後藤貴子の 米国ハイテク事情

“北風より太陽”によって米国でデジタルコンテンツとPCが栄える?




●日米で差が出るコンテンツサービス

 5年くらい後の日本と米国では、デジタルコンテンツの環境に大きな差ができている可能性がある。

 例えば、米国ではデジタルTV(DTV)放送の番組をホームサーバーに録画したり、映画を低料金でネットからダウンロードしたり。それをホームシアターや携帯ビデオプレイヤーに自由にコピーして、好きなときに好きな場所で見られる。使い勝手がいいため利用者が増加、有料チャンネルも軌道に乗り、映画配信はサービスの種類も品揃えも豊富になる……。

 対して日本では、デジタルコンテンツは盛り下がり気味。DTVは録画後のコピーができない。ネットからダウンロードする映画は高料金の上に、再生48時間以内とかコピー不可とか制限が多い。不便なので利用者が伸びず、そのため映画配信の種類も増えない……。

 なぜこんな差が? それは、米国ではゆるいDRM(デジタル権利管理)をきっかけにした、次のようなスパイラルが生まれる可能性があるからだ。

 (1)様々なコンテンツサービスへのゆるいDRM(“軽DRM”と呼ぼう)の波及→(2)デバイスへのPCの参入→(3)コンテンツサービスの発達とポジティブスパイラルの発生

(1)軽DRMの波及

 例えば地上波DTVで、日本はコピーワンスを採用した。米国はホームネットワーク内コピー可となる予定。日本が進めているのはアナログ時代にできたこともできなくなる、不自由なきついDRM(“重DRM”)、米国が進めているのはアナログ時代にできた以上のことができるようになる、自由な軽DRMだ。日本のDTVが重DRMを採る理由は、番組のコピーが再放送やDVD化などの稼ぎの妨げになるのを防ぎたいからだ。ファイル交換の流行と共にCD売上が急落した米国の音楽業界の二の舞を恐れる気持ちが、そこにはある。

 ところが、その米音楽業界は今、軽DRMへと向かっている。それは、意外にも、重DRMよりも軽DRMのほうがコンテンツの繁栄を実現する道かもしれないとレコード会社が考え始めたからだ。

 昨年、米国では、自由度の高い軽DRMと安い料金を特長とする有料音楽配信サービスが予想外の人気を集めた。このサービスにより、人は無料コピーの手段があっても、自分からコンテンツを買う場合があると証明された。重DRMの“北風”ではなく、軽DRMの“太陽”のほうが、音楽ファンからファイル交換というコートを脱がせ、新しいファンも集めたわけだ。

 このため、米国では地上波DTVだけでなく、他のメディアが将来デジタルコンテンツサービスを始めるときも、音楽産業に倣う可能性があると思われる。つまりCATV・衛星放送や映画配信などでも、軽DRMが採用されるかもしれない。すると、ユーザーが自由にコンテンツを楽しめる度合が高いので、デジタルコンテンツサービスは人気を集めると思われる。

(2)PCの参入

 このとき同時に、軽DRMがホームエンターテイメントセンターとなるハードウェアにも影響を及ぼす可能性がある。重DRMを追求する方式だと、PCのDRMは、クラッキングの恐れが常にあるソフトウェアレベルではダメだということになり、PCはハードウェアレベルから変わらないとならない。それはPCにとって非常に大変で時間がかかる。

 でも軽DRM方式ならソフトDRMで対応できるので、今のアーキテクチャーのまま、いわゆるテレパソ(PCTV)や、PCベースのDTV・DVR(デジタルビデオレコーダー)などのAV家電が可能だ。すると米国のコンピューター業界は、水平分業の利点を生かした安い製品を、早いイノベーションサイクルで投入することができるだろう。それにより米国では、家電よりも、PCアーキテクチャーのデバイスがホームエンターテイメントセンターとして発達する可能性がある。

(3)コンテンツサービスの発達とポジティブスパイラルの発生

 コンピューター業界がコンテンツ業界に協力して新技術を開発すれば、新しいサービスが可能になったり、安いデバイスによりサービス利用者が増えたりする。それによりデジタルコンテンツとPCベースのホームエンターテイメントセンターがさらに普及すると思われる。これがポジティブスパイラルだ。

 そのとき、日本が重DRMを採り続けてデジタルコンテンツが普及せず、重DRMのためにPCを閉め出し、重DRMのためにデバイスの価格も高くなるという環境にあったら、日本には米国のようなスパイラルが発生しない。そして日米でコンテンツを楽しむ環境に差が開く、というわけだ。

●軽DRMで見えてきた“落としどころ”の重要性

 では米国の軽DRMがコンテンツサービスをどう方向付ける可能性があるのか、もう少し細かく見てみよう。

 音楽では、昨年4月に立ち上がったApple ComputerのiTunes Music Storeがきっかけとなり、消費者に受け入れられる軽DRMと有料音楽配信サービスの関係ができつつある。

 iTunes Music Storeでは、iTunesソフトを使って、1曲99セントで音楽をダウンロードできる。購入した音楽にはDRMがかかっているが、それは、ポータブルプレイヤーのiPod、CD-RやDVD、外部HDDなどに簡単にコピーしたり、ネットワーク内のオーソライズしたPC 3台までで再生することができる、軽DRMだ。

 iTunes以前の、Pressplay、MusicNetなどのサービスはどうだったかというと、料金は月極め料金(9.99ドルなど)があり体系も複雑。DRMは、ダウンロードしたPCだけでしか再生できずCDにも焼けないなどの重DRM。そのため、人気は伸びず、iTunesが始まるときは、有料サービスは所詮、無料のファイル交換に太刀打ちできないと言われていた。

 ところがiTunesサービスは軽DRMによってその論を覆した。立ち上がりから好調で、昨年秋にはWindows版ソフトを出し、今年3月半ばにはダウンロード利用数5,000万曲突破と、これまでの有料音楽配信サービスの中で最も高い人気を集めた。

 もっとも、売上の多くが著作権料に回るため、iTunesサービスからのAppleの利益はほとんどないという報道もある。だが、サービス開始後のiPodやそのアクセサリーの売上増により同社の業績は絶好調だし、レコード会社も楽曲提供を止めるどころか増やしている。つまり、コンテンツプロバイダーもコンテンツホルダーも、サービスを一応成功と見ているわけだ。

 そしてこれを見て、様々な企業がiTunesに似た有料音楽配信サービスを発表し始めた。特に今年に入ってからはSony、Microsoft、Real Networksなど、大手ハイテク企業が相次いで参入を発表。1曲89セント、49セントなどのディスカウント競争も始まっている。

 こうして米国では軽DRMの有料音楽配信サービスが本格化する兆しが見えてきた。

 一般ユーザーから見た場合、ファイル交換には、もともと、設定などの敷居が高く違法性も高いという短所があった。だが、ダウンロードした音楽を自由に使え無料という長所があった。これがユーザーには短所を補って余りあると映った。一方、重DRMのサービスには、合法という長所があり、ファイル交換に比べると設定もラクだった。だが、自由度が低く料金が高いという短所があまりに大きい。ユーザーにはジレンマだった。

 軽DRMの有料サービスは第三の道を示した。DRMはかかっているが、まずまず自由がある。お金は払うが、そこそこ安い。そして合法でラクだ。するとジレンマを解消されて、ユーザーが集まった。コンテンツを保護するには、DRMテクノロジーに頼るだけでなく、サービスとしての“落としどころ”作りも重要だったわけだ。

●広がる可能性のある軽DRM

 では、映像のDRMはどうなのか。

・地上波DTV

 データ量の多い映像では、米国でネット配信が一般化するのはかなりあと。先に普及するのは放送コンテンツだ。その中で、地上波DTVは方向がはっきりしている。

 米国の地上波DTV放送は、前回書いたように、家庭内コピーを認める軽DRMとなる。FCC(連邦通信委員会)のルールにより、2005年7月から、放送信号にフラグを埋め、フラグが立っていると“インターネットへの無差別大量配信”だけを防ぐDRMをかける予定だ。

 前回のコラムでは、これは、受け入れやすいレベルで対応機器をまず普及させて、あとでDRMのレベルをきつくする作戦かもと、うがった見方をしてみた。だが、最終目的はともかく、とりあえずは軽DRMで行くことは確かだ。また、フラグ非対応のレガシーDTVでも放送を見られるようにと定められているので、ハードウェアまで変える必要のあるDRM技術は承認されないと思われる。

 一方、日本では、4月5日から、地上波DTVでB-CASカードとコピーワンスの使用が始まっている。

 このように、地上波は明瞭に日米でDRMの軽重が分かれる兆しだ。だがこれだけでは、冒頭のように日米でデジタルコンテンツ環境の差が開くというシナリオには、無理がある。米国の放送コンテンツがすべて軽DRMで行くかどうかは、地上波DTVだけでは決まらないからだ。

・CATV・衛星放送、映画配信

 日本の場合、地上波TVがTVの王様で、地上波が重DRMとなればそれでDTVコンテンツのDRMは決定的だ。しかし、米国ではCATVと衛星TVの影響が大きい。人口の約7割はCATVか衛星放送に加入し、地上波放送局の番組も、ケーブルや衛星の再配信で見ている。地上波を直接アンテナで受けて見ているのは残りの約3割だ。

 しかも、人口比以上に、社会階層による差が大きい。貧富の差が日本より大きい社会で、中流層以上のほとんどはCATVに、中流層以上の中でも特に多チャンネル好きの人やケーブルのない田舎住まいの人は衛星TVに加入している。お金を払ってでもデジタルコンテンツを楽しみたい層は社会のその層にいる。

 さらに、(1)CATVや衛星放送のキャリア(Comcast、DirecTVなど)は加入者がどこの誰か把握しており、レシーバーに組み入れるDRM技術にも直接イニシアチブを取れる、(2)チャンネル局(HBOなど)もクオリティの高いオリジナルコンテンツを多く持っている、などコンテンツサービスを行なうときの強みも多い。

 だから、CATVと衛星TVこそ、米国のコンテンツデリバリーで重要になる。

 そのCATVと衛星TVの現状はどうかというと、ケーブルはデジタル化途上、衛星は全デジタルという違いはあるが、デジタルであることを生かしたサービスはまだまだこれからだ。

 例えばCATVは、一部地域でデジタル放送を行ない、ビデオオンデマンドなども始めているが、地域が限られ料金も高いため、サービスを受けられる人は少ない。サービスの内容も薄い。オンデマンドといっても実際には週替わりで番組を数本提供し、それを好きな時間に見られるだけのニアオンデマンドだったりする。

 衛星TVも、ペイ・パー・ビューなどが人気ではあるが、サービスの充実はこれから。例えば日本のHDDレコーダーのような機能を持ったDVRを希望する一部の加入者に安い価格で提供しているのだが、このDVRのHDDの容量は日本のものに比べてかなり貧弱だ。

 だが、先に書いたような音楽産業の状況や地上波DTVのFCC承認技術を参考に、CATVや衛星TVは、将来のデジタルコンテンツサービスで軽DRMを採用する可能性がある。

 そして音楽、TVともにこれで成功すれば、映画も軽DRMで配信となるかもしれない。

●デジタルコンテンツのスパイラルが発生する?

 もちろん本当に米国のコンテンツが軽DRMでいくか、つまり重DRMより軽DRMのほうが有料コンテンツサービスを成功させるかどうかはわからない。可能性でしかない。

 ただ、米国の一般消費者は、日本に比べ、家電やコンテンツに高いお金を払わない。画質がそこそこでオプションなどなくても、コンテンツを詰め込んで安いDVDパッケージ、機能・性能がそこそこでも安い家電やPCが売れる国だ。だから一番欲しい自由さ、安さを軽DRMで得られるなら、たとえコンテンツサービスの他の部分がそれなりになっても、割り切る度合は高いと思われる。

 そしてデジタルコンテンツサービスが軽DRMで行くことになると、先に書いたようにPCアーキテクチャーとの相性がよいので、CATVや衛星放送のレシーバー(TV内蔵型も含む)にPCアーキテクチャーが採用されたり、PCベースのホームエンターテイメントセンターが出る可能性も、より高くなる。すると中小メーカーの品を含め、米国市場に向いた安い製品が出回って、インフラが普及しやすくなると思われる。

 逆に日本は、高画質、高性能・高機能、ブランドなどが好まれ、高いDVDパッケージなどのコンテンツや高い家電でも売れる。そのため、軽DRMのサービスやPCベースのホームエンターテイメントセンターと結びつきづらい可能性がある。

 このようにして、軽DRMで、デジタルコンテンツが普及し、PCアーキテクチャーの安く使いやすいデバイスがコンテンツサービスを発達させ……というポジティブスパイラルが米国では発生し、日本では発生しないということが起きるかもしれない。すると、結果的に米国のほうがデジタルコンテンツが栄えることもありうる。

□関連記事
【2003年12月26日】【後藤】なぜか日本よりゆるいアメリカのデジタルTVコピー規制
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/1226/high36.htm
【2003年11月17日】地上デジタル/BSデジタルの全番組が来春よりコピーワンスに(AV)
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20031117/cci.htm

(2004年4月28日)

[Text by 後藤貴子]


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