第332回
Napa Valleyの向こう側



 サンフランシスコからゴールデンゲートブリッジを渡り、カリフォルニア最大のワインカントリー・ナパバレーを目指すと、その手前にソノマという町がある。ワイン好きならご存知のように、ナパの隣にあるソノマもまた、すばらしいワインカントリーだ。

 特に大塚製薬が購入したRIDGE Vineyardは、おいしいジンファンデルのワインを生産する、個人的にもお気に入りワイナリーのひとつだ。町の中心部はシティホールと公園の周りに並ぶ風情ある町並み。欧州の田舎を彷彿とさせる落ち着いたを醸し出している。宿泊もソノマ・ミッション・インのすばらしさときたら。

 と、落ち着いて滞在するならばナパ以上に好きなソノマだが、IntelがノートPC向けに提供したソノマプラットフォームは、筆者にとってあまり快適なプラットフォームではなかった。パフォーマンスこそ悪くなかったものの、消費電力の多さ(その後、ある程度は改善されたが)には、やや失望させられた。

 しかし、その先、Intel Core Duoとともに登場したナパプラットフォームは、使いほどに良さを感じる完成度の高いものになっている。果たして、その先にはさらなる高みがあるのか、それとも谷越えが控えているのだろうか。

●期待以上の快適性

 以前にもこのコラムの中で書いたことがあったが、昨年末に製品が登場してくるまで、個人的にはIntelのナパというプラットフォームには期待していなかった。モバイル機という切り口では、パフォーマンスと同時に“快適性”が重要だと考えているからだ。

 初のデュアルコアとなるYonahは、確かにパフォーマンスは上がる。それは以前からわかっていたことだが、しかし、果たしてうまく消費電力を抑えることができるのだろうか? パフォーマンスが上がるとして、それがどこまで実質的な意味を持つのだろうかと、Intelが自信を口にするほど心配な気がしていた。

 また、プロセッサ開発にかける情熱に比べると、Intelのチップセットに対する情熱はずっと冷めているようにも見える。モバイルPC向けチップセットで言うと、初代Pentium MのBaniasに組み合わせるチップセットとして登場したOdemは優れていたが、その後は徐々に大味になってきた。ソノマに至ってはI/Oを担当するICHまでが、電力を無駄遣いするようになり……。

 もちろん、チップセットは常に最新の技術トレンドを取り込んでいかねばならず、プロセッサのように時間をかけて設計を練り込むことはできないのかもしれない。しかし、それにしてももう少し工夫の余地があるだろう、と愚痴っぽく思うこともしばしばだった。何しろ低消費電力かつパフォーマンスの高いモバイルPC向けのプロセッサとなると、Pentium Mしかなかった。そのベンダーが、唯一バリデーションを取っている自社製チップセットでより良い価値を提供できないとなると、デスクトップPCのような逃げ道はない。

 またIntelはこれまで、最良の無線LANチップを提供できてこなかった。バグにより機能が縮小されたといったこともあり、こちらも今ひとつ信頼度は高くない。果たして次はきちんとしたものを出してくれるのだろうか。

 しかし、こうした全く期待していなかった状況の中で、ナパは期待以上に良いパフォーマンスを発揮しているように見える。ここで言う“パフォーマンス”とは、プログラムの実行速度だけを意味しているのではない。プラットフォーム全体のパフォーマンスと機能、それにそのプラットフォームを採用した製品を使ってみての快適性など、ユーザーが体験するすべての要素を指している。

 これほど気持ちよく新しいプラットフォームを迎えることができたのは、3年前にCentrinoが世の中に登場した時以来のことだ。

●これまで以上の快適さの理由

 これまでにも、この連載の中でナパプラットフォーム採用機としてVAIO type S(SZ)や、ThinkPad X60といった機種を紹介してきた。いずれも第一印象として、とても快適性が高い製品(高速なだけでなく、冷却ファンの動作や手元の熱など)ということを強く感じた。

 その後、VAIO type S(SZ)とX60sを、それぞれ2週間ずつ試用してみた。

 初見ではすばらしく思えても、実際に仕事の中で運用していると、少しづつ不満を感じる部分が出てくるものだ。たとえパフォーマンスが良好でも、意外に発熱が多く、それが処理しきれずに手元が熱くなったり、スペックには現れない操作感などに不満が現れるケースがあるからだ。

ソニー「VGN-SZ90」 レノボ「ThinkPad X60s」

 その点、少なくとも発熱に関しては、ナパ自身の出来の良さが効いている。

 一部のベンダーは「最近のIntelは、初期に見積もっていた消費電力を超えたり、動作電圧が変更されたりといったことが多かった。特にDothanの世代では、TDPが急にランニングチェンジで0.5W上がるといったこともあった。ソノマ世代はICHの消費電力も大きい。ところがナパは、予想を下回る消費電力しかなかった」と話す。

 そういったリスクに対応するため、あらかじめ知らされたスペックよりも高めの消費電力(発熱)を想定した設計にしていたとも話している。つまり、スペック同等あるいはそれ以下の消費電力で済んでいる現在のナパ採用機は、熱的にかなり余裕を持っているということになる。

 ナパプラットフォーム採用機が、軒並み高い快適度と長時間バッテリを実現している背景には、そうした、メーカー側も予想していなかった"余裕"があったためだろう。上記2製品に限ったものではなく、今世代のモバイル機はいずれもが具合がいい。

 たとえば試用したX60sなどは、標準で丸形4セルの拡張容量バッテリが付属していたため、念のために8セルの大容量バッテリも貸し出していただいたのだが、標準バッテリでも無線LANオフならば4時間以上コンスタントに使えてしまうこともあり、たいていの日は拡張容量バッテリで済んでしまう。VAIO type S(SZ)も、スタミナモードではなかなかバッテリ持続時間で粘ってくれるというのは、以前にレポートした通りだ。

 そしてプロセッサが実装されている周辺が熱くならない。これが快適性の源泉だろう。実際、入念に放熱設計が行われているプロセッサやチップセットよりも、PCI Express接続の無線LANモジュールの方が、熱源としては気になるほどだ。

 とはいえ、“ナパだから”だけが理由でバッテリ持続時間が延びているわけではない。バッテリセル、液晶パネルなど総合的な進歩がその背景にはある。

●ナパの先にはより心地よいプラットフォームがあるか

 快適さ、心地よさというのは、ある意味、今後のモバイルPCには不可欠な評価要素になってくるのではないだろうか。現在のように、同じ技術プラットフォームの上に各社が製品を構築していると、選択するチップによって自ずと性能や機能が決まる。

 これがサイズの大きなノートPCならば、そこにあまり多くのエクスキューズはないが、実際に持ち歩いて道具として利用するモバイルPCは、サイズによる制限などもあり、製品ごとのテイストに特徴が出てくる。

 限られた空間の中で、どのように心地よく不快な思いをさせない使い勝手を実現するか。作り手側のバランス感覚が、多様な切り口の製品を生み出していくことに期待したい。

 技術的な要素はそろってきている。

 バッテリ持続時間の延長が“ナパだから”だけが理由ではないと述べたが、その背景にはPCを構成するプロセッサやチップセット以外のコンポーネントを開発するベンダーに、より省電力を実現しよう、それを自社の付加価値としようといった動きが強まっているという流れがある。

 日本では以前からモバイルPCがもてはやされていたが、この流れはCentrinoの登場以降、世界中に広まっている。つまりユーザーが増えているわけで、そこに大きな経済効果が生まれる。ひとつひとつの改良は、バッテリ持続時間をほんの少しだけ延ばす効果しかないが、あらゆるコンポーネントが省電力へと向かったその成果が、やっとナパの世代になって花開いてきたともいえるだろう。

 ナパベースの製品には、まだ発表されていないモバイルPC製品もいくつかある。その中には超低電圧版のIntel Core Soloを用いた意欲的な新作や、思わず“オッ”とうなる見事な省電力を実現した製品もある。それらの製品が揃ってくれば、上記のような少しづつの積み重ねがどれほど大きな効果を生んだのかを実感できるはずだ。

 さて、ではナパの先にはさらなる心地よい世界が開かれているのだろうか。Intelはナパの次にサンタローザという、これもまたソノマ郡の中にあるワイン作りで有名な都市の名前を冠したプラットフォームを用意している。

 パフォーマンスが向上することは間違いないが、同時にTDPが上昇している点をどのように折り合いをつけていくかが、“心地よさ”を実現する上でのひとつの鍵となるだろう。サンタローザでは、プロセッサとチップセット内蔵グラフィックスのTDPが同時に上昇してしまうからだ。

 すでに次世代モバイルプロセッサのMeromとそのプラットフォーム・サンタローザへと関心が向いている読者も多いだろうが、今現在の滞在地であるナパの居心地の良さもなかなか捨てたものではない。

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【2005年11月14日】【本田】軽量モバイルPCのデュアルコア化を模索するIntel
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/1114/mobile315.htm
【2月1日】レノボ、1.16kgのCore Duo搭載ノート「ThinkPad X60s」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0201/lenovo.htm
【2月8日】【本田】ThinkPad X60/T60レビュー
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0208/mobile324.htm
【2月15日】【本田】バランスの良さが光るVAIO type S(SZ)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0215/mobile325.htm

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(2006年4月7日)

[Text by 本田雅一]


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