大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

早くも牙を剥く新生日本ヒューレット・パッカード



 新生日本ヒューレット・パッカード(日本HP)が、早くも牙を剥き始めた。同社は、コンパック・コンピュータとの合併により、昨年11月に新生HPとして日本法人がスタートしたばかりだが、12月には99,800円のノートパソコンを投入、さらに1月8日には、IAサーバー製品群で最大37%の価格引き下げを行なうなど、価格戦略で先行するデルコンピュータへの対抗を鮮明に打ち出した。

 合併直後の企業は動きが鈍くなるのが常だが、日本HPの場合、逆に加速感すら感じる。合併効果がすでにプラス効果となっているのだろうか。


■異例の新年早々の記者会見

 多くの企業が1月6日から業務をスタートする中で、日本HPが行なった1月8日の記者発表は、時期としては、まさに異例のものであった。経営トップが企業の挨拶まわりや業界団体の新年懇親会などに時間をとられるため、新年早々の会見はほとんど行なわれないからだ。

高柳肇社長

 もちろんほかに記者会見がなかったわけではない。先週1週間を振り返っても、コニカ・ミノルタの経営統合(7日)アップルコンピュータの日本における事業戦略(8日)松下電器産業の2003年事業方針(10日)といった大型会見が行なわれたが、コニカ・ミノルタは産経新聞のスクープにより急遽実施されたものだし、アップルは米国で開催されたMacworld Expoのスティーブ・ジョブズCEOの基調講演を受けてのもの。そして松下電器の場合は、創業者である松下幸之助氏時代から、伝統的に行なわれている新年の方針発表という、いわば10日の定例行事。そうした点からも、日本HPの会見だけが、戦略的に仕組まれたものだったといえる。

 社内でも1月8日の会見開催については賛否両論が飛び交ったという。とくに、広報部門は強く反対したようだ。通例として新年早々の記者会見が少ないこと、会場となるホテルなどが新年懇親会で埋まってしまい確保しにくいことなどもその理由だ。

 だが、IAサーバー事業を統括するインダストリースタンダードサーバー統括本部では、新年早々の会見にこだわり、この日を選んだ。日本の企業の決算期が集中する3月の年度末需要に向けて、1日でも早く新たな方針を打ち出したかったからだ。それだけ、この会見にかける意気込みが伝わってくる。

 高柳肇社長も、「この日の会見設定は、一か八かの勝負だった」と話すが、結果としては約80人の記者が集まり会見会場は満杯。「いつもより余分に資料を用意したが、結果として資料が足りるかどうかギリギリの線だった」(同社広報)といううれしい悲鳴をあげる。

 もちろん、記者側も新年のネタ枯れ時期だっただけに、この会見に飛びついたという要素も見逃せない。


■IAサーバーで最大37%の価格引き下げを実施

日本HPが打ち出した二極化路線

 しかし、この会見の内容は驚くべきものだった。IAサーバー事業において、低価格路線を追求するボリュームビジネスと、付加価値戦略を推進するバリュービジネスとの二極化戦略を打ち出すというのが骨子だが、特に、ボリュームビジネスにおいては、1月だけで2億円という積極的な広告投資を行なう一方、価格を大幅に引き下げるプル型のマーケティング手法に打って出た。このマーケティング手法は、IAサーバーとはいえ、まさにコンシューマ向けパソコン事業と同じやり方である。

 実は、この手法はすでにデルコンピュータが日本で展開し、成功を収めている。デルコンピュータの浜田宏社長は、「IAサーバーもすでにコモディティ化しており、ユーザーが価格だけで選択するという動きが出ている。この流れがデルの手法とうまく合致した」と自己分析する。

 大手企業の部門サーバーや中小企業、SOHOでは、こうした需要が顕在化してきている。日本HPも同様の手法で、この分野に名乗りをあげたというわけだ。

 今回の発表では、下位モデルとなる「hp ProLiant ML300」、「DL300」、「ML500」ラインの8シリーズ45モデルで、最大37%の価格引き下げを行なったほか、主要オプション55製品で最大68%の価格引き下げを行なった。

 具体的には、「ML370 T02 P1400-512K 256MB」で38万円を24万円へと37%の価格引き下げ、ラックサーバーでは平均20%以上の価格引き下げを実現。また、主要オプション製品では、昨年11月に価格引き下げを行なったHDDは約20%の価格引き下げにとどまったものの、メモリでは31.5%、CPUでは44%という戦略的な価格引き下げとなっている。

 価格をよく見ると、一部機種ではデルの同等スペック機を下回るものもあるが、多くの製品は10~15%は割高という設定。それでも、国産勢などは戦々恐々といったところだ。というのも、価格設定には見られない施策が裏で動いているからだ。

 今回の価格改定とともに仕切り率の変更は行なわれない見込みだ。そのため、ディーラーなどの粗利額は事実上減少することになるが、プルマーケティングなどの施策により、共同販促展開などが日本HPの投資のもとに行なわれることになる。

 また、在庫処分や戦略的に案件を獲得したいという理由から、国産勢などの対抗メーカーが格安の値段を打ち出した場合にも、これまではほとんど対応してこなかった同社だったが、これを共同マーケティングの一環として、対抗措置を講じられるような体制へと移行する考えのようだ。ここにも本気でIAサーバー分野に打って出ようという姿勢が見られている。


■合併効果は早くも出たのか?

樋口泰行執行役員

 これだけの戦略的な価格が打ち出せる背景として同社では、合併効果を第1の要因として挙げる。樋口泰行執行役員は、「規模の経済性、スタンダード技術を活用することで、これまで以上の効果が出ている。それが今回の価格に反映している」と話す。同様に、インダストリースタンダードサーバー統括本部ビジネスプランニング本部 上原宏本部長も、「サプライチェーンマネジメントを含めて、全体の業務効率が格段に良くなっていることが、これまでにない大幅な価格改定に繋がった」と異口同音に話す。

 これはすでに米国では実証済みだ。同社の寺澤正雄会長によると、「米国のIAサーバー市場では、合併前の旧HPと旧Compaqを足したシェアよりも、さらにシェアが上昇したという結果が出ている。合併によって、新生HPに対してユーザーが安心と期待を寄せていることの表れだろう」と話す。そして、「必ず日本でも同じようなことが起こるはずだ」と続ける。

 そうした意味では合併効果が出始めているといえるだろう。だが、気になる点もある。実は、両社の合併に当たっては、「アダプト・アンド・ゴー」という方式が採用された。これは、両社の事業を足して2で割るという手法ではなく、どちらかの事業を選択するという方法だ。一例をあげれば、IAサーバー事業に関しては、旧コンパックの事業が選択され、その結果、ProLiantシリーズが新生HPのブロダクトラインとして残ったというわけだ。

上原宏本部長

 気になるのは、総務分野などでHPの手法を採用したことである。昨年5月の米国での合併以降、日本でも徐々に統合に向けた作業が進められてきたが、そのなかで稟議や報告、会議の手法などは基本的にHPの手法を採用し始めた。その結果、旧コンパックの社員の間から出てきたのは、稟議1つとっても、その承認までに階層が多いという指摘だ。

 今回の合併では、組織のスリム化が図られたといわれるが、人員の削減は約1割程度。6,000人の社員がこのHPのやり方で事業を進めるようでは、スピード経営の実現はままならないだろう。

 デルコンピュータの浜田社長は、「デルの強みは、全世界で社員4万人、年商4兆円の規模であるにも関わらず、社員が50人程度の企業と同じような企業の動かし方をしている点にある」と言及する。それは、ひとことでいえば、迅速な意思決定を指す。HPがデルと真っ向から戦うには、この点を早期に改善する必要がありそうだ。


■懸念のコンシューマ分野への取り組みは?

 もうひとつの大きな課題は、コンシューマ分野での取り組みである。何度もコンシューマ分野にアプローチを掛けながら失敗を繰り返している旧コンパック。そして、米国での成功体験がありながらも、日本においては石橋を叩いても渡らないぐらいにコンシューマ市場への参入には慎重だった旧日本HP。いずれにおいても、コンシューマ市場は苦手分野といわざるをえない。

 寺澤会長は、「大変重要な市場であることは認識している」と前置きしながらも、「現段階では、むやみにコンシューマ市場に出ていくことは得策ではないと考えている」と、依然として慎重な姿勢には変わりがないことを示した。「日本のコンシューマ市場で成功するためには何が必要なのか、何をしなければならないのか。それをしっかりと見極めてから参入したい」と寺澤会長は続ける。

日本独自デザインのプリンタ「deskjet 5551」

 その試金石となるのがプリンタ事業であるのは明らかだ。同社では、「デザイン・フロム・ジャパン」の名称で、日本での要求を製品化に反映したプリンタを昨年春から投入しており、日本のコンシューマ市場に向けた取り組みを本格化している。

 これによって、プリンタ事業の当面の目標としているシェア10%を獲得すれば、次の一手として、コンシューマ向けパソコンの投入も見込まれるだろう。もしかしたら、米国で高いシェアを誇るHPブランドのデジタルカメラによる参入もあるかもしれない。

 そんな期待を抱きながら、日本HPのプリンタ事業の行方を見ておくと、ちょっと違った視点で日本HPの事業戦略が浮き彫りにされるのではないだろうか。

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【2002年5月10日】日本HP、写真画質を追求したインクジェットプリンタ2機種
~日本独自デザインの新機種も登場
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【2002年11月1日】日本HP、コンパックと正式に合併。新生日本HPが発足
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/1101/hp.htm
【1月10日】松下、2003年度経営方針社長会見を開催
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【1月7日】コニカとミノルタ、8月に経営統合
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0107/komi.htm

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(2003年1月14日)

[Text by 大河原克行]


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