大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

20周年を迎えた東芝PC事業、次の一手





20周年と次の20年を目指すプレゼンテーション

 '85年に世界初のラップトップPC「T1100」を発売して以来、今年でちょうど20周年を迎えた東芝のPC事業。

 PC&ネットワーク社の社長を務めた西田厚聰氏が、6月から東芝の社長に就任するのに伴い、今年4月からPC&ネットワーク社社長として陣頭指揮を振るう能仲久嗣氏は、「20年間に渡って“深化”させてきた東芝ならではのDNAが、ノートPC領域において、高い信頼性のブランドであるという評価を、世界中で築き上げることができた」と語る。

 能仲社長に、20周年を迎えた東芝のPC事業の「これまで」と、「これから」を聞いた。


●世界で評価を得るノートPC

世界初のラップトップPC
「T1100」

 過去20年にわたる東芝のPC事業への取り組みは、ノートPC市場開拓の先駆的役割を果たすことの連続だったといえよう。

 世界初のラップトップPC「T1100」を'85年に投入したのを皮切りに、プラズマやカラーSTN、カラーTFTといった液晶、19mm薄型CD-ROM、薄型DVD-ROM、3.5インチHDD、2.5インチHDD、17mmの3.5インチFDDといったドライブに加え、ニッカド/ニッケル水素、リチウムイオンといったバッテリ技術などを率先して採用し、ノートPC分野に革命を起こし続けてきた。

 Dynabookの投入、Librettoの発売をはじめ、エポックメイキングな製品も数多く、製品に対する高い信頼性も東芝のノートPCの大きな特徴だといえよう。

 だが、決して順調ばかりの20年であったとはいえない。

 長年に渡って、ノートPC全世界トップシェアの地位を獲得し続けていたものの、一時はその座をCompaq(現hp)に譲ったこともあった。デスクトップ分野に進出し苦戦をしたこともあった。

 そして、2004年度前半までは赤字という事態に陥り、中期経営計画達成の原動力と位置づけられていたPC事業の不振が、そのまま東芝の経営戦略の歩みを鈍らせるという状況にもなった。

 まさに、成功と失敗の繰り返しの20年であったといえよう。

●2004年度後半からの黒字化を実現

 一時期赤字に落ち込んでいた東芝のPC事業は、2004年度後半から再び黒字に転じた。正確に言えば、2004年6月の時点で、すでに単月黒字を達成している。

 今年6月から東芝社長に就任する西田厚聰氏が、PC&ネットワーク社社長に就任し、PC事業の立て直しに取り組んだのが2004年1月。赤字に苦しむ東芝PC事業を、就任からわずか半年で黒字転換し、20周年突入を前に復活させることに成功した。これが、西田氏の東芝社長就任に向けた決定的要因となったのは周囲も認めるところ。PC&ネットワーク社に、「黒字化」という大きな置き土産を残したのだ。

 この間、東芝のPC事業は大きな改革に挑んだ。

東芝PC&ネットワーク社社長 能仲久嗣氏

 4月からPC&ネットワーク社の社長に就任した能仲久嗣氏は、「7つの成果があった」と、この間の取り組みについて言及する。

 7つとは、「良い製品の創出」、「規模の拡大」、「事業のスリム化」、「部品調達部門の強化」、「サプライチェーンマネジメントの強化」、「品質向上への取り組み」、そして、「顧客との関係強化」である。

 1つ1つの成果には、人員転換、削減策などの苦渋を伴う決断もあったが、「赤字というもっとも苦しいなかで、社員の気持ちが常に前向きであったことが原動力になった」と語る。

 実は、前任の西田氏は、昨年1年間で45回に渡る社員との「対話会」を実施してきた。1回あたり10人が参加する対話会への合計参加者数は450人にものぼった。

 この対話会を通じて、いま置かれている危機的な状況を共有し、東芝にとってノートPC事業がいかに大切であるかを説き、他社とのベンチマーキングの必要性、要求される意志決定の速度や事業スピードはどういったものかを徹底して話しあった。

 キーワードは、「I3(Iの3乗と表記=アイキューブと呼ぶ)」だ。

 開発革新、生産革新、業務革新の3つのイノベーションが東芝のPC事業には必要だとして、これらのイノベーションが、それぞれ「かけ算」として組み合わされ、「足し算」以上のプラス効果を経営にもたらすという方程式で込められている。

 「赤字の苦しい時に、人員削減などのリストラだけをやっていても復活はない。新しいことに積極的に挑戦していくことを、徹底的に植え付けられた」と能仲社長は、西田体制による過去1年間の取り組みを振り返る。

 それが東芝復活のベースになっている。

 能仲社長は、今年4月の社長就任時に、こうした過去1年の成果を捉えながら、「勇気」、「意欲」、「執念」の3つの言葉を提示した。これが、東芝の今後のPC事業において、必要とされるキーワードであると能仲社長自身が判断としたこともあるが、それとともに、この言葉は、これまで能仲氏自身が、苦しいときに、何度も社内に向けて発し続けてきた言葉でもあった。

 「恐れずに変化すること、困難に向かう勇気、そして、自分が進歩するため高い目標を設定する意欲、さらに、これを絶対に達成するんだという執着心。この3つが今の東芝のPC事業には必要だ」

 過去20年間の東芝のPC事業を振り返ると、変化への挑戦の繰り返しであったといえる。20周年を迎えて、改めて、これを社内に徹底したというわけだ。


●20周年を迎えた東芝の大きな方針転換

 東芝は、20周年を前後して、大きく方針を変更したことが1つある。

 それは、「技術の囲い込み」である。

 能仲社長は、次のように話す。

 「これまで東芝では、ノートPC市場そのものの拡大を第1の課題としていたことから、ノートPCに必要とされる自社開発技術も、多くのメーカーに惜しみなく提供してきた。だが、ノートPCの構成比が日米欧の3大市場において過半数に達するようになったことで、各社の差異化策がこれまで以上に重視されるようになってきた。今後は、東芝の技術をなんでもかんでも外に出すのではなく、必要に応じて、外に出していく形になる」

 この方針は、2004年の西田体制のなかで、決定したものだ。

 西田氏自身が2004年夏の段階でこの方針転換にすでに言及しており、今後、西田氏が全社の社長となることで、PC事業の側面だけでなく、デバイスを含めた全社戦略のなかで、同様の方向性が模索されるのは明らかだ。

 では、PC事業において、囲い込む技術とはなにか。

8本の矢を示すプレゼンテーション

 能仲社長は、「8本の矢」という表現を使う。

 「高画質化技術」、「ホームネッワーク技術」、「ヒューマンインターフェース」、「セキュリティ技術」、「オールウェイズオン技術」、「堅牢・高信頼性技術」、「高密度実装技術」、「省電力化技術」の8分野の技術がそれにあたる。

 「こうした技術の組み合わせによって、高画質、高速化、高信頼性が実現できる。そして、ユビキタスコンピューティングの世界を実現することになる。こうした“深化”した技術を最終製品に反映し、徹底的なものづくりにこだわるのが東芝のDNAだ」と能仲社長は語る。

 だが、優れた技術を搭載するだけで、それが直接売れる製品につながるとは限らない。

 「品質へのこだわりには徹底したものがある。それを優れたデザインの製品として提供できるか、また、マーケティング戦略をどう展開するか。そのバランスと最適解を導き出す努力は、まだまだ必要だろう」とも語る。

 そのバランス感覚が今後の課題というわけだ。

 「プロゴルファーは、300ヤードの飛距離とともに、まっすぐ飛ばすという技術の両方を兼ね備えている。ノートPCのプロフェッショナルである東芝は、技術と信頼性、デザイン、マーケティングを高いレベルでバランスさせなくてはならない。しかも、毎回、同じフォームで打てばいいというものでもない。毎回、コースが異なるなかで、異なるスイングフォームで打ち、そして、距離を飛ばし、狙ったところにボールを落とすという技術が必要だ」と比喩する。


●差異化製品だけが東芝の特徴ではない

 差異化が東芝のポイントとはいえるが、能仲社長は、「高機能を実現した差異化製品だけで勝負するつもりはない。コモディティ戦略と差異化戦略の2つを基本戦略として展開する」と語る。

 むしろ、ボリュームゾーンに対するコモディティ戦略は、大きな柱だ。

 「差異化した製品は、近い将来にはコモディティ化する。だが、そこには、東芝の差異化技術がしっかりと生きている。差異化とコモディティ化の繰り返しが東芝のノートPC事業をドライブすることになる。2つの分野で成功することが、ノートPCのリーダーであり続ける条件になる」

 コスト競争力を追求したコモディティ製品は、事業基盤の強化を担う製品とし、差異化製品は新たな市場開拓の役割を担うものと位置づける。

 現在、同社では、生産体制を中国へ一本化しはじめている。

 「中国生産ではあるが、品質管理、生産管理などの手法はすべて青梅工場のノウハウ。神経、血管、頭脳はすべて青梅工場のもの。いわば、筋肉部分に中国のパワーを活用している。位置づけは第2青梅工場だ」と例える。

 同生産拠点では、ライン生産方式を用いているが、すでに、1個流しが可能な異機種混在生産を、2004年から実現しているという。

 ここにも、コモディティ化と差異化戦略を下支えする取り組みがある。

●ユビキタス社会に向けた挑戦が始まる

 では、これからの東芝のPC事業はどうなるのか。

 「PC&ネットワーク社社長としての私の役割は、ユビキタスコンピューティグ市場においても、東芝がリーダーであるという認知を高め、引き続き、グローバル戦略を推進することだ」と断言する。

 そして、「情報系、映像系の双方のノウハウを持っている世界でも稀に見る企業が東芝。そして、モビリティを生かすことができる優れた技術もあわせ持っている。その強みを生かして、きちっと業界を引っ張っていくポジションを確立したい」と語る。

 現在、東芝では、Thin&LightおよびAVノートPCの2つのキーワードで製品化を推進している。

 だが、このキーワードは、ノートPC事業の差異化戦略の1つの側面にしかすぎない。

 今後、ユビキタスコンピューティングの世界へと深化すれば、いまのノートPCの形にはこだわらないものも投入する可能性があると、能仲社長は示唆する。

 「デジタルコンバージェンス(融合)が進展し、PCと、IP電話、デジタルカメラ、カムコーダー、DVDプレーヤー、携帯電話などが融合した製品を投入する可能性もある。映像とPCをどう融合するか、その点に関しても、東芝としてキチっとした提案を行なっていきたい」

 つなぐという役割を担うホームサーバーも、デジタル家電を担うデジタルメディアネットワーク社からの提案ではなく、PC事業を担当するPC&ネットワーク社から提案していくという。

 「東芝には、キチっとした製品を出せば、それを理解してくれる熱いユーザーがいる。全世界にいるリブラーなどはその代表例だ。これぞ東芝といった製品を新たな分野に投入し続けたい」

 ここ数年、東芝は、事業立て直しのためにノートPCに特化した戦略を推進してきた。

 だが、黒字化への転換、そして能仲社長体制へのシフト、さらに今年中に迎える累計出荷4,000万台という節目を経て、東芝は、新たな製品領域に対しても、積極的に乗り出すことになりそうだ。

 20周年モデルとして復活させた新librettoは、そうした東芝の今後の動きを予感させるには十分だ。

 次の20年に向けて、まずはどんな手を打つのか。ユビキタスコンピューティングをという切り口から、新たな分野への挑戦が、1つの鍵になるのは明らかだ。

□関連記事
【4月21日】東芝ノートPC 20周年記念発表会で展示された歴代ポータブルPC
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0421/toshiba.htm
【4月20日】東芝、3年ぶりに「libretto」シリーズ復活
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0420/toshiba1.htm
【2月22日】東芝、次期執行役社長候補を西田氏に正式決定
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0222/toshiba.htm

バックナンバー

(2005年5月30日)

[Text by 大河原克行]


【PC Watchホームページ】


PC Watch編集部 pc-watch-info@impress.co.jp ご質問に対して、個別にご回答はいたしません

Copyright (c) 2005 Impress Corporation, an Impress Group company. All rights reserved.