大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

シャープが「MURAMASA」で挑戦する、新たなモバイルノート戦略

“Mebius MURAMASA”
PC-MV1-C1W/C1H
 シャープが、超薄型パソコン「Mebius MURAMASA(ムラマサ)」の新製品を発売した。

 従来の製品に比べて、最薄部24.4mmを実現しながら、DVD-ROM&CD-R/RWドライブと無線LAN機能を内蔵、薄型ノートパソコンの領域に、新たにハイパフォーマンスという味付けを加えている。

 だが、今回の新製品では、単なる機能強化だけに留まらず、シャープのパソコン事業の新たな取り組みが成果となって表れている。それは何か。そして、MURAMASAで、シャープのパソコン事業はどう変わるのか。


●初代MURAMASAで取り組んだ2つのチャレンジ

 MURAMASAの第1号機が発売されたのは、2001年6月。超薄型のノートパソコンの登場に多くの人が度肝を抜かれた。

 シャープは、この時点で、パソコン事業において、2つの大きな変化に取り組んでいる。

 ひとつは、パソコン事業のターゲットを、同社の特徴が発揮できるノートパソコン、しかも、モバイルノートパソコンの領域に絞り込むことを明確に示した点だ。

 それまではデスクトップパソコンの分野にも進出し、幅広い展開を行なっていたシャープだが、同社が得意とする液晶技術を最も生かせるのがノートパソコン分野だと判断。その上で、製品ターゲットを絞り込んだのである。

 事実、MURAMASAがあの超薄型の筐体を実現できたのも、シャープの液晶技術を利用したキャビネット一体型薄型表示ユニットの存在がある。この技術があってこそ、初めてあの薄さが実現できるのだ。

 そして、もうひとつは、垂直統合型のビジネスモデルへの転換である。

 現在、パソコンメーカーの多くは水平分業型の事業モデルへと転換している。コアコンピタンスに対する経営資源の集中とともに、水平分業型のビジネスモデルによって、開発、生産、マーケティング、サポートなどのそれぞれの領域を得意とする企業と提携、スピード経営の実現、不要な資産の削減、生産/開発コストの削減などを実現しようとしているのだ。

 その最たる成功例がデルコンピュータである。その水平分業の徹底ぶりから、ライバルメーカーの間では、「デルはパソコンメーカーではなく、世界最大のCTOベンダーだ」との陰口をたたかれることもあるが、パソコン市況が全世界的に低迷しているなかで、収益をあげ、唯一シェアを伸ばしているメーカーであるという点を考えても、このビジネスモデルが、パソコンメーカーにとって、成功の方程式となっているのは間違いない。

 NEC、富士通、東芝などがデルのビジネスモデルを踏襲しようと試行錯誤を繰り返しているのを見てもそれは明らかだ。

 だが、シャープは、これと全く反する垂直統合型のビジネスモデルを採用した。

 開発、設計、製造、量産、サポート、保守までをすべて自社の体制で行なうという仕組みだ。

 振り返れば、シャープは、いち早く海外生産に乗り出した経緯があり、台湾などのベンダーとも強いパイプがある。しかし、MURAMASAでは、あえて自社内だけでの事業完結を目指した。

 その理由について、シャープの情報システム事業本部パソコン事業部・川森基次事業部長は、「他社と同じことをやっているだけでいいのかという疑問があった」と話す。

 「デルをはじめとする競合他社が先行するなかで、それを追求したとしてもこれらのメーカーに勝てるのか。むしろ、当社の強みが生かせる垂直統合型の事業スタイルを採用することで、他社との差別化を図る方が得策だと考えた」と続ける。

 川森事業部長が「垂直統合型の仕組みが、シャープの強みを発揮できる」と指摘する背景には、ノートパソコンにターゲットを絞ったのと同様に、自社に液晶技術があるという点が見逃せない。

 自社内にノートパソコンの製品化に重要な意味を持つ液晶技術があることが、垂直統合型のビジネスモデルに踏み切った背景といえるのだ。

 そして、「垂直統合の仕組みがすべて悪いわけではない。その良さを発揮できれば十分太刀打ちできる」という発想も根底にあったようだ。


●成果は、2代目MURAMASAで生かされる

 この垂直垂直統合型の仕組みは、新製品の2代目MURAMASAで、早くも成果となって表れている。

 川森事業部長は、次のように指摘する。

 「サービス、保守の面を自社で対応することで、ユーザーの要望やクレームが直接技術者や設計者の元に届くようになった。それをもとに分析し、新製品に反映できるものはなるべく反映した」

 新製品で追求したハイパフォーマンス路線は、こうした要望を元に実現されたものだといえる。

 また、細かい点への配慮にも、これらの声が反映されている。

 例えば、コネクタ部分のゴムラバーは、初代MURAMASAでは完全に取り外せるように設計されていたが、新製品では、ゴムラバーは完全には取り外せず、本体にくっついた形になっている。これも、ユーザーからゴムラバーの注文が不思議に多いというデータをパソコン事業部が直接肌で感じた結果、紛失しているユーザーが多いことに気がつき、新製品での改良点として採用したものである。

 一方、新MURAMASAでは、上位モデルでIEEE 802.11b準拠の無線LAN機能を標準搭載したが、無線LANを搭載していないスタンダードモデルとの価格差は、実売価格で1万円程度と見られ、実際には無線LANモデルを積極的に販売していく方針であることがわかる。

 同社の試算によると、ホットスポットと呼ばれる高速無線LANの接続が可能な場所は、現在の約150箇所から、今年夏には700~800箇所に、そして年末には最低でも4,000箇所、場合によっては1万箇所に増える可能性すら指摘している。

 モバイルノートパソコンとしての本格利用には、無線LAN機能が必要不可欠と判断、その薄型の筐体に搭載することを今回の製品化の重要なポイントとしたようだ。これはユーザーの要望を反映したというよりも、むしろ、シャープのモバイルノートパソコン事業の戦略的な視点からの機能搭載だったといえるだろう。


●市場低迷のなかで、前年実績を上回る

 シャープが初代MURAMASAで取り組んだ成果は、数値にも出ている。

 デスクトップパソコンから撤退し、モバイルノートパソコンのカテゴリーにターゲットを当たるという事業縮小型の選択をしながら、3月末締めの2001年度のパソコン事業の実績は、前年比3%増の出荷台数となった模様だ。

 事業ターゲットを絞り込み、さらにパソコン市場全体が前年比2桁減というマイナス成長を余儀なくされながら、3%の成長を遂げたという実績は、まさに、評価されて然るべき実績だといえるだろう。

 「反省点」というには、厳しい過ぎる言い方かもしれないが、あえて、初代MURAMASAの反省点としてあげるならば、それは、超薄型という初めてのカテゴリー製品だったことで、顧客層がかなり偏っていたという点だろう。

 シャープによると、初代MURAMASAの購入者層で最も多いプロフィールは、「30~40歳代のユーザーが、3台目のパソコンとして購入していく例」だという。つまり、パソコンパワーユーザー層が購入の中心だったというわけだ。

 2代目MURAMASAでは、これをハイパフォーマンス寄りにすることで使い勝手を向上、「せめて、2台目パソコンとして選択してもらえるようにしたい」(川森事業部長)と笑う。

 そして、今回の新製品に続き、今後は「群展開」という形でラインアップを増やしていく考えだ。

 今回の新製品に関しても、製品の位置づけは「後継機」ではく、「ラインアップの拡充」である。

 初代MURAMASAを超薄型のスタンダードモデルと位置づけ、2代目モデルをそのハイパフォーマンスモデルとして位置づける。

 さらに、今年秋以降の製品で、さらなる群展開をすすめていく考えだ。

 「パソコンの普及率が50%を突破、さらに家庭内における2台目、3台目需要もますます顕在化していくだろう。そうした需要にあわせた物づくり」が今後の課題だという。


●300万台市場で、20%のシェア獲得を目指す

 川森事業部長には2つの持論がある。

 ひとつは、モバイルノートパソコンに対する「フィット感」は、個人によって大きな差があるという点だ。

 デスクトップパソコンでは、個人が求める満足度やフィット感にはひとつの流れがあるが、モバイルノートパソコンは、それがあまりにも幅広いという。

 例えば、バッテリー駆動時間を優先するユーザー、高機能性を優先するユーザー、重量やサイズなどの可搬性を優先するユーザー、そして液晶のサイズを優先するユーザー--というようにである。これらのユーザーの要望は、ひとつの方向性ではかなえられないものだ。製品化の上では相反する要素があまりにも多いからである。

 そのため、モバイルノートパソコンは、デスクトップパソコン以上に「群展開」が必要だと見ているのだ。

 2つめには、どんな製品でも、100万台単位で新たな製品カテゴリーが存在するという持論だ。

 家電でもAV製品でも、年間出荷が200万台を超えた段階で、標準型の製品に加えて、大型化あるいは小型化などの新たな製品が存在するということを、過去のデータや感覚で自然に認識しているのだという。

 現在、モバイルノートパソコンは、120万台程度の市場規模。これが2004年には300万台程度になると試算している。初代および2代目のMURAMASAは、モバイルノートパソコンの標準パソコンと位置づけられているが、300万台の市場規模に成長した段階で、画面サイズが異なるものなど標準モデルとは違ったモバイルノートパソコンが、新たなカテゴリーとして存在しているはずだと予測する。

 今年秋以降に登場する次期MURAMASAは、どうも、そのあたりを狙った製品になりそうだ。

 300万台の市場規模の時には、モバイルノートパソコン市場で、初代MURAMASAで培った現在8%のシェアを、20%にまで引き上げる計画だ。

 いよいよ、モバイルノートパソコンにおける市場拡大と、トップシェア獲得のための「群展開」によるシャープの本格的な挑戦が始まったといえそうだ。

□関連記事
【2001年12月17日】シャープ、コンボドライブを内蔵した「MURAMASA」新モデルなど
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0313/sharp.htm
【2001年5月17日】シャープ、厚さ16.6mmの薄型B5ノートPCとCrusoe搭載B5サブノートPC
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20010517/sharp1.htm

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(2002年4月1日)

[Reported by 大河原 克行]


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