第331回
Logitechデビッド・ヘンリー上席副社長インタビュー



 シリコンバレー周辺の街の中でも、サンフランシスコ湾一番奥の西側となるフリーモントは実に静かな街だ。“Sun Microsystems村”と言っても過言ではないほど、Sunのオフィスが点在するこの街に、ダグラス・エンゲルバード氏のブートストラップ研究所がある。

 '68年にデジタルデータと通信による人同士のコミュニケーションを提案し、当時は誰もが想像できなかったような、現在のインターネット社会の原型ともいえる社会構造を予見していた同氏は、マウス、ウィンドウシステム、ハイパーメディアなどの開発や発案でも知られている。

ダグラス・エンゲルバード氏 デビッド・ヘンリー氏

 そのエンゲルバード氏との、ゆったりとした会談の後に、Logitech社(日本社名ロジクール、以下Logitechと統一表記)で、マウスやキーボード、リモコンなどナビゲーションデバイス製品を統括する上席副社長のデビッド・ヘンリー(David Henry)氏から、今年後半に驚くような新製品を披露したいとの話があった。

 実はブートストラップ研究所は、フリーモントにあるLogitech本社内(Logitechはスイス・ローザンヌで始まった会社だが、現在は本社機能を米国に移している)の一角にある。“我々の会社がスイスで生まれ、そしてここまで発展してこれたのはマウスの発明があったからこそ”との考えから、エンゲルバード氏に無償でのオフィス提供を申し出たのだという。

 エンゲルバード氏との交流については別途機会を見て紹介したいが、今回はヘンリー氏への取材を元に、マウス、キーボードなどのユーザーインターフェイス製品を中心に今年投入する製品のコンセプトや今後の計画について話を伺った。

●マーケットリーダーとして新しい挑戦をする年に

左手専用マウス「MX-610L」

-- 今回のCeBITでは左手専用マウスが投入され、日本国内でも発表されました。非常に小さな市場だと思われますが、左手専用マウスを投入した背景を教えていただけますか。

 「我々はマウス市場におけるリーディングカンパニーです。メインストリームの市場に製品を投入するだけでなく、顧客ニーズに特化した製品分野の開発も使命だと考えています。2005年に発売したゲーム用マウスのGシリーズも同様の考え方から生まれました」

 「確かに左手用マウスはゲーム用に比べ、ずっとユーザーからの要求は少ない分野です。我々もゲーム用マウスと同等の市場規模や重要性があるとは考えていませんし、大量の製品が販売できるとも予想していません。しかし、“左手で操作できるエルゴノミックなマウス”をきちんとラインナップに用意すること。左利きユーザーがいる以上、これはリーディングカンパニーとしての責任です。また、そうした少量生産でも必要と思われる製品を提供することで、多少のPR効果も期待しています。実際、テスト用の製品を左利きの人に使ってもらうと、とても喜んでくれます。そうしたユーザーの喜びを引き出すことが我々の狙いです」

-- 左利きの人は世界人口の10%程度と聞いたことがあります。しかし、実際には左利きでもマウスは右手で使うという人が多いでしょう。どの程度の人が左利きマウスを望んでいるのでしょうか。

 「今回の製品は既存の右手用マウスを左右対称に作り替えただけで、金型などは新規ですが開発は非常に簡単なものでした。このため、細かな市場調査は行なっていません。前述したように量産を狙う製品ではありません。左手用マウスをきちんとラインナップにそろえることが重要だったのです。ただ、ドライバ側の設定は工夫してあり、デフォルトで左右ボタンの配置が逆になっています」

●夏~秋にハイエンドマウスをフルモデルチェンジ

-- 2004年はレーザーマウスの発売、2005年はゲーム用マウスのラインナップ拡充が主なラインナップ強化でした。そろそろ一般ユーザー向けレーザーマウス、特にハイエンドのMX1000も新しくなっていい頃では。

レーザーマウス「G-5」

 「今後の数カ月で新製品をいくつか投入していきます。夏から秋にかけてのタイミングぐらいには、新しいマウスとキーボードを投入できるでしょう」

-- そのマウスはMX1000の後継と言っていいのでしょうか。センサーにレーザー光線を使った時にも、大きな使い勝手の進歩がありましたが、今回も同程度のインパクトが得られるでしょうか。

 「その通り、ハイエンドのマウス製品になります。MX1000を2年前に発売し、レーザーセンサーに大きな反響がありました。しかし、今回の製品は“全く違う・新しい”マウスになります。詳細はまだ話せませんが、非常に画期的なレーザーセンサー採用時以上の進化を果たしますので、楽しみにしておいてください。また、新製品は年末のWindows Vista登場を見据えたVista対応製品になります」

-- “Windows Vista対応”とは、単純にWindows Vistaで問題なく使えるよう確認を取るという意味でしょうか。それとも何か特別な対応が行なわれるのでしょうか。

 「我々の製品はすべてWindows Vistaで良好に動作します。そうした意味ではすべてVista対応ですが、MicrosoftとともにWinodws Vistaの新しい機能をより快適に使えるよう、ナビゲーションを簡単に操作できるメカニズムが入り、消費者にとってPCの操作がわかりやすくなります。Windows Vistaには新しいユーザーインターフェイス要素がいくつか含まれますが、それらをマウスやキーボードの機能から簡単に操作できるようになるのです」

-- Logitechの最初の3ボタンマウス以来、現在も進化を続けているわけですが、多くの提案がされているにもかかわらず、いまだにマウスはポインティングデバイスの主流であり続けています。その理由は何でしょう。

 「PCは通常、机の上で使います。ノートPCも膝の上よりも机の上で使う時間の方がずっと長い。机の上でもっとも効率的に、画面上の自由な位置を指定できるのはマウスです。インターネットを使う上でも、オフィスアプリケーションを使う上でもね。複数のファイルを自由に選択し、スクロールも簡単です」

 「しかし、デジタル機器は実に多様化しています。PCに限らず、さまざまなデジタル機器を、机の上以外、例えばリビングルームやモバイルPCで別の場所にPCを運んだ場合など、机の上以外の場所でも、機器を操作するための“ナビゲーションデバイス”が必要になってきました。そんな机の上以外では、別のデバイスへと進化する必要があります」

●リビングルームでのベストなナビゲーションデバイスを目指して

-- Logitechはマウスという枠に限定されず、ナビゲーションを行なうデバイスを作っていくということでしょうか。では現在、デジタル化するリビングルームにおいて重要なナビゲーションデバイスというと何だと考えていますか。

 「現時点で言えば、それはリモコンになりますね。ですから、我々はHarmonyという学習リモコンを発売しています。PCの場合、Windowsのユーザーインターフェイスに対応し、Windows用ドライバで実装可能な機能を入れるというアプローチでしたが、リモコンの場合はテレビやAV機器内のソフトウェアに依存しています」

 「Harmonyのアプローチは、インターネットを通じて多種多様なAV機器向けのカスタマイズ情報を共有し、誰もが機器名を選択するだけで使いやすい状態にセットアップされるというものです。これにより、AV機器メーカーのソフトウェアの違いをリモコンで吸収することができます」

 「一方、Media CenterやViiv、アップルのFront Rawに代表されるように、PCをリビングルームに置いて、リモコンで操作しようとしていますね。こうしたマウスやキーボード以外でPCの機能をナビゲーションするための製品も模索しています。近い将来、そうしたリビングルームPCをナビゲートするための製品も披露できるでしょう」

-- “PCをリビングルームに”というテーマで考えると、PCのユーザーインターフェイスには、まだまだキーボードに依存した部分が多い。テキストをリビング環境で快適に入力できるデバイスは考えていませんか。

 「リビングルームでインタラクティブな操作を行なうために、文字入力のツールが必要だとは考えています。電子辞書のような単機能の小さいキーボードを持つデバイスが、そのままテキスト入力ツールになるような解決策が、将来は登場してくるかもしれませんね。ただしこれは少し先の話になるでしょう」

-- もっと積極的にPDAのようなツールをLogitech自身で作り、ナビゲーションデバイスとしても使うといったアイディアは持っていませんか。

 「それはありません。我々はプラットフォームを作る会社ではなく、“デバイスをコントロールするデバイス”を生み出す会社です。PDAのようなインテリジェントなデバイスを開発するのではなく、“何か別のインテリジェンス”をコントロールするデバイスを開発することにフォーカスします」

 「これは将来のビジョンですが、手元のナビゲーション機器1個で自宅内のあらゆるデバイス、TV、AV機器、照明、ホームセキュリティなど、ありとあらゆるデバイスをコントロールする、"“マウスのように万能性のある新しい何か”を提供していきたい。そのためにさまざまな取り組みを行なっています」

-- そうしたビジョンにたどり着く過程において、高機能かつ簡単な家庭向けリモコンのHarmonyは、Logitech自身が前へと進む上でも重要なものになるでしょう。この製品を日本で発売する計画はありますか。

 「我々がHarmonyで狙っているのは、非常に複雑化しているホームエンターテイメントの機器を統合し、複数のコンポーネントが組み合わさった状況でもよりシンプルな体験をもたらすことです。たとえばテレビはデジタル化で双方向化や高機能化を果たし、ユーザーインターフェイスは複雑化しています。そこにつなぐレコーダやセットトップボックスも複雑で、さらにAVアンプや各種プレーヤーがつながり、それぞれ異なるユーザーナビゲーションの振る舞いをする。加えて古いビデオカセットレコーダもつながれたままだったりと、接続を行なったユーザー本人でさえ全体像を把握できない状況に陥っているケースもあるでしょう。今後、そうした複雑な世界にワイヤレススピーカー、ゲーム、リビングPCなどが入り込んだ時、ユーザーがよりシンプルな操作が可能になるようにフォローアップしていくつもりです」

-- 以前、Harmonyについて取材した時、すべての制御は赤外線で行なわれていました。実際に私自身、Harmony(の英語版)を使用しているのですが、リモコンの向きや照明や窓の光の入り方で、たまに自動生成されたマクロプログラムがとぎれてしまうこともありました。将来のZigbee、あるいは現在、ホームオートメーションで主流となっている電波を用いたワイヤレスコミュニケーション技術との統合は考えていますか。

無線メッシュネットワークを利用したホームオートメーション規格に対応するリモコン「Harmony 890」

 「2005年のCeBITでHarmny 880という赤外線リモコンのみに対応したハイエンド製品を投入しましたが、現在はHarmony 890という製品を追加しました。Harmony 890はドイツZENSYS開発したのZ-Waveという無線メッシュネットワークを利用したホームオートメーション規格に対応しています。パッケージに添付したレシーバユニットと無線で交信し、各機器への制御コマンドを赤外線に変換します。このレシーバを増やせば、見通せない場所にある複数の機器を同時に制御可能になりますし、Z-Wave対応機器は無線で直接制御することが可能です」

-- メッシュネットワークということは、家庭内のすべての場所へとリモコンの信号をリレーできるのでしょうか。

 「はい、Z-Wave対応機器はレシーバであると同時にトランスミッターでもあるため、適当な間隔でZ-Wave機器が置かれていれば、自宅の隅々まで1つのリモコンで制御可能になります。もっとも、現在、ほかにもさまざまな無線規格が存在しています。おっしゃったようなZigBeeの普及動向なども見て、適切なワイヤレス技術を取り入れ、それらを1つにまとめて操作可能にしていくことになるでしょう」

 「Harmonyの良さは、DVDが見たい、CDが聴きたいといった、目的ごとに1つのボタンで、それが実現できること。そしてそうしたマクロコマンドを自動生成できること。さらに各機器が現在どのような状態にあるのかをリモコン内部で管理していることなどです」

-- その中にリビングルームPCのようなものも入ってくるのでしょうか。入るとすれば、PCをナビゲートするためのソフトウェアはどのようなものになりますか。

 「PC上で動作するソフトウェアが要になってきますね。より良くPCをリモコンで操作するための、より優れたハードウェアを作るのは難しくありません。しかし、ソフトウェアに強く依存するため、リビングPC向けに新しいソフトウェアを手がけているベンダーと、現在共同でソフトウェアの開発を行ない、その評価を待っているところです。これは非常にエキサイティングな興味深い製品になる予定ですが、年内は発売されません。2007年以降の製品になるでしょう」

□関連記事
【3月22日】マウスの父、ダグラス・エンゲルバート氏インタビュー
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0322/engelbart.htm
【3月9日】ロジクール、左利き用無線レーザーマウス「MX-610L」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0309/logicool.htm
【2005年8月11日】ロジクール、最大解像度2,000dpiのレーザーマウスなど
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0811/logicool.htm

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(2006年3月22日)

[Text by 本田雅一]


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