なるほど、こういうアプローチもあったか。そう気付かされた人も多いのではないだろうか。クレードルにセットするとUSB 2.0 HDDになるというシャープの「Mebius MURAMASA MM1」は、まさにコロンブスの卵的な製品だ。どんな製品が欲しいかと、いつも考えているのに、こうした発想は僕の中には生まれてこなかった。 製品はすでに先々週の土曜日に出荷が始まっているが、今回、製品を試用する機会を得たため、そのインプレッションを記しておきたい。 ●サブノートPCがHDDになると…… 小型軽量のサブノートPCに求める機能や性能には、基本的に2つのベクトルがあると思う。自分が使いやすいと思うサイズを守りながら、可能な限りすべての機能を詰め込みたいというベクトル。もう1つは、自宅や会社のデスクトップPCに軸足を持ちつつ、必要に応じてそこで管理する情報や機能のうち、外出先で必要な部分だけを切り取って持ち歩きたいというベクトル。新しいMURAMASAを分類するならば、明らかに後者のニーズを意識した製品と言える。 こうした方向性のハッキリとした製品は、どんなものでも勧めやすい。ユーセージモデルによって合う人、合わない人が明確に別れるからだ。MM1の場合、もちろん本体の薄さや軽さ、豊富なバッテリオプションなど、基本的なノートPCのハードウェア部分にもセールスポイントはあるが、そうした優位性は技術の進歩と共に徐々に薄れるものだ。 しかし斬新なコンセプトがもたらす、自分の使いやすさに直結する要素は、新しい製品が登場しても色あせることはない。コンセプトを固定し、あるユーセージモデルでPCを活用しているユーザーに対して最大限の利便性を継続的に与えれば、それはブランドのプレミアム性を高めることにも繋がるだろう。 MM1のコンセプトが一般に広く支持されるかどうかは、まだ自信を持てない部分もあるが、こうしたチャレンジを行なうベンダーには、素直に敬意を払いたい。
モバイルPCがUSB 2.0対応HDDになると、会社や自宅で利用するデスクトップPCやトランスポータブル型のノートPCとモバイルPCを併用しているユーザーが抱える大きな問題の1つを解決できる。たとえばデスクトップで使うメールデータの保存先フォルダをMM1にしておけば、同期をしなくともMM1とデスクトップPCの間で同じメールデータベースを共有できる。同様に文書ファイルやデジタル写真、音楽ファイルなどの扱いもシンプルになる。あらゆる情報をMM1側に集中させることで、データの同期とその整合性を保つ努力から解放されることになる。 ちなみにMM1の外付けHDDとしての能力だが、150枚141MBのJPEGファイルをデスクトップPCからMM1に移動させたところ37秒ぐらいで終了した。逆にMM1から読み出した場合も同程度で、転送速度は実効速度でおおよそ30Mbps程度。思ったほど速くはないが、ストレスを感じるほどではない。 ただしファイル書き換えに矛盾が発生しないように、MM1の電源を完全にオフにしなければ外付けハードディスクとしては動作しないように設計されている。サスペンド(スタンバイ)はもちろん、ハイバネートでもダメだ。Windowsを終了させておく必要がある。 ●HDDサイズが気になる? 気にならない? MM1のようなクレードルを用いたコンセプトではないが、PCを外付けHDDとして利用するアイデア自体は、たとえばアップルのPowerBookにもあった(接続はUSB 2.0ではなくIEEE 1394)。しかし、より積極的にモバイルユースでの活用を念頭に入れ、この機能を実装しているところが異なる。元々は薄型デザインを目立たせるために縦に配置する充電スタンドとしてのクレードルを考えたそうだが、結果的にモバイルPCとしての価値を高めることに成功している。 クレードルで立ててしまうというのは、すなわち自宅や会社など、落ち着いた場所でゆっくりと仕事をするときには、別のPCを主に利用するコンセプトということになる。自分の机から離れた時に、必要な情報を可能な限り手軽に持ち出すための道具というわけだ。PDAやH/PCはコンパクトだが、PCと同じアプリケーションが動いてくれた方がいい。 そこで気になってくるのがMM1のHDD容量だ。MM1は薄型筐体を得るため、東芝製1.8インチHDDの中でも最も薄い5mm厚のフォームファクタを採用している。このため容量は約15GBで、MM1はこのHDDをシステム用に約10GB、データ用に約5GBを割り当てている。システムパーティションの空き容量は地図ソフトがプリインストールされていることもあり、6GBほど。MM1を1台目のPCとして利用するには、少々厳しい数字だ。従って、“あらゆる情報をMM1側に集中させる”ことを考えるならば、HDD容量の小ささがネックとなるだろう。 ただ、技術が進歩してきたとは言え、小さいサイズのHDDが、大きいサイズのHDDよりも容量が小さいという制限は、今に始まったことではない。そこで割り切れるか、割り切れないかだ。そもそも、USB 2.0 HDDとして使えることで、デスクトップPCとの併用はかなり楽になっている。情報の同期は確かに面倒なものだが、日常的に仕事や生活の中で利用している情報をアーカイブしておくのが、今までよりも便利になったと考えれば、そうそう悲観的になる必要はない。 同期をMOディスクやCD-Rに書き込む代わりに、MM1のHDDにデータを書いておけばいいだけ。僕自身はずっと昔から、情報の同期を目的にファイルサーバーとの同期やExchangeサーバーを用いた同期などを行なってきたが、誰もが感覚的に使えるという点で、デスクトップPCとモバイルPCの使い分けをこれから始める人には向いているように思う。 そもそも、「これ1台でなんでもやってやろう、データの整理なんかやりたくない」と思わず、携帯に特化したPDAやH/PCよりもずっと柔軟性のあるデバイスとして活用しようと割り切れるならば、15GBでも十分に活用できる。また本体にはバックアップソフトが付属しており、MM1と接続するPCにバックアップソフトをインストールすれば、MM1のバックアップをデスクトップPCのHDDに作成できる。 今後、シャープに望むのは、このコンセプトを他のラインナップにも広げることだ。クレードルを利用しなくとも、アダプタ付きケーブルでMTシリーズがデスクトップPCと繋がれば、やはりMM1と同じように便利なハズだ。2.5インチHDDが使えるなら、60MB HDDも利用でき、“あらゆる情報をサブノートPC側に集中させる”ことが可能になる。 ●薄型でも意外に丈夫な筐体 さて、クレードルの話ばかりになってしまったが、MM1自身のデキもなかなかのものだ。MTシリーズで培った丈夫さと薄さを両立させたスタイルはそのままMM1にも引き継がれており、外面のシェルにマグネシウム、内側にアルミパネルを用いたボディは仕上げが美しいだけでなく、ボディのしなりなど弱さを感じない剛性がある。中容量バッテリを装着し、パームレストの端を摘んでみても不安な感覚は一切なかった。 TFT液晶のディスプレイパネルは、さすがに美しく10.4型クラスでは最も質の良いパネルだ。バッテリの構成も練られており、トータル950g(実測でも945gだった)の標準バッテリは角形セル採用の薄型で11.1V1.8A・時。これに中容量、大容量のバッテリを、重量とバッテリ駆動時間のバランスを考慮しながら選択できる。 中でも中容量バッテリは11.1V3.18A・時の性能で、取り付け時の総重量は1,040g(実測値)。丸形セルのため本体底面はフラットではなくなるが、飛び出し部分もそれほど不自然にはならない。バッテリ持続時間も、無線LANを使いながらの実利用時で標準バッテリが3時間ほどだったのに対して、中容量バッテリはほぼ5時間動いてくれた。よほどのハードモバイラーでなければ、大容量バッテリの必要性は感じないだろう。 【お詫びと訂正】記事初出時、「11.1V/1.8A/時」「11.1V/3.18A/時」と表記しましたが、「11.1V1.8A・時」「11.1V3.18A・時」の誤りでした。お詫びして訂正させていただきます。 このほか、VGA接続ケーブルが標準で付属する点やACアダプタがコンパクトな点、それに無線/有線のLANが同時に内蔵されていることなどは長所として挙げていいかもしれない。 逆に少々気になったところは、PCカードスロットのカバーがダミーカードであること、液晶パネルが開けにくい(パームレスト部の方が出っ張っているため)こと、MM1を家族に持って行かれると、デスクトップPCでメールが読めなくなること。それにキーボードが期待していたほどではなかった点だ。 キーボードに関しては完全に好みの問題になるが、タッチそのものは悪くない。適度なクリック感があり、ストロークは短めなものの違和感は感じない。コンパックのEvo N200シリーズに似たタッチだ。しかし、キートップの形状が好みではないことに加え、剛性感がもう少し欲しいところ。このあたりは実際に店頭で試してみることを勧める。 プロセッサのCrusoe TM5800/867MHzや256MB固定のメインメモリ(Crusoeの命令キャッシュは16MBを使用)は、さすがに完璧とは言わないが、割り切って使うモバイルツールとして使う分には不満はない。 □シャープのホームページ (2002年10月30日) [Text by 本田雅一]
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