イベントレポート

Cortex-A72とA73の最大の違いはエンタープライズ向け機能の有無

~モバイル注力で電力効率を突き詰める

 CPU/GPUのIPデザインをSoCベンダーなどに提供するARMは、COMPUTEX TAIPEI 2016の会期前日となる5月30日に記者会見を開催し、同社の最新製品となるCPUデザイン「Cortex-A73」とGPUデザインの「Mali-G71」の2製品を発表した。

 Cortex-A73は、昨年(2015年)ARMが発表し、今年(2016年)リリースされているSoCに提供されているCortex-A72の後継製品で、モバイル向けに最適化が進められ性能向上や電力効率が改善されている。

 ARMは、Cortex-A73においてTSMCが来年(2017年)に導入する予定の10nm FinFETのプロセスルールに対応可能としており、プレミアム製品向けでは10nm FinFETに基づいて製造されるだろうと予想している。

64bitのARMv8向けのCortex-Aシリーズの最新製品となるCortex-A73

 ARMという企業は、Intel、Qualcomm、NVIDIAやAMDといった実際にCPU/GPU、SoCを設計して製造(自社ファブでなくファンダリーへの委託生産も入れて)している半導体メーカーとは異なり、自社で半導体を製造しているわけではない。ARMが開発しているのは、IPデザインと呼ばれるCPUやGPUのいわば“設計図”で、それをSoCベンダーに対して供給してライセンス料を得るというのがビジネスモデルだ(厳密に言えば、もう1つ命令セットアーキテクチャそのものをSoCベンダーにライセンスする場合もある、Apple、QualcommやNVIDIAの独自設計のARM CPU採用SoCはこの例にあたるが、ここではそれは置いておく)。

 その設計図のブランドがCPUが「Cortex」、GPUが「Mali」となる。今回発表されたCortex-A73およびMali-G71はその最新製品という位置付けとなる。

ARM社が公開したCortex-A73のブロックダイアグラム

 ARMの命令セットには、32bit版の「ARMv7」、64bit版の「ARMv8」が一般的に利用されている。特にミッドレンジからハイエンドのスマートフォンに採用されているSoCはほぼ全てARMv8に対応した64bit CPUを内蔵したSoCだ。そうした、ARMv8世代のCortexには主に以下のようなIPデザインが用意されている。

【表1】ARM社のARMv8に対応したIPデザイン
発表年ISA最大コア数L1キャッシュL2キャッシュターゲット市場
Cortex-A532012年ARMv848~64K(命令)/8~64K(データ)128KB~2MBローエンド向け
Cortex-A5748K(命令)/32K(データ)512KB~2MBハイエンド向け
Cortex-A722015年
Cortex-A732016年64K(命令)/32K~64K(データ)256KB~8MB

 現在一般的なSoCで採用されているのは、Cortex-A57、Cortex-A53、あるいはその両方となる。Cortex-A57とCortex-A53は、ARMの64bit IPデザインの最初の世代の製品として投入されたものだ。ハイエンド向けでダイサイズは大きくなるが性能が高いCortex-A57と、ローエンド向けで性能は劣るがダイサイズが小さく消費電力で有利なCortex-A53という位置付けになっていた。

 ARMの省電力機能ではbig.LITTLE(大きなダイのCPUと小さなダイのCPUを負荷に応じて切り換えることで省電力と性能を両立させる技術)ではCortex-A57とCortex-A53の両方を搭載している場合もある(SoCベンダーはそれぞれのCPUをクアッドコア構成にして、クアッドコア×2=オクタコアとしてマーケティングしているところも多い)。

 そのハイエンド向けのCortex-A57の後継として昨年発表されたのが、Cortex-A72になる。Cortex-A72に関しては、以前の記事を参照していただきたいが、簡単に言えばCortex-A57をベースにして、16nm FinFETのプロセスルールに対応させ、さらに電力効率を改善したCPUということになる。

 このCortex-A72を搭載したSoCは、今年に入って姿を見せつつあり、MediaTek Helio X20 、HiSilicon Kirin 950などで採用されている。このCortex-A72をベースにさらに改良させ発展させたのがCortex-A73ということになる。

Cortex-A73は、Cortex-A72の後継としてよりモバイルにフォーカスしたデザインに

 Cortex-A73について、ARMモバイルソリューション部長のジェームズ・ブルース氏は「モバイル市場という意味では、Cortex-A73はCortex-A72の後継となる。しかし、エンタープライズ向けという意味では、Cortex-A73はCortex-A72の後継というわけではない」と説明する。

左からARM CPU事業部マーケティングプログラム部長のイアン・スマイス氏、ARMモバイルソリューション部長のジェームズ・ブルース氏、ARMシニアセグメントマーケティングマネージャのアイバン・リン氏

 この発言には若干の解説が必要だろう。と言うのも、ARMのCortex-A73は、ターゲット市場はモバイル/コンシューマ向け、より具体的に言うならスマートフォン/タブレット、IoT、デジタルTV向けだ。そういう意味ではCortex-A72の後継だが、サーバーやネットワーク機器などのエンタープライズ向けという意味では後継ではないのだと言う。

 その理由について、ARM CPU事業部 マーケティングプログラム部長のイアン・スマイス氏は「サーバーやネットワーク機器向けで必要になる信頼性の機能やECCへの対応などの機能は省かれている。これらの機能はモバイルには必要がなく、かつ電力効率の阻害要因となり得るからだ」と説明する。

 このため、Cortex-A73は、コンシューマ/サーバーの両方をカバーしていたCortex-A72とはターゲットとなる市場が異なり、コンシューマ向け、その中でも特にモバイルにフォーカスした製品となっているのだ。

 Cortex-A73は、特に電力効率に焦点を当てた製品となっている。別記事でも説明したように、Cortex-A72と比較して30%の性能改善だけでなく、30%の電力効率の改善というアピールがされている。まさにハイエンドのスマートフォン向けのSoCに注力したデザインとなっているのだ。

ARMがCOMPUTEX TAIPEIの記者会見で示したスライド、30%の性能向上と30%の電力効率の改善が実現されている

 ところで、Cortex-A73ではサーバー向けの機能を削ったとなると、ARMはサーバー向けをあきらめたのかと考える人もいそうだが、スマイス氏によればそれは誤解だという。

 スマイス氏は「我々はサーバー事業にじっくり取り組んでいる。ARM ISAを採用したサーバー向けSoCはアプライドマイクロなどが既にリリースしているが、現状ではソフトウェアのエコシステムができあがるのを待っている状況だ。今回のCortex-A73はモバイル市場にフォーカスした製品となるが、それはモバイル向けの更新がサーバー向け製品に比べて速いからだ。サーバー向けに関してはもっと長期での更新になると思う」と述べ、ARMのサーバー事業への取り組みは何も影響がないとし、あくまでモバイル向けというのは製品のライフサイクルがモバイルの方が速く、より省電力に特化したIPデザインが必要とされているため、今回のモバイル製品にフォーカスしたCortex-A73を投入したのだと説明した。

 また、ARMの記者会見でも明らかにされたように、Cortex-A73は10nm FinFETのプロセスルールにも適合するように設計されている。これは最初のCortex-A73は10nm FinFETで登場するのかと聞いたところ、ARM シニアセグメントマーケティングマネージャ アイバン・リン氏は「TSMCは先週に行なったテックシンポジウムで10nmプロセスルールの前倒しを明らかにしており、2017年のどこかで投入される見通しだ。ARMとしては、Cortex-A57のプレミアムセグメント向けの製品は、10nmプロセスルールで登場すると考えている」と述べた。

 そもそも、プレミアム向けではないSoCにCortex-A73が最初に搭載されるとはなかなか考えにくく、まずはプレミアムセグメント向けの製品から実装されていくだろうということを考慮すれば、実質的には10nmプロセスルールの製品が最初に登場することになると言えるのではないだろうか。

 なお、ARMのブルース氏によれば、Cortex-A73のクアッドコア+Cortex-A53クアッドコアという構成と、Cortex-A73のデュアルコア+Cortex-A53クアッドコアという構成が半々ぐらいになるのではないかと予想しているとのことで、2017年の終わりから2018年の前半頃にはそうしたCortex-A73を搭載したSoCがハイエンドスマートフォンなどに採用されて市場に登場することになるのではないだろうか。

(笠原 一輝)