第170回:その後の水冷PCプロジェクト |
FLORA 270Wサイレントモデル |
水冷PCプロジェクトに当初から関わり続け、別の部署に異動してからも半分以上は水冷システムの仕事ばかりしているという日立製作所事業企画室室長の源馬英明さんと久々に顔を合わせる機会があった。源馬さんと話すのは、今年2月に速報をお伝えした水冷ノートPCの取材以来。てっきり、9月下旬に発売される水冷ノートPC製品版の話かと思いきや、どうやらそうではないらしい。
源馬さんは、水冷システムの話を最初に聞かせてくれた頃から、特許や技術、ノウハウをオープンにしてコストを下げ、従来は考えられなかった分野にも水冷システムを採用させることを目標にしていた。
水冷システムの現在のステータス、そしてこれからについて、いくつかの話題をいただいたので紹介することにしたい。
●PC以外の分野が多い採用検討企業
静かで涼しい、快適なPCのために開発された水冷システムは、ノートPCに組み込まれて出荷される見込みだが、すでに源馬さんのところには、世界中あらゆるメーカーから採用検討の話が舞い込んでいるという。
もちろん、話があったからと言って、すぐに採用が決まり最終製品が出てくるわけでもないが、どちらかといえば積極的な企業が多いそうだ。水冷システムのコンポーネントに関しても、現在、製造している日立電線に加え、台湾の2ベンダーがパートナーとして名乗りを挙げている。そのうちの1社は契約直前で、水冷システムがマルチベンダーになる日は目前だとか。
一方、水冷システムの採用を検討しているベンダーの半分は、実はPCベンダーではないそうだ。AVアンプ、プロジェクタ、プラズマディスプレイパネル(PDP)、コピー機、プリンタなどのベンダーが主。小型化と5(もしくは6)チャンネルアンプ内蔵が求められるAVアンプは当然として、プラズマディスプレイは「なぜ?」と考える人もいることだろう。
PDPの中には高度な映像処理回路を薄型筐体に詰め込むため、熱問題を抱えているものもあり、一部機種は冷却ファンが必要になっているという。PDP以外でも、同じように機能アップ、性能アップのために冷却面で苦労を伴うことがあるようだ。PC用のマイクロプロセッサと同じ悩みがデジタル家電にも付きまとうようになるのかもしれない。
しかし、AV機器に冷却ファンは似合わない。僕が使っているAV機器の中にも冷却ファンを持つものがあるが、場面によっては音が気になることがある。また、使い始めは気にならなくとも、冷却ファンの汚れやベアリング故障などによる騒音が増加する可能性も否定できない。
またレーザープリンタやコピー機などの場合も、やはりコントローラ部の性能アップで発熱は大きくなる傾向にある。特に業務用を考えると、コントローラ部は防塵性を高めたいが、シールドケースに収めてしまうと廃熱が問題となる。ここに水冷システムを持ち込もうというわけだ。電子写真方式の印刷プロセスでは、トナーの定着を行なう部分にはある程度の熱が必要だが、その周りは低温の方が望ましいとのことで、局所的に熱を別の場所に移動できる水冷は、これらの製品にうってつけということらしい。
意外なところでは、パチンコ台への応用を考えているところもあるそうだ。パチンコ台にはLCDが組み込まれ、馬鹿にできない高速プロセッサが内蔵されている。ところがパチンコ台が設置される場所は放熱が行ないにくい上、ROM交換を防ぐためシールドケースに基板などの一式を収めなければならない。ここでも水冷システムが活躍できるというわけだ。
話がどんどんPCから逸れていくが、ノートPCへの応用では、ベンダーの特色によって3つのグループに分かれるとか。1つは高機能な製品を小型化したいベンダーのグループため、もう1つは静かさや涼しさなどの快適性を求めるベンダーのグループ、そして来年75Wクラスにまで増加するデスクトップ向けプロセッサをノートPCに実装したいベンダーのグループである。
●快適性を付加価値としてアピールできるのか?
デスクトップPC用の大消費電力プロセッサをノートPCに搭載したいと考えているベンダーは、主に台湾と米国に本拠地がある会社が多いという。彼らはデスクトップPC用プロセッサをノートPCに搭載するため、合計で3つの冷却ファンを搭載することも考えている。しかし、ダイサイズの縮小と消費電力の増加が進むと熱密度が上がる関係で、冷却システムの規模はどんどん大きくなっていく。いくら割り切ってデスクトップPC用プロセッサを採用したノートPCだからといって、極端に大きな省スペースデスクトップPC並の製品は作れない。
またノートPCの筐体で大がかりな空冷システムを採用すると、騒音の問題も今以上に問題になってくるだろう。そうした問題を解決するためにコストをかけるぐらいなら、コスト次第で水冷システムの採用に向かう方がイージーというわけだ。
薄型、小型化に関しては少数派のようだが、上記パターンと同じぐらいに、快適性を重視した製品開発を目指しているベンダーも多い。日本や欧州のベンダーはこちらのパターンである。
来年のはじめ、モバイル専用プロセッサのBaniasが登場するが、Baniasは企業向けを中心に高付加価値のノートPCに搭載され、家庭向けのフルサイズノートPCはモバイルPentium 4(およびモバイルCeleron)が継続して使われる。当然、速度も上がっていくだろうが、単に速度が上がるだけでなく、新しい付加価値として快適性をどこまでエンドユーザーにアピールし、認知してもらえるかがポイントになるだろう。
以前にも、もう少し快適性に目を向けるべきと書いたことがあったが、僕が水冷システムに期待しているのはノートPC向けとしてだけではない。消費電力などを考えると、水冷システムの軽量なノートPCへの採用はまだ先になりそうだが、普及によってコストダウンが進めば、デスクトップPCへの応用も進むと考えられる。
はじめて水冷システムをこの連載で紹介した時、日立が水冷ノートPCの前に水冷デスクトップPCを試作したことをお伝えしたが、電源を含めてハードディスク以外はほぼ無音にすることができたという。この試作機は日立の海老名事業所の1台と米国に送った1台、計2台のみしかないそうだが、デモ前に電源を投入してあるにもかかわらず「早く電源を入れてみろ」と言われるそうだ。図書館程度の音しかしないという試作静音デスクトップPCは、家庭向けの省スペース機にピッタリ。音楽や映像用のストレージとして、家庭内ネットワーク上のサーバーとしても使えそうだ。
●自作PC向けシステムも不可能ではない
省スペースデスクトップPCの超静音化は、ノートPCを主に使っているユーザーにとっても、PCの応用範囲を広げる上で鍵となるだろう。たとえば、我が家の場合は様々なメディアデータやファイルをサーバーに入れ、サーバー上でWebサーバーやApple Darwin Stream Serverなどを立てて、様々なクライアントから簡単にメディアにアクセスできるように工夫している。
今後はソニーのVAIO Mediaなどのように、なるべく簡単にネットワークを通じてメディアサービスを提供するソフトウェア基盤が、デスクトップ機に組み込まれるようになるだろう。しかし24時間、ずっとサーバーとなるPCを動かしておくとなると、やはり冷却周りが気になる。こんなことから、水冷システムの普及はとても気になるところなのだ。
できることなら、源馬さんにはPC用の水冷システムをコンポーネント化し、PCケースと共に自作派向けに売ることも考えてほしいところだ。源馬さんの話によると、今の高価なアルミケースの価格を考えると1万台オーダーであれば、十分にペイできる価格になるという。個人的に仕事部屋の静音化に悩んでいるため、是非とも製品化して欲しい。今のところ、市場のサイズを掴みかねているようだが、現在の自作PC市場の隆盛を見ていると多少のコスト高を跳ね返す魅力がありそうだ。
いや、ひょっとすると日立の開発した水冷システムが自作PC用ケースに搭載される前に、それを真似た製品が大量に出回ることになるかもしれない。
実は水冷システムに興味を持つベンダーの多くは、そうした海賊版の登場をもっとも危惧しているという。水冷システムは構造が単純なため真似をしやすいが、金属パイプの接合部やフレキシブルチューブの材質、冷媒となるフルードの成分や純度、ポンプの機械的信頼性などなど、様々な部分で特許とノウハウの固まりになっており、下手にまねをすると信頼性が極端に低いものになってしまうからだ。
海賊版が多く出回り、それらが水漏れ事故などを起こしてしまうと、電子部品で構成される製品だけに、PCに甚大な被害をもたらしてしまう。そして、それが水冷システムの評価として定着してしまうと、せっかくの努力が水の泡になってしまう。
そこでPCをはじめとすると電子デバイスの水冷システムを推進するベンダーが集まり、コンソーシアムを作る計画があるという。コンソーシアムメンバーに、水冷システムに関する特許のライセンスを与え、品質をクリアする水冷システムに対してロゴを発行するといた活動を行なうようだ。
その成果は来年春のIDFぐらい(2月)というから、少々気の長い話だが、2003年の春~夏モデルには、日立以外の水冷システムもある程度の数が出てくる見込みだそうだ。
●話変わって
話は急に変わってしまうが、先週、マイクロソフトがWindows XP TabletPC Editionの発表会を行なったが、その後、そのベータ版がハードウェア(SOTECブランドのノートPC/タブレットPCコンバーチブル機)と共に各所へと貸し出された。筆者の手元にもあるのだが、おそらく通常のレビュー記事に関しては、様々なメディアに掲載されるだろう。
この連載ではすでにタブレットPCのインプレッションに関して6月にお伝えしているため、タブレットPCに関する疑問や質問などを受け付け、ある程度まとまった段階で記事にしたいと思う。タブレットPCに興味がある方は、是非ご一報を。
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(2002年9月3日)
[Text by 本田雅一]