第184回
無線LAN、来年に向けての動向



 年の瀬も押し迫ってくると増えてくるのが、今年を振り返る記事と来年を展望する記事(と、この書き出しは2000年最後の記事でも使っていた)。しかし、予想や現状分析のなんと当たらないことか。もちろん、中には現実となることも少なくないのだが。

 それでも近未来や過去の話を懲りずにするのは、そうした話が個人的に好きだからだ。今回も来年前半に向けての無線LANの動向について話をしてみたい。

●IEEE 802.11gはまだ普及しない

メルコのIEEE 802.11g対応無線LANカード「WLI-CB-G54」

 ちょうど昨日、マイクロプロセッサ関係の同業者数人が忘年会で集まったのだが、その中で出てきたのがIEEE 802.11gの話題。先日、メルコがIEEE 802.11g準拠の製品を発表し、デュアルバンド以外でのIEEE 802.11a採用は行なわないという。メルコは同時にIEEE 802.11a/bデュアルバンド製品の開発も中止しており、IEEE 802.11a/b/g対応が可能になるまではデュアルバンド化には進まない。これは、主にコンピュータネットワーク向けとして捉えたとき、5GHzの必要性が薄いとの判断からだ(家庭内AVネットワーク向けならば、話は違ってくる)。

 IEEE 802.11gが今後の高速無線LANの主流として“決まり”となったのだろうか? しかし、IEEE 802.11gの本格普及はまだ先になるだろうとの意見で一致した。

 あるPCベンダー関係者は「来年の春にIEEE 802.11gがどうしても欲しいって人はいるのかなぁ。一般ユーザーの高速無線LANに関する見方が知りたい。来年春のモデルでどうしても内蔵してもらいたいと言われると、とても困るのだが……」と、1カ月ほど前に話していた。IEEE 802.11gを今採用しろと言われても、多くのPCベンダーは採用できないからだ。

 家庭内のネットワーク環境構築が進み、Ethernet対応の家電が増え、そこで扱われるデータ量が増え、さらにブロードバンド環境が充実してくると、IEEE 802.11bの速度に不満を感じるユーザーが増えてくるのは当然のことだ。

 ところが5GHz帯を利用するIEEE 802.11aは、2.4GHz帯のIEEE 802.11bとの互換性がない。だからこそデュアルバンド化が叫ばれているわけだが、2.4GHzのまま高速化できるのであれば、IEEE 802.11aは必須ではない、との判断も当然あるだろう。5GHz帯のIEEE 802.11aは通信距離や遮蔽物からの影響に弱く、一般に“飛びにくい”無線LANとの認識があるためである。

 しかしIEEE 802.11gは未だドラフト仕様のままで、来年5月にシンガポールで開催予定のIEEE 802臨時会合まで正式版仕様とはならない(万一、土壇場で揉めるようなことになると、7月の本会議まで延期される可能性もあるという)。無線LANチップベンダーはドラフト仕様のままで製品化を進め、6月までには正式版に対応したファームウェアを配布することでIEEE 802.11gに正式対応しようと考えている。

 この正式版をPCベンダーが入手し、各種テストをこなして夏商戦向けのノートPCに組み込むのは難しい。一部モデルにはIEEE 802.11g対応無線LANモジュールが内蔵される可能性もあるが、来年秋モデルにIEEE 802.11gが内蔵される、というのが現実的な予測ではないだろうか。特にIBMやHPなど、軸足を企業向けノートPCに置いたベンダーは夏までに準備を終えることは不可能だろう。

 内蔵無線LANがIEEE 802.11gに対応しなければ、利便性を考えても爆発的な普及には至らないと推測される。だから来年前半はIEEE 802.11gの普及はないというわけだ。現在、発表されているIEEE 802.11g対応製品はIEEE 802.11b対応製品に対する価格上昇が小さく、将来的に普及するのは間違いない。またアフターマーケット向けの無線LAN PCカードはIEEE 802.11g(ドラフト)対応が進む可能性はあるが、普及の時期となるとノートPCが一斉にIEEE 802.11g対応になることも考えられる来年末以降、2004年の話になるだろう。

●本当にIEEE 802.11aの普及は前進するのか?

 一方、互換性や電波の飛びの問題が指摘されているIEEE 802.11aについては、どのPCベンダーに話を聞いても、今後の方針についてハッキリしない答えばかりが帰ってくる。関係者は皆、IEEE 802.11aの問題について認識はしており、普及させるならばデュアルバンド化が大前提となる。家庭内でのAVネットワークを構築するプランを描いているいくつかのベンダーは、高品質のMPEG-2映像を家庭内ネットワークで扱うために、IEEE 802.11bよりも高速な無線LAN技術を必要としている。問題は必要度とコストのバランスということになるだろう。

 実際にはIEEE 802.11bでも、QoSを実現するIEEE 802.11e(これもまだドラフト)を用いれば8MbpsのMPEG-2ストリームを再生させることは可能だ。しかし複数のストリームを同時に流すことはできない。家庭内AVネットワークのバックボーンには、54Mbpsクラスの高速無線LAN技術が最低限必要だ。

 前述したようにIEEE 802.11gの普及期が2004年とすると、今すぐにでもネット対応AV家電の戦略を進めたいベンダーの選択肢にはなりにくい。来年早々から家庭内AVネットワークをプロモートしていくためにIEEE 802.11a/bデュアルバンドが必須の技術となる。ビジネス向けのノートPCはIEEE 802.11aに対応する必要性が低いため、デュアルバンド化の時期は不透明だが、コンシューマ市場では来年春以降のモデルでデュアルバンド化が進むのは既定路線と思われていた。

 なぜならIntelがBaniasプラットフォーム戦略の中で、Baniasとセットでデュアルバンド無線LANチップのCalexicoを購入する顧客に対して、Calexicoの大幅なディスカウントを行なうとのリーク情報があったからだ。現在、PCベンダーに出されているBaniasの価格は、クロック周波数比ではかなり割高になってしまう。これをカバーするための営業戦略としてCalexicoを売り込み、ワイヤレスネットワーク環境の前進と営業効果の一石二鳥を狙っているわけだ。

 ところが、PCベンダーのCalexicoに対する評判は芳しいものではない。パフォーマンスに関する問題やバグが、あまりに多いとの意見が目立っている。Intelの技術力や顧客サポート部隊の強力さを考えれば、最終的に問題は解決されるだろうが、来年前半に登場するノートPCへの内蔵は難しい、という悲観的な見方をしているベンダーもいる。

 しかし来年の6月以降は、続々とIEEE 802.11a/b/g対応チップが登場する見込みだ。各社ともIEEE 802.11gの正式仕様が5月にリリースされることを見越して、今後の主力製品となるデュアルバンドチップの開発ターゲットを来年6~7月に設定している。これらの製品が登場すれば、デュアルバンド化は一気に進む可能性がある。

 もちろん、デュアルバンドの無線LANチップは、すでにAtherosからリリースされ、ソニーが採用製品を出している。しかし、Atherosのデュアルバンドチップは非常に価格が高く、とてもPCに内蔵させることはできない。来年前半にデュアルバンド化が進む可能性はあまり高くなく、PCへ標準搭載されるとしても夏商戦向けモデルからとなるだろう。

 しかし、それでもIEEE 802.11aはある程度、市場への浸透が進むのでは? と考えている。その理由はIEEE 802.11b内蔵モデルが予想以上に増えたからだ。

●IEEE 802.11aが自宅だけのものなら内蔵じゃなくても

 IEEE 802.11aを自宅だけのインフラと考えるならば、何もデュアルバンド化について急ぐ必要はない。携帯しているPCにIEEE 802.11bが内蔵されているならなおさらだ。自宅以外では互換性の高いIEEE 802.11bをホットスポットや会社などで利用し、自宅ではIEEE 802.11aのカードを差し込めばいいだけ。実際、我が家ではそうした使い方をしているが、何ら運用上困ることはない。もちろん、デュアルバンド化されるに超したことはないが、深く悩むほどのことではない。

 5GHz帯はほとんど無線LANの独占状態のため、電子レンジはもちろん将来的にBluetoothとの干渉もない、クリーンな電波帯域であるというメリットもある。ネット経由でビデオやテレビ放送を見ているとき、キッチンで誰かが電子レンジを使い始めたり、近くでBluetoothデバイスを動作させたとたんにコマ落ちしはじめた、なんてことも5GHz帯ならない。AVネットワークのことを考えれば、やはり5GHz帯は捨てがたいと個人的には思う。

 おそらくビジネス向けは2.4GHz帯のシングルバンドに収束するだろう。しかし家庭内は違う事情が働くため、デュアルバンドになる。速度こそ同じIEEE 802.11gとaだが、互換性や特性の違いから用途や場所に応じて使い分けられるようになるはずだ。1年後には、誰もこのテーマに興味を持たなくなっていることだろう。

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【12月12日】メルコ、IEEE 802.11g対応製品を2003年2月出荷開始
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/1212/melco2.htm

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(2002年12月18日)

[Text by 本田雅一]


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