イベントレポート

紙ベースの抵抗変化メモリ、心電計を埋め込んだシャツ

~焼却や裁断でメモリ消去も

2014 Symposium on VLSI Technology

会期:6月10~12日

会場:米国ハワイ州ホノルル市

Hilton Hawaiian Village

2014 Symposium on VLSI Circuits

会期:6月11~13日

会場:米国ハワイ州ホノルル市

Hilton Hawaiian Village

 電子回路を人体に装着するウェアラブルデバイスが、我々の生活を変えようとしている。スマートフォンやノートPCなどとウェアラブルデバイスがさまざまなデータをやり取りすることで、生体情報のモニタリングや所在地情報のトラッキング、移動経路のナビゲーション、各種情報の表示などをリアルタイムで実施できるようになる。

 ウェアラブルデバイスは人体に装着することから、柔らかく、折り曲げられることが望ましい。また当然、安価でなければならない。そして人体に悪影響を及ぼさない素材で製造する必要がある。

 ウェアラブルデバイスを構成する回路部品には、プロセッサやメモリ、センサー、アナログデジタル変換器、ディスプレイ、タッチパネルなどが想定されている。

 VLSI2014では、ウェアラブルデバイスやタグなどへの応用を想定した紙ベースの不揮発性抵抗変化メモリを、国立台湾大学(National Taiwan University)の研究チームが発表した(Lienほか、講演番号T7.1)。

低温かつ安価な印刷技術で抵抗変化メモリを形成

 良く知られているように、紙(ペーパー)は安価であり、折り曲げられる。粘着剤を塗布すれば、人体に限らず、あちこちに貼り付けられる。ただし半導体のシリコンと違い、通常の半導体製造技術は適用できない。室温に近い温度の製造工程を適用することになる。

 今回の研究で採用された製造工程は、印刷技術が元になっている。まず、紙のほぼ全面に炭素(カーボン)のペーストをスクリーン印刷で塗布する。この炭素層が下部電極となる。次に酸化チタン(TiO2)のパターンをインクジェット法で塗布する。酸化チタンは抵抗変化層となる。酸化チタン層の表面に、インク状の銀(Ag)を島状に塗布する。島状の銀が上部電極となる。銀電極とカーボン電極の間の抵抗値を変化させることで、データを記憶させる。

紙ベースの抵抗変化メモリの製造工程。スクリーン印刷とインク塗布で製造する

 初期状態では、抵抗変化メモリ素子は「高抵抗状態(HRS)」にある。正極性の電圧(約6V、100μs)を印加することで抵抗値を下げて「低抵抗状態(LRS)」に変化させる。これが書き込み(プログラム)に相当する動作になる。負極性の電圧(約3V、300μs)を印加すると、素子は「高抵抗状態(HRS)」に戻る。これが消去(イレース)に相当する動作になる。データを読み出すときは、0.1Vと低い電圧を加え、電流値の違いによってHRSとLRSを区別する。

 国立台湾大学の研究チームは試作した紙ベースメモリの裏面に粘着性を持たせて人体表面(手の甲)やスマートフォン、乾電池などに貼り、1,000回くらいのデータ書き換えが可能であることを示していた。

試作した紙ベースメモリを手の甲に貼り、データ書き換えを繰り返した結果
試作した紙ベースメモリをスマートフォン(左、平面)と乾電池(右、曲面)に貼り、それぞれデータ書き換えを繰り返した結果

 折り曲げの繰り返しに関する耐久性の実験結果も示していた。半径10mmの折り曲げを1,000回繰り返しても、目立った劣化はみられなかった。折り曲げそのものに対しては、半径が10mmを切ると、特性の劣化が生じた。

 興味深かったのは、不要になったメモリのデータを完全に消去する手法である。紙ベースのメモリならではの手法を提案していた。1つは、燃やしてしまうことだ。マッチで火を付ける、あるいは発火点(例えば250℃)に至るまで温度を上げるといった手法がある。

 もう1つは、シュレッダーにかけて細かく刻むことだ。不要になった重要資料の紙束をシュレッダーにかけるのと同じである。シュレッダーで刻んだメモリの電流電圧特性を測定したところ、メモリとしての機能を失っていた。

不要になった紙ベースメモリのデータを完全に消去する方法の1つ。燃やしてしまう
もう1つの方法。紙ベースメモリをシュレッダーにかけて細かく刻む

心電計をシャツに埋め込んで着用

 ワシントン大学(University of Washington)の研究チームは、上半身用のシャツに埋め込むことを想定した心電計を開発した(Morrisonほか、講演番号C18.4)。

 心電計は、複数の電極を上半身の皮膚に取り付けて心臓の動きを計測する。通常は被験者がベッドに横たわって測定する。ただし被験者が心疾患を患っているとあらかじめ分かっているときは、常に心臓の動きをモニターしておくことが望ましい。このため、シャツ(肌着)に心電計の機能を埋め込むことをワシントン大学の研究チームは考案した。

 心電計の主要な機能はワンチップのSoC(System on a Chip)とマイコンで構成してある。SoCはアナログフロントエンドや暗号化回路、無線送受信回路などを内蔵する。マイコンは心電計全体の制御用である。心電測定用電極の数は12個。

心電計とバッテリ、アンテナを埋め込んだシャツ
心電図を構成するSoC(上)とマイコン(下)のブロック図
試作した心電計用SoC。シリコンダイの寸法は2×2.7mm

 この心電計チップセットとバッテリ、アンテナをシャツに埋め込む。心電計チップセットは信号を取得し、デジタル信号に変換するとともに暗号化し、無線で外部に送信する。送信の搬送波周波数は433MHz、データ通信速度は200kbps、変調方式はFSK、通信距離は最大10mである。アンテナの大きさは70×45mm、アンテナの厚みは100μm。電源電圧は1.2V、12個の電極すべてを使って心電測定を実施したときの消費電力は984μWとかなり低い。

 試作したシステムは通信に433MHzの電波を使っている。この電波をBluetoothの2.4GHzに置き換えることは、技術的には可能だ。Bluetooth通信であれば、スマートフォンやメディアタブレットなどと容易に連携できるようになる。応用範囲が広がる。将来が非常に楽しみな技術だ。

(福田 昭)