後藤貴子の 米国ハイテク事情

ブッシュとケリー、勝敗でIT業界はどう変わる




●ハイテクが争点になった前回選挙との違い

 いよいよ次期米大統領が決まる。これは、IT業界にとってどんな意味を持つのだろう。はたして、ブッシュ氏とケリー氏、どちらが大統領になると、業界にとって有利なのだろう。

 前回の選挙は、IT産業にとってある意味わかりやすい選挙だった。民主党のゴア候補は、ハイテク通を自認し、IT立国的な発言が多い“IT産業派”だった。それに対して、共和党のブッシュ氏は、石油産業出身でITには馴染みが薄い。イメージ的には、IT産業のゴア氏と、旧産業のブッシュ氏の戦いだった。実際には、ゴア氏はIT産業に対する口出しが多いため、IT業界ではブッシュ氏に肩入れする層も多かったが、ITが選挙のトピックのひとつだったことは確かだ。

 ところが、今回は、ブッシュ氏に対抗するケリー氏も、IT産業とは縁が遠いように見える。ケリー氏はヨーロッパからの清教徒が初めて着いたマサチューセッツ出身で、イラク後こじれたヨーロッパとの関係を改善しようとしている。同じ民主党候補でもゴア氏は西を見ていたがケリー氏は東を向いており、IT業界と疎遠だ。

 また、選挙戦自体、ITが争点になっていない。理由は簡単で、今の米国はITなんかに構っていられないからだ。前回の選挙戦では、“ニューエコノミー”という言葉が生きていて、IT立国というのが具体性を持っていた。しかし、今はそういう状況にない。ITバブルが崩壊したあとは、景気が回復したとは言っても、誰もIT産業に過大な夢を抱いてはいない。

 そして、テロ&イラク戦争後は、米国自体がITどころではなくなっている。国家と国民の安全が、人々の最大関心事だ。

 しかし、争点にはなっていないものの、どちらが大統領になるかは、米国のIT業界にとって大きな意味を持っている。両者の政策が、IT産業の面では大きく食い違っているからだ。

●政策では共和党がIT業界を支持

 一般的には、ブッシュ氏が当選した方がIT業界にとっては利があると言われている。それは、伝統的に共和党の方が産業界寄りだからだ。米国の二大政党の性格は、下のように言われている。

◎共和党
“小さな政府”
・経営者にとって有利な政策を取る
・自由貿易主義で国際協調的になりやすい

◎民主党
“大きな政府”
・労働者/移民寄りの政策を取る
・内政重視のため対外的には強硬になりやすい

 つまり、IT業界に限らず、ほとんどの産業界にとっては共和党のブッシュ氏続投のほうが有利ということになる。余計な規制や高率の法人税などをかけようとせず、安い外国製品の輸入や労働力の安い国への業務移転もOKと言う政府のほうが企業にとってはやりやすいからだ。

 実際、これまでの4年間を見ても、ブッシュ政権は割と業界の好き勝手にさせている。それに対して、クリントン政権時代には、ゴア氏が推進した悪名高き通信品位法(CDA)が成立したり、暗号輸出規制の緩和を渋ったりといった問題があった。また、Microsoftへの反トラスト法裁判でも比較的強硬な姿勢を取った(これは喜ぶIT企業も多かったが)。民主党の方が、IT業界への干渉が多いように見える。

 現在のIT業界関連の政策を見ても、共和党の方がIT産業を支持している。IT業界を代表するロビー団体TechNetの要求を見ると、それに対する両党の立場の違いは鮮明だ。

 例えば、米国のIT産業はストックオプションによって優秀な人材を安く集め、その人材の企業への忠誠心を保ってきた。ところが、これまで会計上は公開されていなかったストックオプションを、経費として計上することを義務づけようとする動きが進んでいる。この法案が実施されれば、ストックオプションシステムは完全に崩壊しかねない。このストックオプション費用の経費計上に対して、共和党は反対、民主党は原則賛成している。

 また、IT業界は過去数年、海外へのアウトソーシングがブームになっている。優秀な労働力が低いコストで手に入る中国やインドといった外国に、開発リソースなどを移転させるという動きだ。これについても、共和党は支持、民主党は反対を表明している。

 IT企業では、顧客からの訴訟のリスクも多い。そこで、こうした企業に対する民事集団訴訟を、今より難しくするための制度改革案が持ち上がっている。この案に関しても、TechNetと共和党は原則支持、民主党は多くに反対している。

 こうしたIT政策に対する両党の違いを見ていると、民主党政権では、米IT業界は必要な人材を得られなかったり余計な支出を強いられるなどして、弱体化する恐れがあるようにさえ見える。

●実際には共通項が多い両党の政策

 しかし、実際の話はそう単純ではない。

 例えば、IT関連の政策の全体を見ると、ケリー氏とブッシュ氏が対立していない点のほうが多い。両者が一致している点の方が多く、争点の方が少ない。例えば、両党が支持する政策には次のようなものがある。

・ブロードバンド普及への支援
・研究開発費の減税延長などの優遇
・ハイテク業界向け人材を育成する教育

 政策が共通する理由は、(1)2大政党制であるため、もともと政策が現実的な中道路線に落ち着きやすい。(2)両党ともIT産業が米経済に重要だと認識し、できるだけ産業を伸ばす方向を目指しているためだ。

 IT業界自身も、やや共和党寄りとは言え、どちらが政権党になってもよいようバランスをとってロビー活動を行なっている。

 それから、対立している政策についても、実際には両党やその候補者が、公約通りの行動を取るとは限らない。議会対策や、各業界・団体などのロビー活動の影響、国際政治との絡みなどで、選挙時の公約と実際の政治とは変わる場合が多い。

 参議院が弱い日本に比べ、米国では上院の力が強いが、その上院では現在共和党が過半数を取っている。大統領選と同時に行なわれる半数の議席改選を経ても、それは変わらないと見られている。ということは、ケリー政権が誕生して公約を果たそうとしても、議会に阻まれて成せないこともありうるわけだ。

 反対にブッシュ氏続投になれば政策が何も変わらないかと言うと、そうでもない。それは、今度がブッシュ氏にとって2期目になるからだ。米大統領は3選が禁止されており、2期しかできない。そのため、大統領は1期目は再選を狙って、有力な業界や団体にある程度おもねる場合が多い。それに対して2期目は、再選を考慮する必要がないから政権はもっと好き勝手がしやすい。先に書いたようにブッシュ氏はオールドエコノミー産業の出身だし、本人も特にIT好きというわけでもない。だから、必要と思えばIT業界が反対する政策を簡単に取る可能性もある。

 つまりブッシュ氏、ケリー氏どちらが大統領になっても、公約と反対の行動が取られるかも知れないし、両者とも支持している政策もすんなり推進されるとは限らないわけだ。

●セキュリティ問題がIT産業に影を落とす

 では、どっちもどっちなら、今後の4年間、米国のIT産業と政治はどう関係していくのだろうか。

 IT業界は、10年ほど前まではほとんど政治力を持たなかった。政治とは無縁の業界で、ロビー活動や献金などもあまり積極的に行なわなかった。

 ところが、(1)産業自体が大型化して政治との関わりが増えた、(2)ネットワーク時代になって政府の規制がより関係するようになった、(3)Microsoftの反トラスト法裁判などで政府との対立点が増えた、といった理由から、態度を変えた。過去10年、IT業界は、献金を増やし、ロビー活動を組織し、ワシントンへの影響力を強めつつある。

 IT業界の要望は非常に簡単だ。基本的には「政治が業界を放っておくこと」を望んでいる。自由放任の産業だったからこそ、急成長できたという認識があるからだ。新産業寄りだったクリントン政権も、実際の政策はIT業界に不利なものが多かった。だからこそクリントン政権時代にIT業界は政治介入を覚え、共和党色を強めていった。そういう意味ではロビー活動も、政府の余計な口出しを防ぐという防衛的な意味あいが濃い。

 そうした意味で、今回の選挙が、IT産業に影を落としているのは、最大の争点がセキュリティであることだ。両氏とも、国家と国民の安全を守ることを最大のテーマとしている。問題は、セキュリティの強化が規制をともなう可能性があることだ。そのため、セキュリティを強化しようという政府と、規制からの自由を求めるIT業界の間で何らかの衝突が起こる可能性はある。

 労働力問題もカギだ。米国のIT産業は、移民産業だ。海外から優秀なエンジニアが米国に集まってきたから、IT産業の興隆があった。非常に知識集約の産業なので、米国内の人材だけでなく、世界中から優秀な人材を集めなければ、ここまでの規模に育てることはできなかった。国外からの怪しい人物の流入を抑えようとすると、ビザ枠の縮小などで、ハイテク労働力の米国への流入を阻害することにもなりかねない。

 こうした意味で、セキュリティ問題が争点となっている今回の選挙は、IT産業にとっても重要な意味を持っている。ブッシュ氏とケリー氏、どちらに軍配が上がったとしても、IT産業の行く手には、セキュリティという不安材料が待っている。

【11月4日付け編集部注】米大統領選挙は、日本時間の11月4日未明ブッシュ氏の勝利となりました。

□関連記事
【2003年7月29日】【後藤】ストックオプションとの訣別はハイテク産業の再生につながるか
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【2003年5月1日】【後藤】ストックオプションが終わる日
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【2001年11月19日】【後藤】テクノロジーで「安全」を欲しい米国
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【2001年6月29日】【後藤】ブッシュ氏はPentium 4支持? ~高電力消費生活を守るエネルギー政策
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【2000年11月16日】【後藤】オンライン選挙ならブッシュ氏の即日勝利!?
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(2004年11月3日)

[Text by 後藤貴子]


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