松下電器産業が発表した2004年度連結決算は、好調な実績となった。特に、デジタル家電製品を担当するパナソニックAVCネットワークス社は、売上高が前年比10%増の1兆3,246億円、営業利益は5%増の301億円と、価格下落が続く市況のなかでも増収増益を確保。各社が明暗を分けたデジタル家電事業において、勝ち組の一角を担う。 松下電器のデジタル家電事業は、なぜ強いのか。そして、松下電器がデジタル家電事業において掲げる「3Dバリューチェーン」の進捗はどうなっているのか。同社のデジタル家電事業を率いる松下電器パナソニックAVCネットワークス社 大坪文雄社長に話を聞いた。 -- 2004年度決算で、松下電器のデジタル家電事業が増収増益となりました。ソニーのエレクトロニクス事業が大幅な赤字を計上しているのとは対照的な結果となっています。松下好調の要因はなんでしょうか。 大坪 経営なので、多少の山谷があります。たまたま松下は、過去から培ってきた3Dバリューチェーンに関する技術や製品を、ここ1~2年でうまく出せた。その結果、少し成績がよくなったというだけの話です。常に危機感を持っていますよ。松下電器が有利だとか、強いとかということはまったく思っていません。ソニーに比べて、当社の方が力があるなんて思ったことは一度もないですよ。ソニーの次期社長の中鉢さんのインタビュー記事などを読むと、これからは徹底してAV機器に力を入れると明言していますね。我々も気を引き締めてがんばらなくてはいけない。 -- 価格下落が激しいなかで、パナソニックAVCネットワークス社の営業利益率は2.3%。この点への評価はどうですか。 大坪 シェアをあげても、話題になる製品を投入できても、経営ですから、やはり最後は収益になる。営業利益率はまだまだ改善しなくてはいけない。これまでの各種構造改革施策によって、体質的にはかなり絞り込めた。この強い体質をベースとして、これからは収益を上げなくてはいけない。デジタル家電は、松下電器のイメージを作りあげる分野だけに、増収増益は必須課題です。それを達成しなくてはならない。 -- 増収増益のポイントはどこですか。 大坪 海外事業がキーワードになります。海外拠点の収益力、コスト競争力を高め、海外マーケットで大きな成長を遂げることが重要です。海外への展開は、ここ数年、重点課題としてフォーカスしていますが、2005年はこれまで以上に海外市場におけるコスト競争力を高めることと、評価を得られる商品を投入していくことに力を注ぎたい。それに向けて、商品企画の取り組み方も見直す考えです。 -- 海外では、やはり中国がポイントですか。 大坪 いいえ、米国、欧州、そして、中国を等しく考えています。また、ブラジルなどでも急速に伸びている製品もあり、地域ごとの戦略を打ち出していくことにも力を注ぎたい。デジタルTVやDVDレコーダーといった製品で、この第1四半期には世界同時発売ができる体制が整いました。そして、国内と同じ垂直立ち上げをやろうという方針も固まった。国内では、昨年夏、全国の販売店に一斉に展示機を配置した「一夜城作戦」を展開して成功したが、欧米でも同じことをやろうと考えています。国土が広いですから、日本ほど多くの量販店に一斉に展示することはできないが、大手量販と組むことで、同じような施策が実施できると思います。 -- 成果のピークは、クリスマス商戦になりますか。 大坪 そうですね。クリスマス商戦は、思い切り伸ばしたい。ただ、このタイミングでは、各社もいろいろと新製品を投入するでしょうし、価格競争も厳しくなる。それまでに、さらにコスト競争力で負けない体質をつくらなくてはなりません。ライフサイクルマネジメントという言い方をしていますが、なにがあっても対応できるような体制づくりも必要です。価格下落を事前に予測して、そうした状況に陥っても収益を確保できる。また、1つのシナリオが崩れた場合には、別のシナリオを用意して、すぐに対応できる。こうした体制を作る考えです。
-- 11月にはプラズマパネルの生産拠点として、尼崎の第3工場が稼働しますね。これは、日本の年末商戦、欧米のクリスマス商戦になんらかの影響を及ぼしますか。 大坪 尼崎の第3工場は、できれば9月末から稼働させたいと考えています。それが無理でも、当初の予定からは少しでも前倒しで稼働させます。クリスマス商戦では、今の想定以上にプラズマTVの需要が増えると、茨木の第1工場、第2工場だけではとても対応できない。爆発するプラズマTVの需要に対応するためには、尼崎の前倒し稼働が必要だと判断したのです。実際に、尼崎の効果があらゆる面で表れるのは2006年度になるでしょう。 -- 新年度が始まりましたが、パソニックAVCネットワークス社では、2005年度にはどんな手を打ちますか。 大坪 これまでパナソニックAVCネットワークス社では、毎年4月に社員に対して、方針説明会を開催してきました。だが、今年はこの呼び方を「事業計画説明会」に変えた。今後の方針や、あるべき論を語るのではなく、事業計画の数値を全社員が確認して、共通の課題が何であるか、それに対して、どんな対策を打つべきかを、全社員に対してきっちりと説明しました。2005年、2006年の計画を達成するためには、何をするか、どう取り組むのか、そして、どう解決するかをみんなで共有することに主眼を置いたのです。3Dバリューチェーンによって、どんな提案ができるのか、どんな事業成果を具体的に目指すのかを社員全員で共有しました。 -- 現時点で、3Dバリューチェーンの展開は、どんな状況にあるのでしょうか。 大坪 2002年10月から、パナソニックAVCネットワーク社の成長戦略として3Dバリューチェーンを打ち出して以来、SD/DVD/DTV(デジタルTV)という3つの「D」の観点から実現されるそれぞれの製品で、ナンバーワン製品を育てていこう、あるいはデジタルスチルカメラのように、SDカードを活用した製品でナンバーワンを取っていこうという戦略をとってきました。また、その一方で、DVDレコーダーはHDDによって実現される大容量を生かして、将来のAVCサーバーとしての方向へと進化を遂げ、DTVはデジタル放送の浸透とともに、放送と通信の融合化をはじめ、新たなTVの視聴スタイルを提案する製品へと進化させようしている。 3Dバリューチェーンの基本的な戦略は、まずは、これらの3つの分野において強いものを用意することでした。この点では、ほぼ思い通りになってきたところはある。ただ、それぞれに強い商品があっても、将来に渡って勝てるかというとそうではない。そこで、強い製品をつないで新たな利用提案をすることが必要になってくる。もっと「つながる」ことをうまく訴求して、大きな成果にむすびつけることが必要です。ちょうど、SDカードによってバリューチェーンができる、というところに第一歩を踏み出した段階といえるのではないでしょうか。 -- SDカードをブリッジメディアとする使い方が浸透し始めたと。
大坪 まだまだSDカードの役割を広く周知する必要はありますが、多くの方々に、SDカードはAVC機器のブリッジメディアであるという認識が浸透したとは思っています。デジカメで撮影した画像を、VIERAのSDカードスロットに挿入すれば、すぐに撮影した映像が見られる。また、携帯電話とDIGAがSDカードでつながるという連携もマーケットに対して提案できている。SDカードは、ブリッジメディアとして利用することで、消費者に対して、「つながる」ということをもっともわかりやすく表現したものです。 -- 他社は、デジタル家電というと、無線LANやDLNAなどでの接続提案が最初にきますが、松下電器は、まずブリッジメディアとしてSDカードを活用することを最初の接続提案としていますね。 大坪 その理由は至って簡単です。「つながる」ということをもっともわかりやすく伝えるのが、ブリッジメディアを通じた相互接続だからです。デジタル家電というのは高機能化する一方で、同質化という問題が起こりやすい。そういう時に、何が重要かというと、使いやすい、わかりやすい、便利であるという差異化なのです。SDカードは「つながる」という点で一番のメディアです。音楽や静止画を相互に接続したり、VIERAからニュース映像などを動画でダウンロードして、携帯型のSD搭載機器で持ち運びながら見ることができる。これ以上、わかりやすい接続提案はないと思います。 -- その点では、3Dバリューチェーンにおいて、SDカードの普及戦略は極めて重要だと。
大坪 SDカードの普及戦略には、まだまだ力を注ぎます。とくに、2005年度は、普及が進んでいる携帯電話で、さらに普及を加速させたい。SDを利用した携帯電話ならではのビジネスモデルも出てくるでしょう。また、「d-snap Audio」の投入にあわせて、CDからSDカードに音楽データをダウンロードして、d-snap Audioで持ち運んで聞くという提案も積極化させたい。ネットでの音楽配信のようにPCを操作しなくても、一番わかりやすく音楽データをダウンロードできる仕組みです。 -- d-snap Audioの記者会見では、パナソニックマーケティング本部の牛丸俊三本部長が、「将来、SDカードスロットがないAV機器はなくなる」と発言しました。そこまでの発言はちょっと過激ではないかと思ったのですが(笑)。 大坪 私は、過激とは思っていませんよ(笑)。過去4年間のSDカードの普及をみると、デジタルカメラでは、すでにSDカードが標準となりましたし、あらゆる機器にSDカードスロットが標準で搭載されはじめました。SDカードスロットが付属されていないAV機器は、ひとつもないという状況になることは現実にあり得ると思います。もちろん、SDカードは、AV機器以外にも広がります。すでに、電子レンジに搭載されていますが、こうした各種白物家電にもSDカードスロットは搭載されるでしょう。また、カーナビゲーションシステムもSDカードにとっては、大きな市場です。ホームAV機器からダウンロードしたものを車に持ち込んで利用する。これもSDカードの世界を広げます。 -- SDカードの普及にここまで自信を持つ理由はなんですか。
大坪 SDカードには、4つの特徴があります。小型化、大容量化、高速転送、そして著作権保護技術。この点で絶対的な優位性を発揮できるからです。小型化という観点では、SDカードのフルサイズとともにminiSDがある。miniSDによって、携帯電話にも多くの機種でSDカードが搭載されるようになりました。また、大容量化では、いよいよ1GBが市場に出てきましたが、2005年中には2GBが登場しますし、2006年には4GBが出ることになります。これによって、SDカードで利用できるコンテンツの範囲がどんどん広がります。例えば、SDカードをビデオカメラに搭載するといったことも出てくる。そうなるとムービーの世界が変わるのです。また、高速転送によって、プリッジメディアとして、ストレスなく利用できる環境を提供できる。さらに、著作権保護技術では、配信型ビジネスの普及に大きな威力を発揮する。コンテンツホルダーにとって、著作権保護がしっかりしていることは、ビジネスの発展という点で大きく寄与することができます。 この4つの特徴を、基本方針としてきっちり守っていけば、SDカードの利用範囲の拡大、およびこれを搭載した機器はさらに広がりを見せる。事業領域は、いまよりもワイドスコープで見ることができるのです。 -- 3Dバリューチェーンは、思惑通りの進捗状況なのですか。 大坪 初期ステージとして掲げた個々の製品を強くする、そして、SDカードによるブリッジメディアとして浸透させるという観点から見れば、3Dバリューチェーンは予定通りの進捗だといっていいでしょう。しかし、これから取り組まなくてはならない課題もある。その最大のポイントが、HD(ハイディフィニション)コンテンツへの対応です。すでに、HDに対しては、デジタルTVで手を打っていますが、これをあらゆる機器に広げていく必要があります。 2つ目には、ユニバーサルデザインの採用です。デジタル技術の進展に伴う宿命として出てくるのが操作の複雑さ、難しさです。単に、技術を追求するだけだと、極めて複雑で難しい3Dバリューチェーンというものになってしまう。難しさを克服すためのユニバーサルデザインが、3Dバリューチェーンのなかで重要になってくるのです。例えば、DVD機器の設置や接続の難しさはいまでも問題となっています。また、TVのリモコンもさらに使いやすくしなくてはならない。技術、開発部門に対してもユニバーサルデザインを意識することを徹底しています。 実は、当社のなかで、ユニバーサルデザインに一番こだわっているのが、中村邦夫社長なんです。家電製品では、「ななめドラム洗濯機」がユニバーサルデザインで大きな成功を収めました。我々はプレッシャーを受けているところですよ(笑)。次のDVDレコーダーのリモコンには、ぜひご期待いただきたいと思っています。かなり進んだユニバーサルデザインの考え方を反映できるはずです。 それと、最後に、コンテンツディストリビューションへの取り組みも重要です。松下電器として、もっと配信型ビジネスを、認識していく必要があります。松下は、ハードウェアメーカーなので、コンテンツを直接やるというわけではありませんが、コンテンツを持っている企業と、協業という形で取り組むことになります。この仕組みを考えていきたい。 -- 一方で、昨年来、プラズマTVに対して厳しい評価をする風潮がありますが。 大坪 液晶の画像はきれいだ、という人は遅れていますよ(笑)。ただ、これまでプラズマの良さをしっかりと伝えてこなかった我々にも反省はあります。いや、その点では大反省です。社内でも、いろんなところから、プラズマの良さをもっとアピールすべきだという声が出ています。プラズマをビジネスとしてひっぱっていけるようなメッセージを出さなくてはいけない。他社はこれからやることに対して話をしますが、松下はまじめだから、いまあるものだけをきっちり訴求してきた(笑)。液晶とプラズマでは情報の時間軸に差があるものを、そのまま比較されていた部分も結構ありました。 また、松下電器は、32型以下は液晶、37型以上はプラズマと明確に切り分けていますが、両方をやっているだけにプラズマの良さだけを訴求しにくかった部分もあった。それぞれのサイズにあせて特性をしっかりと訴えていきたいと考えています。 いま、量販店店頭においては、展示の関係上1,500ルクスという明るさとなっており、これが、家の150ルクスの環境とは見え方が違うということをちゃんと訴えようとしています。プラズマの良さと正確な情報をしっかりと伝えることに力を注いでいくことが、これからますます重要だと捉えています。今年は、その点も重点課題です。
□関連記事 (2005年5月10日) [Text by 大河原克行]
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