Tech・Ed Japan 2009レポート
~技術とアイデアで勝負するInnovation Award優秀賞5社がプレゼン

マイクロソフト最高技術責任者の加治佐俊一氏

会期:8月26日~28日

会場:パシフィコ横浜



 マイクロソフトはパシフィコ横浜で開催中のTech・Ed Japanにおいて、同社の技術を用いて独創的なアイデアからビジネスを展開するベンチャー企業を表彰する「Innovaion Award 2009」の優秀賞5社の審査会を実施。各社が5分の持ち時間でプレゼンテーションを行なった。

 このInnovation Awardは、マイクロソフトが2007年から行なっている優秀なベンチャー企業を表彰する制度。多数の応募のなかから書類審査や選考委員会による審査を通過した5社が優秀賞として5社が選ばれ、この中からTech・Ed Japan会場内やWebサイトでの投票を募り、最優秀賞の1社が決定する。

 各社のプレゼンテーションに先立ち挨拶を行った、マイクロソフトCTOの加治佐俊一氏は「Innovation Awardは今年で3回目となる。昨年11月にスタートアップ企業を支援するプログラムであるビズスパークを立ち上げたことで裾野が広がっているなか、今回は高いレベルでの審査を勝ち抜いた5社が集まっている」と期待を述べた。

 なお、本稿では審査会におけるプレゼンテーションの実施順に、各社の製品を紹介する。

●優秀賞5社のプレゼンテーション

 リトルアイランドが紹介した「Sokkly(ソックリー)」は、写真から作られた本人そっくりのロボットである。このロボットは、声をかけたり、手を握ったりといったユーザー側のアクションに反応して発声する機能を持つ。また、サーボモータを内蔵したロボットタイプなら、首や腕を動かすことも可能だ。

 内部はAMDのGeodeLXをベースにしたハードウェアと、Windows XPをベースにしたソフトウェアで構成。同社開発のメインエンジンはVisual Studioで開発されているほか、音声認識にMS Speech SDKを利用している。USBメモリ内に必要なデータが収められており、ロボットにキーボードとマウス、ディスプレイを接続してPCのように操作し、カスタマイズすることができるほか、インターネットへの接続ができることも紹介されている。

 2008年7月に同社を設立以降、国内外のTVなどでも紹介されるなど反響が大きいという。今後のビジネス展開としては、まずエンターテインメントロボットとしてのブランドの確立と周知を図る。また、現在国内に750万人いるといわれる独居老人のパートナーとして、現在は癒しの機能しか持たないものの、福祉的な方面へも訴えていきたいとしている。

 このほか、対話というインターフェイスしか持たないものの、ハードウェアとしてはPCと同等のものを備えていることから、PCの代わりとして家庭に浸透させていくようなアプローチも考えているという。将来的には二足歩行や発声中に口を動かすなどのロボットとしての機能も充実させていきたいとしつつも、一般家庭で少しでも使ってもらうために、現状では価格や壊れにくいことを重視していきたいとしている。

リトルアイランドの小池浩昭氏とクローンロボット。実は小池氏のクローンロボットは不調なままプレゼンが終わってしまったこちらはいうまでもなく麻生首相のSokkly

スカイフィッシュの大塚雅永氏

 合成音声による読み上げソフトを手がけるスカイフィッシュが紹介した「リアルナレーターズ with JukeDoX」は、OpenXMLで書かれたファイルを利用してナレーションを行なう同社製品「JukeDoX」のエンジンをベースに、PowerPointスライドのナレーションを自動的に行なうというソフト。プレゼンも、リアルナレーターズの合成音声によるスライドで製品紹介を行った。こうしたナレーションの自動化は、間違いの許されない場面で完璧なナレーションを行なえるのが実用面でのメリットとなる。

 PowerPointのノート部分に書かれた内容を読み上げるのが基本的な仕様となるが、リアルタイムナレーターズの専用画面からさまざまな編集が可能になっており、タグを埋め込んでいくことで音声のイントネーションを調整したりエフェクトなどを適用することが可能。さらに、ナレーションを行なうキャラクターは声質の異なる複数設定を用意し、日本語だけでなく外国語のナレーションを行なわせることもできる。

 音声以外の機能としても、字幕表示機能やBGM機能などを装備。字幕機能はナレーションの内容をそのまま表示するだけでなく、独立した内容を表示させることができる。例えば、ナレーションは日本語で行ない、その内容を翻訳した英語を表示させるといったことが実現できるわけだ。

 最終的にはナレーション音声付きの.ppsxスライドファイルとして出力させることで、このファイル単体で再生させられるようになる。このファイルはフリーのPowerPoint Viewerで表示させることができるのも魅力になっている。

 今後のビジネス展開としては、多国語対応を活かしたワールドワイド展開、Windows 7のタッチパネルやRIAプラットフォームのSilverlightにおいて双方向性と持たせ、それをさらに多くのプラットフォームで活用できるようにしていきたいとしている。

【動画】自動ナレーションによるプレゼンの一部

編集画面では音声に対するさまざまな指示を設定していける。その設定はタグとして埋め込まれていくリアルナレーターズで編集された内容は、pptファイルのノート欄にも適用される。見づらくなるというデメリットもあるが、ナレーション設定を引き継いでいけるというメリットもアピールした

三三の常樂諭氏

 三三(さんさん)が紹介した「Link Knowledge」は、名刺の情報を活用するWebサービスである。「顧客情報の源泉であり、出会いの証である貴重な情報源であるはずの名刺だが、やり取りされた名刺のほとんどは紙のまま保管されて、情報の墓場ともいえる状態。」と同社CTOの常樂氏は述べ、情報の価値が潜在的に分かっていながら活用されていないソリューションとして、このサービスを展開しているとした。

 サービスを利用する流れは、ユーザー側がスキャンした名刺の画像データを、三三が管理するサーバー側へ送ることで、活用可能な電子データへ変換される仕組みだが、面白いのは、名刺データ自体のデータもOCRを使わずに人の手で行なうこと(これを人力SaaSと呼称している)。これによりデータの正確性を確保している。

 本サービスは、クライアントのスキャナコントローラ、オペレータの情報入力端末、Webアプリを同社がすべて開発しており、ここに.NETテクノロジーが活用されている。

 提供されるサービスの機能もいくつか紹介された。名刺交換を行ない登録された企業名をキーワードに、その企業のニュースやプレスリリースなどをトップページに表示することで、ポータルとして活用できる機能。

 そして、企業単位で導入されることを前提とした本サービスでは、全社員が登録した名刺をカテゴリ化している。例えば、相手先企業が一社でも違う部署や担当者と名刺交換をすることは珍しくない。そうした相手先の企業の担当者を体系的に表示したり、誰が名刺交換を行ったかを表示させることで社内の人脈を可視化することもできる。

 さらに、月次単位での名刺交換枚数や社員別の交換枚数、名刺交換した企業の業種割合などの統計データをグラフ化して表示することなども可能だ。

 なお、本来は全社的に自由に閲覧できることを前提としているとしながらも、個人情報管理の観点から、各データにアクセスできる権限を細かく設定することもできるようにしているという。

 このLink Knowledgeは、サービス開始から1年強で250社以上が導入。さらに名刺は国内だけでなく世界的に使われていることから、グローバルに受け入れられるサービスだとし、世界へ展開していく計画を持っているという。

名刺の電子データ化は正確性を重視してオペレータによる手入力で行なわれる。これを人力SaaSと呼んでいる登録された名刺から、相手先企業の担当者を体系的にまとめるだけでなく、どの担当者と誰が名刺交換したかを表示することで人脈の可視化を実現する名刺交換、名刺を交換した相手先企業を元に、これ電子データ化して活用することで、さまざまな情報を得ることができるようになる

ワンビの板井清司氏

 ワンビが紹介した「トラストデリート」は、遠隔でPCのデータ消去できるソリューションである。もちろん、これはノートPCの盗難や紛失から起こり得る企業の重要情報や個人情報の漏洩を防ぐためのものだ。

 紛失したPCがインターネットに接続された場合は、サーバー側からの命令で削除が実行される。その削除対象ファイルやフォルダはサーバー側であらかじめ決めておくことができる。ファイルの削除にも一定の時間を必要とするが、同社の計測では1GBあたり1分弱ぐらいは平均的に要するという。SSDになって高速化しているが、200GBのHDDなどを削除するのは非常に時間がかかる。よって、重要データが入ったフォルダを一番最初に消し、徐々にHDD全体を消去していくのが実用的な運用だとしている。また、消去が終わった際にはサーバー側に通知されるので、ユーザーはサーバー側から状況を把握することもできる。

 もしインターネットに接続されない場合は、不可視化機能というものが作動する。これはあらかじめセットした期間のうちにインターネットへ接続がなかった場合、ファイルを不可視化してしまうことで情報を守る仕組みになっている。

 提供形態としては、コンシューマやSOHO、中小企業向けにワンビ側がサーバーを用意するASPサービスが用意されるほか、エンタープライズ向けに専用サーバーをセットにして販売する形態もあり、こちらは強力なマネジメントが可能になる。また、7月にはWindows Mobile 6.0向けの製品も提供を開始しており、データ削除だけなくUSBやSDカードのデバイスやActiveSyncを出来なくするといった機能も可能になっている。

 今後はWindows 7の機能に合わせた機能強化が進められる予定という、WDSのインデックスを活用して「売り上げ」などの重要単語が含まれるものを検索して優先的に削除するなどのインテリジェンスな削除機能。単なるファイル削除ではなくBitLockerの暗号キーを削除することで瞬時にHDDを無効化する機能。AppLockerのポリシーを制御してアプリケーションをロックする機能。Azure対応、SkyDriveとの連携などが検討されている。

トラストデリートで提供される主要な三機能Windows 7の機能を活用したアップデートも積極的に検討されている

マジックチューブの向井真人氏
コミュニケーションや映像コンテンツの臨場感ある表現に用いることを提案している

 マジックチューブが紹介した「WallThrough」は、名称のとおり窓をイメージしたユーザーインターフェイスを提供するものだ。窓から向こう側を見たとき、上下左右を見たときそれぞれの反対側の視野が広がるほか、窓に近づけば全体の視野が広がるといった特性を持つ。これを再現したものとなる。

 具体的には、Webカメラを利用することで利用者のフェイストラッキングを行ない、どちらの方向を見ているか、どの程度の距離にいるかを解析。それに基づいて、映像の視界をコントロールするというものだ。

 こうした自然な感覚をユーザーインターフェイスに盛り込むことで、遠く離れた人同士や、あたかも隣の部屋にいるような感覚でコミュニケーションが取れるなどの用途が考えられている。また、Silverlight 3で導入されたSmoothStreamingと連携させることで、ライブ中継を一度巻き戻して、次は別の角度から見てみる、といった技術的な活用も提案している。

 社会的な分野へのアプローチとしては、学校や科学館などの公共施設への展開、病院や介護施設などで病室とナースセンターをつなぐシステム、心理学などにおける大学の研究において、視野を変えることができるように記録しておくことで、実験者が被験者に与える影響がないことを証明するためのシステムなどが考えられており、実際に興味を持っている大学の研究室もあるという。

【動画】フェイストラッキングにより窓を覗いたときの感覚でイメージを表示できる

●ITベンチャー、起業家に対する支援活動を紹介

 Innovation Awardに関連しては、報道関係者向けに、ベンチャー企業や起業家を支援するマイクロソフトの取り組みを紹介するセッションが用意された。このセッションは冒頭でも紹介した加治佐氏による説明が行なわれた。

 基調講演でも紹介されたように、2009年から2010年にかけて新しい製品が多数投入される。加治佐氏は「マイクロソフトが新しい製品が出すということは、単に製品を出すというだけでなく、ソリューションやアプリケーションの土台・プラットフォームが生まれるという意味を持つ。その土台をもとに、新しいテクノロジを活かしてイノベーションを推進していくためには、ベンチャー企業もしくは将来の成長が期待されるスタートアップ企業・起業家の存在が大切だと考えている」と同社の支援プログラムの重要性を述べた。

 その活動の一環が、2008年11月に開始されたビズスパークだ。2009年6月までに、すでに650のスタートアップ企業や起業家が参加。今年7月以降では180以上が登録されており、累計で800を超えている。また、そうしたスタートアップをサポートしていくネットワークパートナーも30を超えており、裾野を順調に広げている。

 一方、マイクロソフトでは2003年から、地方自治体との協力でベンチャー企業を支援する、ITベンチャー支援プログラムも実施している。先ほどのInnovation Awardの優秀賞に選ばれているマジックチューブも、この認定を受けた企業だ。

 ただ、スタートアップ企業やまだ企業に至っていない起業を考えている人が本格的にビジネス展開をするためのスケールアップをするところの支援が現状では用意されていない。

 そこで、ビズスパークとITベンチャー支援プログラムの隙間を埋めるプログラムが現在検討されているという。ここでは、技術提供だけでなく、起業するためのプロセスやソフトウェアビジネスを展開しているための手法などのノウハウの提供を中心としたプログラムになるようだ。これについては東京・大手町に10月オープンするマイクロソフトテクノロジーセンターを活用しながら活動を広げていくことが検討されているものの、まだ具体的な施策は決まっていないとしている。

 さらに、学生を支援するドリームスパークというプログラムも昨年3月から実施している。学生向けへのツール提供などを行なうプログラムだが、この参加者のなかから起業家が生まれるよう、ビズスパークというプログラムの周知を図っていくことや、ビズスパークのネットワークパートナーを通じて学生にリーチしていくような施策も行っているという。

 こうした裾野を広げる支援活動は、ワールドワイドのマイクロソフトで成熟を図っており、より効率的に支援していける体制作りが行なわれている。加治佐氏は「さまざまなステップにプログラムを用意することで支援のエコシステムを構築したい。より統合的な活動を進めるという意味で、今年は特別な年になると考えている」とし、今年の12月に行なわれるイノベーションデイでは、一歩進んだ内容が表明されるという見通しを語った。

ステップワイズCEOの長谷川誠氏が、ITベンチャー支援プログラムを受けた側として、具体的な内容や効果を紹介した

 また、このセッションでは、2008年のITベンチャー支援プログラムで認定された企業の代表として、ステップワイズの長谷川誠氏がコメント。同氏は認定前の自社の様子として、「ベンチャー企業として成熟していくだけでは技術だけあっても仕事にならない。システムの飛び込み営業はまず成功しないし、信用力もない。ビジネスとして遂行していくハードルは非常に高い」という状況だったことを紹介。

 ビジネスを遂行していくにあたり、愛知県とマイクロソフトの協力で実現された支援プログラムに認定されたことで、さまざまな恩恵を受けたという。

 例えば、重要なツール群の提供、海外の開発手法やマネジメントを学ぶ海外研修などの直接的なサポートのほか、マイクロソフトに活動レポートを掲載してもらうことやIT Venture ProgramロゴをWebサイトに掲載できることによる信用力の向上など、目に見えない効果があったという。また、地方自治体との協力があったことで官公庁の仕事を手がけられたことも、ビジネスのうえで大きなメリットになったそうだ。

 「1年間という短い期間ではあったが、非常に有意義で価値ある支援を受けられたと、本当に感謝している。今年のイノベーションアワードにも参加したかったが、むしろ実務に追われてしまって参加できなかったほど(笑)。ただ、年内中にも認定パートナーになろうと活動を進めており、実際に実現できると考えている。マイクロソフトにとって支援をして良かったと思えるような企業になりたい」という長谷川氏の弁は、ベンチャー企業から成熟した企業が実際に生まれたという、ITベンチャー支援プログラムが効果をあげていることを感じさせるコメントといえる。

(2009年 8月 27日)

[Reported by 多和田 新也]