第330回
“とうとう”発表されたPS3の延期



 “とうとう”、あるいは“やっと”と言うべきなのか。PLAYSTATION 3(PS3)の発売日が11月初旬へと延期された。

 PS3の発売日に関してはさまざまな情報、予測、憶測などが乱れ飛んでいたが、いずれにしろ発売延期は確実視されていた。ただし、その確証となるものがなかっただけだ。

 いつになく緊張した面持ちで「Playstation Business Meeting」に出席したソニーコンピュータエンターテイメント社長兼CEOの久夛良木健氏の表情には、PS2、PSPのビジネスや新サービスについて話を進めている途中も、いつもは見られない固さを感じさせ、その後のPS3発売延期の話を予感させていた。いや、今朝の報道で知っていた人も少なくないだろう。

 発売延期の決定は各方面で格好の批判の的となるだろうが、しかし、久夛良木氏が素直に語った現状を見る限り、悲観的な状況ではないようだ。

●SCEの背骨を支えるPS2とPSP

久夛良木健氏
 PS3発売延期を発表する前の久夛良木氏は、PS2とPSPのビジネス面での堅調さを強くアピールした。追ってこれらの報道がゲーム系のサイトで掲載されると思われる。ここではごく簡単にそうした情報を伝えるにとどめたい。

 まず登場から6年目に突入したPlaystation 2は、今、確実にゲームソフトのビジネスプラットフォームとして確実性の高いものに成長したと久夛良木氏。現在は欧州地域でPS2の販売が伸びており、あと数年はPS2の時代が続くとしている。PS3の発売を控える今、SCEがもっとも力を入れなければならないのは、PS2をしっかりと売り、ソフトを育てることだ。そしてもちろん、PSPのビジネスを確たるものにしなければならない。

 そのPSPだが、日米欧を合算した数字ではPS2の時を超える普及速度を実現している。と話す。また映画やテレビ録画を見ることに使われていると言われることの多いPSPだが、市場調査を行なってみると、やはりゲームで遊ぶ人が圧倒的に多いという。

 ただし久夛良木氏は「PSPユーザーは10歳前後の子供たちがとても少なく、20代のユーザーが多い。また女性ユーザーが少なく、小学生や40代の男女に受け入れられているニンテンドーDSとのユーザー層の大きな違いとなっている」と、年齢層や性別での偏りがPSPにはあることを認めた。

 その上で初代PSの時のように、子供向けに新しい遊びやキャラクターを作っていく努力をしなければならない、と任天堂が得意とする領域に力を入れていくと話す。「初心に返ってキャラクターを育て、低年齢層ユーザーを開拓するために努力をしていきたい(久夛良木氏)」

 加えてRSSベースでインターネットラジオやビデオといったコンテンツをPSPに配信するインターネットチャンネルの提供、Motion JPEGによるビデオを含めたIPコミュニケーションのためのクライアントソフトやカメラの提供、EYETOYのPSP版、PSP用GPSユニットなどを立て続けに発表。さらにこの春のPSPブラウザアップデートでMacromedia Flashプレーヤーが利用可能になると話した。

2001年6月以降の販売数をグラフにしたもの。ライバルの登場以降もPS2が堅調に売れている様子がわかると同時に、年末商戦に集中的に売れるパターンもよくわかる 価格推移と累計販売数の相関関係。PS/PS oneに比べ、PS2は粘り強く販売数が伸び続けている PS2販売台数の伸びを現時点で支えているのは主に欧州。欧州はPS2の投入が遅かった分、特に東欧などに伸びしろが残されているという
過去のプレイステーションシリーズ出荷数。今後、PS2は徐々に販売数を減らしていくと予想される。PS3がこのグラフにどう絡んでくるか。普及速度が遅いようだと、ハードウェア販売において大きな谷間ができる可能性もある PS、PS2、PSP、それぞれ発売14ヶ月後の出荷数を示している。PSPは日本の販売比率が低いものの、欧州、北米での販売数が多い PSPとニンテンドーDS、それぞれの年齢別ユーザー構成比。女性の比率が高く、低年齢層と40代にニンテンドーDSが受け入れられているのがわかる

 もう1つ、PSPの普及ペースを上昇させるために役立ちそうなトピックがある。1つはメモリースティックからのプログラムブートが可能になり、これによりネット配信でのゲーム販売が可能になったこと。もう1つは、Playstationのエミュレータを開発したことだ。

 この2つを組み合わせることで、Playstation時代のゲームを安価にネット配信で入手し、PSPで遊ぶことが可能になる。Playstationエミュレータは、完全にそのままで動作するわけではないようだが、ほんの少しの修正を行なうだけでPSP上で動作させることができるようだ。

PSPを強化するため、カメラやGPSなどのハードウェアとそれに対応するソフト、それにRSSを用いたインターネットラジオやビデオなどのフィード対応、それにFlashプレーヤの搭載などを計画

PSPのソフトウェア、ハードウェアの強化予定 インターネット経由でメモリスティックにゲームをダウンロード販売する予定。PSエミュレータの投入で旧作ソフトを手軽に遊べるように

●PS3発売遅れの理由

 一方、PS3延期の理由について久夛良木氏は、Blu-ray Disc(BD)および次世代HDMIの仕様決定が遅れたためだと理由について話した。もっとも、この2つはきっかけにしか過ぎないはずだ。実際には、この2つが理由でスケジュールをまとめることが難しくなり、最終的には総合的な判断で一気に出荷を11月に延期したと見られる。

 久夛良木氏は1月のInternational CESでPS3の出荷時期について「少なくともソニー側の責任で出荷が春からずれ込むことはない」と話していた。おそらく、このときには出荷が遅れることは覚悟していたのかもしれない。

 こういった発表はギリギリまで引っ張るよりも、早いほうが印象はいいものだ。年末商戦の空けた1月に延期を発表してもおかしくなかったが、3月まで発表しなかったのは、それでも出荷の可能性を探っていたのだろう。

 PS3に関してはCellの生産性、RSXのバグなど半導体供給が不安視されていたが、実はCellおよびRSXに関しては、(歩留まりの悪さやRSXのバグといった問題はあるにせよ)発売延期となるほど大きな問題にはなっていない。

 もっとも大きな問題は、やはりBlu-ray Disc関連と見られる。

 ただしここ数週間、一部でささやかれていたようなBD-ROMドライブの供給による問題ではなく、BDプレーヤーに必要なすべての要素を盛り込める時間的な余裕がなかったというのが真相だろう。

 BD-ROMの仕様に関しては昨年末のBDアソシエーション総会で決まり、著作権保護規格のAACSに関しても、鍵発行の開始こそ今年2月にずれ込んだが、ハードウェア開発に必要な情報は以前から揃っていた。

 おそらくPS3の発売にもっとも大きな影響を与えたのは、BD+と呼ばれる追加的な著作権保護技術だろう。BD+にはいくつかの要素があるが、中でも実装が大きくなるのがクラック対策プログラムを動作させるための仮想マシンだ。BD+は(DVDのDeCSSのように)暗号化を解くクラッキングの手法が発見されたとき、そのセキュリティホールを後から塞ぐことができる。

 しかし、BD+に関しては過去に類似する技術の実装はなく、実際に完全な仕様を踏襲した上でPS3へのポーティングを完璧にこなすには時間がなさ過ぎたようだ。H.264のデコードなど、以前から仕様が明らかな技術に対してはハイパワーなCellを生かして開発を進められたが、BDの仕様に関連する部分に関しては1社だけではどうにもならない。

 久夛良木氏自身、今回の会見の中で「これほどBDの仕様確定が遅くなるとは思わなかった」と本音を吐露している。

 そして、ここまでギリギリのスケジュールでしかBDプレーヤー機能の実装を行なえないなら、きちんとテスト期間を設けてから発売しようと仕切り直したのが、年末商戦に余裕を持って臨める11月初旬という数字だった。

 なにしろ、SCEにはPS3発売を急ぐ理由はあまりない。

・ワールドワイドではPS2のビジネスが好調でPSPも軌道に乗りつつある
・ライバルのXbox 360が日本市場で失敗。北米では好調と言われるものの、実際には数を出せていないため未知数
・ゲーム機売り上げの大半が年末商戦に集中する
・PS3開発環境の整備が遅れ気味でゲームの品質と数をそろえるには時間が必要
・安定供給が可能な体制を整える時間が作れる
・年末ならばネットワークサービスの立ち上げが可能

 当初のアナウンス通りに出せないのであれば、次は年末商戦向けに足下を固めるというのは妥当な判断だろう。

 遅れる代わりに11月の時点で月100万台を生産できる体制を整え、来年3月いっぱいまでにワールドワイドで600万台を出荷、潤沢にハードウェアを供給する計画だ。

●PS3で次世代光ディスク市場を立ち上げる

 一方、会見の中では純粋なゲーム機として発売するだけでなく、さまざまな業界から戦略的な役割を担わされたことに対する責任を感じていたとも久夛良木氏は話している。

 PS2は結果的にDVDの普及に一役買った(北米以外において。北米ではすでにDVDが立ち上がりつつあった)と言われたが、そのことがPS3の発売時に“HDTVの普及”や“BDプレーヤーの普及”といった、ゲーム機としての本来の役割以上のことを期待させる原因にもなっていた。

 「さまざまな業界からの期待がある中でPS3を発売しなければならない。PS1、PS2の時は、ゲーム機として売れていくうちに別の経済効果を生んだが、PS3の場合は全く普及していないBDプレーヤーの普及という役割を果たさなければならない状況になっている」と久夛良木氏。

 PS3の発売はBDプレーヤー機能の実装を理由に遅れることとなったが、それでも同氏はPS3におけるBDプレーヤー機能の完全性が不可欠であると話した。「ネットでいろいろな噂が出ているが、BDドライブは必ずすべてのPS3に搭載する。BDドライブの標準搭載は、(コスト的に)多大なペナルティが我々にのしかかってくるが、それでも業界の期待に応えるためにも必ずやり遂げる。プレーヤーとしても最新の仕様に必ず対応した一番最先端のBDプレーヤーにする(久夛良木氏)」

 そしてすべてのPS3ソフトは(ベンダー側が強く希望しない限り)BD-ROMで供給し、PS3ソフトを供給する唯一のメディアにしたいとも話した。ゲームソフトのBD化は、最大容量の拡大という意味合い以上に、コピー防止のためにBDを推進する意義の方が強い。

 BDソフトの複製は、11月の段階で日本で月250万枚、北米で500万枚、欧州で250万枚の体制を整える。複製コストに関しても「1枚10ドルはあり得ない。DVDのプレスコストに近いコストになる見込み(久夛良木氏)」という。

 これらがすべて実行できれば、PS3はBD陣営を下支えする大きな力となるだろう。BD-ROMのプレス設備の充実やドライブ生産ノウハウの蓄積と大量出荷によるコストダウンなどが見込めるからだ。

BDおよび次世代HDMIの策定スケジュール。これらのスケジュール遅れがPS3の発売を延期した最大の理由と言われる

●時間的余裕がPS3の発売を安定したものにするか

 PS3の出荷が遅れることで、多くのことが確定してきた。

 まずデタッチャブルのHDDスロットがあるとだけされていたPS3だが、久夛良木氏はソフトを「HDDがPS3に装着されていることを前提に開発してほしい」と述べた。

 これはPS3の標準モデルにHDDが搭載されるという意味ではなく、HDD付きのモデルやHDDのオプションを安価に提供することを示唆しているとみられる。SCE側で供給するHDDモジュールは2.5インチ60GBになる見込み。HDD標準搭載の可能性も捨てきれないが、手軽にHDDを追加できるような設計になっていれば製品としての問題はない。またHDDからのソフト起動をサポートし、ネットから受信したHDD上のゲームを遊ぶといった使い方もできるようになる。

 現在、さまざまなバージョンの、性能面では100%ではない開発ツールが混在しているが、これも5月中旬にはほとんどファイナルとなる開発ツールを5月から貸与し、年末商戦に向けての体制を整える。

 またMicrosoftに先行されていたネットワークサポートに関しては、基本サービス無料で提供されるほか、現在必要と言われている機能はほとんど網羅され、PS3の発売時に日米欧で同時にデータセンターのサービスが開始される。こうした製品発売時のネットワーク機能提供がハードウェアの発売と同時になったことも、プラス思考で考えればPS3のビジネス立ち上げには良い結果をもたらすはずだ。

 ただしマイナス面もある。

 ゲーム機のビジネスサイクルが5年ごとになっている理由は、ハードウェアの出荷数がおおむね3~4年目ぐらいにピークを迎え、ソフトの出荷数は4~5年ぐらいで最大となるからだ。その後は徐々に数を減らしていき、次世代へと緩やかに移行していく。

 ところがPS2とPS3の間が広がりすぎると、PS2ビジネスのシュリンクに合わせてPS3のビジネスを立ち上げる計画に若干の狂いが生じてくる。

 それでもPS3の売り上げが順調に推移すれば、何も問題は起きない。問題はPS3の立ち上げが、これまで以上にスローになってしまった場合だ。PS3の立ち上がり速度よりもPS2市場のシュリンクの方が早いと、ライバルに付け入る隙を与えることになる。

 久夛良木氏がPS3以上に、PS2およびPSPの堅調さについて慎重にプレゼンテーションを行なった背景には、おそらくそうしたリスクを最小限に抑えたいという気持ちがあるのではないだろうか。

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【3月15日】「PS Business Briefing 2006 March」開催(GAME)
http://www.watch.impress.co.jp/game/docs/20060315/psm1.htm
【3月15日】新サービス、新機能でPSPの可能性が広がる(GAME)
http://www.watch.impress.co.jp/game/docs/20060315/psm2.htm

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(2006年3月16日)

[Text by 本田雅一]


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