第140回:ようやく登場したXScaleでPDAが変わる?



XScaleの「PXA250」プロセッサ
 すでに本サイトの記事で紹介されているように、いよいよXScaleコアを内蔵したPDAおよび携帯電話向けのシステムチップが発売された。XScaleはインテルが旧DECから取得したStrongARM技術に基づく第2世代のプロセッサコアで、以前は「SA-2」と呼ばれていたもの。一昨年の夏に最初のデモンストレーションが行なわれ、昨年からハイエンドのネットワークプロセッサ向けに組み込まれてきた。

 XScaleは先代の「SA-1」(第1世代StrongARM)と比較し、最新のARM命令セットに対応しているほか、マルチメディア処理専用の命令セットも利用可能。高機能が求められている携帯情報機器向けへの応用が待たれていた。



●PCよりも高性能化による効果が大きい携帯型情報デバイス

 ここ数年、読者からのメールで多くいただくのが「プロセッサのクロック周波数や性能はどちらでもいいから、別のところにフォーカスを当ててほしい」という意見だ。PCという枠の中で考えた場合、ここ数年、OSのアップデートやアプリケーションの高機能化などにより、プロセッサに求められる性能は向上してはいるが、新しいキラーアプリケーションとなるような分野は切り開かれていない。

 だが、いまだにPC向けプロセッサの性能に対する要求が下がっているわけではないものの、ソフトウェアの進化が停滞しているため、高速プロセッサから受けるインパクトが今ひとつになっているのが現状だ。もちろん、まだまだプロセッサ速度が不足している分野はあるが、実感としてそれらの必要性を感じないのは、新世代のソフトウェアや応用分野が育っていないためだろう。

 これに対して携帯型情報デバイスはPCほどのプロセッシングパワーや大量のメモリを持っていないため、すでにPCでは当たり前になっているアプリケーションも満足に実装できなかったり、機能面での制限を受けてしまう。

 たとえば現行PDAではSA-1コアを内蔵する「SA-1110」を搭載したPocketPCが最速クラスとなるが、現在の複雑で画像データが豊富に配置されたWebページを表示するには、少しばかりパワーが足りない。WordやExcel、PowerPointなどのデータを変換せずに扱おうとする場合や、高めのビットレートでエンコードされたMPEG-4ファイル、3Dオブジェクトの表示なども同様にパワー不足は否めない。

 さらに小型デバイスに将来、自然言語技術を応用したユーザーインターフェイスを実装しようと思うなら、さらにパワーが必要になるのは明白だ。翻れば(省電力を保ったままで)パワーが向上すれば、小型デバイスの応用範囲はさらに広がる可能性がある。

 XScaleはARMアーキテクチャを採用するプロセッサの中でも、特にパフォーマンスを重視した設計になっており、最高1GHzまでのクロックをサポートしつつ低消費電力動作を実現している。1GHz時の速度は1,200MIPSで消費電力は1.6Wだが、ネットワークプロセッサ向けに応用されている。

 これだけの高性能を実現する一方で、133MHz程度のクロック周波数では電圧を下げることで消費電力を削減することが可能であり、MIPSあたりの消費電力はSA-1よりも数倍~10倍程度優れている(クロック周波数によって異なる)。こうした性能面のスケーラビリティが高さがXScaleの最大の特徴だ。

●PDAの可能性が広がる

 今回発表されたPXA250とPXA210は、前者がPDA、後者が携帯電話に向けてカスタマイズされたものだが、クロック周波数とPCカードインターフェイスの有無やメモリインターフェイスのデータ幅などの違いがあるものの、いずれもUSBインターフェイスや液晶ディスプレイコントローラなど、ほとんどのシステムをオンチップに統合している。

 PDA向けのPXA250では、最高で400MHzの動作をサポート。このときの消費電力は動作電圧1.3Vで563mWだ。動作中にコア電圧とクロック周波数をソフトウェアで簡単に切り替える(しかも切り替えは1クロックしかかからない)ことが可能なため、ファームウェアやOS、アプリケーションの対応次第で消費電力はさらに押さえ込むことができる。さらにアイドリング時は100mW、スリープモード時は50mAしか電流が流れない(SA-1110の消費電力は206MHzで800mWだった)。SA-1110と同じパワーで良いならば、消費電力256mWで動作する。

 XScaleが採用している命令セットは「ARM v.5TE」で、さらに「インテルメディアプロセッシングテクノロジ」と呼ばれるSIMD命令を追加することでマルチメディアパフォーマンスを引き上げている。

IPPを採用したアプリケーションなら、将来リリースされるプロセッサにも対応できる
 新しい命令は、インテルのインテグレーテッド・パフォーマンス・プリミティブ(IPP)という高速のマルチメディア処理ライブラリを利用しているアプリケーションならば、再コンパイルで対応可能になる。IPPは一昨年の夏にインテルが発表していたライブラリで、SA-1110向けアプリケーションを開発するベンダーに対して利用を強く働きかけていた。たとえばBeatnikのマルチメディアプレーヤ「PacketVideo」のMPEG4プレーヤなどがIPPを利用している。

ASUS製PocketPC
 SA-1110では重かった処理も、PXA250では余裕で処理可能になるだろう。発表会ではPXA250を搭載したASUS製のPocketPCがデモンストレーションされ、3Dグラフィックを用いたゲームがスムースに動作していたが、可能性はそれだけにとどまらない。

 マルチメディア処理で高速になり、よりリッチなメディアや3Dグラフィックを扱えるようになるのは当然だが、もっと実用的なアプリケーションの快適性も大きく向上するだろう。

 たとえば英国に本社があるPicsel Technologiesは、あらゆるドキュメントを小さい画面でも高品質に表示する「ePAGE」というソフトウェア製品をXScale用に最適化しているという。ePAGEはHTML、cHTML、Word、PowerPoint、PostScript、PDF、Flash、Adobe eBook、JPEG、GIF、TIFFといったドキュメント、画像フォーマットを表示、JavaScriptの実行も行なえる万能型のビューアソフトだ。ほかにRealPlayer、Windows Media、QuickTime、MPEG-2/4、MP3といたマルチメディアフォーマットの再生にも対応する。

 インターネットで流通する様々なフォーマットを閲覧できるため、すべてのデータをePAGEに引き渡すだけで内容を簡単に確認できるシンプルなユーザーインターフェイスを構築できる。もうPDA用にデータをカスタマイズする必要はないわけだ(もちろん、巨大なファイルを扱うためには、それなりのメモリが必要になるようだが)。

 表示品質も非常に優れており、拡大/縮小を行なうことでページ全体をアンチエイリアス処理を施しながら表示したり、拡大して高精細な表示を行なうことが可能。表示品質を落として処理を間引き、速度を確保していた従来のビューアとは志向が異なる。

 このほか、ソフトウェア次第で実現できそうな様々な機能(たとえばソニーが昨年11月のCOMDEX/Fallでデモした新ユーザーインターフェイス「FEEL」など)が、プロセッサの高性能化によって実現されていくだろう。ARMコアは多くのプロセッサベンダーにライセンスされ、性能面だけでなく様々なスペックや価格で競争があるため、PXA-250搭載機以外にも最新のARMコアを採用することで機能アップする製品は数多く登場すると考えられる。

●本領発揮には時間がかかる?

 インテルによるとPXA-250を採用したPDAは、今年の中頃には最初の製品が登場するという。すでにASUS製のPDAが展示されているが、まだPocketPC 2002デバイスを発表していない富士通もPXA-250搭載のPocketPC 2002機を計画していると伝えられている。SA-1110を採用するE-2000の出荷が遅れたカシオや、同じく出荷が遅れてしまったNEC PocketGearなどは、時期的に厳しくなったが、夏のボーナス商戦はまだSA-1110搭載機が中心になるだろう。

 一方のPalm OS系デバイスは夏ぐらいにARM搭載機の第1号が登場しそうだが、Palm Computingの製品にはTIのARMベースプロセッサが搭載される見込みだ。PalmはARMのライセンシーではなかったモトローラに要請し、ARMコアを採用したDragonballを開発させた経緯があるが第1弾の製品はTIからの調達となる。PocketPCの場合は、PXA-250が統合しているインターフェイス類の関係からインテルを採用するベンダーが多そうだが、Palm OS系デバイスはPalm Computing以外のベンダーがどのARMプロセッサを採用するのか、今ひとつ読み切れない。

 ただ、1つ言えるのは、新世代のARMプロセッサを搭載したPDAが本領を発揮するには、多少の時間が必要だろうということだ。これはハードウェアの問題ではなく、高速化に見合うアプリケーションや用途の開発に時間がかかると思われるからだ。特にOSをマイクロソフトに依存しているベンダーは、PocketPC 2002デバイスとしては発売するかもしれないが、深いレベルでの対応が遅れるかもしれない。

 一方、トータルで1年以上遅れてしまったARMへの移行を待ちかまえていたPalm OS系デバイスのベンダーは、開発を続けてきたアプリケーションを、一気に花開かせる可能性もある。特にPalmをAV機器やPCと連動させ、ユニバーサルなビューアやリモコンなどに仕立てようとしていたソニーは、PDA市場への参入当初からARMへの移行を見据えて製品開発を計画していたフシがあり、待望のARMコアの高速性を生かした製品を当初から投入してくると思われる。

□関連記事
【2月12日】インテル、モバイル向けプロセッサ「XScale」を日本で先行発表
~ASUSのPDA試作機も展示
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0212/intel.htm
【2001年10月5日】マイクロソフト、Pocket PC 2002 日本語版を発表
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20011005/ms.htm


バックナンバー

(2002年2月12日)

[Text by 本田雅一]


【PC Watchホームページ】


PC Watch編集部 pc-watch-info@impress.co.jp

Copyright (c) 2002 impress corporation All rights reserved.