笠原一輝のユビキタス情報局

Turion 64がノートPC市場に与えるインパクト
~搭載ノートPCを各社がCeBIT会場で展示





AMDのTurion 64モバイル・テクノロジのロゴ。スリムノートPCも64bit命令の時代に

 AMDのTurion 64モバイル・テクノロジが正式に発表された。Turion 64のロゴ自体は、International CESで発表されていたものの、その詳細や搭載マシンなどはこれまで明らかにされなかったが、CeBIT会場において正式に製品として発表され、いくつかの搭載製品が公開されるなど、デビューを飾った。

 本レポートでは、CeBITで公開されたTurion 64搭載製品と、Turion 64がノートPC市場に与える影響、今後の展開などについて紹介していきたい。


●Centrino登場以前にはDTRノートPCがメインストリームへ

 2003年3月のCentrinoモバイル・テクノロジ(CMT)登場以前のノートPC市場は非常に混沌としたものだった。2001年頃から、台湾のODMメーカーなどを中心に、それまでのノートPCの設計では入らなかった熱設計消費電力(TDP)のCPU、例えばIntelのPentium 4などを、ノートPCの設計を見直すことで搭載可能にした「DTR(DeskTop Replacement)」と呼ばれる製品が出現したからだ。

 だが、その実体は“ノートPCの設計を見直す”などと美しい表現にふさわしいものではなく、単にケースを大型化し、大きめなCPUクーラーを内蔵したという“力業”だった。

 こうした背景には、そもそも液晶ディスプレイが大型化し、ケースをどうしても大きめにする必要があったことと、IntelのモバイルCPUとデスクトップCPUの価格差という問題があった。

 当時Intelが提供していたモバイル向けCPUである、モバイルPentiumIII-MやモバイルPentium 4-Mは、デスクトップPC向け製品との違いが、拡張版SpeedStepテクノロジの有無程度で、デスクトップPCの同クロックグレードの製品と比較して価格が高かった。このため、ノートPCベンダは、デスクトップPCの代替として、ほとんど持ち歩かずに利用するなら、多少ケースが厚く、バッテリが持たなくても、デスクトップPC用のCPUでいいだろうと判断し、DTRノートPCが市場に投入されたのだ。

 そして、この動向をうまく利用したのがAMDだった。AMDは、PCベンダのこうした動きを積極的に支援し、DTR向けのCPUをいち早く投入した。このため、米国のノートPCの小売り市場では一時期Intelを上回ったこともあり、それなりのシェアを獲得したのだ。Intelが、DTR市場への対応がAMDに比べて後手後手に回ったことも、AMDに有利な状況を生んだと言われている。

●“25W枠CPU”市場にAMDが不在であったということの影響

 こうした動きは、最初に米国で起こり、後に日本にも波及した。2002年後半から2003年の前半にかけて同様の製品が日本の大手PCベンダからも投入された。

 だが、その動きがもっとも最初に縮小したのは日本市場だった。2003年3月に、IntelがCMTを導入して以降、多くのPCベンダがCMTを採用していった。特に、スリムノートよりも小型のトランスポータブルタイプだけでなく、大型の液晶を搭載するフルサイズのノートPCもCMTへと移行していった。

 なぜかと言えば、CMTならCPUの熱設計消費電力(TDP)は25Wに下がり、下がった分だけ本体を薄くしたり、デザイン上の自由度が向上するからだ。そして、Intelが行なったCMTのマーケティング、具体的にはCMTでノートPCは薄く軽くなり、ワイヤレス機能も搭載するという、ユーザーに対する訴求が成功したこともその後押しになった。

 例えばソニーの、VAIO type Aの前身となるVAIOノートGRシリーズの2003年10月に発売されたモデル「PCG-GRT77」には、Pentium 4 2.66GHzが搭載されていた。ところが、2004年の夏モデルで登場したVAIO type AからはCMTへと移行している。ほかのメーカーも同様で、やはりデスクトップPC用のCPUからCMTへの以降が進み、従来のDTRに比べてよりスリムでスタイリッシュなノートPCが増えるようになった。

 メインストリームのノートPC市場からDTRから、スタイリッシュでスリムなノートPCに移行することで、CPUの要求される熱設計消費電力(TDP)はPentium Mの25Wというレンジが基本になった。

 この状況に、今度はAMDがうまく乗れなかった。AMDはCMTと同時期に25WのAthlon XP-Mを導入したものの、実際にはPentium Mの下位モデルとしていくつかの製品に搭載された程度で、成功を収めたとは言い難い状況だった。

 そうこうするうちに、デスクトップPCがK8世代、つまりAthlon 64に移行したため、モバイル製品も新しい世代への移行を迫られていた。だが、これまでAMDは、パフォーマンスPCブランドであるAthlon 64で、25Wの製品を実現できなかった。モバイルAthlon 64では、85W、65W、35Wという3つのTDPの枠がサポートされていたが、CMTと同じレベルの25Wは実現できていなかったのだ。

 このことは、PCベンダにとって(ひいてはエンドユーザーにとって)は、選択肢を狭める結果になってしまっていた。なぜなら、PCベンダは、CPUのラインナップを1社だけに限定することを決して望んでいない。できれば、2つ以上の選択肢があり、その中から選びたいと考えている。そうでなければ、相手の言い値で製品を買わなければならず、コスト削減に取り組んでいるPCベンダにとっては好ましい状況ではないのだ。

 だが、前述のように25WのTDP枠に合うCPUをAMDが持たない以上、実質的に選択肢はCMTしかない。つまり、技術的な理由で、使いたくても使えなかったのだ。

●Turion 64は64bit命令を25W枠のスリムノートにもたらす

 そうした状況を打ち破る、AMDの武器が今回登場したTurion 64だ。Turion 64は、1月のInternational CESで発表されたものの、実際のモデルナンバーなど、その詳細は明らかにされていなかった。

 今回の発表によれば、クロック周波数やL2キャッシュの違いなどで、以下のモデルが用意されているという。

クロック周波数L2キャッシュTDP 35WTDP 25W
2GHz1MBML-37-
1.8GHz1MBML-34MT-34
1.8GHz512KBML-32MT-32
1.6GHz1MBML-30MT-30

 モデルナンバーのML、MTはモビリティの高さを示しており、2番目のアルファベット(LとT)がそのTDPを示している。この場合Lは35W、Tは25Wを意味していると考えればいい。

 今回発表されたTurion 64は開発コードネーム“Lancaster(ランカスター)”と呼ばれてきた製品で、90nmプロセスルールで製造されている。これまでモバイルAthlon 64の35W版に利用されていた、同じく90nmプロセスルールの“Oakville”の後継となるが、Lancasterでは25W版が追加されたほか、SSE3に対応していることが特徴となっている。

 Turion 64は、Socket 754向けに提供されることになるので、メモリはシングルチャネルのDDR400までの対応となる。また、64bit命令セット(AMD64)に標準で対応しており、前述のようにSSE3にも標準で対応している。この点は、64bitにも、SSE3にも対応していないPentium Mを機能面で上回っており、カタログスペックによるユーザーへの訴求力という点でCMTを上回る。

●CeBIT会場でTurion 64を搭載したスリムノートPCが展示

 TDPの枠が25WのTurion 64 MTモデルがリリースされたことは、OEMベンダの選択肢を広げる結果になっている。これまでモバイルAthlon 64は、やや大きめのノートPCにしか採用されてこなかったが、今後はよりスリムなノートPCに採用されることが可能になるだろう。

 実際、CeBITの会場では、富士通シーメンス(富士通とシーメンスの合弁企業、ヨーロッパで高いシェアを持つPCベンダ)が、「AMILO A7640」というスリムノートを展示していた。AMILO A7640は、リリース前の製品と言うことで詳細は明らかにされていなかったが、その薄さは、同じブースに展示されていたCMTベースの薄型ノートPCにひけをとっていなかった。

 このほかにも、Acer ComputerやASUSTeK ComputerなどのPCベンダや、ODMベンダなどがTurion 64搭載ノートPCを展示していた。

富士通シーメンスのAMILO A7640。CPUにはTurion 64のMT-30(1.6GHz、L2キャッシュ1MB)を搭載しており、512MBのメインメモリを搭載している。こうしたスリムノートにも、今後はAMDが参入していくことが可能になる Acer ComputerのAcer Aspire 5020。CPUには35W版のTurion 64を搭載している。15.4型のワイド液晶を搭載し、GPUにはATIのMOBILITY RADEON X700を搭載
ASUSTeK ComputerのA6000K。15型ないしは15.4型ワイド液晶を搭載したスリムノート。25WのTurion 64を採用している ArimaのTurion 64搭載ノートPC。ODM用ということで詳細は明らかにされなかった

●2006年にはモバイルPC市場にもデュアルコアCPUを投入するAMD

 平均消費電力という点では、若干CMTよりも高いといわれるTurion 64だが、CPUがシステム全体の消費電力に占める割合が10%以下であることを考えると、バッテリ駆動時間へのインパクトはさほど大きくないという言い方もできる。重要なことは、これまで、技術的なチェックポイントで落とされていたAMDのモバイル向けCPUが、Intelと同じ25Wの土俵に上がれ、機能や価格などで勝負できるようになったことだ。

 AMDのモバイル市場での挑戦は今後も続く。現在、同じく25WをサポートするモバイルSempronをリリース済みだが、今年の後半にはLancasterのローエンド版となる“Roma”を投入する。

 さらに、2006年にはLancasterの後継として、デュアルコアCPUをモバイル市場にも投入していくという。AMDは公式にモバイル市場におけるデュアルコアCPUの計画を明らかにしていないが、情報筋によれば、AMDは2006年の前半にモバイル市場にもデュアルコアを投入することを計画しているという。

 AMDは公式に、2005年の後半に“Toledo”とよばれるデュアルコアCPUをデスクトップPC市場に投入すると明らかにしている。普通に考えれば、2006年前半に登場するモバイル向けCPUは、そのToledoのモバイル版であると考えたいところだが、実際にはそうではないという。

 情報筋によれば、AMDが2006年前半に計画しているモバイル向けデュアルコアは、AMDがまだコードネームを公式に明らかにしていないデュアルチャネルDDR2対応の新デュアルコアCPUのモバイル版になるという。

 同筋は非公式な情報として、そのコードネームが“Taylor”(タイラー)になると伝えているが、AMDから公式な発表がないため、確実なコードネームではないことをお断りしておく。また同時に、TaylorでAMDが導入を計画しているハードウェア仮想化技術“PACIFICA”と、ハードウェアセキュリティ技術“PRESIDIO”の導入も計画されていると伝える。

 Taylorは、Intelが2006年の第1四半期に導入を計画している「Yonah(ヨナ)」とまさに真っ向からぶつかる製品となるだろう。Yonahもデュアルコアで、ハードウェア仮想化技術をサポートするからだ(なお、YonahはEM64Tをサポートしない)。

 もっと遠い未来には、AMDは同社がJEL(Japan Engineering Lab)で研究開発を行なっているモバイル専用のプロセッサが控えている。AMDはJELにおいて、モバイル市場を技術でリードする日本市場の要求を受け入れたCPUの仕様をまとめ、将来予想されるモバイルプロセッサへのインプリメンテーションを計画しているという。

 AMDは、JELの研究を元にしたプロセッサの登場時期を明らかにしていないが、それほど先のことではなく、2007年~2008年頃には、何らかの研究成果がでてくるだろうと筆者は考えている。そのころにはIntelも、Meromや、その後継をリリースしているはず。また、AMDがこのようなモバイル専用プロセッサを出してくるならば、当然Intelも何らかの手を打ってくるだろう。

 ノートPC向けCPUの進化はまだまだ止まらない。

□関連記事
【3月10日】日本AMD、モバイル向けCPU「Turion 64」を正式発表
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0310/amd.htm

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(2005年3月14日)

[Reported by 笠原一輝]


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