第172回:ノートPC、Baniasで変わること、変わらないこと



BaniasとチップセットのOdem(右上)

 先週、米国で行なわれたIntel Developers Forum Fall 2002(IDF)では、本サイトにも速報が多数寄せられている通り、Baniasとそのプラットフォームについての情報が明らかになった。Baniasの細かなアーキテクチャ(たとえばパイプラインの構成や本数、キャッシュアルゴリズムや分岐予測ユニット、バッファなどの構成)に関しては不明な部分も多い。しかし、チップセットやBaniasと共にプロモーションされる無線LANチップなどの周辺デバイスやソフトウェア、そしてBaniasベースのノートPCを設計するためのデザインガイドなど、Baniasを採用する最終製品としてのノートPCの姿は、おぼろげながらもその姿を現してきた。

 Baniasに関しては「第167回:Baniasが気になるノートPCバイヤーへ」(以下、“前回”と呼ぶ)でも触れたが、IDFでの情報も踏まえてBaniasとそれが実現するPCの姿について再論してみたい。


●Baniasプラットフォームとは

 Baniasがプロセッサ単体ではなく、プラットフォームとしてモビリティを追求したものになることは、前回のコラムでも触れた通り。Intel副社長のアナンド・チャンドラシーカ氏の説明によると、Baniasプラットフォームはプロセッサ単体、+デュアルバンド無線LANチップ、+Bluetoothチップと個人認証ソフトウェア、+アクセスポイントなど周辺デバイスやソフトウェアと、プロセッサを取り囲む製品との組み合わせで提供される。

 ここで重要なのは、すべては“モビリティの追求”を行なうため、Intelがプラットフォーム技術として仕掛けた技術という点だ。チャンドラシーカ氏はモビリティとは別に、ポータビリティという言葉を使ってBaniasと従来の延長線上にあるノートPCの性格を表現した。これは完全なワイヤレス(ワイヤレスネットワークだけでなく、バッテリ駆動でAC電源の呪縛からも逃れる)環境での使い勝手向上を目指すモビリティ指向の製品と、トランスポータブル(場所を移動させながら使う場合)での使い勝手向上を目指すポータビリティ指向の製品を区別していることを意味している。

 そして、モビリティを目指すBaniasプラットフォームでは、ワイヤレスでネットワークを利用する際に必要なセキュリティ機能を向上させるためのインフラ技術も、VeriSignなどとの提携で提供していく。

 Intelは、ポータビリティを追求する製品はモバイルPentium 4-Mでカバー、モビリティを追求する製品はBaniasといった具合に区別しているが、この区別を明確なものとして、評価基準を異なるものにしたいというのが、Intelの本音であろう。Baniasは低いクロック周波数でも高いパフォーマンスが発揮できるように設計されているため、これまでのようにクロック周波数だけを頼りにパフォーマンス中心の評価されると不利という側面もある。

 限られたフォームファクタで最大限のパワーを引き出そうとするアプローチ(Pentium 4)と、限られたエネルギーの枠を効率よくパワーを発揮させようとするアプローチ(Banias)を、全く同じ基準では論じることは難しいということだ。そしてノートPCをモバイル環境で利用してきた一部のPCユーザー以外は、前者のアプローチに慣れすぎてしまった。明日から「これからの価値はクロック周波数だけではない」と話したところで、両者が目指すところを区別して認識してもらうのは難しい。

 Baniasがプロセッサ単体ではなく、チップセットとの組み合わせでもなく、これらに無線LANチップやソフトウェアを組み合わせ、プラットフォーム全体でモビリティの高さをアピールしているのは、そのような理由もあると考えられる。

●Baniasプラットフォームで大きく変わること

 さて、では来年の初めにも登場すると言われるBanias(ただし低電圧版、超低電圧版Baniasは第2四半期。またグラフィック統合チップセットのMontara-GMも第2四半期)で、ノートPCは何が変わるのだろうか?

 ユーザーにとって、最も大きな変化を感じるのはおそらくプロセッサではなく無線LAN機能になるだろう。当初、IEEE 802.11aは高級機にしか採用されないと考えていたが、どうやら無線LANを搭載するBanias機は、ほとんどがIEEE 802.11a/bデュアルバンドになるようだ。しかも、その使い勝手はIEEE 802.11b内蔵機種にIEEE 802.11aのPCカードを挿入した場合とは大きく異なるものになる。

 技術的な詳細はまだ明らかではないが、Baniasプラットフォームで使われるIntel製の無線LANチップCalexicoは、IEEE IEEE 802.11a/bを電波状況に応じて自動的に切り替える機能を持っているようだ。また、Calexicoとのバリデーションが行なわれているデュアルバンドアクセスポイントとの組み合わせでは、動的にIEEE 802.11aとbが切り替わっても、継続して通信を行なうことができるようになるという(通常は個別にDHCPでIPアドレスを取得するため、接続が切り替わるとそれまでの通信を継続できない)。

 IEEE 802.11aは高速な代わりに遮蔽物による影響が大きく、広範囲をサポートすることが難しい。しかしデュアルバンドで自動的に切り替わり、しかもシームレスに通信を継続できるのであれば、品質が確保できる範囲ではIEEE 802.11a、そこからはずれるとIEEE 802.11bで繋がるといった使い勝手が実現できる。

 またCalexicoには、アクセスポイントが見つからない状況では、省電力モードに自動的に切り替えて待機する機能がある。これまではバッテリで無線LAN内蔵ノートPCを使い場合、無線LANが使えない場所では無駄にアクセスポイントを探索し、電力を消費することを防ぐため、ワイヤレススイッチなどで意図的に無線LAN機能をオフにしなければならなかった。しかしCalexicoでは、そうした運用上の工夫をしなくとも、常に無線LAN機能をオンにしたまま運用しても、バッテリに対するインパクトはほとんどない。

 次に大きな違いはパフォーマンスのアップだろう。後藤弘茂氏のTDPロードマップにもあるとおり、Intelは熱設計電力枠をいくつかに分けて、それぞれの枠の範囲内で製品を提供している。ところが、パフォーマンスが急激にアップしてくる中で、熱設計電力枠はどんどん大きくせざるを得なくなっている。たとえば現在、Intelの最も大きなノートPC向け熱設計電力枠は35Wで、これはモバイルPentium II以前の最大値の3.5倍以上にもなる。

 もし、当時の熱設計電力枠(9.5W)を現在のIntel製モバイルプロセッサに適用したとすると、低電圧と超低電圧の中間ぐらいになり、モバイルPentium IIIの900MHz程度のパワーしか提供できない。Intelが冷却技術をプラットフォーム技術として供与し、その代わりに熱設計電力枠をどんどん拡大してきたのは、パフォーマンスアップのためにそれが必要だったからだ。

 これはIntelがこの数年、クロック周波数優先でパフォーマンスアップを図ってきたことも大きく影響している。一方、Baniasでは処理効率優先の設計を行ない、クロック周波数あたりのパフォーマンスを高めることで、熱設計電力枠の増加を最小限に抑えながらも処理性能を上げている。

 Baniasのパワーがどの程度なのかは、今は予想するほかない(実際にはOEMベンダーからの情報はあるが、正式なパフォーマンスの情報はない。予測として掲載されているパフォーマンスの多くは、正しい情報と考えていいだろう)が、モバイルPentium IIIとの比較でも、周波数差以上にハイパフォーマンスになるようだ。もちろん、圧倒的にクロック周波数の高いモバイルPentium 4-Mと比較しても、絶対性能では負けない製品になるだろう。

●Baniasプラットフォームで“大きくは”変わらないこと

 これは前回も述べたことだが、Baniasになったからと言って、今までとは大きく異なるスタイリッシュなノートPCや、バイオUのような従来のカテゴリを超えた製品が生まれてくることはない。Baniasの熱設計電力枠は、通常電圧版が25Wへと拡大される以外は、モバイルPentium III(Tualatin)を踏襲するためである。

 もちろん、冷却技術の進歩などでフォームファクタに変化が訪れる可能性はある。チャンドラシーカ氏はIDFの基調講演で、モバイルPentium 4用よりも小型軽量に仕上がっているBanias用冷却システムのコンポーネントを披露した。しかし、日本製のモバイルPentium IIIを採用する薄型/小型ノートPCの多くは、それぞれに工夫が凝らされており、同じ熱設計電力枠の中で大きな変化が起こることは考えにくい。

 フォームファクタで大きな変化があるとすれば、IntelがPCベンダーに提供しているプラットフォーム技術に頼っているアジア系ベンダーのノートPCだ。しかし、最近は台湾、韓国のベンダーも日本ベンダーに近い製品を作ってきている。いずれにしろ「ドラスティック」な変化は望めないと考えるべきだ(もちろん、裾野が広がることで選択肢の幅が広がるというメリットはあるだろう)。

 したがって、モビリティではなくトランスポータビリティを重視してノートPCを選ぶユーザー……特にモバイルPentium 4-M搭載ノートPCを検討しているユーザーは、Baniasを待つ必要はないと思う(Calexicoに魅力を感じるならば話は別だが、トランスポータビリティしか必要ないならば、デュアルバンドまで待たなくとも後からPCカードなどで追加しても良いという判断もあるだろう)。

 もうひとつはバッテリ持続時間である。誤解をおそれずに言えば、Baniasと対応チップセットに交換しただけでバッテリの持続時間が劇的に伸びることはない。すでにモバイルPentium IIIのレベルでも、省電力化は進んでいるからだ。しかし、以下のようなケースではBaniasの方が消費電力は低くなり、バッテリ持続時間にBaniasが貢献すると予想される。

・定常的な負荷がかかる場合、BaniasはモバイルPentium IIIよりも少ない電力で仕事をこなすことが可能。処理効率優先の設計になっているため

・通常電圧版でも低電圧版でも、あるいは超低電圧版でも、Baniasは同一負荷をほぼ同じ電力でこなす。モバイルPentium IIIは電圧が高いほどの低負荷時の電力の無駄が大きい傾向がある

 平たく言えば、モバイルPentium IIIは負荷をかけはじめると、一気にバッテリが減ってしまうが、Baniasではそのときの減り方が少ないことになる。使い方次第では大きな効果が得られるだろう。

 もっとも、バッテリ持続時間に関してはグラフィックチップや液晶パネル、ハードディスクなどの影響の方が大きい。もちろん、バッテリ容量の進化に依存する部分もある。Intelはプロセッサ以外の部分を含むノートPC全体の低消費電力化を実現するための活動を行なっており、その成果が(全てではないにしろ)出てくれば、それもBaniasプラットフォームの効果の1つになると言えなくもない。

 そうしたプラットフォーム全体の改良も含め、Banias機のバッテリ駆動時間が延びると言うのであれば変化する可能性はある。しかし、それは決して“大きな”変化ではない。

●BaniasはモバイルPentium IIIの後継プロセッサ

 さて、ここまでの中で、モバイルPentium 4-Mとの比較をほとんどしていない事に気付いた読者もいることだろう。時代はすでにPentium 4のハズなのに。というのも、熱設計電力枠においてモバイルPentium IIIを引き継ぐのはBaniasであり、モバイルPentium 4は別セグメントのプロセッサだと考えられるからである。

 前回とは異なる結論になってしまうが、バッテリ駆動を中心としたワイヤレスの使い方をするノートPCを買うならば、Baniasまで待った方がいいだろう。もちろん、今必要なノートPC、昨日壊れたノートPCの代替といった用途で使うならば止めはしない。しかし、年末に向けたモバイルPentium III搭載機の(しかもBanias搭載が第1四半期に決まっているシリーズの)レビュー記事を書けと言われれば断るだろう。自分がバイヤーの立場なら、Banias搭載機まで待つからだ。それを他人に推薦することはできない。

 一方、途中でも述べたようにモバイルPentium 4-Mを搭載するようなタイプのノートPCは、(Calexicoを別にすれば)特にBaniasまで辛抱強く待つ必要はない。またフォームファクタ重視で、Baniasによってより小型な何かが登場するかもしれないと期待しているなら、これも考える必要はない。

 いずれにしろ、Banias登場までの間、ノートPCのバイヤーは大きな悩みを感じる。Baniasで自分にとっての大きな変化があるのか、それともないのか。それが問題だ。


□関連記事
【8月20日】【本田】Baniasが気になるノートPCバイヤーへ
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0820/mobile167.htm
【9月11日】【IDF2002 Fall】これがBaniasプラットフォームだ
~CPUマイクロアーキテクチャ編
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0911/idf03.htm
【9月12日】【IDF2002 Fall】これがBaniasプラットフォームだ
~Banias搭載のThinkPad X31などが公開
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0912/idf04.htm
【9月13日】【海外】徹底してロスをなくすBaniasのアーキテクチャ
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0913/kaigai02.htm

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(2002年9月17日)

[Text by 本田雅一]


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