さて今週のテーマは何にしようか? いつも独断と偏見で決まっている毎週のネタながら、何を思ったのか前日の夜に編集担当T氏(同年齢で既婚と判明。年下の増える中、貴重な仲間である)曰く「ThinkPadネタでよろしく」とのこと。今ちょうど、先日取材したX30開発者インタビューの整理をしているところなのだが「それとは別に?」と訊くと、「本田さん、ThinkPad使ってるイメージないじゃないですか」とT氏。 ちなみにT氏とコンビを組んでから、X21を使っている風なことを書いたことが何度もあったのだが、すでに忘れているらしい。というわけで、少し際どいネタとしてThinkPad 10周年記念イベント真っ盛りの今を拾うことにしよう。 ●本田的ThinkPad遍歴 もう10年も前のことなので、すっかり細かいディテールを忘れてしまったが、単に頼まれた原稿をこなしたり、好きなことを本にしているだけだった僕が初めて取材なるものをしたのは、ザ・コンピュータ館のイベント会場で行われていたDOS/V関係のイベントだった。各社様々な人々が壇上で話をしていたのだが、そこに混じって日本アイ・ビー・エム(日本IBM)の堀田氏(現在は常務取締役ソフトウェア事業部長)がThinkPadを掲げ(当時の日本名はThinkPadではなかったと思う)て「この赤いポッチが目印です。これがIBMテクノロジ」と話していた部分だけはハッキリ憶えている。 当時は記者向け説明会などに呼んでもらえない立場だったが、このイベントは一般ユーザーも参加可能とは言え、TrackPoint IIの日本でのお披露目や、デル幻の薄型軽量ノートブック320Si(386SL搭載でモノクロ液晶搭載。米国で膨大なバックオーダーを抱えつつ発売が遅れるも、わずか数ロットを出荷しただけで生産中止という悲劇の軽量ノートPC。昔は幻となり社販で払い下げられた新日鐵設計のサブノートPCなど、今では常識的に考えられないような面白い製品がいろいろあった)日本語版の展示など、印象深い時間を持つことができた。 というわけで、少々こじつけっぽいが、僕の取材生活はThinkPadで始まり、ThinkPadと共にあった(!?)のである。'92年、いまやおねえちゃんカメラマンとして名を知られる西川和久氏がビデオカードマニアとして名を馳せ、DDDなるディスパッチャーでPCマニアに一筋の光を当て始めたころの事、編集T氏の印象とは全く違い僕は1人のThinkPad大好きなPC好きの1人だった。 ThinkPadシリーズの前身となるPS/55 noteは価格が予算に合わず買い損ねたが、ThinkPad 220/230Cs/701C/560/570/X21と、数えてみると過去に6機種も使ってきたことに自分でも驚いている。それ以前に会社勤めをしている時には、うろ覚えだがIBM パーソナルシステム5510という白いノート型端末を仕事で常用していたこともあった。おそらく同一メーカーでもっとも多くの機種に投資、使用してきたのはIBMの製品だと思う。
全部1スピンドル機なのは偶然ではない。なんて話をすると編集T氏は「やっぱハードモバイラーは携帯性重視っすかね?」と言うのだけど、正解はちょっと違う。昔のThinkPadは今よりもずっと高価で、とてもではないが光学ドライブ付きモデルなんて買えなかったというのが正解。CD-ROM内蔵より小さくて軽いのがいいね! と言いつつ、実はThinkPad 755CDなんか買える経済力が無かったのである(バタフライことThinkPad 701Cも75万、42万と来て、24万に下がったところでやっと買えた)。途中、DECのHi-NOTE Ultra(初代TFTモデル)なんて高価なマシンに浮気をしていたことがあったものの、予算さえ合えばできる限りThinkPadを選んでいたのだ。 これまた余談だが、買えないものを無理して買うのではなく、あくまで正当な理由を付けて“あえて買わない”風な行動に出るのは僕の習性らしい。今思えば、見栄っ張りの自分がMacintoshではなくてPCの世界に来たのも、昔のMacがあまりに高くて目眩がしそうだったからだ(っと、ここで貧乏ネタ禁止のカンペが出ました)。 ところがこの10年で僕の体重も変わってしまったように、ThinkPadもやはり“変わってしまった”と語る人が後を絶たない。何がThinkPadなのか。ノートPCを仕事の道具として使う1人のユーザーとして考えてみることにした(やっと本題)。 ●本田的ThinkPadのアイデンティティ
生粋のThinkPadマニアたちに言わせると、最近のThinkPadはキーボードがまるでなっておらず、高級感や所有することの優越感が失われたとのこと。「ThinkPadは600で終わった」と言い切る人までいる。ThinkPad 600と言えば僕が使っていたThinkPad 570と同時期に販売された、2スピンドルのモバイルノートPCのリファレンスとも言うべき製品だ。日本のモバイルユーザーにはより小型のノートPCが好まれるが、ワールドワイドの標準とも言える2スピンドルモバイルノートPCのフォームファクタは、ThinkPad 600で完成された(と言い切ってしまうとIBM寄りな発言になってしまうかもしれないが、それほど秀作だった)。ThinkPadマニアに言わせればThinkPad 570はキータッチのなっていない、全くの駄作とのこと。 こうした人たちと話をしていると、(日本IBMの意図は別として)ユーザーから見たThinkPadのアイデンティティとは、キーボード、トラックポイント、頑強さ、いざという時の修理体制などなど、ThinkPadの見た目通りの質実剛健さにあるようだ。 そして忘れてはならないのが、乾電池駆動可能な元祖1kgノートPC、ThinkPad 220に始まるサブノートPCの系譜だ。小型ながら(たぶんノートPCとして初めて)マグネシウム合金を筐体に使った220は、その小ささからは想像できないほどの質実剛健ぶり。その後のIBMのサブノートPCを見ても、やはりパーソナルなビジネスのツールとしての機能性を追求しながら、小型化というテーマに挑戦している姿が見えてくる。こちらの方向性もまた、ThinkPadのアイデンティティを構成する要素のひとつだった。 では僕にとってのThinkPadとは? 僕にとってのノートPCは、ただひたすらに道具としての要素が強い。毎日持ち歩いても壊れない丈夫さ、体の負担が少ない軽さ、キー入力のストレスの少なさ、様々な環境下での液晶パネルの見やすさ、ネットワークへの接続性などを満たしていれば特定のブランドに固執することはない。しかし、ブランドに固執しなくとも必ずその時々で購入候補に名前が挙がるのがThinkPadシリーズのいずれかの1機種なのだ。 また、これは何も僕個人だけが感じているものではないようだ。というのも取材の先々で出会う同業者がもっとも多く使っているノートPCのブランドも、ThinkPadシリーズだからである。中には特殊なほどにThinkPadマニアな方もいらっしゃるが、ほとんどのユーザーが道具としてのThinkPadを評価している。 取材先や出張先で毎日ハードに使っていると、1年もしないうちにどんな製品でもボロボロになってしまうのだが、逆に言えばボロボロになるまで使っていても、きちんと動いてくれなければ困る。たとえば出張先でPCが壊れてしまえば、そこから原稿を書いて送ることはできなくなってしまう。国内ならまだしも、海外取材の場合は対処する方法がない(このため、常に予備のPCを持ち込んでいる)。 だから、僕が期待するThinkPadのアイデンティティは、素の道具としての使いやすさと“信頼感”(“信頼性”ではない。僕らが新しい製品の信頼性を試す方法はないからだ)、“故障時サポート”といった抽象的なものであり、具体的ななにがしの機能ではない。たとえばトラックポイントはThinkPadにとって重要な機能ではあるが、僕はThinkPadからトラックポイントがなくなることがあったとしても、代替するものが十分使いやすければネガティブな評価をしないだろう。キータッチが変更されるとダメという気もない。 ●ThinkPadはダメになったのか? さて少し話を戻して、今のThinkPadはThinkPadを愛し続けたマニアにとって、堕落した製品に成り下がってしまったのだろうか? 僕はそうは思わない。 キーボードタッチに関しては“好み”があるため、断言するのは難しい。確かに現行のA、T、Rの各シリーズに触れてみると、従来のThinkPadとは異なる味付けがされているとは思うが、質が悪いというコメントは適さない。昔からPCを使い続けるキーボードマニア層には、クリック感が強めで、キーを押下げる重さも多少重めがいいという人が多いが、一方で軽くクリック感も指に多少伝わる程度が適度と感じる人も全体からみると少ないわけじゃない。現行機種のタッチは、好ましいと感じるユーザーの間口を広げたような印象を持っている。
またX30の10周年記念モデルに触れてみると、多少昔のタッチに戻ったように感じた。長時間使ったわけではないので、こだわる人は自分で試すべきだが、キーボード取り付けの剛性感もしっかりとしており、X20、21よりも良い(X22以降は多少キーボードタッチが変更されている)のではと思う。試行錯誤はあるが、手抜きは感じられないのだ。 熱処理に関しても、ThinkPadはトップクラスの快適性を実現している。少なくとも筆者が使用あるいは試用したことのあるThinkPadは冷却ファンは静かなものばかりだし、手元に熱が漏れてくるようなこともない。 もちろん、そうした要素に十分気が遣ってあるThinkPad以外のノートPCは数多くあるから、自分で製品を選ぶ場合はIBM製以外の製品も検討するが(実際、今はDynabook SS/S5を使っている)、手に持った時の剛性感や使用時の快適性など、カタログには現れない部分で良いと感じるということは、以前と変わらないアイデンティティを保ち続けていると思うのだ。 確かにノートPCやそれに纏わるコンポーネントの設計、製造技術が向上した現在、昔のようなハッキリとしたアドバンテージがあるわけではない。唯一無二のビジネス向けモバイルPCだったThinkPadは今、何機種かある購入候補の1つになってしまったのかもしれない。IBM自身がセキュリティ機能やネットワークコネクティビティなどに活路を見いだそうとしているところを見ると、あながち的はずれではないと思う。 ただ、だからといって製品そのもののレベルが著しく下がってはるとは思えない。ThinkPadの不幸は、かつて唯一無二の存在だったがために、ユーザーから完璧を求められる立場にあることなのかもしれない。 (2002年10月23日) [Text by 本田雅一]
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