる)。

 さて、このタブというUIだが、Windowsの設定ダイアログボックスではおなじみのものだし、広義には、Excelのシートタブなどもタブといっていいだろう。見かけがタブでなくてもよければ、公開されたばかりの「Windows Live Messenger」のオプション設定ダイアログボックスなど、いろいろなアプリケーションソフトで見かけるタイプのダイアログボックスも、一種のタブといえる。

 タブの難点は、どんなに画面が広くても、1つのペインしか見せられない点だ。たとえば、ブラウザを使って複数のページを見る場合でも、2つのページの内容を見比べるような使い方にはタブは無力だ。結局は、ブラウザを2つ開き、双方に異なるページを表示させ、それを見比べるしかない。つまり、タブは、1冊の本に挟み込まれた複数の栞に過ぎず、1冊の本という呪縛から逃れることはできない。1冊の本の中の関連ページを同時に参照することはできないから、せめて、別の箇所を開きやすいように印をつけておく程度の意味合いにすぎない。

 ブラウザのブックマーク、IEでいうところのお気に入りは、インターネット全体を1冊の本にたとえ、特定のページの在処をURLとして記録し、瞬時にそのページを開けるようにした。IE7におけるタブは、いってみれば、テンポラリーブックマークであり、その場で捨ててしまうお気に入りに過ぎないともいえるだろう。インターネット接続帯域が十分に高速で、かつ、サイトの応答性がよければ、タブの切り替えとお気に入りでの切り替えでは特に使い勝手に差を感じることはないはずだ。

 もし、同じ本を複数冊用意することができれば、別のページを開いて机の上に置ける。そうすれば同じ本の中の別の箇所を同時に参照することができる。ブラウザを2つ以上開くというのはそういうことだ。なのに1つのブラウザで複数のタブを開こうとする。なぜ、これほどまでにタブはチヤホヤされるのだろうか。

●親ウィンドウと子ウィンドウ

 Windows用のアプリケーションソフトのデザインで、Microsoftが犯したもっとも大きな過ちは、マルチプル・ドキュメント・インターフェイス(MDI)だ。1つのウィンドウが、親ウィンドウとなり、子ウィンドウとして複数のドキュメントを開くというものだ。

 これは実にわかりにくい。起動しているアプリケーションは1つなのに、その中に複数の子ウィンドウがあるからだ。ウィンドウシステムが入れ子になっているのだ。

 Microsoft Officeは、このわかりにくさを解消するために、子ウィンドウのタイトルをタスクバー上の独立したボタンとして表示するようにしたが、タスクバーボタンで切り替えても、ウィンドウ内の表示内容が切り替わるだけで、特に指定しない限り、子ウィンドウがオーバーラップすることはない。なぜなら既定値として、親ウィンドウの中でそれぞれの子ウィンドウは最大化されているからだ。もし、複数のドキュメント内容を比較したい場合には、ウィンドウメニューから「並べて比較」などのコマンドを実行する必要がある。これは、いわばWindowsの中にもう1つのウィンドウシステムがあるようなものだ。

 おなじみのアプリケーションとしては、「Adobe Reader」も同様の仕様になっている。タスクバーボタンを使って切り替えはできるが、複数のファイル内容を同時に見たい場合はウィンドウメニューの操作が必要になる。

 ファイルの種類が異なれば、2つめのファイルは別のアプリケーションウィンドウがオーバーラップして開くので混乱することはない。なのに、ファイルの種類が異なる場合には、今まで開いていたファイルを見失ってしまう。複数のウィンドウを開けないアプリケーションは不便きわまりないし、OSの振る舞いとの整合性も低い。

 Mac OSではこうはならない。ドキュメントを開けば、必ず、オーバーラップしてウィンドウが開く。Mac OSの場合は、アプリケーションのウィンドウという概念が希薄で、ドキュメントウィンドウが、独立したウィンドウとして振る舞っているように見える。実際にはWindowsと同様に1つのアプリケーションが複数のドキュメントを開いていたとしても、ユーザーから見た場合は、そのことを意識しなくてもよいわけだ。どちらが自然かは自明だろう。

●デスクトップメタファは生き残れないのか

 机の上に参考文献や資料類、ノートを開き、ペンを持って作業する。開いた資料類は重なり合うこともあるが、机が十分に広ければ、多少遠い位置ではあっても重なり合うことなく開いておける。図書館の何も置いていない広い机が使いやすいのと同じ理屈だ。そして、そのときもっとも注目しなければならない対象を手元にたぐり寄せて作業をする。デスクトップのメタファは、こんなイメージを目指していたはずだ。

 MDIは、1冊の本では別の箇所を同時に見るのが難しいという部分までリアルデスクトップを真似してしまった。その背景にはアプリケーション指向を捨てきれず、中途半端なドキュメント指向しか持てなかったという事情もあるのだろう。ドキュメントとしてのファイルは複数に分かれていても、強引にアプリケーションが、それらを束ねてしまうという点で、リアルデスクトップよりたちが悪い。

 それでもMDIは、タスクバー上にタスクバーボタンを表示するだけマシなのだ。Windows XPであれば、Alt+Tabで切り替えができるし、Windows Vistaご自慢の3D表示タスク切り替えでも、ちゃんとドキュメントのイメージが表示される。同時参照にはそれなりのスキルが必要だが、切り替えはたやすい。スキルさえあれば、子ウィンドウの操作もできる。

 ところがタブは、悲しいほどにタブであり、リアル書物の悪いところをそのまま受け継いでしまっている。

 たとえば、4つのタブを開いているとしよう。そのうち2つのページを同時に表示させて見比べたいと思ったとき、どんな操作をすればいいだろう。MDIと違ってウィンドウメニューもない。クイックタブで、現在開いているページのサムネールを一覧することはできても、それは表示切り替えのための手段に過ぎない。タブをクリックするのと結果は同じだ。

 IE7の場合、4つのタブを開いているときに、Ctrl+Nで新しいブラウザを開くと、そのとき開いているページを単一のタブとして持つウィンドウが開く。つまり、現在のウィンドウの複製として新規のウィンドウを開くことができないのだ。戻るや進むボタンの内容は継承されているし、そのとき表示されているページも同じだが、タブ構造は引き継がれない。せめて、タブの右クリックで表示されるショートカットメニューに「新しいウィンドウで開く」が用意されていればと思う。

 結局、操作としては、Ctrl+クリックでバックグラウンドタブとして、Shift+クリックで新しいウィンドウとしてリンクを開くという使い方をするしかない。いろいろな意味で、IE7へのタブ実装はツメが甘いと思う。

●タブが支配するWindows GUI

 ぼくの懸念は、タブがWindows GUIの主流になりはしないかという点にある。タブが重宝されるのは、XGAでの表示がギリギリなほどリッチになったWebサイトのデザインと無関係ではあるまい。事実、こうしたリッチなデザインのページをウィンドウとして複数表示することができても、実用性には乏しい。

 それに、オーバーラップウィンドウというUXが、もしかしたら、一般のユーザーには慣れ親しむのが難しかったという背景もあるだろう。実際、XGAクラスの解像度なら、スキルのあるユーザーは、ウィンドウを最大化して作業することが多いのではないだろうか。さらに、今後、多くのユーザーが慣れ親しんでいくであろう10フィートUIでは、オーバーラップウィンドウはありえないといってもいい。もし、UXGA以上の解像度が当たり前のように普及していれば、こうはならなかったかもしれない。

 ここでもMac OSとの文化の違いが見て取れる。ただ、本来は最大化という概念がないはずのMac OSだが、最近のMac用アプリケーションは、振る舞いがちょっとWindows化している点も気になる。ウィンドウがデスクトップの大半を占領し、複数のファイルをその中で扱うUXが目立つようになってきているのだ。つまり、最大化に近い状態でないと実質的に使えないようなアプリケーションだ。以前に紹介した「Aperture」などは、そうしたアプリケーションの1つだ。

 さらに、Windowsでいうところのエクスプローラバーは、Mac OSではサイドバーと呼ばれているが、これも一種のタブである。ここに表示されるアイテムをクリックすると、右側のメインのペインの内容が変わる。Windowsユーザーでも、iTunesを使ってみれば、その雰囲気が理解できるはずだ。Vistaのフォルダウィンドウなどを見ていると、Mac OS Xを強く意識している様子も感じられる。

 複数のウィンドウがオーバーラップすることを前提にデスクトップメタファを提供してきたウィンドウシステムだが、WindowsにもMac OSにも、タブがちょっとした波瀾を巻き起こしている。これは一種の退化なのか、それとも、新しい時代のUIを予感させる兆しなのか、いったいどっちなんだろう。

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(2006年5月12日)

[Reported by 山田祥平]


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