イベントレポート
【ARM Technology Symposium 2013 Japan】「IoTからサーバーまでカバーできるARMより優れたプラットフォームはない」
(2013/12/7 06:00)
- 12月6日 開催
CPUやGPUなどの半導体デザインをIP(知的財産)として提供する半導体デザインサービス企業の英ARMの日本法人となるアーム株式会社は6日、東京コンファレンスセンター品川において、同社の各種ソリューションを顧客や開発者などに紹介するイベント「ARM Technology Symposium 2013 Japan」を12月6日に開催した。
ARM Technology Symposiumは、10月に米国で開催されたARM TechCon 2013のローカル版という扱いで、アジア各国や欧州などで行なわれており、本イベントはその日本版となる。この中でARMは、IoT(Internet of Things)向けの戦略を語ったほか、同社のビジネスの中で急成長を遂げているGPUの新デザインなどについて解説を行なった。
日本企業を応援していきたいと、アームの内海社長
ARM Technology Symposiumは、午前中に基調講演が、午後にはARMおよびそのパートナーがより詳細な技術的な内容が語るセミナーという2本立てで行なわれた。基調講演では、ARMの幹部と、日本における重要なパートナーである半導体メーカーのルネサス エレクトロニクスが登場し、それぞれの戦略を語った。
基調講演のトップとして登場したのはアーム株式会社代表取締役社長の内海弦氏。内海氏は「現在ARM全体としては、非常に業績は良いが、率直に言って日本ではボチボチと言ったところ。日本企業は世界の中でも研究開発をリードしており、そうした日本企業の製品にARMのIPデザインが採用され、もっともっと日本の企業を応援できるようにしていきたい」と述べ、アームとしては日本企業が必要とするニーズをしっかりとくみ取り、日本企業が必要とするようなIPデザインを提供していきたいとした。
続いて、「ARMの製品はどこにいけば買えるのかという質問を受けることがあるのだが、基本的にARMの製品は一般のお客様には販売していない。ARMが販売しているのはIPという知的財産であり、CPU、GPU、それらを接続するインターコネクトなどだ。現在スマートフォンやタブレット向けのSoCの95%以上にARMが採用されている」と、ARMのビジネスの概要を説明した。その上で、ARM Technology Symposiumに参加する参加者に向けて、ARMのソリューションを理解するための基礎知識でとも言うべき、用語の解説を行なった。以下の記事を読む読者に参考になると思うので、内海氏の説明を元にまとめておく。
【表1】ARMが提供する代表的なソリューション | |
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Cortex-Aシリーズ | ARMのモバイル組み込み向けのCPU。32bitのA7/A8/A9/A12/A15、64bitのA57/53がある |
Cortex-Mシリーズ | ARMのIoT向けのCPU |
big.LITTLE | 速いけど消費電力が大きいCPU(ビッグ)と速くはないけど消費電力が小さいCPU(リトル)という2種類のCPUをSoCに内蔵させ、必要に応じてそれを切り換える事で省電力を実現する機能 |
Fabric/インターコネクト | CPUやGPU、その周辺部分の接続する内部バスなどの総称。近年ではCPUとGPUの間でやりとりされるデータ量も増えているため、インターコネクトの設計がSoCの性能に大きなインパクトを与えている |
Mali | ARMが提供するGPUのブランド名。日本ではNexus 10に搭載されているSoC(Exynos 5250)に内蔵されていることで知られている |
POP(Processor Optimization Package) IP | ARMが提供するCPUやGPUのIPデザインを、TSMCなどのファウンダリが提供する汎用プロセスルールへあらかじめ最適化した状態で顧客に提供すること。このPOPによりARMの顧客は、ファンダリのプロセスルールに最適化する工程を減らすことができるので、従来よりも短期間でSoCを設計できる |
なお、現在ARMは以下のようなCPUのIPデザインを提供しており、今後64bitのCortex-A57/53に対応した製品が徐々に登場する予定である。こちらも、読者の参考のために表にしておく。
【表2】ARMが提供するCPUのIPデザイン(筆者作成) | |
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Cortex-A7 | 32bitARMのベーシックなIPデザイン。エントリー向けのSoCで採用されることが多い |
Cortex-A9 | 多くのスマートフォンなどに採用されている、32bitのCPUデザイン。採用例はNVIDIAのTEGRA3など |
Cortex-A12 | 今後登場するミッドレンジ以下向けの32bitCPUデザイン、2014年あたりに搭載製品が登場すると見られている |
Cortex-A15 | ハイエンド製品向けの32bitCPUデザイン、NVIDIAのTegra 4に採用されている |
Cortex-A57 | 64bitのARM命令セット(ARM v8)に対応したハイエンド製品向けCPUデザイン |
Cortex-A53 | 64bitのARM命令セット(ARM v8)に対応したミッドレンジ以下製品向けCPUデザイン |
IoTからサーバーまでカバー
内海氏に引き続いて登壇したのは、ARMグローバル&コマーシャルデベロップメント担当上級副社長のアントニオ・J・ヴィアナ氏。ヴィアナ氏は現在ARMが注力しているIoT向け事業に関する概要を説明した。
IoTとは、現在のIT業界のトレンドの1つになっているキーワードで、これまではインターネットに接続する機能を持っていないような機器に、なんらかの形でインターネットへとアクセスする機能を実装した製品という扱いになる。そのインターネットにアクセスするというのは、直接Wi-Fiのような機能を持っていなくてもよく、例えばUSBでPCに接続してサーバーにデータをアップロードする、あるいはBluetoothでスマートフォンに接続してサーバーにデータをアップロードするといった機能を含んでいる。
そうした製品の具体例としては、日本ではNikeの「Fuelband」や「Fitbit」のような健康器具、最近流行の兆しを見せているスマートウォッチ、さらには日本では未発売だが、メガネにネットへのアクセス機能を組み込んだ製品となる「Google Glass」などが該当すると言えば、IoTが今後爆発的に拡大していく市場であることが理解してもらえるだろう。
ヴィアナ氏は「スマートフォンの普及は、単に電話というモノの形を変えただけではなく、文化を変えたと言って良い。先日私の母親とレストランに行ったとき、そこにいた半数の人が食事をしながらスマートフォンをいじっていたのを見て、私の母親は怒っていたが、今やレストランにいって食事の写真を撮らない人の方が少ないだろう。こうして文化が変わっていくことは、我々にとって大きなチャンスなのだ」と述べ、スマートフォンにより人々の生活が変わっていたのと同様のことが、これからはIoTが普及していくことで起こるだろうと説明した。
その具体的な例として、Augustのスマートロック(スマートフォンなどによって解除できる電子式の鍵)、Proteusのヘルスセンサーなどを紹介し「これらのデバイスで鍵となっているのは、コネクテッド(インターネットに接続されている)ことだ。これにより新しいビジネスモデルがどんどん登場するだろう」と述べ、今後それに合わせるようにインターネットを飛び交うデータ量がどんどん増大していき、サーバーも含めてビジネスが変わっていくことになるだろうと説明した。
その上でヴィアナ氏は同社が調査したIoTに関する調査について紹介し、多くの企業がIoTに興味を持っており、現在さまざまな可能性を探っている段階だということビデオで紹介した。その上で、そのレポートのまとめとして「IoTは皆さんが考えているよりも遙かに進んでいる。そして何よりも大事なことは、IoTはそれだけでは意味がなく、他のデバイスやサーバーも含めてエコシステム全体として見ていく必要があると指摘した。そして、IoTが今後普及していく可能性として、産業用途、物流、エネルギー、ヘルスケアなどの分野があると説明した。
ヴィアナ氏は「重要なことは、このようにIoTからサーバーまで、オープンな環境で実現していくことだ。我々はこうしたIoTからエンタープライズ向けのサーバーまで、小から大までをカバーしている。ARMのプラットフォームより優れたプラットフォームは存在していない」とARMのアドバンテージをアピールした。
オープンをキーワードにARMと新しい領域に挑戦するルネサス
休憩を挟んで、ルネサス エレクトロニクス株式会 執行役常兼第一ソリューション事業本部長の大村隆司氏が登壇し、同社が進めるソリューションなどについて説明した。
ルネサス エレクトロニクスは、今や数少ない日本の半導体メーカーであり、特に自動車向けのマイコンなどに強い。こうしたことを反映して、同氏の講演は自動車や、環境などに関する話題が中心となった。
大村氏は「ルネサスは東日本大震災でサプライチェーンも含めて大きな被害を出したが、お客様などにも協力して頂くことで復活できた。そこで学んだ事は、オープンであるべきだということであり、それをキーメッセージとして打ち出している、その重要なパートナーがARMだ」と述べ、ARMと組むことで実現するルネサスのオープンアーキテクチャに向けた取り組みを説明した。
大村氏は「現在我々の世界は、環境問題、人口増加、高齢化、新興国の都市化などさまざまな課題を抱えており、それらを解決する仕組みが求められている。ルネサスはそれらに半導体事業として貢献したいと考えており、制御系が強いルネサスと、IT系に強いARMがパートナーシップを結ぶことでそれらの解決を働きかけていきたい」と述べた。その具体例として、同社が提供しているARMアーキテクチャの車載向けSoCとなる「R-Car H2」やハイブリッドカー、電気自動車向けの半導体などのソリューションをなどを紹介した。
最後に大村氏は「ルネサスはこれまでは半導体を提供するサプライヤーとしてやってきたが、今後は半導体でけなくそれに付随する部分を加えてキットとして、さらにはサーバー環境などを含めたプラットフォームも提供できるベンダーとして変わっていきたい。そうしたことを実現するためのARMとのパートナーシップだ」と述べ、ARMと共にさまざまなソリューションを日本の自動車産業などに提供していきたいとしてまとめた。
ハイエンド、メインストリーム、エントリー、それぞれに適したIPを提供
基調講演の最後に登場したのがARM組み込み向けプロセッサ担当副社長のキース・クラーク氏だ。クラーク氏は、ARMが提供する具体的なIPデザインなどの現状についての説明を行なった。
クラーク氏はARMの自動車向けの仮想化ソリューションとなる「ARM v8-R」などを説明した後、スマートフォンやタブレットなどに採用されているCPUの「Cortex-A」シリーズや、GPUの「Mali」などについての説明を行なった。
クラーク氏は「スマートフォン向けのSoCの市場は成長を続けているが、市場は徐々にプレミアム向け、メインストリーム向け、エントリー向けに分かれてきた。ARMはそれぞれの市場に適したIPを投入していく」と説明した。
ハイエンド向けには「Cortex-A57/53」(64bit)ないしは「Cortex-A15/A7」(32bit)をbig.LITTLE構成で投入し、メインストリーム向けには「Cortex-A9/12」(いずれも32bit)などを、エントリー向けにはCortex-A53(64bit)ないしはCortex-A7などを投入していくと述べた。このほか、ARMが10月に開催したARM TechCon 2013で発表した、同社GPUであるMaliの最新版となる「T700」シリーズに関しても紹介した。
また、クラーク氏は同社およびそのパートナーが推進するサーバー向けのARM SoCについても触れ、「今後投入されるCortex-A57ベースの64bitアーキテクチャのCPUに、ARMが提供するインターコネクト組み合わせることで強力なサーバー向けのSoCが構築できる」と述べ、今後はサーバーに関してもARMという流れができるようになると強調したほか、big.LITTLE、POP IPやソフトウェア開発環境などに関しての説明を行なった。
従来世代に比べて電力効率が400%改善しているMali-T760
基調講演終了後、ARMは報道関係者向けの説明会を開催し、Mali-T700シリーズの解説を行なった。
従来、ARMアーキテクチャのSoCに採用されていたGPUは、NVIDIAやQualcommのように自社のGPUを所有している場合を除けば、Imagination Technologiesの「PowerVR」シリーズが採用されていることが多かった。しかし、ARMはノルウェーのFalanxを買収して手に入れたデザインを元に自社でGPUのIPデザインを設計し、それを数年前から顧客に提供開始した。それがMaliシリーズで、ハイエンド向けには「Mali-T600」シリーズが、エントリー向けには「Mali-T400」シリーズが提供されている。
日本市場はAppleの「A」シリーズプロセッサ(GPUはPowerVR)を搭載した「iPhone」か「iPad」、AndroidスマートフォンやタブレットはQualcommの「Snapdragon」シリーズを搭載している製品がほとんどであるので、あまりMaliの存在は知られていないが、日本のユーザーにも身近なMaliを搭載した製品と言えば、Googleが販売している「Nexus 10」がある。Nexus 10のSoCはSamsung Electronicsの「Exynos 5250」で、「Mali T604」が内蔵されている。それ以外にも、MediaTek、Rockchipなど、どちらかと言えばエントリー向けのSoCを開発するベンダーにも採用されており、2万円以下の低価格タブレットでも採用されている例は少なくないのだ。
実際、ARM メディアプロセッシング部門製品担当次長ヤクブ・ラミック氏によれば「現在83のライセンシーを獲得しており、今年の末までには300万ユニットを超える採用製品が出荷される見通しで、この2年で実に10倍になっている。現在Android向けのGPUとしてはトップシェアで、Androidタブレットでのシェアは50%を超えている」と、ARMにとっても、GPUは急成長しているビジネスであるという。
こうしたMaliシリーズの成功を受けて、その後継としてリリースされるのが、Mali-T700シリーズとなる。Malli-T700シリーズには2つの製品が用意されており、1つはハイエンド向けの「Mali-T760」、そしてもう1つがエントリー向けの位置付けとなる「Mali-T720」だ。ラミック氏は「我々はMali-T700シリーズを設計するにあたり、単なる強力なGPUを設計したわけではなく、電力効率の改善に力を入れた。POP IPの活用などにより、従来のT600シリーズに比べて電力効率が改善されている」と、その改善の主眼を説明した。
ハイエンド向けのMali-T760は内部の演算コアが最大で16コアまで拡張できる構造になっており、その場合の演算性能は326GFLOPSに達するという。電力効率は大幅に改善されており、従来のMali-T604に比べると400%の改善がされていることだった。なお、コア数は半導体メーカーが自由に選ぶことができ、1、2、4、6、8、12、16の構成のなかから選べる。コアの動作周波数は600MHz、512KB×2のL2キャッシュを備えている。
高い電力効率を実現するために、メモリや内部バスの帯域幅の消費を抑える仕組みが入っているのが特徴で、CPU、GPU、ディスプレイコントローラに圧縮と解凍のハードウェアデコーダを入れることで帯域幅を抑えるAFBC(ARM Frame Buffer Compression)などの機能が用意されている。
対応しているAPIが豊富なのも特徴で、Android OSで必要とされるOpenGL ES 3.0だけでなく、Windows環境で必要とされるDirect3D 11.1、OpenCL 1.1などにも対応している。これはハイエンド向けの製品は、AndroidだけでなくWindows RTでも利用されることが想定されているため、こうした仕様になっている。
エントリー向けのMali-T720は最大で8コアのエンジンを備えており、コア数は1、2、4、6、8から好きな構成を選ぶことができる。コアの動作周波数は600MHzで、128KB×2のL2キャッシュを備えている。最上構成時の演算性能は81.6GFLOPSとなっている。T720はAndroid向けの製品となっており、APIはOpenGL ES 3.0に対応するが、Direct3DやOpenCLには対応していない。
Mali-T700シリーズに関しても、POP IPでの提供が予定されており、ラミック氏によれば「T760に関してはTSMCの28nmへの最適化がすでに済んでおり、今後さらに最先端のプロセスにも対応する予定だ」とのことで、まずはTSMC 28nmへの最適化を行ない、次いで20nmやその他のファウンダリのプロセスルールへの最適化も進めていくと説明した。また、この製品では両製品ともARMがFounderを務めているHSA Foundationが推進するHSAには対応していない。これはHSAに対応するには、CPUにも、GPUにも、物理メモリアドレスを共有する仕組みが必要になるが、現時点ではそれが実装されていないためだ。ただ、ARMによれば、将来のGPUのロードマップにはHSAをサポートする製品があるとのこと。
ラミック氏によれば「いずれの製品も、すでにIPデザインはいくつかの顧客に対して提供を開始している。このため、来年(2014年)の終わりまでには、実際に搭載したSoCが出荷されるだろう」という。となると、再来年(2015年)の前半あたりにMali-T760を内蔵したSoCを搭載したスマートフォンなりタブレットなどが実際に市場に登場することになるだろう。