笠原一輝のユビキタス情報局

VALUESTARのMCE搭載率が8割を越えた背景と影響



 マイクロソフトは4月12日、都内において記者会見を開催し、同社がWindows XP Media Center Edition 2005向けに提供しているコンテンツ配信サービスである「メディアオンライン」に、新たに7社がコンテンツを提供することになったことを明らかにした。それについては別記事を参照していただきたいのだが、Microsoftのジョー・ベルフィオーレ副社長(eHome担当)は、NECから4月11日に発表された春モデルのデスクトップPCのうち90%近くがWindows XP Media Center Edition(MCE) 2005を搭載したことを引き合いに出し、日本においてもWindows XP MCEの本格的な普及が始まったことを高らかに宣言した。

 だが、あれだけWindows XP MCEの導入に消極的だった、日本のPCベンダのこうした方針転換はなぜ実現したのだろうか。今回は、そうした背景と、そうしたNECの決断がマイクロソフトのメディアセンター戦略に与える影響について考えていきたい。

●新VALUESTARの8割がWindows XP MCE 2005を採用

 4月11日にNECが発表したデスクトップPCは、店頭売りモデルだけを対象にするのであれば、全部で15モデルに及んでいる。そうした15モデルのOSを調べていくと、下記のような結果になる。

シリーズ名 モデル数 OS
VALUESTAR Lスリム 2 Windows XP Home Edition
VALUESTAR L 5 Windows XP Media Center Edition 2005
VALUESTAR W 4 Windows XP Media Center Edition 2005
VALUESTAR R 3 Windows XP Media Center Edition 2005
VALUESTAR X 1 Windows XP Home Edition

 計算上は、VALUESTARシリーズの新機種15モデルのうち12モデルがOSとしてWindows XP MCE 2005を搭載しており、一挙にモデル数が大幅に増えたことになる。ベルフィオーレ副社長のいう「90%」というのが何を意味しているのか、筆者には確認できなかったのだが、90%とはいわずとも80%はWindows XP MCEに置き換わったことになる。2005年の秋頃に発売された秋、冬モデルでは、VALUESTARシリーズにはWindows XP MCE 2005を搭載したPCが全く無かったことを考えると、まさに隔世の感があると言ってよいだろう。

マイクロソフトの発表会でデモに利用された
NECのVALUESTAR W

 そもそも、日本のPCベンダがWindows XP MCEに冷淡だったのは、2つの理由があった。1つにはWindows XP MCEがサポートする機能がすでに日本のPCベンダが独自に開発した10フィートUI(NECならMediaGarage、富士通ならMyMedia、ソニーならDo VAIO)に比べて機能が低かったり、メーカー側で壁紙すら替えられないなど自由度が低かったという技術的な問題。そしてもう1つが現在日本のコンシューマPC市場で大多数を占めているWindows XP Home Editionに比べてライセンス料が割高であること(価格的にはMedia Center EditionはProfessionalとHome Editionの中間ぐらいの価格設定になっている)、というコスト上の2つの問題だ。

 では、こうした問題が解決したから、NECは実に8割を超えるPCにWindows XP MCE 2005を搭載したのだろうか。実のところ何も解決はしていないのだ。Windows XP MCE 2005に搭載されている10フィートUIである「メディアセンター」は、2005年の10月にエメラルドの開発コードネームで知られるUpdate Rollup2へのバージョンアップされたが、これはXbox 360への対応がメインで、メディアセンターの機能そのものにはあまり手が入っていない。つまり、状況は以前と何も変わっていないのだ。

 実際、この問題はVistaに搭載される次のバージョンのメディアセンター(開発コードネーム:ダイアモンド)でもあまり状況は改善されない。ダイアモンドでは3D表示の採用などUIの更新はあるが、日本のメーカーが望んでいるようなより柔軟性の高いバージョンにはなっていない。それが実現されるのは、2007年あたりに登場すると言われている業界で“Configurable MCE”(カスタマイズ可能なMCEという意味)と呼ばれるバージョンのダイアモンドが登場するのを待つ必要がある。

 そして価格の方も何も変わっていない。もちろんOEMベンダに渡される価格に反映されるわけではないが、秋葉原などのPCショップで新規ハードウェアとセットで販売されているDSP版(いわゆるOEM版)の価格を見ていれば、それぞれの位置付けが以前と変わっていないことからも明らかだろう。

●ハイブリッドUIという中間解を見いだした日本のOEMベンダ

 では、なぜ、NECはそういう決断をしたのか。1つには技術的な問題について、完全ではないものの、マイクロソフトからの譲歩を引き出したからだ。

 2005年の12月に発表された2006年の春モデル(余談になるが、ややこしいから、もっと季節にあったシーズン名にしたほうがよいのでは……)において、NECと日立製作所はメディアセンターと自社の10フィートUIのハイブリッド構成にしたPCを発売した。いずれの製品も、ネット配信に関してはメディアセンターの“メディアオンライン”機能を利用し、TV録画や音楽、ビデオ、写真などの再生に関しては自社の10フィートUIを利用するという構成だ。確かに、この構成であれば、メディアセンターの最大のメリットであるネット配信の共通プラットフォームであるという点を活用でき、かつ従来の各社のPCで実現していたTV録画の機能などを実装することもできる。

NECのVALUESTAR Lスタンダード。採用されているリモコンにはMediaGarageとメディアセンターの2つのスタートボタンがある

 ただし、このアプローチには1つだけ大きな落とし穴がある。それがリモコンの問題だ。実際、日立製作所のPrius Pシリーズ(DH75/73P2)の場合、日立独自の10フィートUIである「Prius Navigator」を操作するリモコンと、メディアセンターを操作するマイクロソフトのリモコンと2つのリモコンがバンドルされている。というのも、マイクロソフトのリモコンコードと日立のリモコンコードが異なっているためで、そもそもマイクロソフトのリモコンには日本の地上波デジタルで利用するボタンなどは用意されておらず、マイクロソフトのリモコンだけでは、PCベンダ側の10フィートUIが操作しきれないのだ。

 こうしたリモコン2個というのが、ユーザーフレンドリーかと言えば、そうではないだろう。そこで、2つのリモコンを1つにしたいところだが、これまでマイクロソフトはベンダ側が独自でリモコンを作るということを許してこなかった。マイクロソフトが規定したリモコンデザインが、OSの一部であるとして、それをベンダ側に採用することを強いてきたのだ。マイクロソフトの側からすれば、ユニバーサルデザインを採用することで、どのマシンでも同じ使い勝手を実現し、結果的にユーザーの利便性を計るという狙いがあるのだが、ハイブリッドUIにするにはこのリモコン2個という問題が足かせになってしまうのだ。

 そこで、この件に関してマイクロソフトは譲歩し、マイクロソフト側もリモコンの設計にある程度関与するという条件でNECが独自のリモコンを作ることを許可したようだ。実際、マイクロソフトの関係者は「マイクロソフト側もリモコン開発には協力した、日本法人と米国側が協力してこのリモコンの問題を解決した」と述べており、メディアセンターの使い勝手を損なわない程度に既存のマイクロソフトリモコンとの共通性が保たれればよいとしたようだ。こうして、NECは独自のメディアセンター&MediaGarageハイブリッドリモコンを作成することが可能になり、ハイブリッド実現に向けた障壁が取り払われたのだ。


●マイクロソフト側がNECに対してスペシャルオファー?

 ただし、ハイブリッド10フィートUIというアプローチは、筆者が指摘した2つの問題のうち、技術的な問題は解決するものの、コストという問題は解決していない。

 正直に言って、OEMベンダにとって、技術的な問題はもちろん重要なのだが、それ以上にコストの問題は大きな問題だと言ってよい。以前、NECの米沢工場に取材に行ったことがあるのだが、そこではトヨタのカンバン方式ばりのJust In Timeの生産が行なわれていた。PC業界はそこまで、コストを削って生産効率を上げない限り、OEMメーカーは利益が出ないという構造にある。そうした立場のOEMベンダにとって、マイクロソフトがいかに「Media Center EditionはProfessionalよりもかなり安くてHomeよりもちょっと高いだけじゃないですか」といったとしても、その“ちょっと”を捻出するのが厳しいのがOEMベンダ側の本音だ。

 ただ、2005年の12月にリリースされた春モデルでWindows XP MCEを採用していたVALUESTAR Wは、NECのラインナップの中でもハイエンドな製品で、比較的コストを吸収することが可能な高付加価値モデルだった。だから、正直なところ筆者も、「インテルのViivに対応するためにMedia Center Editionにしたのかな、それならありかも」という認識だったし、業界の関係者もおそらく同じような認識だっただろう。

 だが、今回の夏モデルでは全く状況が違う。いわゆる売れ筋と言われるメインストリームの製品、例えばVALUESTAR RやVALUESTAR LスタンダードなどにもWindows XP MCE 2005が採用されている。こうしたモデルが、Windows XP MCE 2005に変更したということは、NECがそうしたコスト差を受け入れたか、あるいはマイクロソフトの側がスペシャルなオファーを出したかのどちらかということになるだろう。

 現在のPCベンダが置かれている現状はすでに説明したとおりで、そうした中でNECがコストアップを受け入れるかといえば、筆者はそれは“絶対”とつけていいぐらいないだろうと思う。であれば、マイクロソフト側が包括的になんらかのオファーを出したと考えるのが正解なのではないだろうか。実際ある業界関係者は「NECは今回のMedia Center EditionをHome Editionにかなり近い値段で買っているらしい」と筆者に語ってくれた。これが事実かどうかは、2者間の取引であるため確認のしようはないし、マイクロソフトの記者会見の会場で何人かの関係者に問いただしてみたのだが、もちろん答えてもらえなかった。

 だが、マイクロソフトがそうしたオファーを出す必然性があることは明らかだ。というのも、マイクロソフトにはまだ獲得できていない大きな顧客が2つあるからだ。言うまでもなく、富士通とソニーだ。富士通は、お付き合い程度にWindows XP MCE 2005を搭載したPCをリリースしているが、それ以外はほとんどHome Editionだ。また、ソニーは米国でこそWindows XP MCE 2005を搭載したPCをリリースしているが、日本では1製品もない。

 富士通とソニーも、NECの動向を見ていないわけもなく、仮にNECの搭載により、メディアセンターの普及率が上がり、サービスなどが増えていくのであれば、追随せざるを得なくなる可能性がある。ましてや、富士通とNECは直接のライバルであるだけに、相手側にチェックマークがあるものが自社にないという時には必ず次の製品では対応してくるという間柄だ。そうしたことを見据えて、マイクロソフトがNECにスペシャルオファーを出すというのは十分あり得る話だし、そのあたりがNECがWindows XP MCE 2005の一斉採用に踏み切った真相なのではないだろうか。

●Windows XP MCE 2005にとって“鶏”となるNECの選択

 重要なことは、今回NECが実に8割以上のデスクトップPCにWindows XP MCE 2005を採用したことで、今後日本の市場におけるメディアセンターの普及率が大きく上がっていくことになることだ。

 現在日本のコンシューマ向けPC市場におけるNECのシェアは20%程度で推移しており、かりにその半分がデスクトップPCだとすれば、8%がWindows XP MCE 2005搭載になる計算になる。むろん、これに他社製品でWindows XP MCE 2005を搭載した製品が加わるので、全体としては10%程度ぐらいは期待できるかもしれない。実際、マイクロソフト日本法人の佐分利ユージン氏(業務執行役員 統括本部長)は「Windows XP MCE 2005の日本市場における出荷数は、この第1四半期、そして第2四半期で急速に伸びていく」と説明しており、NEC効果が既に出ていることは明らかだ。

 そして、こうした効果がさらなる別の効果を生むことになる。佐分利氏は「日本市場は、メディアオンラインへのアクセス数が急速に増えている。全出荷数でアクセス数を割ると、日本市場はNo.1だ」と述べ、日本でも急速にメディアオンラインが立ち上がってきていると説明する。Windows XP MCE 2005を搭載したPCの出荷数が増えれば増えるほど、コンテンツサービスプロバイダにとっては、メディアオンラインはコンテンツ配信プラットフォームとしての魅力をどんどん増していくことになる。現に、4月12日の発表では、Impress TV、G-Cluster、大和インターネットTVが即日、e-onkyo music store、シネマナウ、Otto、Yahoo!動画が近日中にサービスを開始することが明らかになっている。今後そうした動きが加速していけば、今度はそれがPCベンダがWindows XP MCEをチョイスするモチベーションになる。

 以前筆者は、こうしたプラットフォームは常に“鶏と卵の議論”になると指摘した。鶏が先なのか、卵が先なのかという議論をしているうちに、結局プラットフォームが立ち上がらないというたとえなのだが、Windows XP MCEというプラットフォームにとって、今回のNECの選択は十分に“鶏”となりうるものであり、マイクロソフトがWindows XP MCEは普及段階に入ったと言うのも十分に根拠のあるモノだと言うことができるだろう。

佐分利氏のスライド。NECが採用を決めて以降、急速に出荷数が増えていることがわかる 同じく佐分利氏が呈示したスライド。日本ではメディアオンラインの利用率が、外国に比べて高いという。ブロードバンドの有無も大きいと思われるが、日本のユーザーの関心の高さが伺える

□関連記事
【4月12日】マイクロソフト、Windows MCEのオンラインコンテンツを拡充
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0412/ms.htm
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(2006年4月14日)

[Reported by 笠原一輝]


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