後藤貴子の 米国ハイテク事情

「ポストPC=デジタルケーブルSTB」は実現するのか?(下)
~米国のデジタルTVは地上波でも失敗


●米国のDTV計画は地上波でも勢いなし

 「デジタルTV」は失敗だ。

 少なくとも地上波のデジタルTV放送(以下DTV)については、現段階ではそう言ってしまっていいだろう。それは、先行していた米国が失敗したからだ。そして、米国を追って来年から地上波DTVを開始する日本にも、この失敗の影響は重たくのしかかっている。

 米国の地上波DTVがどう失敗しているのかというと、とにかくDTVを見ている人がいない。米国では、放送の監督官庁であるFCC(Federal Communications Commission:米国連邦通信委員会)によって、'98年秋からの地上波DTV放送開始が決められた。ところが、理由をつけてDTVを開始していない地方放送局が未だに多い。人口の半分をカバーする全米2/3の局がデジタル化を遅らせているという報道(「Static blurs HDTV transition」 4/13/2002, San JoseMercury News)もある。

 提供される番組も少ない。例えば日本の日テレ、フジ、テレ朝などに当たる地上波放送4大ネット(ABC, CBS, Fox, NBC)のうちのNBCは、レギュラー番組では最近まで1日1~2個のHDTV番組しか制作していなかった。


●地上波DTVが普及しないとTVが情報家電化しない

 この地上波放送のDTV不発状態は、コンピュータ業界などにとっては望ましいことではない。TVがコンピュータと遠く隔たったものであり続けるからだ。

 例えばディスプレイは、PCモニタがどんどん高精細になるのに比べ、TVモニタのほうはTV放送が変わらないため、カラー化以来30年1日のような状況にあった。しかし、米国で決められたDTVの仕様を満たそうとすると、DTVモニタはインターレースのほか、高解像度でプログレッシブ方式(ノンインターレース方式)もサポートすることになる。細かい文字が読みやすくなり、単にTV放送を見るものではなく、用途が広がりコンピュータ機器との相性もよくなる。

 だが、今のようにDTV放送が泣かず飛ばずでは、TVは変わらないままだ。


●地上波DTVの第一推進者は政府

 米国のDTV失敗の理由は簡単だ。当事者である地上波放送業界にやる気がないからだ。じゃあ、やる気だったのは誰かというと、それは政府だ。放送は米国でも許認可産業だから、政府のDTV推進策に放送業界が仕方なくついていっているという構図なのだ。

 '97年、FCCは「'98年秋に主な都市で地上波DTVを開始し、2006年末までに完全デジタル移行」というスケジュールを発表した。つまり、今からあと4年するとアナログTVが使えなくなるという、今の状況から見ると冗談のように大胆な計画だったわけだ(もっとも、日本もそれを笑えない。日本は2010年に完全デジタル移行という計画だが、これは明らかに米国のDTV計画に慌てて決められたものだからだ)。

 さて、なぜ米政府はこんなにアグレッシブだったのか。

 第1に政治的背景。'93年から2000年まで、米政府の担い手はデジタル立国をうたうクリントン政権だった。FCCは政府・政党からは独立しているが、チェアマンの任命権は政府が持っており、意向は反映される。FCCがDTV計画を発表した'97年はクリントン政権2期目が始まった年であり、政権の意気込みが反映されたと思われる。

 第2に経済的背景。コンピュータ、家電など、放送業界以外の業界がDTVに期待を寄せた。'90年代初め、最初にDTVに色気を見せたのは米家電業界だ。DTV化すればモニタに付加価値をつけて高値誘導できるし、買い換え需要も大きい。アナログTVでは負けた日本の家電業界を巻き返すチャンスにもなる。ついでコンピュータ業界もDTV化をファミリルーム進出のチャンスと見た。上に書いたようにDTVではTVとコンピュータの親和性が高くなるからだ。さらに'97年頃にはインターネットがブームになってバブル期に突入し、デジタル化は何でも支持されていた。

 そして第3に、DTV化すれば米政府は必ず儲かる。DTV化すると、アナログの地上波TV放送に割り当てていた周波数帯がごそっとあく。そこで通信など向けにこの周波数帯を競売すれば、国には膨大な収入が入る。また、この周波数帯を使って新しい産業が発達すれば、米国の経済活性化になる。


●儲からないから力が入らない放送業界

 では、こんなふうに後押しされても、なぜ地上波放送業界にはやる気がないのか。その理由も簡単、放送業界にとっては、DTVは儲からないからだ。DTVはコストがかかる。にも関わらずコストを埋めるだけ収益が増える見込みがない。

 まずコスト。DTV化するには、放送局はスタジオの機材や電波の送信設備などを全部デジタル化しないとならない。しかも、視聴者側が一斉にデジタルTV受像器やセットトップ・デコーダを買うわけではないから、完全デジタル化まではアナログ放送も続け、二重の機材・設備を維持しないとならない。このコストは米国では地理的条件などから日本ほどはかからないと言われているが、それでも負担が大きいことに変わりはない。そのため、先に書いたように、多くの地方局が逃げ腰になった。

 次に、DTVをしたからといって、収入を増やすのも難しい。無料放送である地上波放送の場合、収入を増やすおもな方法は、

 1. 広告の量を増やしたり広告料を高くして、広告収入を増やす

 2. CATVやDBS(直接衛星放送)のように有料TV化する

 3. TV放送広告以外の収益を得る

の3つだが、1と2には、

 1.TV放送が全部HDTVできれいになったらこれまでTVを見なかった人が見るようになるかというと、そうではない。ということは、視聴率が上がらないから広告料アップは難しい。

 2.地上波TVは無料だからこそ、これまで50年間も栄えてきた。有料化したら今の視聴者数は絶対維持できない。

という問題がある。

 そこでその解決策としてMicrosoft、Intelなどのコンピュータ業界が放送業界に提案してみせたのが、多チャンネル化やデータ放送だった。つまり、かつてデジタル化すればこんなふうにTVが変わると消費者に語られた夢は、じつは放送業界をのせたい側の、「こうすれば儲かるからDTVにしましょう」という夢だったのだ。

 多チャンネル案は、同じ帯域をHDTV1チャンネルに割り当てる代わりに、標準画質チャンネルの数を増やすのに使い、広告枠を増やしたり、専門性の高いチャンネルを有料化する案。データ放送は放送と同時に、関連したデータや過去の映像などを見ることができるようにして、直接的広告以外の収入につなげる案だ。

 しかし、これらの案は、そううまくいかないことがすぐにわかった。ユーザである消費者が喜ぶかという点で疑問ということもあるが、それよりまず放送業界とコンピュータ業界は折り合いがかなり悪かったのだ。例えば画面フォーマットひとつにしても、コンピュータ業界は、PCのようにだんだん進化させていけばいいと考えるが、放送業界は一度決めたフォーマットはコロコロ変えたがらない。

 そうこうするうちに、コンピュータ業界は地上波放送よりCATV業界のほうが脈があると見てそちらに重心を移した。さらにCATVも足踏み状態になったあとは、DSL、DBS、無線LAN、ゲーム機など、あらゆる伝送経路やデバイスからファミリルームをねらっているのは衆知のとおりだ。

 そのため、多チャンネル、データ放送などの提案はあまり進展しなかった。DTVがどう儲けるかの解決策は宙に浮いたままだ。


●周りの状況も変化

 それでもまだ、何でもかんでもデジタルにしなければビジネス失格という雰囲気が強かったインターネット・バブルの時代には、さすがの放送業界にも、DTV化しなければエンターテイメントの王座を滑り落ちるという恐怖があったはずだ。

 だが、その状況も変わった。音楽ファイル交換サイトの出現で音楽CD業界が打撃を受けたのを目の当たりにして、TV番組や映画の制作側は、コンテンツのデジタル化に慎重だ。そのためブロードバンドが進んでも、映画やドラマなど、有力な有料動画コンテンツはネットに進出しておらず、おかげで、アナログTVはあいかわらず重要なエンターテイメントであり続けている。ライバルCATVも欲張ったDTV案を引っ込めた。今の放送業界には、性急なDTV化を望む理由がないのだ。

 FCCもまた、変わってきた。これまでどちらかというと放送業者に厳しく、牛に縄をかけて引っ張る感じだったのが、前より引っ張り方が甘くなり、牛(放送業界)が自分で立つのを手伝うというスタンスになってきたようなのだ。4月初めにFCCチェアマンのパウエル氏(この人はパウエル国務長官の息子さんだ)が発表した、「DTVへの移行を早めるための自発的行動の提案」( http://www.fcc.gov/commissioners/powell/mkp_proposal_to_speed_dtv_transition.pdf )に、それが見て取れる。今までより放送業界に“やさしい”提案だったからだ。

 DTV化をゴネる放送業界はこれまでFCCや政府・議会にこう訴えてきた。DTV化しようにも、HDTV対応のモニタが売れなければ放送しても仕方ない。また全米2/3の家庭がCATV経由で地上波チャンネルを見ている現状では、CATVがDTV対応しなければ意味がない。だから、家電業者にデジタルチューナ内蔵TVの販売を義務づけ、CATV業者にアナログ地上波放送のほかにDTVを必ず配信(“must carry”)することを義務づけてほしい、そうしなければ自分たちもDTV推進はできない、と。これに対して、2001年初めまでの前チェアマン下のFCCは、例えばマストキャリー案にはCATV業者の「言論の自由」まで理由に持ち出して反対したと言われる。

 ところが今は違う。

 「提案」は、4大ネットとHBOなどの有力CATVチャンネルに対して、プライムタイムの最低50%で“視聴者がアナログ放送との大きな違いを実感できるような”何らかのDTV番組を2002~2003年シーズンに始めることを促した。またCATV業者には2003年頭までに、プライムタイムの50%以上で付加価値のあるDTVをしている“放送またはデジタルプログラミングサービス”を最低5つ無料で再送信することを提案。家電メーカーや小売店には、新規に販売するTVモニタをサイズに応じて段階的にDTVチューナ内蔵型にし、13~24型の小型TVでも2006年末までに100%DTVチューナ内蔵にすることなどを提案した。

 持って回った言い方なのでわかりにくいが、これは放送業界の言い分を取り入れ、放送・CATV・機器メーカーなどの業界がそれぞれ痛みわけする形を強めたように見える。

 例えば放送に関しては、「2003年末までにDTVをプライムタイム(18~23時)の半分で行なえ」と言っているだけ。これだけを見ると、2006年になっても2010年になってもDTVは1日わずか3時間でいいことになる。また、放送業界の主張のように、CATVは一応、DTVを配信しなければならなくなったし、家電業界もDTVチューナ内蔵製品を売らなければならなくなった。放送業界団体NABがこの提案に賛意を示したのは当然だろう。

 ただし、アメは放送業界に与えただけではない。CATV業界に対しては、必ず地上波DTVを再送信せよとは言っていない。“放送またはデジタルプログラミングサービス”を送信せよと含みのある言い方をして選択の幅を持たせているし、DTVは全チャンネルでなく5つだけでよい。また、家電業界にはDTVチューナ内蔵は段階的でよい、と言っている。

 さらに、アメのあとにはちょっとムチもふるった。5月中旬には、放送局により具体的にハッパをかける通達( http://hraunfoss.fcc.gov/edocs_public/attachmatch/DOC-222561A4.doc )も出している。弱小放送局などにDTV開始の遅れを認める条件を6カ月おきに厳しくしていく、大都市などの4大ネット系列局には条件をほかより厳しくしてDTV化を強く促す、などの内容だ。

 それでも、あくまでDTVを業界の自主努力が基本というスタンスに変わりはない。


●市場の自主性ではたぶんダメ

 では結局、TVというものは変わるのか変わらないのかというと、当面、大きくは変わらないのではないかと思う。

 これまで見てきたとおり、放送業界にはDTVに積極的に取り組む必要性は薄い。となると、DTV化を促進しようとするなら、政府や議会がもう一度強いイニシアチブを取るしかないだろう。例えば、大幅な免税や補助金で放送業者のDTV化コストを軽減するのもひとつの手だ。でも、現在のブッシュ政権は市場の自主性重視の共和党所属だから、そのようなイニシアチブは、あまり現実的ではなさそうだ。

 こう見ると、DTVの普及はまだまだだし、昔言われたTVとコンピュータの融合というのはどうも無謀な案だった、と言わざるを得ないだろう。

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【1月28日】「リビングルームのPC=デジタルケーブルSTB」は実現するのか?(上)
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http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0304/high27.htm

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(2002年6月28日)

[Text by 後藤貴子]


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