大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

第13回:「トップシェアは必要条件ではない!」
NECがシェア至上主義から脱却宣言


●市場開拓からリピート客重視へ転換

富田克一執行役員常務
 NECソリューションズの富田克一執行役員常務は、「トップシェアを維持することが、これからのNECのパソコン事業の必要条件ではない」と断言した。

 先頃、NECが発表した今年10月以降のパーソナル事業の新事業方針では、従来の「プロダクト・アウト」の考え方から、「カスタマ・イン」の方針に移行するとともに、買い換え、買い増し需要の増大、つまりリピート率の向上を図ろうという狙いを明確にした。

 プロダクト・アウトの考え方は、いかにプロダクトを出荷するか、というマーケットシェア中心の考え方に基づいている。マーケットシェアを取ること、トップシェアを維持することが事業目標となっていたわけだ。

 だが、カスタマ・インの考え方は、その指標が大きく異なる。いかにカスタマに購入してもらうか、つまり、顧客満足度をいかにあげるか、という考え方が基本にある。富田執行役員常務が、今回の新方針発表の席上、顧客満足度と、リピート率の向上を今後の評価基準にしたいと繰り返し強調していたのも、それが、カスタマ・イン型の事業を推進する上で、欠かすことができない指標になるからだ。

 マーケットシェア至上主義から脱却し、顧客満足度およびリピート率を高めることを目標にするという考え方は、NECのパソコン事業始まって以来の大転換だ。

 もともと、NECのパソコン事業は、'82年のPC-9800シリーズの発売、さらにそれを遡る'76年のマイコンキットTK-80、'79年のPC-8001の投入時点から一貫して、「市場を開拓する役割」を担ってきた。

 市場の黎明期にあったことで、同社のパソコンの出荷台数を拡大するには、いかに初心者ユーザーを取り込むか、というのが至上命題であり、そのため、初心者ユーザーが安心して購入できるパソコンの開発とブランドイメージづくりが重視された。

 だが、現在のように、家庭へのパソコン普及率が50%を突破し、買い換え/買い増し需要が過半数を超えるようになると、初心者獲得を中心とした事業戦略だけでは、厳しくなってきた。事実、コンシューマ市場においては、ソニーにトップシェアの座を譲っている点、NECのリピート率がわずか32%に留まっている点でもそれは明らかだ。

 NECは、2003年度までにこのリピート率を64%と倍増させる考えで、そのためには初心者以外にも受け入れられるパソコンの投入とブランドづくり、それにあわせた事業戦略に転換する必要がある。

 長年の考え方を変えられることができるかが、NECのパソコン事業の成否を占うといっていもいいだろう。

●ウェブ直販は10%以上に拡大

 今回の方針説明は日刊紙やウェブ媒体、そしてパソコン雑誌などでも、その詳細が報道されたが、まったく報道されていない点が2点ある。

 ひとつは、ウェブ直販事業の拡大を打ち出したことだ。会見中には、明確には触れられなかったが、NECパーソナルシステム(10月からNECカスタマックスに社名変更)の片岡洋一社長は、「ウェブ直販は今後、拡大する方向にある」ことに言及した。

 現在、ウェブ直販サイトである121ware内の「121@store」では、ウェブ専用モデルを含めて同社製パソコンの販売を行なっているが、全出荷量に占める比率は、わずか1%未満。当初の計画よりも大幅に立ち遅れているのが実状だ。

 だが、今回、NECが強力にリピートユーザーの獲得を打ち出したことで、121@storeは、戦略的な役割を果たすことになる。

 もともと121@storeの開設コンセプトは、「初心者ユーザーではない、上級者などを対象とした販売サイト」というもの。説明が必要な初心者ユーザーは、パソコンショップに出向くが、買い換え/買い増しユーザーのなかでも、とくに使い込んでいるユーザーは、説明を必要としない直販サイトで購入するだろうという棲み分けを考えていた。

 だが、今回、NECがリピートユーザーを重視する事業戦略を打ち出したことで、このサイトを通じた販売比率が高まってくるのは明白である。NECでは、明確な数値目標は明らかにしていないが、片岡社長は、「現在の10倍規模には拡大したい」と言及した。現在の出荷比率が1%とすれば、やはり全出荷量に占める割合は、2桁台がひとつの目標だということになりそうだ。サイト開設当初は、「いっても5%程度」としていたのに比べると、ネット直販を重視し始めているのがわかる。

 また、今回の一連の施策では、500万件の顧客データベースを活用したマーケティングを開始することを明らかにした。そのなかでも、電子メールアドレスや購買履歴などを獲得している50万件については、直接メールでのアプローチを行なうことから、これらユーザーを121@storeでの直接購入へと誘導することも可能になる。

 NECが掲げるデータベースマーケティングの活用は、そのまま121@storeによるネット直販の拡大にもつながるというわけだ。

 個人的には、パワーユーザーを狙った、極端に安いサイト専用の戦略製品の投入を期待したいところだ。リピート率の上昇には、そんな仕掛けも必要だろう。

●ショップとの関係にも大きな変化

 そして、もうひとつは、10月から予定されているパソコンショップ向けの販売制度の変更についてだ。

 報道関係者向けに配布された資料には、一部図表のなかに、「新販売制度の導入」と一言だけ書かれていたに過ぎないが、販売店などの声をまとめると、かなり大幅な仕切率の改訂などが含まれているということだ。

 現時点では、憶測に過ぎないが、新販売制度では販売店の利益圧縮も考えられ、それがうまく実売価格の低下に結びつけば、戦略的な価格の製品が登場することも考えられる。

 一方、商談方法も大きく変更し、これにより不良在庫を発生させない仕組みをつくるというのも、新販売制度の骨子のひとつ。

 片岡社長によると、これまでは、ひとつの商品ごとの一括商談だったものを、さらにひとつの商品を3つの期間に分類して商談を行なうという。

 「まずは、初期の立ち上がり時期。これは発売を前にした事前の商談となることから、どうしても見込み生産を中心とした商談になる。ここでは、それほど大きな数を入れずに、むしろ多くの店に並べるという点が重要。そして、2つめは商戦期における商談。ここでいかに勝負をするか、シェアを取りにいくか。最も重要な時期である。そして、最後に次期製品へのモデルチェンジを前にしたエンディングの商談。ここでは、どれだけ商品在庫を少なくできるかがカギになる」

 商品寿命を3つの期間にわけ、その期間ごとに異なる戦略をとろうというわけである。

 とくに片岡社長が強調するのは、エンディングの商談で、「いかに在庫を少なくするかに力を注ぐ。いや、むしろ、物がないという状況の方が望ましいとさえ思っている」とまで言及する。

 いくら商品寿命が終わりに近いとはいえ、商品が品薄あるいは欠品を起こすのは、メーカーにとっては致命傷。そのまま販売機会の損失につながるからだ。

 この考え方を販売店に説明したところ、片岡社長は次のように言われたという。

 「それでは、NECのシェアが落ちますよ」。

 それに対して、片岡社長は、「それでも構いません」と答えたという。

 「在庫を余らせて、処分価格でたたき売って、それでシェアをあげることに何の意味があるのか。商戦期の勝負どころで、きちっとシェアをとっていくことの方が重要である」と言い切る。

 トップシェア維持を至上命題としていた以前のNECでは、とても決断できなかった施策といえるだろう。

 NECがシェア至上主義を捨てたことによって、同社の製品戦略は明確に変わってくるだろう。

 トップシェアに求められていた「全方位戦略」による開発、販売リソースの分散ということも避けられそうだ。

 そして、ネット直販を絡ませたダイナミックな販売手法の採用も期待される。

 問題は、この方針がNECのパーソナル事業の末端の社員にまで浸透するかである。もちろん、販売店からの反発も強いだろう。そして、長年染みついたトップシェア追求型の考え方を払拭するのは容易なことではないはずだ。

 今回の方針転換の成功の行方は、NECのパソコン事業の考え方の根幹を変える大規模なものであるということに、同事業に携わる全社員が早く気がつくかどうかだといえよう。


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【8月28日】NEC、PC事業の新体制を発表「リピート購入してもらえる体制に」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20010828/nec.htm
【7月16日】【大河原】シェア2位に甘んじるNECに、起死回生策はあるか?
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20010716/gyokai09.htm

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(2001年9月4日)

[Reported by 大河原 克行]


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