4月6日、7日に、東京プリンスホテルパークタワーにおいて、インテルの開発者向けイベントであるIntel Developer Forum Japanが開催された。その模様は別途すでにレポートがあがっている通り、基本的な内容は米国で行なわれたIntel Developer Forumで発表された内容を日本向けにアレンジし直したものである。そのため、すでに米国で行なわれたIDFの模様を本誌で読んだことのある読者にはあまり目新しいモノは少ないのだが、それでも日本向けに行なわれたいくつかの発表は、日本のPCユーザーにとっても要注目のものがある。 その代表は、インテル デジタル事業本部 ネットワーク・メディア・プラットフォーム事業部長のビル・レジンスキー氏による基調講演で発表された、携帯電話を利用したViivコンテンツの配信システムの発表だ。 それだけを聞くと、もしかして、XScaleベースの携帯電話へもViivコンテンツ配信? とか思われるかもしれないが、いやいや、そんなことはなく実に壮大でエンドユーザーにとっても意味のあるコンセプトなのだ。 ●携帯電話をトリガーにしてDRMで保護されたコンテンツをPCで再生 レジンスキー氏はViivに関する基調講演中、インテル コンテンツビジネス開発部 永井寿氏を壇上に呼び、携帯電話に関するいくつかのデモを行なった。永井氏は、同社のモバイル向けプロセッサ「PXA270」を搭載したスマートフォン「W-ZERO3」を利用したデモを行なった。そのデモは、W-ZERO3を利用してインターネットのサイトに接続し、DRMにより保護されたSD解像度のコンテンツをダウンロードするというものだ。そのこと自体は現状のW-ZERO3でも実現可能だし、別にW-ZERO3ではない携帯電話でもすでに実現していることだ。 その後、そのW-ZERO3をViivベースのPCに近づけると、W-ZERO3に保存されている“再生権利”の存在がPCに転送され、今度はPCでそのコンテンツのHD版がダウンロードされ再生可能になるというデモが続けて行なわれた。このシステムを開発したFaithによれば、ダウンロードされた再生権利は常に携帯電話側に保存され、その携帯電話をPCに近づけることで再生権利があることが確認され、PC側で再生が開始される仕組みになっているのだ。 Faithの関係者によれば、現在のシステムは無線LANのアドホックモードをベースに開発されているが(だからデモはW-ZERO3なのだ)、実際の実装はFeliCaなど、より近距離の無線通信をベースに行なうことも可能とのことで、より一般的な携帯電話をターゲットに開発が進められているという。すでに、PC側でもソニーのVAIOシリーズなどに搭載されており、今後携帯電話のキャリアなどに提案していきたいとFaithの関係者は説明する。
●ネット配信の最大の課題である“ユーザーの財布をどう押さえるか”を解決する こうしたFaithとインテルの提案する携帯電話を利用したViivコンテンツ配信のソリューションは、インテルにとって非常に重要な意味を持つ。というのも、インテルが推進するViivのエコシステムを構築する上で最大の課題は、コンテンツプロバイダにとってViivをいかに魅力的なプラットフォームにするかということだからだ。だが、現在コンテンツプロバイダはViivプラットフォーム(に限らずPCも含む)向けのネット配信において、2つの課題を抱えている。 1つが、DRM(Digital Rights Management)などによる権利保護の確立だ。この点に関しては、PCの場合はマイクロソフトが提供するWindows Media DRMが安価に利用できるため、ある程度の問題は解決済みとなっている。もっとも、それより強固なDRMの実装を求めるコンテンツホルダーも少なからずおり、今回のFaithが発表した技術はそうした面をカバーすることもできる。 そしてもう1つの課題が、課金システムの問題だ。というのも、携帯電話の世界では、NTTドコモやauなどのキャリアがユーザーの口座情報を押さえており、確実に課金できる仕組みが整っている。iモードやEZwebが成功したのは、こうした課金システムが確立されていることが大きく貢献したのはすでに誰もが認めている事実だ。しかし、PCの場合は、まだそうしたシステムが確立しているとは言い難く、唯一成功しているのはYahoo!くらいというのが現状ではないだろうか。 だから今回、インテルは携帯電話の課金システムをPCのネット配信に上手く使わせてもらいたい、おそらくそうした狙いがあるものと考えられる。 ●携帯電話キャリアの側にもPCビジネスと連携していく状況が生まれつつある こうした提案は、インテルの側だけでなく、実のところキャリア側にも2つのメリットがある。 1つめのポイントはFeliCaのシステムを利用することで、携帯電話キャリアが推進するICカード戦略にマッチするという点にある。現在携帯電話のキャリアは、NTTドコモやauが“おサイフケータイ”というFeliCaを内蔵した携帯電話を積極的に推進している。関東地方ではJRの駅構内などで、NTTドコモやauによる“おサイフケータイ”への乗り換えキャンペーンをやっていることをよく目にするだろう。実際、4月4日には、NTTドコモがクレジットカード事業に乗り出すことを明らかにするなど、こうしたサービスに“社運をかけている”といっても過言ではない。 そうしたキャリアにとって、FeliCaが使えるアプリケーションが増えることは魅力的に映る可能性がある。あるPC業界の関係者は「キャリアとしても、PCと接続するソリューションを求めている。しかし、PCに主導権をとられるのは望んでいない。だが、こうしたソリューションであれば主導権は携帯電話側にあるので、乗りやすいのでは」と指摘する。 そして2つめのポイントとして、ソフトバンクによるボーダフォン買収があげられる。「NTTドコモやauはソフトバンクがYahoo!によりPCのやり方を携帯電話の世界に持ち込もうとしていることを非常に警戒している。だから、Yahoo!のモデルを持ち込む前に、Yahoo!の領域であるPCとの連携に既存の2社が乗り出しても不思議ではない」とある通信業界の関係者は述べる。 すでに述べたように、PCでアクセスできるインターネットの世界で唯一確実な課金システムを確立していると言えるのが、Yahoo!だ。ソフトバンクがYahoo!ブランドで携帯電話の世界に攻め込んでくる前に、既存のキャリアがPC業界とも連携を模索する……決して夢物語ではないだろう。 ●PC業界にも、携帯キャリアにも、エンドユーザーにもメリットがあるソリューション エンドユーザーにとっても、こうしたソリューションはメリットがある。1つには、携帯電話でiモードのコンテンツを購入するのと同じ感覚で、手軽にネット配信のコンテンツを購入することができるようになることだ。そして、そのコンテンツは携帯電話でも、PCでも再生することが可能なのだ。使い勝手という意味でも、大きなメリットがある仕組みだと言っていいだろう。 現時点ではFaithの関係者も、インテルの関係者も、あくまで技術デモだと述べるだけで、具体的にキャリアとどの程度の話が進んでいるかなどは明らかにしていない。ただ、このデモにキャリアが招待されていないところを見ると、話はこれからだと考えるのが妥当なのではないだろうか。 だから、まだまだこれからキャリアと話をしていけばさまざまな課題はでてくる可能性はあると思われるが、PC業界にも、携帯電話のキャリアにも、そしてエンドユーザーにもメリットがある仕組みなので、ぜひとも成功させて欲しいものだ。
□フェイスのホームページ (2006年4月11日) [Reported by 笠原一輝]
【PC Watchホームページ】
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