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第139回:AirH"の値頃感 |
筆者は先週、IBM/ロータスが主催するNotes/Dominoとその周辺ソフトウェア、ソリューションに関するイベント「Lotusphere 2002」のために米国フロリダ州にいた。ほとんどのコンシューマユーザーはNotesのことを良く知らないだろうが、Notesはユーザーインターフェイスこそ今ひとつ(だった。次期バージョンで改善予定)わかりにくいのだが、機能面では他製品が遠く及ばないほど優れた面を持っている。
本題からはずれてしまうが、蓄積された情報の中から必要な情報を抽出したり、抽出した情報を並び替えて目的の情報に達しやすくするための機能に優れているのがNotesである。言い換えれば、蓄積されたただの情報の固まりを、あたかも自分の知識であるかのように有益な情報を引き出すための道具だ。その中身は電子メール機能などが統合された不定形フォーマットの文書型データベースなのだが、あまりこちらの方向に行くと止まらなくなるのでこのあたりでやめておこう。
このNotes。世の中でモバイルという言葉が流行する前から、情報の可搬性(ポータビリティ)を重視する設計になっていた。まだWindows 3.xの時代には、すでにデータの複製をノートPCに作って外出先で作業したり、自分がいる場所でリモート接続するための方法を自動的に切り替える機能などが備わっていたのである。複製された情報は非同期に内容を更新しても、きちんと矛盾無く後からデータの同期を行なうことができる。
そんなわけで、古くからのNotesユーザーには筋金入りのモバイラーが多い。今でこそ情報の同期やロケーションセンシティブな接続方法の切り替えなどは、ごく当たり前の機能だが、全く歴史が違う。その彼らが昨年話題にしていたのが、MerlinのRicochet“だった”。だったというのは、すでにMerlinは破産宣告を受けて解散した会社だからだ。
Ricochetは3つの周波数帯で利用可能なアクセスポイントを複数探してマルチリンクさせるため、切れにくく安定した通信が行なえたそうだ。筆者も昨年、別のカンファレンスでその実力を拝見させていただいたが、スペック値であるダウンストリーム128Kbps(アップストリームは64Kbps)を越える速度が出ていて驚いたものだ。全米の21都市をカバーする同サービスは、月額70ドルほどで使い放題。現在、Ricochetが保有していた資産はAerie Networkという会社が引き継いでおり、現在、パートーナーとなるワイヤレスISPを捜している段階である。
Ricochetは技術的には非常におもしろいサービスだったが、インフラのコストが非常に高価だったことが倒産に結びついた。独自のネットワークを構築し、そこでワイヤレスデータ通信サービスを提供しようとしたからだ。あるいは、既存の通信インフラを持つ会社と手を組んで、足回りのワイヤレス部分だけを自社で構築すれば、話は違っていたかもしれない。
よく言われることだが、価格が半分になると市場は4倍に膨張する。そして数が増えれば、一人あたりのコスト負担は減り、それがさらなる価格引き下げに繋がっていくわけだ。しかし、Ricochetは同じ考えで戦略的に低い価格を付けたが、市場からは「低価格」とは受け取ってもらえず、膨大な投資額に見合う収入を得ることができなかったのである。破産時点でMerlinが抱えていた負債は10億ドルを超えていた。
●日本のサービスの類似点と相違点
米国でうまく行かなくなったワイヤレス通信サービスはRicochetだけではない。PDA向けのワイヤレス通信サービスを行なっていたOmniSkyをはじめ、Yada Yada、Archなど、データ通信に特化したサービスはことごとく失敗している。
これらサービスに共通して言えることは、いずれも予想していたほどのユーザー数が確保できなかったことだ。彼らは「価格半分で市場4倍」という法則に則った戦略を打ち立てたが、それでも市場が望む価格には達していなかったことを意味している。また、日本とは生活のスタイルが異なり、移動しながらワイヤレスアクセスする必要がある人の割合が少なかったとも言えるだろう。
一貫してアナリストたちがこれらサービスの問題点として指摘してきたのは、データ通信に特化したワイヤレスサービスにビジネスの見込みが無かったのではなく、時期尚早だったり、構造的にハイコストでありながら無理に低価格の定額サービスにしようとしたことだ。ところが、OmniSkyはサービスやコンテンツもモバイル向けに特化したものを提供しており、インフラとなるネットワークもパートナー企業のものを積極的に利用し、自社保有資産への投資はワイヤレスの足回りに集中させていた。インフラ構築コストの削減に注力し、用途提案やワイヤレス専用のコンテンツビジネスを展開しても、やっぱりダメだったのだ。
日本でのワイヤレスデータ通信のインフラと言えば、FOMAやcdmaOneなどの携帯電話ベースのネットワークとAirH"などのPHSベースのネットワークがあるが、米国の事例に近い印象を受ける部分も確かにある。サービスが開始されたばかりのFOMAは別としても、データ通信に特化したビジネスを展開しようとしているDDIポケットなどは、本当に大丈夫なんだろうか? と。
失敗の憂き目に遇わないためのキーワードはユーザー数だ。広域のワイヤレスサービスを行なうための膨大な投資を回収するためには、とにかくスケールメリットを出すしかない。RicochetやOmniSlyと日本の携帯電話、PHSが異なるのは、スケールを出すための戦略が異なる点だ。
たとえばFOMAはデータ通信をアピールしながらも、高速データ通信で携帯電話の機能性が改善されることを中心に営業展開している。FOMAの中心はあくまで携帯電話であり、最終的には携帯電話をすべてFOMAで置き換えることを目標に置いている。僕はFOMAの成功に関して一貫して疑念を抱いてきて、現在もその気持ちは晴れていない。
FOMAはiモード対応携帯電話であるが故に、将来のスケールメリットを保証されているように見えるが、逆にデータ通信(IPネットワークと言い換えてもいいかもしれない)に関しては、電話向けであることが邪魔をしている面がある。高機能な電話として使うなら、今のところFOMAの方がいいと思える要素は少ない。少なくとも立ち上がりにはまだまだ時間がかかりそうだ。
一方、AirH"はすでに存在するネットワークに、アドオンでデータ通信用の設備投資を行なう必要が無かったこと。そしてモバイルユーザーだけでなく、定額接続を求める一般的ユーザーのニーズを的確に捉えている。4月から開始される128Kbpsサービスの品質が高ければ、そしてもう少しだけ価格が下がってくれば、スケールメリットを生かした営業展開が可能なユーザー数を越えてくるだろう。
冒頭で紹介したRicochetは、エンドユーザーには大変評判のいいサービスだった。速度の面を見ても、目指している世界も、そして価格帯もAirH"と非常に似ている。ついでに言えば、多額の負債を抱えていた点までそっくりだ。しかし、資金が底をつきそうになっても設備投資を続けなければならなかったRicochetとは異なり、AirH"はすでに全国をカバーするだけのインフラを所有しているのが強みである。
以前、別のところでモバイルコンピューティングに興味を持つ読者に、月額いくらまでならデータ通信サービスに支払ってもいいかをアンケートを取ってみた。すると、実に25%のユーザーが8,000~1万円、40%のユーザーが5,000~8,000円ならワイヤレスデータ通信に使っても良い答えた。実際にはそうそううまく行くものではないが、128KbpsのPHSパケット通信サービスは、25%のユーザーが納得する料金で提供されていることになる。
ここでうまくユーザー数を増やせば、さらに次の40%が待つユーザー層にもアピールできるようになる。果たして、実体としてそれだけの魅力を持つサービスなのかどうか。3月の実験サービス開始が待ち遠しい。
(2002年2月6日)
[Text by 本田雅一]