元麻布春男の週刊PCホットライン

Boot Campを公開したAppleの思惑




●Intel MacでWindows

2つのOSの共存が可能なBoot Camp

 4月5日、AppleはIntelベースのMacでWindows XPを利用可能にする「Boot Camp」のパブリックβソフトウェアを公開した。現在開発中の次期Mac OS X 10.5「Leopard」の機能の一部として搭載予定のものだ。

 Intel Mac上でWindows XPを動かすプロジェクトとしては、インターネット上の有志による「Windows XP on an Intel Mac」が3月半ばに、世界で初めて誰もがブートを確認できる環境を公開したが、Boot Campの公開により「オフィシャル」にIntel Mac上でWindows XPをインストールし、起動することが可能になった。

 すでに日本語のドキュメント等も完備しており、Boot Campがかなり前から入念に準備されていたものであることがうかがえる。少なくとも有志のプロジェクトを見て、あわてて用意したものでないことは間違いないと思う。

 Boot Campが実現するWindows XP環境は、いわゆるデュアルブートによるもの。HDDの別パーティションにWindows XPをインストールし、そこからWindows XPを直接起動する。その点において、通常のPCにインストールされたWindows XPを利用するのと何ら変わりはない。

 Boot Campが提供するのは、Windows XPのインストールや起動に不可欠なレガシーBIOS互換のファームウェア環境、Macに固有のハードウェアをサポートするためのWindows XP用デバイスドライバ、Mac OS上からWindows XP専用パーティションの作成などの作業を行なうためのツール類である。

 残念ながら、現時点ではApple RemoteやiSightカメラなど一部のデバイスはサポートされていないが、βリリースであることを考えればやむをえないところ。また、利用に際しては、多くの人が所有するであろうアップグレード版ではなく、Windows XP SP2(ProfessionalもしくはHome Edition)のフルバージョンが必要になるが、これもMicrosoftのライセンス条項を考えれば当然のことであろう。

 むしろ問題は、デュアルブート環境下で、どうやってMac OS X側とWindows XP側でファイルの共有を行なうか(現状、Mac OS XからNTFSへのアクセスは読み出しだけで、2つのOSで読み書きを行なうにはFATのパーティションが必要になる)、ダブルバイトのフォルダ名やファイル名の扱いをどうするか、といった運用上の障害だろう。それくらい完成度はすでに高い。

 もちろんデュアルブート(OSを個別に起動する)ということの本質上、OSの切り替えには面倒な再起動が必要になる。が、アプリケーションの互換性という点で、デュアルブートに敵うものはない。言い換えれば、将来的にMac OS X上でWindowsの利用が可能になる仮想環境(Virtual PC for Macが代表格)が入手可能になったとしても、Windowsとの100%の互換性を確保したければ、デュアルブート環境を残しておいたほうが良い、ということになる。

●Intel Macが生み出したチャンス

 2005年6月のWWDCでAppleがIntel製プロセッサへの移行を表明して以来、1台のマシンでMacの環境とWindows環境を利用できるようになれば、という希望を多くの人が抱いていたのではないかと思う。それはMacの上でWindowsが利用できればということであり、普通のPCの上でMac OS Xが利用できれば、という願いである。もちろんそれは、今日まで満たされないできたわけだが、今回公開されたBoot Campで、少なくとも片方の望みは叶えられることとなった。

 古くからの熱心なMacユーザーの中には、Mac上でWindowsを利用することに否定的な人もいるのかもしれないが、これはAppleにとって大きなチャンスの創出である。すでに圧倒的多数を占めているWindowsユーザーにとって、どんなにMacが優れていようと、既存のソフトウェア資産をすべて捨てて移行することは現実的ではない。1台の上で2つのソフトウェア環境を使い分けることができれば、移行に伴う苦痛のうち、経済的なものはかなり軽減できる。

 今、Appleがシェアを伸ばすには(以前のことを考えれば、シェアを回復させるには、というべきかもしれない)、Windowsユーザーの取り込みは欠かせないテーマだ。2005年1月にPowerPC G4ベースの「Mac mini」が登場した際、筆者は最初のiMacのようなブームとまではいかなくても、もっと売れるのではなかと思っていた。しかし、Mac miniは一部で話題にはなったものの、それほど爆発的なヒットにはならなかった。

 その理由を筆者は、Macというプラットフォームの力がそれだけ弱くなってしまったのだと考えている。プラットフォームの力には、技術的なものだけでなく、市場でのシェアも当然含まれる。たとえば、今話題のインターネット配信ビデオにしても、大半のサービスはMacを対象としていない。プラットフォームの力を回復させるには、シェアの回復は欠かせないのである。

 にもかかわらず、AppleがリリースしてきたIntel Macは、従来のPowerPCベースのMacを彷彿とさせるものばかり。確かに既存のインストールベース、忠実なMacユーザーを裏切らないことは重要だが、それだけではシェアを伸ばすことはできない。今までのMacでシェアが伸びなかったのだとしたら、今までのMacをなぞるようなIntel Macを出してもシェアが伸びるハズがない。せっかくプラットフォームの土台となるハードウェアの共通性が高まったというのに、これまでのIntel MacにはWindowsユーザーをMacというプラットフォームへ導く工夫が欠けていた。

●Boot CampはMacシェア回復の起爆剤となるか

 筆者は、Intel MacはこれまでのMacと違う、というメッセージをMac自身のデザインで打ち出すべきだと思っている。が、少なくともこのBoot Campのリリースで、WindowsユーザーをMacへ呼び込む「仕掛け」の1つはできたと感じている(もちろん、これだけでは十分ではないが)。

 たとえば、Mac OS X 10.5の正式リリース時(Boot Campの正式リリース時、ということでもある)に、Apple自身が行なうことはできないとしても、販売店レベルでIntel Macに対するWindows XPのプリインストールサービスを実施する、といった工夫があれば、Macの販売台数を増やすことができるハズだ。Windowsしか動かないPCと、WindowsとMac OSの両方が動き、しかもデザインの優れたMacとどっちがいい? というアピールはかなり有効だと思う。目ざとい「アキバ」の店なら、今のβ版でプリインストールサービスをやるくらいの機動力があっても良いと思うが、まだそんな話を聞かないのは残念だ(その場合、OEM版で良いだろうからHome Editionと安い液晶ディスプレイをMac miniとセットにして10万円、なんてことをすれば意外と売れそうな気がするのだが)。

 Windowsを動かしておいて、Macのシェアが回復することになるのか、という意見もあるだろうが、Mac OSが動くハードウェアが増えることが、Macのシェアにマイナスに働くわけがない。少なくとも、同じ土俵で戦うチャンスは増えるわけで、今よりはズッとマシなハズだ。同じ土俵に上がらなければ、Macの環境が優れていることをアピールすることさえできないのである。

□関連記事
【4月7日】Intel MacでWindowsが動く「Boot Camp」レポート【ベンチマーク編】
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0407/apple.htm
【4月6日】Intel MacでWindowsが動く「Boot Camp」レポート【インストール編】
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0406/apple2.htm
【4月6日】Intel搭載Mac miniハードウェアレポート
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0306/apple.htm

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(2006年4月10日)

[Reported by 元麻布春男]


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