日本アイ・ビー・エムのThinkPad X31は、10月に記念モデルとして、そして11月に通常モデルが投入されたThinkPad X30の後継となるサブノートPCだ。今回の大きな目玉は、なんといってもCPUにPentium Mプロセッサ(以下Pentium M)を採用したことだが、詳しく見ていくとそうしたハードウェア面だけでなく、特に使い勝手の面で細かな改良点があることがわかる。本レポートでは、そんなX31の魅力に迫っていきたい。 なお、レビューに利用したのは、複数あるX31のモデルのうち、最上位モデルの2672-JHJモデルだが、評価には製品レベルではない試作品を利用したため、ベンチマークを行なっていないことと、実際の製品と異なる場合がある可能性があることをあらかじめお断りしておく。
今回取り上げているThinkPad X31(2672-JHJ、以下本製品)は、数あるモデルの中で最上位機種となっている。このため、スペックは、いわゆる“てんこ盛り”といえ、モバイルノートPCとしては、間違いなくハイエンドの部類に属する製品だ。 CPUにはPentium M 1.40GHzを搭載している。前モデルのThinkPad X30はモバイルPentium III 1.20GHz-Mを搭載していたため、実クロックで見れば200MHzほどの向上にしか見えないと思うが、実際にはクロック差以上の性能向上がある(このあたりに関しては別記事を参照して欲しい)。チップセットは、Intel 855PMを採用しており、後述することになるがAGP接続のATI TechnologiesのMOBILITY RADEONをグラフィックスチップとして採用している。 メインメモリは標準で256MBだが、メモリソケットは2つ用意されており、512MBのモジュールを2枚使うことで、最大1GBまで増設することが可能(ただし、その場合には標準の256MBははずしておく必要がある)。 なお、DRAMにはDDR266(266MHzのDDR SDRAM)が採用されており、増設にはPC2100 SO-DIMMのメモリモジュールを利用する必要がある。HDDは、日立グローバル ストレージ テクノロジーズのDK23EA-40が採用されている。DK23EA-40Bは、容量が40GBで、ディスクの回転数は4,200rpmの標準的な9.5mm高の2.5インチドライブだ。HDDはリムーバブルになっており、比較的簡単に交換することができる。 筆者個人としては、もう少しHDDには容量が大きいものを採用してもよかったのではないかと感じた。IBMのXシリーズには、Tシリーズとの差別化のためか、Tシリーズに比べてやや小さい容量のドライブを採用することが多い。これはTはメインマシンとして、Xはモバイルとしてというセグメント分けがされているためだと思うが、実際にはXをメインマシンとして使うユーザーも決して少なくないと思う(筆者もそうだ)。 メインマシンであれば、HDDにはたくさんのデータを詰め込むことになり、必然的にすぐHDDがいっぱいになってしまう。そこで、(筆者の周りにもそういう人は少なくないが)Xシリーズを購入してすぐ、HDDを大容量に交換という事態になってしまう。 特に、本製品はXシリーズの中でも最上位モデルであり、T40の最上位モデルと同じように、80GBのドライブを内蔵してもよかったのではないだろうか。それだと価格が……、という反論もあるとは思うが、最上位モデルは元々決して安くはないし、筆者や筆者の周りの人のように、結局HDDを換えてしまうことを考えれば多少値段が上がっても問題ないと思うのだが、どうだろうか。 だが、HDDの容量を除けば、Pentium M 1.40GHz、Intel 855PM、メモリ256MB(最大1GB)というスペックは、十分納得できるものであると言えるだろう。 【お詫びと訂正】初出時、メモリ容量について「最大2GB」と表記していましたが、正しくは最大1GBとなります。お詫びして訂正させていただきます。
本製品(X31)は、X30から一桁台だけがあがっていることからもわかるように、基本的にはX30のエボリューション(発展)モデルだ。このため、外見上には大きな違いはない。ぱっと見て違うのは、液晶パネルの下部に用意されていたBluetoothのスイッチが無くなっていることぐらいだ。 従って、I/Oポートなども、基本的にはX30から大きな進化はない。右側面は、HDDベイ、セキュリティロックのための穴などが用意され、左側面には赤外線通信ポート、IEEE 1394ポート、PCカードスロット(Type2×1)、コンパクトフラッシュカードスロット(Type2×1)、オーディオ入出力、USBポート×1、後面はモデム、Ethernet、USBポート×1、RGB出力、パラレルポートとなっている。 USBポートは、ようやく480Mbpsという高速なデータ転送が可能になるUSB 2.0に標準で対応した。ThinkPadシリーズでは、これまで採用してきたIntelのチップセットがUSB 2.0に非対応なため、USB 2.0の機能は搭載されていなかった。 他社のサブノートは、Intel以外のチップセットを採用したり、USB 2.0コントローラを別途搭載するなどしてUSB 2.0対応を実現してきただけに、USB 2.0に対応していないことは、ThinkPadシリーズの弱点の1つとなっていたといえる。 Pentium MのチップセットであるIntel 855ファミリーのサウスブリッジであるICH4-Mは標準でUSB 2.0に対応しているため、今回正式にサポートされることになったのだ。これにより、USB 2.0に対応した周辺機器などを、ハイスピードモード(480Mbps)で利用することができるようになる。
グラフィックスチップは、ATI TechnologiesのMOBILITY RADEONが採用されており、ビデオメモリは16MBとなっている。X2xシリーズではMOBILITY RADEONが採用されており、X30ではチップセットであるIntel 830Mに内蔵されたビデオ機能が利用されていた。従って、X2xシリーズの頃に戻ったと言えるが、ビデオメモリは倍増し、16MBになっていることが大きな違いといえる。 ただし、X2xの頃とは若干機能が異なっている。まず、ATIのマルチディスプレイ用のユーティリティであるHydraVisionがバンドルされていることが大きな違いだ。HydraVisionを利用することで、単なるマルチディスプレイだけでなく、仮想マルチデスクトップとでも言うべき機能が利用できる。これは、複数のデスクトップを切り換えて表示する機能で、例えば1番目のデスクトップではWordを開き、2番目のデスクトップではExcelを開き、3番目のデスクトップではPowerPointを開くという使い方ができる。 各デスクトップはタスクトレイに表示されるアイコンを押すことで次々と切り換えて利用することができる。XGAというやや狭い解像度でしか利用できないモバイル環境では重宝する機能と言だろう。このほかにも、ウインドウを透明化したり、ウインドウをフェードインしながら表示させる機能、Magnify FXと呼ばれる虫眼鏡機能など、いくつものユニークな機能が用意されている。 注目に値するのは、Fn+F7を押したときの新しい動作だ。ThinkPadシリーズには、プレゼンテーション・ディレクターと呼ばれる、プレゼンテーション時に画面設定を簡単に切り換えるためのツールが付属しており、本製品には、このプレゼンテーションディレクターの最新バージョンであるバージョン2.10が付属している。 このプレゼンテーション・ディレクタでは、ディスプレイ設定のプロファイルを作成することが可能で、作成したプロファイルはFn+F7で一覧表示させ、好みのプロファイルに切り換えることができるのだ。 従来もThinkPadシリーズには、IBM Access Connectionsというネットワーク切り換えツールが付属していたのだが、本製品はそのディスプレイ設定版と考えればよい。また、設定をしておけば、別売りのドッキングステーションにドッキングした時などに、自動で画面を切り換えるように設定することも可能だ。 これまでであれば、Windows XPの画面の設定を開いて……と非常に面倒なプロセスを経なければいけなかったことを考えれば、複数のプロファイルをあらかじめ作っておいて、Fn+F7で瞬時に呼び出せるというのは、画期的に便利で、特筆に値する機能だと言えるだろう。 なお、液晶ディスプレイは、12.1型のTFT液晶で、明るさ、視認性などに関しても十分な品質であると言っていいだろう。
本製品のもう1つの大きな特徴は、ネットワーク周りの機能が充実していることだろう。本製品では4つ(数え方によっては5つ)のネットワークインターフェイスが用意されている。 1つは、後面に用意されているEthernetだ。しかも、対応している規格は10/100/1000BASE-TXとなっている。つまり、いわゆるギガビットEthernetに対応しているのだ。搭載しているコントローラチップは、IntelのIntel PRO/1000 MT Mobile Connection(FW82546EBM)で、MACとPHYが1チップとなっているモバイル向けのチップだ。 ギガビットEthernetと言えば、何となくハブが高そうとか、デスクトップPC用のカードが高そうとかいうイメージがあると思うが、すでにそれは過去のことだ。すでにメルコなどネットワーク機器ベンダは、2万円を切るようなギガビットEthernetハブをリリースしているし、Intelがまもなく投入する次世代チップセットのCanterwoodやSpringdaleでは、CSAと呼ばれる独自インターフェイスでノースブリッジに直接ギガビットEthernetコントローラが直結することができる仕様になっているため、多くのマザーボードが標準でギガビットEthernetを搭載してくることが予想される。 こうしたことから、これから今年の後半にかけて、ギガビットEthernetは急速に普及していくことになる可能性が高いのだ。それならモバイルもということは当然の流れであり、いち早くモバイルノートにギガビットEthernetを搭載してきたことは高く評価していいだろう。
2つ目が無線LANだ。しかも、IEEE 802.11aとIEEE 802.11bという2つの帯域幅を利用した通信が可能になっている(このため、実際には3つ目も含まれると考えてもいい)。 本製品ではPhilips製のデュアルバンド無線LANモジュールが採用されている。採用されているのは、PhilipsのPH11107-Bという型番がつけられたType IIIのmini PCIモジュールで、キーボードの下部に格納されている。PH11107は、IEEE 802.11aに準拠した5GHzと、IEEE 802.11bに準拠した2.4GHzの通信が可能な無線LANモジュールで、いわゆる11aと11bのデュアルバンドを実現している。 無線LANのシリコンには、Atheros社のAR5001Xが採用されている。AR5001XはMAC/ベースバンドチップのAR5211と、5GHz RFのAR5111、2.4GHz RFのAR2111の3チップから構成されている、デュアルバンドとしてスタンダードなチップだ。なお、サポートされる11aのチャネルは34、38、42、46の4つとなっており、基本的に日本国内でしか利用できないと考えてよい(米国の11aのアクセスポイントはこれらのチャネルをサポートしていない)。 11aと11bの切り替えは、特に意識する必要はないが、明示的に11aでアクセスしたい場合などには、付属しているネットワーク切り換えツールのIBM Access Connectionsを利用すればよい。すでにIBMのWebサイトでも公開されているAccess Connectionsのバージョン2.5では、11a、11bのどちらを利用してアクセスするかを選択し、プロファイルが作成できるようになっている。 3つ目(ないしは4つ目)はBluetoothであり、4つめ(ないしは5つ目)は赤外線通信ポートとなる。最近ではBluetoothに対応した機器も増えつつあり、おそらく今年の後半ぐらいにはBleutooth対応機器が増えてくることになると思うので、Bluetoothに対応しているというのは将来性を考えると意味がある。 なお、X30のレビューでは、USB 2.0に対応していないことや、無線LANのハードウェアスイッチが用意されていないという問題点を指摘したが、本製品では、IBMなりの回答を示してきてくれた。 本製品ではFn+F5で無線のスイッチが切れるようになっている。それもただ切れるようになったのではなく、Fn+F5を押すと、無線LANとBluetoothのどちらを切るのか選択できる。設定によっては、この画面を表示させることはなく、Fn+F5を押すだけでいきなりすべての無線を切るように設定することも可能で、十分ハードウェアスイッチの代わりとして利用することができるだろう。 筆者個人としては、こうしたスイッチは旅客機の機内など、電波を出してはいけない環境でこそ意味があると思うので、ソニーや東芝が採用しているような、ハードウェアスイッチが便利だと思うのだが、どれを切るかを自分で選択するという、使い勝手の面では、むしろこちらの方が便利ということもできるだろう。
ThinkPadを語る上で、はずせないのが使いやすさ(ユーザビリティ)を改善する各種ツールの存在だ。すでに紹介した、IBM Access Connectionsやプレゼンテーション・ディレクターなどがあることで、初心者ユーザーでも一度設定さえできれば、使いこなすことができるだろう。 たとえば、初心者ユーザーであれば、上級者やシステム管理者などにAccess Connectionsのプロファイルを作ってもらえば、あとはシーンに応じてプロファイルを切り換えていけば、難しいWindowsのネットワーク設定を知らなくても最適なネットワーク接続を得ることができる。しかも、最新バージョンのAccess Connectionsはアダプタ自動切り替えという機能を持っているので、Ethernetと無線LANを自動で切り換えるというプロファイルも作成できるようになっており、便利だ。 このほかにも、IBMからドライバのアップデートなどの更新情報を表示してくれる、Access IBM Messege Centerと呼ばれるユーティリティも付属しているほか、キーボード カスタマイズ・ユーティリティと呼ばれる、Windowsキーやアプリケーションキーを割り当てたり(ThinkPadにはWindowsキーはないからだ)、外付けキーボードを利用するときにボリュームボタンなどをキーボードショートカットに割り当てるツールも付属している。 こうしたことから言えるのは、多くのユーザーはThinkPadは上級ユーザー向きと考えていると思うが、IBM自身はそれを打ち消したい、初心者に優しいPCにしたいという考え方を持っているということだ。実際、こうしたツールにより、初心者ユーザーでも、使いこなすことは容易になると考えることはできるだろう。
キーボード、ポインティングデバイスに関しては、従来製品と同じようにIBMの伝統とも言える7列配列のキーボードと、スティック型のトラックポイントが採用されている。 今回から、トラックポイントのカバーが微妙に変わっている。従来製品では、カバーの上部はドーム型のなだらかな表面となっていたのだが、本製品では平らな表面に、下に煙突がついているような形状になった。前の形状に比べて指にかかる負担が減っているため、ずっと使い続けると指にトラックポイントのあとが残るということが無くなり、より人に優しくなっている。 バッテリは従来のX30と同じ6セルで、10.8V、4,400mAhとなっている。今回は試作機であったため、特にバッテリ駆動時間の計測はしていないが、メーカー公称で5.5時間となっており、オプションのセカンドバッテリをつけることで最大10時間以上の駆動が可能になるという。従来のX30での公称が4.6時間、セカンドバッテリで8時間強となっていたのに比べると、明らかにのびている。ここはPentium MとIntel 855のおかげであると考えることができるだろう。
以上のように、様々な特徴を持つ本製品だが、弱点となる部分もある。1つには、重さの問題だろう。12.1型液晶を搭載したこのクラスの製品として、本製品の1.65kgは決して軽い部類ではない。軽さで見れば、東芝のDynaBook SSなど、他に優れた製品はいくらでもある。また、価格という観点で見ても、同じような12.1型搭載PCの価格と比べてしまうと20万円台後半という価格は決して安価ではない。この点をどう評価するかが、本製品を購入するかしないかの分かれ目になると思う。 しかしながら、本製品は、Pentium M 1.40GHzを採用することで高い処理能力(パフォーマンス)を実現し、さらにIBM Access Connectionsやプレゼンテーション・ディレクターなど、優秀なユーティリティソフトウェアなどにより、使い勝手(ユーザビリティ)のよさを実現していながら、1.65kgという比較的軽量なボディや長時間バッテリ駆動などによりモビリティという要素まで実現している。仮に、前述の2点(重さと価格)の優先順位が、パフォーマンス、ユーザビリティ、モビリティよりも高いのであればお奨めしないが、それらの優先順位が高いのであれば、本製品を検討する価値は十二分にあると言っていいだろう。 □関連記事 (2003年3月14日)
[Reported by 笠原一輝@ユービック・コンピューティング]
【PC Watchホームページ】
|
|