笠原一輝のユビキタス情報局

802.11gのスループットを上げる“フレームバースティング”




 6月26日、27日の2日間にわたりボストンで開催された802.11 Planet Conference & Expoでは、トリプルモードやWPAなどが話題の中心となっていたが、もう1つ大きな注目を集めていたのが、IEEE 802.11a/gのスループットを引き上げる各種の手法だ。

 特に、11gのスループットを引き上げることに焦点を置いた各種の手法がBroadcom、Intersilなど各社から発表されている。BroadcomがXpress Technology、IntersilがPRISM Nitroと呼ぶこの技術は、ソフトウェアのアップグレードだけで11gの、特に11bとの混在環境(ミックスモード)におけるスループットを改善するという。


●帯域幅の半分程度しかでていない11gのスループット

 IEEE 802.11gの仕様では、帯域幅として54Mbpsが実現されるとされているが、実際の転送速度であるスループットは、実際のところ20Mbps程度となっている。詳しくは、僚誌Broadband Watchの製品レビューなどを参照していただきたいが、これにはわけがある。

 それは、無線LANのデータ転送にはCSMA/CAという方式が採用されているからだ。CSMA/CAは、ネットワークを監視し、他のクライアントの通信状況を調べ、通信中なら待機し、そうでなければ通信するという方式になっている。

 無線LANではデータを送信した後、SIFS(Short Inter Frame Spacing)と呼ばれる短い待ち時間の後、アクセスポイントがクライアントに対してACKという信号を発行、それを受け取ることでデータ転送が終了し、それが転送されてこなければ失敗したと見なし再度転送を試みる。成功時には、DIFS(Distributed Inter Frame Spacing)と呼ばれる待ち時間と、BACK OFFと呼ばれる待ち時間が経過したあとに次のデータの転送を行なう。つまり、データを転送する一連の作業には、

・データ転送にかかる実時間=データ転送+SIFS+ACK+(DIFS+BACK-OFF)

 の合計だけかかることになり、実際のデータ転送の他にかなりのオーバーヘッドがあることがわかる。

IEEE 802.11のCSMA/CA方式を利用したデータ転送

無印11と11gの比較。同じオーバーヘッドだが、パケットの転送にかかる時間が短くなっているため、全体に占めるオーバーヘッドの比率が上がっている

 しかも、このオーバーヘッドにかかる時間は初期のIEEE 802.11の規格(帯域幅2Mbps)から変わっていない。つまり、無印11を利用している場合でも、11Mbpsの11bを利用している場合でも、54Mbpsの11gを利用している場合でも同じだけのオーバーヘッドが必要になる。11gでは11bなどに比べて1パケットを送る実時間は短くなっているため、同じオーバーヘッドであってもそのペナルティは大きくなってしまうのだ。

 Broadcomによれば、無印11利用時には1つのパケットを送る場合、80%がデータで、20%がオーバーヘッドだったのに対して、11gでは46%がデータで54%がオーバーヘッドとなってしまっているという。

 54Mbpsのうち46%しかデータを送るのに使えないと仮定して計算すると、スループットは24.84Mbpsとなってしまうのだ。


●プロテクション機能がオンになっている正式版のIEEE 802.11g

 しかも、6月に正式策定されたIEEE 802.11gの仕様では、プロテクション機能と呼ばれる機能を標準でオンにするように定められており、これによりさらにスループットが下がる可能性が高い。

11gアクセスポイントの3つのモード

 11gのアクセスポイントには、11gのみのモード(11gオンリーモード、ターボモードなどと呼ばれる。以下11gオンリーモード)、11gと11bの共存モード(以下ミックスモード)、11bのみのモード(以下11bオンリーモード)という3種類の動作モードが用意されているが、一般的には11bのクライアントと11gのクライアントを共存させて使うことが多いと考えられるため、ミックスモードで利用されることが多い。

 ところが、ミックスモードでは若干の問題が発生する。というのも、11bと11gでは変調方式が異なるからだ。11gのクライアントはCCKとOFDMという2つの変調方式をサポートしているが、11bではCCKのみが利用可能となっている。このため、11gのクライアントがOFDMで変調している場合(11gのフル性能を発揮するにはOFDMを利用する必要がある)、11bのクライアントは11gのクライアントが通信していることを認識できないため、11gのクライアントがデータを送信している間に11bのクライアントもデータを転送しようとする。その結果、データの衝突が発生し、どちらのパケットも破棄され、結果的にスループットが低下する。

 そこで、IEEE 802.11gの最終規格ではプロテクション機能を定義しており、データを転送する前にCTS(Clear To Send)という信号をCCKの変調方式を利用して入れることで、11bのクライアントも転送中であることを認識できるようにしている(CTSプロテクションモードなどと呼ばれる)。

 あるいは、RTS-CTSプロテクションモードという別のモードも利用可能で、この場合は、クライアントがデータ転送を行なうことを宣言するRTS信号を発行し、それに答えてアクセスポイントがCTS信号を発行することで、11bのクライアントに対して11gのクライアントが通信中であることを通知する。

 ただし、このプロテクション機能を有効にすることで、11g転送時のオーバーヘッドはさらに増えることになるので、ミックスモードにおける転送速度は大幅に下がる。Broadcomが公開したデータによれば、1つの11bクライアントと2つの11gクライアントがある環境で比較した場合、2つの11gクライアントのスループットはプロテクション機能オフの場合には7Mbps近かったのに、プロテクション機能オンでは5Mbps近くに下がっているが、逆に11bのクライアントのスループットはプロテクション機能有効の方があがっている。

 このプロテクション機能は、11gの最終仕様では標準でオンにすることが求められており、現在オフで出荷されているアクセスポイントなども、11gの最終仕様にファームウェアをアップデートすることでプロテクション機能がオンになり、11gクライアントのパフォーマンスが低下する可能性がある。

11gアクセスポイントにおけるプロテクションモード Broadcomが公開したプロテクション機能有効時と無効時のスループットの違い(出典:Maximixing Performance in Mixed 802.11g/b Environments with WME FrameBursting、Stephen Palm Ph.D./Principal Engineer/Broadcom Home Networking & Wireless Business Unit)

●ミックスモードやプロテクション機能有効時にスループットを向上させるフレームバースティング

 そこで、各社はプロテクション機能を有効にした場合でも、高いスループットを実現するような効率を高めるフレームバースティングという手法に取り組んでいる。フレームバースティングは、オーバーヘッドを削減することで、パケットをバースト転送しているのと同じ効果を得るソフトウェアベースの手法だ。Broadcomではこのフレームバースティングの手法をXpress Technologyと呼んでいる。

 具体的には、オーバーヘッドのうちDIFSとBACKOFFを削ることでオーバーヘッドを削減する。これにより実質的にパケットをバースト(連続)転送しているようにアクセスポイントに対して送ることができる。つまり、以下の図のように複数のパケットをバースト転送しているような状況を作り出せるわけだ。

フレームバースティングの概念 フレームバースティングを利用することで、11gクライアントはパケットをバースト転送しているのと同じ状況で高速に転送できる Broadcomの調査によるフレームバースティングの効果(出典:Maximixing Performance in Mixed 802.11g/b Environments with WME FrameBursting、Stephen Palm Ph.D./Principal Engineer/Broadcom Home Networking & Wireless Business Unit)

 Broadcomによれば、このフレームバースティングをオンにすることで、データとオーバーヘッドの割合は57%がデータに、43%がオーバーヘッドにとなり、スループットが向上するという。計算上は、54Mbpsの57%なので、30.78Mbpsとなる。

 実際の効果だが、Broadcomによれば、フレームバースティングなし11gアクセスポイント+11gクライアントが25Mbpsをやや下回る程度であるのに対して、フレームバースティングありでは29Mbps程度にスループットが向上しているという。こうしたシングル環境では30~50%程度の性能向上が期待できるということだ。


●将来的にはWMEとしてIEEE 802.11eの仕様として規格化予定

 なお、Broadcomによれば、こうしたフレームバースティングの手法は、決してBroadcomのプロプライエタリ(専用)な手法ではないという。実際、IntersilのPRISM Nitroもほぼ同じ手法であるし、AMD、Intel、Atheros、Agree、TIなど他の無線LANベンダも採用する予定であるという。なお、このフレームバースティングはソフトウェアだけで実現することが可能であり、既存製品のファームウェアをアップグレードすることで、既存の11g製品でも対応できるようになる可能性があるという。

 また、現在策定が進んでいる、QoS(品質保証サービス)を実現するための拡張メディアアクセスコントロール仕様であるIEEE 802.11eの規格にもフレームバースティングの手法は取り入れられる予定であるという。BroadcomによればWireless Multimedia Enhancements(WME)という名前で仕様の策定が進んでいるという。なお、WMEの規格では、11gや11bのみならず、11aにおける仕様策定も進んでいるようだ。QoSの実現にはスループットの改善は必須であり、そのために仕様として取り込まれる、ということなのだろう。

 フレームバースティングはアクセスポイントだけ、あるいはクライアントだけを対応させても意味があり、実際にそうしたベンチマーク結果なども公開されていた。今後、無線LAN機器ベンダがファームウェアをアップグレードする際に、これらの機能を入れてくる可能性が高く、注目したいところだ。

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【2月27日】策定進む100Mbpsを超える次世代無線LAN
~IEEE 802.11nとしてまもなく標準化作業が開始
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0227/ws01.htm
【7月3日】【笠原】今年後半の無線LANはトリプルモード、WPA実装へ
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0703/ubiq14.htm

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(2003年7月4日)

[Reported by 笠原一輝]


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