●5月17日にヤマダ電機が大須に出店
「今度は、ヤマダ電機にはいい顔をさせない」--名古屋・大須に店を構える販売店のある幹部は、こうつぶやく。
5月17日、ヤマダ電機が名古屋・大須に進出する。店舗名は「テックランド 名古屋栄店」。正確には、通称100メートル道路と呼ばれる若宮大通りを挟んで反対側への進出のため、直接的な競合はないとの見方も一部では出ている。
だが、電気街から徒歩わずか5分の場所への進出。大須電気街関係者は、その影響について、不安の色を隠せない。
そして、東京・秋葉原、大阪・日本橋のパソコンショップ関係者も、初の「3大電気街」へのヤマダ進出の動きを興味深くウォッチしている。
冒頭の販売店幹部は次のように続ける。
「ヤマダ電機が、名古屋地区へ初進出した際には、安さを前面に出したヤマダ電機が、消費者の味方という印象で受け入れられた。それに対して、電気街は価格が高いというイメージが逆に出てしまった。ヤマダのマーケティング戦略にしてやられた思いがある。今回のヤマダの大須エリア進出では、同じ過ちを繰り返さない」
もともと大須電気街は、秋葉原、日本橋に比べて商圏が狭いこと、そこに競合店が数多くひしめくことから、日本一安い電気街とさえ言われている。その大須をもってして、「高い」という印象を与えてしまうだけのヤマダ電機の勢いは、やはり電気街関係者を震撼させるといっていいだろう。
●迎え撃つ大須電気街が対抗キャンペーン
事実、最近のヤマダ電機の動きには目を見張るものがある。全国の主要都市への出店を加速させており、業界関係者の間では、「昨年後半から地域一番店のすぐ近くに出店する例が増加している」といわれるほどの強気の出店を続けている。最近、電気街としての形成がはじまったといわれる茨城県の「つくば電気街」への3月出店に続く、大須電気街エリアへの進出は、その最たるものだといえよう。
大須電気街のパソコンショップなどが加盟する大須AIC会(月城朗会長=グッドウィル社長)は、5月17日~19日までの3日間、AIC会加盟会社が連携した「大須PCファイヤーセール」を実施する。もちろん、ヤマダ進出への対抗措置だ。
Windows XPの深夜カウントダウン販売などで、AIC加盟会社が連携するイベントを開催することはあっても、特定の販売店の出店に対して対抗キャンペーンを打つのは今回が初めてである。
実際に、大須AIC会が会員各社に配布したキャンペーンの企画書には、今回のファイヤーセールの目的のひとつとして「お客様が若宮大通りを南下し、北上させない」ということが唱われている。これは、ヤマダ電機の出店場所である若宮大通りの北側にはお客を行かせない、という意味であることは容易に推察できる。
キャンペーン期間中は、加盟店全店が共通のセールPRハッピを着用し、セールPRのパフォーマンス部隊や2トンアルミ車を使用したセールPRカーを配置、さらに横断幕の設置やチラシの配布を行なう予定で、これだけでも、大須電気街vsヤマダ電機の様相を強く打ち出される格好になるのは十分想像できる。
そして、同じタイミングで無線LAN環境が実現されるホットスポット「大須エアースポット」もスタートする予定で、大須を訪れたユーザーの利便性向上もねらう。
名古屋近郊の読者ならば、ぜひこのタイミングで大須電気街とヤマダ電機を訪れてみるべきだろう。掘り出し物が手に入る公算が極めて高いからだ。
●今や安いのは当然。店舗ごとの個性をウリに
しかし、大須電気街にとって、むしろ重要なのは、ヤマダ電機の出店にあわせた短期決戦よりも、今後の長期決戦に向けた取り組みだといえる。
では、大須電気街は、どんな戦略を考えているのだろうか。
大須AIC会の月城朗会長は、「いまや安いというのは当然で、差別化にはならない」として前提条件としての価格戦略を打ち出す一方で、「大須にはプロフェッショナル集団がいること、そして店員が親切に対応してくれる街であること、超専門店と呼ばれる店が数多くあることを訴えていきたい」と抱負を語る。
実は、最近の月城会長は、「変化」という言葉を口癖のように使う。
「小売業は変化対応業である。いかに市場の変化や時代の流れに対応できるかが鍵である。対応できない企業は倒産していくしか道がない」とさえ言い切る。
そして、大須AIC会の取り組みについても、「いままでのやり方では大須の活性化には力不足。アイデア、提案、知恵の使い方、すべてにおいて発想を変える必要がある。パソコンユーザーやブロードバンドユーザーが大須を訪れ、有意義に感じるエリアに脱皮させたい」と話す。
そのために重要なのが、「個性」だとする。
「大須電気街のそれぞれの店舗が、個性をもって、超専門店という打ち出し方ができれば、大須を訪れるユーザーが増えるはず。場合によっては、大須電気街全体の店員スキルをあげるためにAIC会員各社が共同で店員教育を行なってもいいと考えている」
秋葉原、日本橋に比べると、大須電気街の落ち込みは少ないといわれる。とはいえ、上新電機(J&P)の大須からの撤退、中京マイコンの事業縮小、第2アメ横ビルからの専門店撤退の動きなど、大須を取り巻く環境は厳しい。さらに、岐阜、小牧、半田、岡崎、知立など大須を取り巻く東西南北すべてのエリアにおいて有力郊外店が躍進、大須の商圏がせばまっていることは誰もが認めるところだ。
「例えば、北部地区となる人口15万人の小牧には、エイデン、上新、ヤマダ、コジマ、八千代無線などが進出し、すでにオーバーストアの様相すらある。大須がよほどの特徴を出さない限り、客を呼ぶことができない」(大須の大手専門店幹部)という危機感もある。
電気街の店舗同士がここまで密接に連携をとっているのは、大須だけである。その連携によって、新たな電気街の形で実現できるかどうかが注目される。
●大須電気街は24時間眠らない街に?
ところで、大須電気街は、秋葉原、日本橋の電気街とはやや趣が異なる側面がある。
それは、パソコンという最先端の技術が集まる電気街であると同時に、大須観音、万松寺という2つの寺社の「門前町」であり、若者が注目する「古着の街」でもあるということだ。そして、古くからの大きな商店街もある。
まさに老若男女が集う街なのだ。
その「雑多なエリア」(月城会長)といえる大須の街の発展に大きな影響を及ぼしているのが万松寺である。
1540年に織田信長の父である信秀が菩提寺として建立、現在でも、寺に置かれた織田信長のからくり人形が2時間おきに寺を訪れる人を楽しませる。
万松寺の発展には、大須の街の発展が必要と、'99年には約500台収容可能な駐車場を設置するなど地域振興にも力を注いでいる。そして、今年11月には、約400台が可能な第2駐車場ビルができあがる。
万松寺の伊藤元裕副住職は、「建設中のビルは、11月22日には関係者にお披露目し、23日にはグランドオープンする予定。大須を活性化する一助になれば」と語る。
大須AIC会でも、同ビルのグランドオープンにあわせて、加盟店店頭で、「大須新名所誕生セール」を予定している。これはヤマダ電機出店時とは異なり、共同歩調をあわせたセールといえる。
「いまのところ、テナントにパソコン専門店が入るという情報はない。大須AIC会の方々には安心していただける」と伊藤副住職は笑う。
さらに、万松寺では、来年11月のオープンに向けて、今年3月に着工した新ショッピングビルの動きもある。ここでは、3、4階に中華街を実現する構想が盛り込まれており、大須に新たな名所を作り出す考えだ。
「ビルに入るテナントには、最低でも夜10時まで、できれば深夜0時まで店を開けてほしいとお願いしている。ビルも24時間体制で稼働できるような設計をしている」と伊藤副住職は話す。
万松寺の後押しで、大須電気街は、日本で最初の24時間眠らない電気街になるのかもしれない。
ヤマダ電機の出店、そして万松寺を中心とした新たな大須活性策のなかで、大須電気街は次の一歩を踏みだそうとしている。
□関連記事(2002年5月2日)
[Reported by 大河原 克行]