第185回
2003年、モバイルPCは変わる? 変わらない?



 年の瀬を反映した記事が多く、少々食傷気味かもしれないが、更新最終日ということで先週に引き続いて、今年を振り返りながら来年の展望を簡単にまとめてみたい。テーマは「来年、モバイルPCが大きく変わる年になるか? それともならないか」だ。来年登場する見込みのモバイルPC向けプロセッサの情報を元に話を進めたい。

●Baniasがモバイルコンピューティング環境が大きく変える?

Intelのアナンド・チャンドラシーカ氏

 「来年は大きくモバイルコンピューティングの環境が技術革新でジャンプアップする年だ」と、今年の秋にインタビューの中で話していたのはIntel副社長のアナンド・チャンドラシーカ氏である。

 ただし、チャンドラシーカ氏の言うモバイルコンピューティングの技術革新は、来年から少しずつ業界全体で取り組み、最終的にエンドユーザーに目標値を達成した製品を提供できるようになるのは数年後としている。燃料電池や高品質のELディスプレイ、より進んだ電源管理技術などは、一度に出てくるのではなく完成したものから順番に登場する。さらに技術が成熟するまでには、数世代を要するかもしれない。

 そんな中で特に大きな節目となるのが、チャンドラシーカ氏が担当するBaniasとIntelは言いたいわけだ。IntelはBaniasを出すだけでモバイルコンピューティングに変化をもたらせるとは考えていないようで、同時にデュアルバンド無線LANやネットワークへの接続性を高めるソフトウェアや、セキュアなリモート接続などのソリューションとともにビジネス市場にオファーしようとしている。

 では本当に、Intelが望むような大きな変化はもたらされるのだろうか? ハードウェアの面だけを見ると、Baniasプラットフォームを採用するベンダーはかなり苦労させられているようだ。Baniasを採用するPCベンダーは、異口同音に同じ事を話す。

 まずデュアルバンド無線LANチップのCalexicoは、先週も触れたように来年の半ば以降に持ち越されるという。Baniasの価格は、現在モバイル系のPCが採用しているTualatinよりもかなり高く設定されるが、Intelはその分をBaniasプラットフォームの名目でセット販売し、Calexicoを安価にすることで帳尻を合わせようとしていた。一説によると、もっとも安価なケースではAtherosのデュアルバンド無線LANモジュールを採用する場合と比べ、無線LANモジュール単体で半額近い価格設定だったという。しかしCalexicoが遅れるようだと、その戦略は練り直さなければならない。

左からNEC製、松下製、東芝製のBanias搭載ノートPC試作機

 次にプロセッサとチップセット、トータルのフットプリント(実装面積)はTualatinを採用する場合よりもかなり大きくなる。特にグラフィック機能内蔵チップセットで実装面積の縮小を実現していたTualatin搭載モデルの開発者たちは、Montara(Banias用グラフィックス統合チップセット)とICH5Mの大きさに頭を悩ませているという。

 ユーザーはプロセッサの高速化とともに、メモリカード専用スロット、IEEE 1394、より多くのUSBポートを求めており、戦略的にBluetooth搭載を検討しなければならないベンダーもある。これらはプロセッサやチップセットなどの基本コンポーネント以外に実装するため、設計陣はかなりの努力やレイアウト的な制限を強いられている。

 もっとも、チップのフットプリントぐらいなら、まだいい方だとの意見もある。Baniasはプロセッサに供給する電源の制御が複雑になり、そのための回路設計にスペースを取られるからだ。近い将来、Banias向けの電源制御機能を持つコンパクトなチップが供給されるようになるだろうが、初期のBanias搭載機には間に合わない。

 このため、Tualatinマシンと同じ筐体設計でBaniasを詰め込むのはかなり困難との意見がある。この問題の元々の原因は、Baniasと対応チップセットに実装する動的なクロック周波数と動作電圧の切り替え機能の仕様変更を行なったためだ。

 おそらく最終的には機能を落とさず、サイズ増加も抑えながらBanias搭載機へと設計変更することは可能だろうが、より小さく軽いモバイルPCを作ることはできないだろう。以前にも書いたことがあるが、フォームファクタ重視ならばBaniasで何かが大きく変わると思ってはいけない。

 もっともプロセッサパフォーマンスは大きく向上する。情報提供者によって多少のブレはあるが、同じフォームファクタならばTualarinの1.7倍程度のパフォーマンスが出るとか。現在使っているモバイルPCのフォームファクタをそのままに、パフォーマンス向上を期待しているならばBaniasは大きな節目となるプロセッサであることは間違いない(ただし価格は上昇する見込み)。

●ではAstroは?

 COMDEX/Fall 2002最大のニュースとなったAstroこと次世代CrusoeのTM8000。TM8000は果たしてBanias以上のインパクトを与えるだろうか? 最良のシナリオで進めば、2003年中にTM8000がエンドユーザー向け製品に対して大きなインパクトを与えるかもしれない。しかし、本格的にTM8000が市場に影響を与えるとしたら、それは2004年のことになるだろう。

 デモ機におけるTM8000のパフォーマンスは確かに良好だった。またTM5800と同じ製造プロセスが使われるため、生産面でのリスクも少ないと思われる。TM8000はTM5800と同じ熱設計電力のため、CrusoeがモバイルPCの中で再び大きな意味を持つようになる可能性は決して低くない。ただ、それはあくまでも最良のシナリオで進んだ場合の話だ。

 まず半導体素子としてのTM8000に問題が無かったとしても、完成度の高いCMSを同時に提供できなければ、x86プロセッサとしては完成したことにはならない。あまり知られていないが、CrusoeはCMSのバグや細かい仕様変更により、互換性や安定性に問題が発生する場合がある。あるバージョンのCMSでは問題ないが、別バージョンのCMSでは特定のハードウェア設計でバグが顕在化するといったケースもある。

 製品化後、2年かけて熟成してきたTM5x00系のCMSでもそうなのだから、新アーキテクチャとなるTM8000でも、同様の問題を抱えて製品の立ち上げに苦労する可能性はある(念のため書き添えると、ここで言う互換性やバグはハードウェアとして実装する場合に問題となるもので、Crusoeマシンがx86搭載機として互換性が低いと言っているのではない)。来年末、ギリギリにTM8000搭載機が登場する可能性はあるが、本格的な採用は2004年になるはずだ。

 またTM8000には、電圧を上げて高クロック化する高電圧版(?)も2005年の投入が検討されている。これが登場すれば、Intelが低電圧版で押さえている市場で競争が促進されるだろう。

●技術は積み重ね

 当たり前のことで恐縮だが、エンドユーザー向けの製品が、何かひとつの要素技術で全く別の次元へまで飛躍するケースは決して多くはない。2003年は期待されるモバイルPC向けアーキテクチャを持つプロセッサが2種類も登場する。エンドユーザーとしては、その登場に合わせて“世の中が変わる”ことを望みたいところだが、製品として投入されてはじめてわかることも多いものだ。

 またプロセッサはPCにとって重要なコンポーネントのひとつだが、それだけでPCが構成されているわけではないことも忘れてはならない。新しいモバイルプロセッサは、小型PCのパフォーマンスを一気に引き上げるだろうが、製品にかかわるすべての要素が変わるわけではないのだから。

 たとえばバッテリ技術が大きく変わるのは、2004年後半から2006年にかけてのことになるだろう。磁気ストレージ(ハードディスク)の大幅な容量増加は、2004年から2005年ぐらいになりそうだ。ディスプレイ技術も2006年ぐらいには消費電力の問題を解決できる可能性がある。

 すべての要素が揃うまで待てと言っているのではない。過度の期待も、過度の失望も、いずれもすべきではないということだ。要素技術に節目となるタイミングはあるが、製品全体は常に変化し、技術は前へと進む。そのペースは決して不連続なものではなく、それは2003年も同じだ。

 来年がモバイルPCを買い換える上で、良い年となるかはあなた次第だ。製品が良い方向へと常に変化し続ける限り“欲しいときが買い時”という鉄則は来年も、再来年も堅持される。過度な期待さえ持たなければ、モバイルプロセッサの節目である2003年は、きっと良い年となるだろう。

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【12月18日】無線LAN、来年に向けての動向
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【11月26日】本当に速くなるのかな? TM8000を巡るヒソヒソ話
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/1126/mobile181.htm
【9月17日】ノートPC、Baniasで変わること、変わらないこと
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0917/mobile172.htm

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(2002年12月27日)

[Text by 本田雅一]


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