先週、ラスベガスで開催されたCOMDEX/Fall 2002で、最も大きな話題をさらったのは基調講演をつとめたビル・ゲイツ氏のMicrosoftでもなければ、Athlon 64という名称を発表したAMDでもない。特に日本ではTM8000の話題が、あちらこちらで爆発気味。これまで2年ほどの間、プロセッサ業界の常識からするとわずかなパフォーマンスアップしか果たせなかったTransmetaのCrusoeが、モバイルPentium 4-Mを追い越す速度で動いたというのだからそれも当然か。 当地でのデモの様子は、すでに笠原氏がレポートしており、後藤氏も解説記事を執筆しているが、それらとは少し違ったアプローチでTM8000について話を進めていきたい。 ●本当に速いの?
今年に入って社長兼CEOに就任したマシュー・ペリー氏は、就任直後のインタビューで僕に「マーケティング担当が技術的な事やスケジュールで適当な事を言う文化を完全に排除するように改革を行なっている。できることは“できる”、できないことは“できない”。当たり前だが、正確な情報だけを開示する方針」と話したことがある。 何しろ出荷スケジュールにしろ、クロック周波数の向上にしろ、Transmetaはあまりにも多くの約束を破りすぎた。ひとつひとつ話を聞いてみれば、Transmetaだけの責任ではない場合もあるのだが、不確定要因も含めて自社でコントロールできないことは、やっぱり「できる」と言ってはいけない。 もちろん、そのこと自体はTransmetaの現場担当者は痛感しているから、昨年末にTM5800の出荷が遅れた時にも、すべて自社の責任として言い訳しなかった(実際にはTransmetaのマスク設計のマージンが小さすぎたことと、TSMCが予定していた性能を出せなかったことの両方が重なってうまく動かなかったのが原因)。 ところが、昨年末にそんな経験をしているはずなのに、今年1月のCESでも、とあるTransmetaの幹部は次世代Crusoeの計画について、相変わらず楽観的過ぎる計画を口にしていた。 いや、今からそうした過去を穿り出して、Transmetaに恨みつらみをぶつけようというのではない。ただ、最近の状況がそんな風だったから、いくらペリーさんが明るくフレンドリーなナイスガイで、しかも仕事となるときちんとまじめにこなす人であったとしても、社内の情報開示に関するモラルを徹底すると言われても「へぇ、そりゃそうなるといいですね」ってぐらいにしか感じることができなかったのである。 だから、256bit版CrusoeのTM8000が、リクツの上で速いことは判っていても、デモを見に行くまでは、完全に疑いの目でTransmetaを見ていた。たぶんこれは僕だけじゃなかったと思う。 デモには現地で一緒に仕事をしていた某社S氏と、本サイトにもたまに記事をポストしている別のS氏、それに僕の3人で参加。インストールされているアプリケーションを自由に動かせたから、疑い深い3人が知恵を合わせてイロイロなことをしてみた。しかし出てきたのは、「モバイルPentium4-M/1.8GHzよりも圧倒的に速い」という結論。 「これなら2.4GHzぐらいのP4より速く感じるんじゃない?」なんて話をしながら、それでも疑いの気持ちを拭えず、しかし現実のデモ機の前では疑う余地もなく、てなわけで、困った困った。どうやって、この事実を伝えればいいのかと悩みながらホテルに歩いたのだった。 言いたいのは、TM8000のデモを見た人々は期待を持ってデモに臨んだのではなく、どちらかといえば疑いを持って注視したということだ。ちなみにメモリ構成はTM8000デモ機が256MB、対するデモ比較用に使われたモバイルPentium 4-M機が512MB。デモ機のハードディスクやグラフィックチップは不明。ただし「パフォーマンスうんぬんよりも、動くことを優先させている」とのこと。 ●SFOでの雑談 そんなCOMDEX/Fallからの帰り、通常ならロサンゼルス経由なのだけど、今回はサンフランシスコ経由。なんでも前日、日本行きの飛行機が飛ばなかったそうで、本来なら顔を合わせなかったハズの、某PCベンダーの開発担当者と空港ラウンジで出くわした。話題はもちろんTM8000の話。「TM8000って、TM6000用CMS(Code Morphing Software)で導入予定だったCMS 5.xの技術が、やっぱり入ってるのかなぁ」なんて話を持ちかけてみた。 「そうそう、彼ら(Transmeta)の話だと、256bit化を行なっただけじゃなくて、I/O周りを高速化するために、TM5x00では仮想化されていたDMAや割り込みなども、PCアーキテクチャに合わせてハードで実装したみたい。あんまりあちこちハードウェアにしちゃうと、本来のCrusoeのコンセプトとは違って来ちゃうけど、x86だけがターゲットなら、それもアリかな」とのこと。 PCの機能を1チップで実現する予定だったTM6000は、PCハードウェアがすべてオンチップで実装されていることを利用して、それまで仮想化していたI/Oアクセスや割り込み、DMAなどを直接ハンドリングできるようにし、CMSもそれに対応してネイティブでI/O周りのアクセスを行なうように変更される予定だった。その結果、ディスクI/Oやグラフィック操作が大幅にアップするはずだった。 TM8000には、TM6000向けに開発していた、この新しい技術が搭載されるようだ。とすると、TM6000のディスクI/Oの速さやグラフィック描画のレスポンスの良さも合点がいく。デモ時、Outlookを起動してみると、まだ初回起動で各種初期化が行なわれていない状態だったのだが、簡単な設定を行なってメールデータベースを作成したところ「えらい速いなぁ」と感じたし、数MBのOfficeファイルのハンドリングも高速だった。 もうちょっと突っ込んで話を聞きたいところだが、彼らの飛行機は出発とのこと。う~ん、残念。なんでもCOMDEX/Fallの前の週、パフォーマンスが低いバグ付きTM8000は、日本のパートナー向けにデモが行なわれていたらしい。COMDEX/Fallの翌週(つまり今週)には、再度、きちんとした形でTM8000のデモをパートナーに見せるそうだ。 来週頃には、あるいは新しい噂を聞くことができるかもしれない。 ●デモを終えて 話は前後するが、ラスベガスでTM8000のデモを体験したあと、Transmeta関係者としばらく雑談した。書けないことも、書けることもあるのだけど、いくつかの話題をピックアップしよう。 まず、TM8000でのパフォーマンスアップに関して。元々、Transmetaはx86ベースのアプライアンスへのCrusoe搭載を狙っていただけに、PC向けプロセッサとしてこれだけ注目されるようになるとは考えてなかった。というのは、よく知られた話。
「元々、ディッツェルを中心に、128bitと短めの語長を持つプロセッサコアと手作りのCMSで会社が始まって、その後、実際にはノートPCでたくさん使われて……と、本来の設計意図とは異なる方向に会社が進んできた。だから、アレが遅い、コレが遅い、こんなことをするとCrusoeはダメだ、なんて意見が上がって来るようになった。だからTM8000が劇的に速くなるのはある意味当然。最初の頃はWindows XPみたいなワーキングセットの大きなOSをCrusoeで動かすなんて考えていなかった。最近のTM5800でWindows XPが速くなったのも、Windows 98に最適化していたCMSの効率が悪くなっている部分を修正したから」なんて話をしてくれた。 汎用のPCプロセッサとして、最初から将来のPC向けアプリケーションを予測して開発していれば、Windows XPになってすごく遅くなってしまうなんてこともなかったのかもしれない。Windows XPへの切り替えで、かなりパフォーマンス面の評判を落としただけに、少しばかり悔しそうだ。 現状のTM5x00系プロセッサの場合、動作するプログラムのワーキングセットサイズによって、大きくパフォーマンスが変化する。Windowsのスタートアップで起動するプログラムが多いと、そりゃもうあっと言う間に遅くなる。そんなわけで「イロイロなマシンがあるけれど、シンプルな構成のマシンほどCrusoeは明らかに速い。これはIntel機でも同じだけど、Crusoeでは顕著」とか。 TM8000と共に謎だったのが、TM5800ベースの2つのPCで、アプリケーション起動速度が明らかに高速化されていたテスト。その様子を見せるなり、悪戯っぽく「さて、なんでこっちはこんなに速いんでしょう」と話していたが、もちろん違いはCMSのバージョン。問題はその仕組みがどうなっているか。 やっぱり一度最適化したコードを、特殊なディスクパーティションに書いているんじゃないかなぁと話してみると「う~んいい線だなぁ」。いつも間違いは間違いと言ってくれる人だから、最適化コードの再利用を何らかの手法で行なっている可能性は高そうだ。どうせどっかに最適化コードを保存しておくのなら、優先的に高速化したいアプリケーションを、何らかのユーティリティでプリコンパイルできるといいのだけど。なんて話していると、「自分でアプリケーションの優先度を選べるってのはいいね。その話、どっかに書いてよ。あ、でも僕はディスクに最適化コードを書く機能がCMSに追加されるなんて、一言も言ってないからね」と、煙に巻かれてしまった。 いずれにしろ、TM8000に関する情報はマーケティング戦略的に、少しずつ、少しずつ、情報を公開しながら詳細を明らかにしていくつもりのようだ。今のところは、既存の情報を元に推測するほかないわけだが、実際に高速に動作しているところを体感させてもらった身としては、期待せずにはいられない。 TM8000は熱設計電力枠で、従来のTM5800よりも大きくなってしまう7Wオーバーのハイパフォーマンスバージョンも後から追加されるという話だが、今回のデモで使われたのは7W枠に余裕で収まる予定とか。とすると、バイオUにだって入ることになる。ハイパフォーマンスバージョンにしても、低電圧版Baniasと競合する程度のTDPになるだろう。携帯型のノートPCを欲している人にとって、どうやら来年は楽しみの多い年になりそうだ。
□Transmetaのホームページ (2002年11月26日) [Text by 本田雅一]
【PC Watchホームページ】
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