ソニーが、先頃発表した2004年度連結決算は、エレクトロニクス事業の赤字という厳しい内容となった。 なかでも、iPod旋風の影響を受け、ウォークマンの不振ぶりが目立ったオーディオ事業は、前年比16%減の5,723億円、営業損失は57億円の赤字となった。 ソニーの創立33周年にあたった'79年に発売となったウォークマンは、その語呂合わせから33,000円の価格で、第1号製品「TPS-L2」を投入。それ以来、これまでに累計3億3,500万台以上を出荷。世界を魅了したソニーの代表的製品に成長している。 そして、2004年度は、ウォークマンの発売からちょうど25周年を迎えた記念すべき年。だが、それがまさか赤字で終わるとは、関係者は予想だにしなかっただろう。 ●音楽を楽しむことに改めてこだわる
それは、同社経営トップも強く認識している。井原勝美副社長が、ATRAC3にこだわり続けた結果、市場の変化についていけなかったことが反省点であると言及しており、その点は、本コラムでも触れたことがある。 そのソニーが、起死回生の製品として投入したのが、この春に発売したウォークマンスティック、ウォークマンスクエアの両製品だ。いずれもATRAC3およびATRAC3plusに加えて、MP3に対応した製品。それが功を奏して、ウォークマンスティックは、発売直後から販売店店頭でトップシェアを獲得し、ウォークマン復活の片鱗を見せつける勢いを見せている。本格復活を標榜するには、もう少しの時間が必要だろうが、それでも、最近のウォークマンとは異なる出足の良さから、関係者にも安堵の様子が見られる。 MP3対応という大きな要素に加えて、「ソニーは、改めて、音楽を楽しむということにこだわった。それが市場に受け入れられた結果ではないか」と、同社では自己分析している。
確かに、音楽を楽しむための仕掛けが随所に見られている。ウォークマンスティックでは、音楽再生時に有機ELに水泡のような表示がされる。また、楽曲のタイトル表示とスイッチを連動させ、回転させれば文字が回転し、スイッチを引っ張っれば、文字が引っ張られて表示されるというような仕組みも楽しい仕掛けだ。香水の瓶をイメージしたという筐体デザインも、ソニーらしいものだといえよう。 ●スタミナを実現するVMEとは ソニーは、ウォークマンスティック、ウォークマンスクエアで、圧倒的ともいえる同社独自の技術を搭載している。それも、人気を下支えしている要因のひとつだといえるだろう。 それはなにか。 ソニーが「スタミナ」という言葉で表現する長時間連続再生技術である。 ハードディスクタイプのウォークマンスクエア「NW-HD5」では、40時間連続再生を実現。フラッシュメモリータイプのウォークマンスティック「NW-E507/E505/E407/E405」では、50時間連続再生を達成。さらに、3月に出荷しているフラッシュメモリータイプの「NW-E107/E105/E103」では、なんと70時間の連続再生を実現している。 iPod Shuffleが12時間再生、iPod miniの18時間再生と比較しても圧倒的な連続再生時間となっているのがわかる。 1GBのiPod shuffleに入っている音楽を聞くのに、一度の充電では聞けないというのはよく指摘される笑い話だが、ウォークマンスティックでは、1GBモデルでも一度の充電だけで、すべての楽曲を聴くことができる。しかも、3分間充電すれば、3時間の連続再生が可能というハイスピード充電も装備している。朝の出掛けの忙しい時にも、USBポートに3分間差し込んでおけば往復の電車のなかで聞くには十分な「スタミナ」を蓄えることができる。 この「スタミナ」を実現しているのが「VME(Virtual Mobile Engine)」と呼ばれるソニーの独自技術である。 VMEは、2000年から開発に取り組んでいるもので、すでに、2003年に発売したネットワークウォークマン「NW-MS70D」から搭載されている。
ソニー社内では、2000年からVME技術を採用した低消費電力LSIの開発プロジェクト「マイクロワットプロジェクト」を発足し、当時の技術で実現していた消費電力の4分の1以下となる5mWの低消費電力を実現することを目指した。結果として、2003年時点で、ATRAC3再生時には、4mWという消費電力を達成。NW-MS70Dでも、33時間という連続再生時間を実現しているのだ。 それをさらに最適化することで、ウォークマンスティック、ウォークマンスクエアでは、より長時間化した連続駆動を実現している。 もともと、オーディオ機器に搭載されるデジタル信号処理プロセッサは、処理するデータの大容量化の進展に伴って、消費電力などの面で壁にぶつかっていた。 デジタル信号処理には、汎用DSPおよび汎用CPUで処理を行なう方法と、最適化した専用ハードウェアを利用するものとの2つに大別される。 汎用DSPおよび汎用CPUを利用する場合には、ソフトウェアによって多機能化、マルチフォーマット化に柔軟に対応できるが、その一方で、電力効率が悪く、長時間の連続駆動には向かないという結果になる。 一方、専用ハードウェアの場合は、電力効率を高めることで長時間駆動には最適化することができるが、専用に開発されるためにコスト効率が悪い。しかも、柔軟性が低く、複数のフォーマットや多機能化への柔軟な対応が難しいため、バージョンアップや複数機種への利用といった活用ができない。 ソニーが開発したVMEは、「リコンフィギュアブル(再構成)技術」を採用。これによって、双方の問題点を解決したのである。 VMEでは、複数の回路ユニットの接続構成と、動作設定を、それぞれソフトウェアによって変更することを可能とし、専用ハードウェアで問題となっていた、機能ごとに回路を設計するという点を不要としたほか、VMEとCPUを1チップ化することで、VMEが、リコンフィギュアブル技術によって最適専用回路に変身しながら、電力を食う重い制御部分を効率的に担当し、その一方で、電力を食わないような軽い制御部分をCPUが担当することで、全体的な低消費電力化に成功している。
そして、ウォークマンスティック、ウォークマンスクエアで、MP3の対応のために多くのコストをかけずに短期間に取り組むことができたのも、このVMEのリコンフィギュアブル技術によるところが大きい。
この分野で、リコンフィギュアブル技術を民生用製品に採用しているのは、いまでもソニーだけだ。 ●ソニーのSoC技術も大きく貢献 もちろん、VMEだけで低消費電力化を実現したわけではない。 「VMEだけでなく、さまざまな低消費電力化LSI技術を採用したことが大きな要因」と語るのは、ソニーセミコンダクタソリューションズネットワークカンパニーSoC事業本部第2LSI設計部門3部 小松本孝課長。 ウォークマンスティックなどに搭載しているCXR704060では、動作周波数の低減のほか、標準セル部分では低電圧ライブラリの採用、特殊セル部分ではアナログ回路およびメモリの低電圧動作化、ウェハプロセスではリーク電流の削減や低電圧動作マージンの採用のほか、高トグル率回路の短配線やゲート削減および異電源領域分離といったレイアウトを採用するなど、SoC設計技術を駆使したさまざまな工夫が凝らされている。 「汎用DSPを利用していた場合には、ATRAC3plus再生時には、24mWから29mWの消費電力だったものが、VMEの採用によって、12mWにまで低減。さらに、セルやプロセスの見直しによる低電圧動作およびレイアウトの工夫によって、5.1mWにまで削減した」と、小松課長は語る。
ソニーのSoC技術とVMEの組み合わせが他社が追随できない、低消費電力化を実現しているのである。 ソニーセミコンダクタソリューションズネットワークカンパニーSoC事業本部第2LSI設計部門 木村睦部門長は、「ポータブルオーディオに求められるのはいつでも、どこでも利用できるというコンセプト。そして、持っていることを忘れてしまうような使い勝手の良さ。これを実現するためには、長時間連続駆動は欠かせない要素」と話す。 先に触れた音楽を楽しむための「遊び」の要素を盛り込むという点も、実は、「スタミナ」に余力がないと実現できない部分だといえる。 いわば、これだけのスタミナを実現するからこそ、ソニーのポータブルオーディオでは、「ソニーらしい」といわれる製品づくりが可能となる。今回のウォークマンスティック、ウォークマンスクエアの「音楽を楽しむ」ための製品づくりは、このスタミナ技術の優位性を、ウォークマンの開発チーム、製品企画チームが、改めて認識した結果だとはいえまいか。 VMEは、プレイステーション・ポータブル(PSP)にも搭載されており、今後もその利用範囲を広げることになりそうだ。 モバイル分野において、ソニーらしい製品を投入するのに欠かせない技術が、ソニー社内に存在していることに、ここ数年、もっとも気がついていなかったのは、実はソニー社内なのかもしれない。 それに気がつかなかったことが、オーディオ事業の赤字転落につながっているのではないだろうか。
スタミナの優位性と、それを生かしたソニーらしい物づくり。ウォークマンスティック、ウォークマンスクエアが、ソニーのポータブルオーディオ、そして、ソニー全体の復活につながる狼煙であることを期待したい。
□関連記事 (2005年5月6日) [Text by 大河原克行]
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