元麻布春男の週刊PCホットライン

IDF Spring 2002開幕インプレッション
~Enterprise指向、9.11、そして水冷PC


●Enterprise指向が強いIDF

基調講演終了後、Q&Aを行なうBarrett CEO

 2月25日から2月28日までの4日間、San FranciscoのMoscone Convention Centerで2002年春のIDFが始まった。今回のIDFで顕著な特徴として挙げられるのは、Enterprise指向が強いこと。それを象徴しているのが、基調講演に取り上げられるテーマの「並び」だ。

 初日の冒頭を飾るのがCraig Barrett CEOであるのは当然としても、それに次いで登壇したのがEnterprise Platforms Group担当の副社長であるMichael J. Fister氏、そしてIntel Architecture Groupであっても担当がソフトウェアであるRichard Wirt氏が続く、という順番なのである。

 Communication Dayと銘打った2日目の基調講演はIntel Communications Group担当の副社長であるSean Maloney氏とNetwork Processing GroupのThomas Franz氏で、いわばIntelの顔とでも言うべきPentium 4を擁するIntel Architecture Groupの基調講演は3日目のClient Dayを待たねばならないのである(最終日はIntel Labs DayでPat Gelsinger CTOが基調講演をつとめる)。

 もちろん、Intel Architecture Groupの基調講演を3日目まで持ち越したことの理由としては、初日だけ聞いて帰る参加者を減らすため、といったうがった見方もできる。が、今回の場合、展示会での展示、テクニカルセッションの数など、その他の状況をひっくるめて、やはりEnterprise系重視の姿勢が伺えたように思う。

 展示会場のIntelブースで目立つのは、Xeonプロセッサや同プロセッサ用に新しく提供されるE7500チップセット、E7500チップセットを用いたサーバボードだった。Fister氏の基調講演はXeonプロセッサと第2世代のIA-64プロセッサであるMcKinleyの優秀性を強くアピールするものだったが、IA-64についてはさらにその次の世代(0.13μm世代)のMadisonとDeerfieldの概要、そのまた次の世代(0.09μm世代)のMontecitoに至る長期ロードマップを提示するほど力が入っていた。この原稿を書いているのは、2日目が終わったところで、Client Dayの内容を見届けたわけではないが、これまでのIDFの中でも、もっともEnterprise寄りのものであることは間違いないだろう。


●9.11以降のIT産業を担うのはIntel?

 さて、IDFの開幕を告げるBarrett CEOの基調講演だが、その要旨はおおむね次のようなものだ。現在、IT業界は未曾有の不況にあるが、好況と不況が繰り返すのは、ある種この業界の定めである。現在の苦境から脱却する道は、新しい技術を用いた新しい製品の投入しかない。幸い、IT業界には新たな成長を導く技術的な発展の余地がまだ大いにある。これまで発展の指標となってきたムーアの法則についても、少なくともあと15年は継続できる見込みだ。技術こそが世界を変え、経済の成長をもたらす。技術をすべての人に、いつでも、世界中のどこにでも届けようではないか。ざっといえば、こんな感じであった。

 もちろんこれは正論ではある。が、筆者が物足りなく感じたのは、昨年8月に開かれたIDFの時と、メッセージとしての本質が何も変わっていないことだ(前回も、この苦境を乗り切るために、今、先行投資とそれによる技術革新が必要である、と説いた)。確かに、これが正論であり、ある種の黄金律である以上、変えろといっても無理な話かもしれない。だが、本当に昨年の8月と同じでよかったのだろうか。昨年の8月と今回のIDFの大きな違いは、「9.11」の同時自爆テロによる悲劇の前か後か、ということである。

 筆者がまだ小学生だった30数年前、世界で最も貧しい国として習った国の多くは、30年以上たった今も、最も貧しい国のままだ。生きるか死ぬかのギリギリで生活しているこうした国の生活水準がほとんど変わらないのに対し、先進国(もちろん日本も含まれる)の経済は、IT技術も含め大幅な進歩を遂げた。

 30年あまりの時間は、最も貧しい国の生活を底上げすることなく、先進国との格差をむしろ増大させてきた。だからこそ、先のテロではアメリカの富の象徴(世界貿易センタービル)と、力の象徴(ペンタゴン)が同時に標的となったのではなかったのか。世界には、技術や情報と無縁で、アメリカの富や権力を怨嗟の思いで見ている人々が大勢いることをこのテロは示している。

 9.11以降の世界では、アメリカはこの事実に対して、少なくとも無知ではいられない、と考えるし、強大な富と力を持っているという事実に対し、謙虚でなければならないと思う。

 だからといって筆者は、Intelという1私企業に、パレスチナ問題や、南北格差の解消といったことを期待しているわけではない。それは、政治が担うべき課題であり、Intelの課題では決してない。それでも、IntelがIT産業のリーダーであり、米国を代表する企業の1つである以上、米国の置かれている立場について、もっと意識的であるべきだと思う。

 技術を世界中のすべての人に、いつでも、どこでも、というスローガンは、ある種の理想の実現を目指したものであることは認めるが、9.11以降の世界にとって、あまりに無邪気に過ぎる気がするのだ(同じことは、MicrosoftのInformation at your fingertipsにもいえるし、むしろこちらが「元祖」ではある)。筆者は、IntelのCEOには、こうした社会情勢の変化も踏まえたスピーチを期待してしまうし、少なくともビジョンの変化を感じたかったのである。


●本気で水冷PCに取り組む日立

 と、これで終わってしまっては何なので、もう1つ展示会から話題をひろってみよう。それは日立が展示した水冷(デモ機は本当に水だったが、実際には不凍液を使うことになるだろうというから液冷というべきか?)のノートPCだ。

 CPUの水冷化自体については、それほど新しい話ではないし、実際、秋葉原等でデスクトップPC向けにCPUの冷却を水冷化する「キット」が売られている。しかし、日立のような「大企業」が水冷の製品化に踏み切るとは思ってもいなかった。

 筆者が何より評価したいのは、日立が独自にこの方式の実用化に踏み切った、ということだ。つまり、IntelのEnablingを待たず、低騒音を実現するための方式として、自ら水冷を選んだのである。

 以前筆者は、省スペースの筐体にTDPの大きいPentium 4を実装したIntelのコンセプトPCを見て、どうしてこれを(省スペースPCの先進国であり一大マーケットである)日本のPCベンダが世界に先駆けて製品化できなかったのだろう、と嘆いたことがある。こうしたパッケージングの部分での差別化ができず、IntelによるEnablingを待っているだけでは、PCベンダは完全に流通業になってしまう。もちろん、それでDellに勝てるというのなら、それはそれで良いのだが、大半の日本企業はそうではあるまい。

 筆者は日立がIntelのEnablingとは別に、この方式を採用したことを高く評価する。水冷というと、どうしてもキワモノ的なイメージがつきまとうが、どうやら日立は本気のようだ。ぜひ成功して欲しいと思う。

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http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0226/mobile142.htm

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(2002年2月27日)

[Text by 元麻布春男]


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