昨日は、IntelのCentrinoモバイル・テクノロジが本当に狙っていることは、携帯情報機器市場において携帯電話からの覇権を奪回することにあると説明した。 本日のレポートでは、その肝といえるCentrinoモバイル・テクノロジの無線LANに関する解説していきたい。ところが、その大事な無線のインプリメントは、Intelが思ったよりもうまくいっていないのが実状だ。
Intelは完全に無線LAN市場を読み間違った……これが多くのPC業界関係者が抱いている現在の感想だ。しかし、それはIntelに限ったことではない。正確に言えば、Intelだけではなく、PCベンダも同時に読み誤っていた。というのも、PC業界の関係者は誰もここまで急速に11gに対応した製品が出回るようになるとは考えていなかったからだ。 Intelが3月12日に投入するCentrinoモバイルテクノロジの一要素であるIntel PRO/Wireless 2100シリーズは、11a/11bのデュアルバンド版(2100A)と11bのシングルバンド版(11b)が用意されており、いずれも11gには対応していない(デュアルバンド版の2100Aは、やや遅れて第2四半期に投入予定)。 IEEE 802.11g(以下11g)は現在の主流規格であるIEEE 802.11b(以下11b)と同じ帯域である2.4GHzを利用して54Mbpsという広帯域幅を実現する新しい無線LANの規格だ。このため、11gは11bと互換性があるのが大きな特徴で、11gのアクセスポイントは11gのクライアントのみならず11bのクライアントも接続して利用することが可能だし、その逆も可能となっている(ただし、11g同士の接続でのみ54Mbpsが実現される)。
Intelにとって(そしてPCベンダにとって)、誤算だったのは11gがPC業界が考えていたよりも早い段階で立ち上がってしまったことだ。11gの規格は、いまだドラフト(最終規格案)の状態であり、情報筋によれば最終仕様ができあがるのが5月ないしは6月頃であるという。 ところが、ネットワーク機器ベンダは、このドラフト仕様に基づく11g対応機器を昨年末頃から急速に投入し始めている。仮に最終仕様が現在のドラフトと異なっていた場合でも、内部のフラッシュメモリをアップデートすれば問題ないというのが彼らの立場だ。 米国ではLINKSYS、NETGEARといった大手のネットワーク機器ベンダが次々と11gのアクセスポイントと無線LANカードを投入し、国内でもメルコ、LINKSYSの日本法人などが11g対応のアクセスポイントをすでに投入している。 Platform Conferenceの記事[http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0130/pfc02.htm]でもふれたように、問題はアクセスポイントなどのコストだ。11a/11bのデュアルバンドに対応したアクセスポイントが米国における市場価格で300ドル(日本円で約36,000円)前後であるのに対して、11gのアクセスポイントの市場価格は150ドル(日本円で約18,000円)前後となっており、11a/11bデュアルバンドは11gの2倍の価格となっている。 いくら技術的に11aにアドバンテージがあったとしても、どちらも同じ54Mbpsを実現するものだから、特に数字に敏感な米国ユーザーにとっては正当化できる価格差ではないのは言うまでもない。これが、11gが急速に立ち上がってしまった原因だ。
11a/bデュアルと11gのアクセスポイントはどうしてこんなに価格差があるのだろうか? 両者の違いはmini PCIモジュールとアンテナの差だ。それ以外の部分、たとえばネットワークプロセッサやLAN側のNICなどは同等のものが利用できるはずなので、基本的な差はないと考えることができる。 11a/bデュアルmini PCIカードと、11gのmini PCIカードの価格差は、実はあまり大きくない。ある情報筋によれば、11a/bデュアルのmini PCIカードの価格が50ドル前後であるのに対して、11gの方は40ドル程度、11bは30ドル程度であるという。もちろん価格は、どのベンダから購入するのかによって異なるが、これを見る限りあまり大きな差はない。11a/bデュアルのアンテナは2.4GHzのみならず5GHzもサポートする必要があるため、11gの2.4GHzのみの場合に比べて若干高コストとなるが、それでも大きな差はないという。 11a/bデュアルバンドのソリューションを現在唯一出荷していると言ってよい、Atheros Communications プロダクトラインマネージャのシェン・リ氏は「当社の11a/bデュアルのソリューションは、11bのみと比べてコスト差はない。問題は機器ベンダが11a/bデュアルバンドの製品をハイエンドに位置づけているため、高いマージンを取っているからだ」と指摘する。ただ、これは逆に言えば、高いマージンをとらなければ売れない製品であることの裏返しでもある。
IntelのCentrinoモバイルテクノロジに含まれるIntel PRO/Wireless 2100A(Calexico)は、Pentium Mのバンドルという位置づけであるため、市場に出回っている11a/bデュアルに比べて若干安価な30ドル台半ばという価格設定になっている(なお、Intel PRO/Wireless 2100Aを単体で購入した場合には、やはり50ドル台となる)。Calexicoのアーキテクチャは以下の図のようになっている。
Intel PRO/Wireless 2100A(Calexico)は、4チップで構成されている。1つはArdonのコードネームで呼ばれるMACと11a(OFDM)用のベースバンドが1つになったチップ「Intel 82531ME」で、そこにRamon1のコードネームで知られる5GHzのIF/RFチップである「Intel 82531RE」が接続され、アンテナに接続されている。 Ardon 1.5は別途Delawareという11b(CCK)用のベースバンドチップを接続するインターフェイスを備えており、そこにDelaware、さらにはPhilips製の2.4GHzのRFチップを接続することで11bの機能を実現できる。このように、Intel PRO/Wireless 2100A(Calexico)は、Ardon 1.5、Ramon1、Delaware、Philips製のRFチップの4チップから構成されたアーキテクチャになっている。 Intelは2004年の第1四半期に、このCalexicoの後継となるCalexico2を計画している。実際、IntelはArdonとRamonの後継チップを用意しており、そうした計画があることはIDFの技術トラックである“Extending Wireless LAN Connectivity Beyond the PC”というセッションでも明らかにされている。 OEMメーカー筋によれば、このArdonとRamonの後継チップは、Ardon2とRamon2というコードネームであるという。Ardon2は、MACと11a(5GHz、OFDM)、11b/g(CCK、OFDM)という3つの変調方式をサポートし、ベースバンド機能を内蔵した1チップで、さらにRamon2は2.4GHzと5GHzの2つの周波数をサポートするIF/RFチップソリューションだ。このArdon2とRamon2により、Calexico2では2チップで11a/b/gの3つの方式をサポートした無線LANを実現できるようになる。 図を見れば判るように、Calexico2では、全く新しいチップを採用しなければいけないため、開発は容易なことではない。 Intelは、Calexicoの開発に躓いてデュアルバンド版の出荷が1四半期遅れてしまったことから、他社に比べて無線LANの技術で先行するという状況にないことも事実だ。実際、Calexico2のようなアーキテクチャの無線LANモジュールはIntersilが第1四半期の終わりに出荷する予定であるほか、Atherosなども計画している。 そうしたことから、Calexico2を前倒しすることはかなり難しいのではないか、むしろCalexico2は後ろにずれ込む可能性の方が高いのではないか、というのが業界の一致した見解のようだ。
それでは、Intelが2003年中に11gに対応するにはどうしたらいいのだろうか。OEMメーカー筋の情報によれば、IntelはまだOEMメーカーに対しては11gの年内対応やその方法について説明していないと言う。だが、実は誰にでも思いつく方法が1つだけある。それがCalexicoの改良版という選択だ。 すでに説明したように、Calexicoは外付けの11bのベースバンドチップであるDelawareとPhilipsのRFチップで2.4GHz帯を実現している。11gに対応するには、ベースバンドチップであるDelawareを11g対応の、つまり変調方式としてCCKに加えて11gでサポートされるOFDMをサポートするチップに変更すればよい。なんと、それだけで11gに対応することができるようになる。それが可能であればCalexico2を待つ必要はないのだ。 実際、Intel Developer ForumではIntelのアナンド・チャンドラシーカ副社長(モバイルプラットフォームグループ ジェネラルマネージャ)は「2003年中に11gに対応する」と明言しており、そうしたオプションが取られる可能性も無いわけではない(繰り返しになるが、OEMメーカー筋にはまだそういうオプションは説明されていない模様だ)。 ただし、そうなるとバリデーションはやり直しとなる。Intelは「Centrinoモバイル・テクノロジを選択すれば、OEMベンダはCPU、チップセット、無線LANのバリデーションを行なう必要はない。すでにIntelがそれを行なっているからだ」(チャンドラシーカ副社長)と説明している。 これはシリコンだけでなく、VeriSignから提供されるセキュリティのミドルウェアなどソフトウェアも含んでおり、その作業は膨大だ。仮に新しいCalexicoを出すとすれば、再びその膨大なバリデーションはやり直しとなる。 ただ、Intelは第4四半期に次世代Pentium Mとして90nmプロセスを採用したDothan(ドタン、開発コードネーム)、さらにはIntel 855GMの後継としてMontara-GM+をリリースする。そのタイミングではどちらにせよバリデーションはやり直さなくてはない。そのタイミングで改良版のCalexicoが投入される、という可能性は十分あり得るストーリーではないだろうか。
現在問題となっているのはアクセスポイント側のコストであるため、最終的にアクセスポイントの価格が、11a/b/gデュアルバンドと11gシングルバンドに近くなってくれば、11aか、11gかという論争自体が意味のないものとなる。同じコストであれば、技術的なアドバンテージがある11aもサポートしていたほうがいいのは言うまでもないからだ。 無線LANのチップを提供するAtheros、Intersil、TIなどの各社は、いずれもCalexico2と同じような2チップの11a/b/gデュアルバンドをサポートするソリューションを用意しており、それが広く出回るようになれば、コスト差は縮まりデュアルバンドが普及していく可能性が高い。 ただ、一度11gのアクセスポイントを購入してしまったユーザーに対して、11a/b/gのデュアルバンドアクセスポイントを買い換えさせるのは難しいというのも事実だ。 エンドユーザーにとってみれば、11gを買うか、11a/bデュアルを買うか、今年は悩ましい時期にあると言える。1つだけ言えることは、将来的には11a/b/gのデュアルバンドが来ることが見えている状況の中で、どちらを買ってもつなぎでしかないという事実だ。であれば、今の段階ではコストが安価な11gを買うのがベターという結論になってきたとしても何ら不思議ではない。このあたりのことを考えて、今年はどの無線技術をチョイスするか考える必要があると言えるだろう。 □関連記事 (2003年3月14日) [Reported by 笠原一輝@ユービック・コンピューティング]
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