笠原一輝のユビキタス情報局

見えてきた“ARIB要件”を満たすデジタルTV実装PC





IntelがIDFで展示したIntel 945GベースのePC

 以前のコラムで、日本のデジタル放送をどのようにPCに実装するか、という話題を取り上げた。その記事の中で筆者は、ARIBが求める、「ユーザーアクセスが可能な内部バスまでセキュアな環境」を実現するには、GPUへのHDCP実装が課題になると述べた。

 そうした問題にも徐々にメドが見えてきつつある。IntelはIntel Developer Forum(IDF)において開発コードネーム“Lakeport”で呼ばれてきた次世代チップセット「Intel 945G」の詳細を公開したが、その中でIntelはIntel 945Gに内蔵されているGPUである“Intel GMA950”がHDCPに対応していることを明らかにした。

 また、HDCPのアップストリームである、アプリケーションからGPUへの出力時のコンテンツ保護問題も、Microsoftが1つの答えを用意している。それが「COPP」(Certified Output Protection Protocol)とよばれる仕様だ。


●Intelがデジタルホーム向けチップセットと主張する「Intel 945G」

Intel 945Gの消費電力を説明するスライド。チップセットのノースブリッジだけで23.8Wとは、ほとんどBaniasなみ?

 IDFのレポートの中で、Intel 945Gの特徴はGPU性能の強化だと述べた。といっても、内部のアーキテクチャが大幅に変わるわけではなく、Intel 915G内蔵の「Intel GMA 900」に対する強化点は、動作周波数と若干の機能向上のみだ。

 確かに、これによりIntel 945Gの3D描画性能は大幅に高まっているという。GPU性能の向上や、新たにサポートされるRAID5、従来からサポートされるHD Audioによる7.1チャネル出力などから、Intel 945Gは“デジタルホーム向けチップセット”と位置づけている。

 ただし、Intel 945Gにも課題はある。第一の課題は消費電力の上昇だ。IDFで公開された資料によれば、Intel 945Gの熱設計消費電力(TDP、Thermal Desgin Power)は23.8Wになっており、かなり大きいと思われていたIntel 915Gの18.7Wからも大幅に増えてしまっている。理由は単純で、内部GPUの動作周波数を上げたので、その分だけ消費電力が増えてしまっているのだ。もっとも、単体のGPUを使えば30Wオーバー確実なのだから、それに比べればマシだとも言えるが。

 もう1つの課題は、GPUに内蔵されているビデオプロセッサエンジン(VPE)が、やや世代が古いものになってしまっている点だ。

 最近のGPUに内蔵されているVPEは高機能で、WMV/WMV HDやMPEG-2 HDのアクセラレーション機能、NVIDIAのPure Videoに見るようなインターレス解除時の画質向上機能などがトレンドとなっている。Intel 945Gでは、MPEG-2 HDのアクセラレーション機能は追加されたが、WMV/WMV HDやMPEG-4 AVCなどのアクセラレーション機能などは用意されていない。

 最近のGPUがこれらの機能を用意していることを考えると、Intel 945Gに内蔵されているVPEはやや物足りない可能性が高い。もちろんまだ製品がでていないから、現時点での情報が正しければ、という前提での話だが。

 “デジタルホーム向けチップセット”を名乗るのであれば、ぜひ次期製品“Broadwater”では、こうした機能も追加してほしいものだ。

●HDCPをサポートするIntel 945Gでデジタル放送実装が可能に

 話が脱線してしまったが、ハイエンドユーザーにはやや物足りない内蔵グラフィックスも、OEMベンダがメインストリーム市場向けに「ePC(Entertainment PC)」を製造する場合には魅力的な機能が搭載されている。それが「ADD2+」の存在だ。

 ADD2+は別記事に詳しいのでここでは解説しないが、重要なのはADD2+の仕組みを利用することで、安価に、かつ柔軟にTVチューナを実装できることだ。たとえば、これまでPCベンダがDVI-DとTVチューナを実装する場合、PCI Express x16にADD2カードを装着し、さらにTVチューナをPCIバスに装着していた。それが、ADD2+では1枚のカードにまとめることができ、コスト的なメリットがある。

 また、ADD2+をDVIだけのカードと、DVI+TVチューナという2つのカードを用意することで、

(1)DVIやTVチューナなしのベーシックモデル
(2)DVIありのモデル(DVIのADD2+カードを利用)
(3)DVI+TVチューナありのハイエンドモデル(DVI+TVチューナのADD2+カードを利用)

 という3つの製品を用意することが可能になる。BTOの要求に容易に対応できるメリットもあるだろう。

 そして、特に日本のOEMベンダにとって魅力的なのが、Intel 945GがHDCPをサポートしているという点だ。この連載を読み続けていただいている読者には、もうおわかりのことと思うが、デジタル放送実装が可能になるというのがその理由だ。

 以前のレポートでも指摘したように、GPUベンダのHDCPへの対応は、あまり早いとはいえない。その理由は、日本以外のOEMベンダにほとんどニーズがないからだ。これに対して、Intel 945Gでは、日本側のリクエストが通ったようで、最初からHDCPが実装されている。

 Intel 945Gに関する技術説明会でも、ATSC(米国のデジタル放送の規格)、ISDB-T(日本のデジタル放送の規格)のいずれも、このIntel 945Gで実装が可能だと説明された。この説明会では、リリース当初はアナログ放送のみのサポートだが、今年の後半にはATSCとISDB-Tのサポートが可能になると説明されていたのだ。

●COPPによりアプリケーション-GPU間の保護も実現へ

 なぜ、デジタル放送のサポートがやや遅れて開始されるのかは、以前の記事でも指摘したHDCPアップストリームの問題がある。要するに、アプリケーションからGPUに送られるまでの間の保護をどうするのかという問題だ。

 実は、これが解消するのが今年の後半なのだ。その解決方法が、MicrosoftがWindows XP ServicePack2およびWindows Media Player 10以降でサポートしている「COPP」(Certified Output Protection Protocol)とよばれる仕様だ。

 簡単に説明すると、DirectShowを利用してコンテンツの再生を行なうタイプのアプリケーション(たとえば、DVD再生ソフトやWindows Media Playerなどがこれに該当する)がGPUに対してデータを出力する際、GPUのドライバとDirectShowフィルタ間で暗号鍵を交換し、他のアプリケーションからデータをハッキングされることを防ぐ仕組みだ。

 アプリケーションとGPUが交換する暗号鍵は、Microsoftより供給される予定で、これを利用してOEMベンダはアプリケーションとGPU間のセキュア環境を実現できる。OEMベンダの関係者によれば、この暗号鍵の配布が今年の後半に予定されているため、Intel 945Gでのデジタル放送実装はそのタイミングで、ということになるそうだ。

 なお、現在のWindows XP ServicePack2/Windows Media Player 10で実装されているCOPPは第1世代(v1)で、Microsoftが2006年にリリースを予定している次世代Windows(開発コードネーム“Longhorn”)では第2世代(v2)のCOPPがサポートされる予定で、Longhornで実装されるAvalonに対応したものになるという。

Intel 945Gを利用した場合の、デジタルTVチューナの実装例

COPPではMicrosoftから提供される暗号鍵を利用してアプリケーションとGPU間の暗号化を行なう

●技術的にはReadyになるが、残るは……

 以前の記事で紹介した、富士通が開発したセキュリティチップ、HDCPをサポートしたIntel 945G、MicrosoftのCOPPが揃うことで、技術的には準備ができ、ユーザーアクセスが可能なバスでコンテンツ保護を実現しなければならないというARIB要件を満たすことができるようになる。

 しかし、この厳しい要件を満たすことは、思わぬ副産物を生むことになる。それが次世代DVDへの対応だ。

 以前の記事でも指摘したように、HD DVDやBlu-rayといった次世代DVDでどのようなコンテンツ保護の仕様が実装されるかは、今のところ明確ではない。ハリウッドや機器ベンダなどから構成されている「AACS LA」が規定するコンテンツ保護の仕様がまだ明確ではないからだ。

 現在AACS LAで議論が行なわれているとのことだが、仮にAACSがユーザーアクセスバスでのデータのセキュア性やHDCPによるデジタル出力の保護などを求めてきても、日本のデジタル放送の仕様に対応しておけば、クリアできる可能性が高い(つまり、ARIBの仕様は“最強”ということだ)。

 もっとも、消費者の権利意識が強い米国では、AACSがそうした仕様を求めても、消費者から裁判を起こされる可能性が以前から指摘されている。そうなれば、なし崩し的にPCの仕様はもっと緩やかなものになる可能性も否定できず、このあたりの状況はまだまだ流動的だ……。

 このように、国内では少なくとも今年の後半には、ARIBが求めるような仕様を満たしたデジタル放送受信が可能なPCが登場する可能性がでてきた。

 残る課題は、そもそもそんな厳しい仕様のデジタル放送受信がPCにとって魅力的なアプリケーションか、という点になると思う。それを突き破る鍵は、やはりDTCP-IPだろう。DTCP-IPが許可されれば、デジタル放送を利用して受信した録画ファイルを、少なくとも家庭の中だけではどの機器でも再生できるようになる。ぜひとも、ARIBには、放送業界だけを向いた議論ではなく、ユーザーの方向を向いた議論もしていただきたいところだ。

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【3月3日】【笠原】デュアルコアプラットフォームを支えるチップセット
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0303/ubiq102.htm
【2月10日】【笠原】迫りくるコンシューマPCの“2006年問題”
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0210/ubiq97.htm

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(2005年3月9日)

[Reported by 笠原一輝]


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