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ARMが台湾にIoTとウェアラブルにフォーカスしたCPU設計センターを設立

ARMが注力するIoTとウェアラブル市場

 ARMは次の主戦場をIoT(The Internet of Things)とウェアラブルに定め、それらの市場向けに「Cortex-M」プロセッサファミリーを強化して行く戦略を示した。そのために、台湾にCortex-MのCPUコアの設計センターを設立する。組み込み市場で強さを誇るCortex-Mを武器に、モバイルに続いてIoTも征しようとするARMの戦略だ。

 台湾に設立するCPU設計センターは、ARMにとって初めてのアジアのCPU設計センターとなる。ARMの中核設計センターはヨーロッパと米国にあり、ARMはこれまで比較的アジア色が薄い企業だった。その意味では、アジア圏でのCPU設計センターの設立は、ヨーロッパ企業ARMのアジア化を示すと言える。

ARMにとってアジアで最初のCPU設計センターとなる

 また、ARMがIoTのCPU設計の拠点に台湾を選んだことは、日本がIoTの波の中核にはならないと判断したことも意味する。現在の日本のロジックチップビジネスの状況を見ればそれも当然かも知れないが、組み込みや家電では中心だった日本が、組み込み世界の発展であるIoTでは取り残されつつあることを象徴しているように見える。

 ARMは、台湾のコンピュータトレードショウ「COMPUTEX TAIPEI」に合わせてプレスカンファレンスを開催。そこで、IoTとウェアラブルに対する戦略と設計センターについて明らかにした。昨年(2013年)10月の同社の技術カンファレンス「ARM Techcon」は、IoTにフォーカスしていたが、COMPUTEXではそれをさらに推し進めた。

 CPU設計センターは、半導体企業のFabが集中する台湾の新竹(Hsinchu)の新竹科學工業園區(Hsinchu Science Park)に設立される。センターのオープンは今年(2014年)末の予定で、すでに開発者の雇用を始めているという。設計センターは40~50名規模でスタートする見込みだ。

 CPU設計センター設立という台湾にとってのビッグニュースに、ARMのカンファレンスには、台湾政府から大臣クラスのゲストスピーカーが登壇した。台湾科技部の大臣のSan-Cheng Chang(張善政)氏(Minister of Science and Technology)だ。Chang氏は、米スタンフォード大学出身でGoogleのリージョナルディレクタだった人物で、政府主導によるIT産業興隆計画「クラウドバレー」を主導している。台湾政府からはTyzz-Jiun Duh(杜紫軍)氏(Deputy Minister for Economic Affairs)も登壇した。つまり、現地政府お墨付きの設計センター設立という位置付けだ。

台湾政府のSan-Cheng Chang(張善政)氏(Minister of Science and Technology, Republic of China)
台湾政府のTyzz-Jiun Duh氏(Deputy Minister for Economic Affairs, Republic of China)

世界に分散するARMの設計センター

 ARMのCPU設計センターは、Intelの設計センターと同様に世界に分散されている。これまでは、英Cambridge(ケンブリッジ)、仏Sophia Antipolis(ソフィア・アンティポリス)、米Austin(オースティン)の3カ所でCPUの設計を行なっていた。台湾のCPU設計センターは、4番目のセンターになる。ちなみに、GPUコアの設計センタはノルウェーのTrondheim(トロンヘイム)にあり、その他さまざまなIPの開発センターが世界に散っている。場所は都市部と限らない。訪れた人によると、ソフィアの設計センターは、南フランスの風光明媚な土地に切り開かれたIT産業団地にあるという。

昨年(2013年)のスライドではプロセッサ設計センタはケンブリッジ、オースティン、ソフィアの3カ所となっている
ARMのワールドワイドの展開。設計センターも分散している

 台湾の新CPU設計センターでは、最初の設計ターゲットをIoTとウェアラブル分野に据えたCPU設計を担当する。具体的には、次世代のCortex-MクラスのCPUコアを開発するという。ちなみに、ARMの各設計センターのうち、ソフィア設計センターがCortex-A9やCortex-A12/17を担当、オースティン開発センターがCortex A-8やCortex-A15を担当した。

 台湾の設計センターは、こうしたARMの中のパフォーマンスCPUコアの担当ではなく、従来は組み込み向けとカテゴライズされていたCortex-Mクラスのコアを担当する。それだけを見ると地味なようだが、ARMは今後の主戦場をIoTとウェアラブルと見ており、重要度は高い。言ってみれば、台湾設計センターは、ARMのIoT戦略の中核を担うことになる。

3系統に分かれたARMのプロセッサ

 もう少し引いて、ARMのCPUコア全体を概観すると、ARMの戦略がよく見えてくる。COMPUTEXのカンファレンスでは、CPUを担当するNoel Hurley氏(Deputy GM of CPU, ARM)が、ARMの強味は幅広いスケーラビリティにあることを強調した。Intelと比べた場合のARMの特徴は、より小さく軽いコアまでスケールダウンしていることだ。Intelで最小のQuark系のCPUコアよりも、さらにシンプルで小さなコアを持っている。一般にマイクロコントローラ(MCU)と呼ばれたコアサイズのレンジをカバーする。

Noel Hurley氏(Deputy GM of CPU, ARM)
Hurley氏が示したARMのソリューションのダイナミックレンジを示したスライド

 現在のARMプロセッサコアは3ファミリーに分けられる。アプリケーションプロセッサ向けのCortex-A系統、リアルタイムプロセッサ向けのCortex-R系統、そしてマイクロコントローラ(MCU)向けのCortex-M系統だ。Cortex-Mは、従来のカテゴリとしてはMCUになるが、ここではCortex-MもCPUコアという枠で呼ぶことにする。

ARMの製品ファミリー

 3系統それぞれに、ARMは複数の設計のIPを用意している。ARMは命令セットのライセンスであるアーキテクチャライセンスも行なっているが、自社でのコアIPの提供に力を入れている。性能や機能ではCortex-Aファミリーが最上位で、Cortex-Rファミリーがその下、Cortex-Mファミリーがローエンドとなる。また、これらのプロセッサ系列は、メモリマネージメントユニット(MMU)の有無によって区別することもできる。現在のラインナップではCortex-A以上がMMU搭載コアだ。動作周波数レンジでは、Cortex-A系が600MHz以上であるのに対して、Cortex-R系は200MHz以上のレンジ、Cortex-M系になると数10MHz~200MHz前後となる。

ARMプロセッサの動作周波数レンジ

 スケーラブルなプロセッサコアのラインナップは、それらのコアを統合したSoC(System on a Chip)のダイサイズ(半導体本体の面積)や消費電力、カバーする市場においてもスケーラビリティを実現する。より小さく低コストで消費電力が低く、小さなデバイスに搭載できるチップを作ることができる。

 例えば、Cortex-Mクラスのコアを統合したLSIは2平方mm以下のダイサイズで10μW(マイクロワット)以下の消費電力となる。こうしたチップはセンサデバイスなどに使われる。ウェアラブルデバイスなら2~8平方mmで10mW以下。より高度なウェアラブルデバイスやDTVで25~40平方mmで数10mWレンジとなる。つまり、モバイルデバイス向けのSoCよりもはるかに小さく低電力のレンジをカバーできる。

組み込みでは最有力なCortex-Mファミリー

 Cortex-Mはエンドユーザーには認知度が低いかも知れないが、組み込みの世界では極めて有力なCPUコアファミリーだ。組み込み向けに最小構成のコアとなっており、ダイエリアは極端に小さい。シリコンコスト的には1ドル以下から5ドル程度までをカバーする範囲だ。これまでの出荷実績は160億プロセッサに達し、220以上のライセンシから3,000種以上のCortex-Mベースの製品が出荷されている。

Cortex-Mシリーズのエコシステムや採用例

 Cortex-MファミリーはCortex-M0系からCortex-M4系までのバラエティがある。といってもCortex-M1はFPGA向けで、通常のLSI向けは下のスライドのようなCortex-M0、M0+、M3、M4の4階層となる。Cortex-M0とM0+が従来の8-bit/16-bit MCUの置き換え、Cortex-M3が16-bit/32-bit MCUの市場、Cortex-M4が32-bit MCU/DSC(Digital Signal Controller)の領域を担っている。

Cortex-Mファミリーのバラエティ

 これらCortex-Mファミリーのコアには、命令セットや機能に違いがある。PCの世界では命令セットの違いは大問題だが、組み込みではさほど問題ではない。市場やニーズに応じて命令セットをカスタマイズすることが一般的だった世界だからだ。基本の命令セットはARMv6-MとARMv7-Mの2系統だが、そのほかにも違いある。

ARMv6-MとARMv7-Mの命令セットの違い
それぞれのCortex-Mコアの命令セットと機能の実装の違い

ウェアラブルの全市場をCortex-AとCortex-Mでカバーする

 ARMのカンファレンスでは、マーケティングを担当するIan Drew氏(Chief Marketing Officer and EVP Business Development, ARM)が、ARMが切り拓こうとしている市場を概観。データセンターや通信インフラストラクチャ、マイクロ人工衛星、コンシューマメディア機器などに触れた上で、IoTとウェアラブルにフォーカスしていることを明らかにした。

Ian Drew氏(Chief Marketing Officer and EVP Business Development, ARM)

 スライドでは今注目の時計型ウェアラブルデバイスから、住宅の電力制御ソリューションのIoTが紹介された。また展示では高齢者の一人暮らしを離れた所に住む家族がモニタできるIoTセンサシステム「Lively」、ヘッドアップディスプレイを備えたスポーツゴーグル「Oakley Airwave 1.5」、アクティビティモニタの「Misfit Shine」などが展示されていた。

高齢者の生活モニタセンサシステムのLively。センサデバイスはCortex-M0、HubはCortex-M4を内蔵
Oakley Airwave 1.5はTIのOMAP4(Cortex-A9デュアル)を内蔵
アクティビティモニタの「Misfit Shine」Cortex-M3を内蔵
幅広いウェアラブルデバイスの市場をCortex-AとCortex-Mのラインナップでカバーする

 Drew氏は、ウェアラブルデバイスには2種類あると説明。1つは、画面を持ち、リッチなOSとユーザーインターフェイスを備える場合があるタイプ。もう1つは、画面を持たず、何かをモニターすることが主目的であるタイプ。ARMはその両方に最適なプロセッサを提供できるという。

 上位はCortex-Aファミリー、下位はCortex-Mファミリーでカバーする戦略だ。ARMがCortex-MをIoTとウェアラブル市場のカギと見ている理由はここにある。ARMがカンファレンスで具体的な例として示したのはFreescaleのマイクロコントローラ「KL03」だ。このチップは、ゴルフボールの溝に収まるくらいのパッケージ(2×1.6mm)に、48MHz動作のCortex-M0+、32KBフラッシュ、8KB ROM、2KBメモリを備え、スリープ時には1μA(マイクロアンペア)の電流しか消費しない。言ってみれば、超小型のワンチップIoTだ。Freescaleはこの1世代前のKL02を、昨年(2013年)の「ARM Technology Symposium 2013 Japan」時に紹介している。

世界最小のワンチップIoTであるKL03
KL03の前身のKL02

 また、ARMのHurley氏は、現在のモバイルデバイスにも、すでにIoTやウェアラブルに使えるチップ技術が使われていると指摘。Cortex-Mをベースにしたセンサーハブや無線コントローラは、技術を転用ができると説明した。

ARMの戦略の拠点の1つとなる台湾

 ARMの現在の戦略は、センサーからサーバーまで。その全レンジをARMアーキテクチャでカバーしようとしている。その中で、センサ側に近い市場はCortex-Mファミリーの分野だ。ARMはそのためにCortex-Mファミリーに力を入れようとしており、その手段として台湾にCPU設計センターを設置することにした。

センサーからサーバーまでARMがカバー

 なぜARMは重要なCPU設計センターを台湾に設立するのか。Hurley氏は次のように説明する。

 「1つは、世界を見渡しても台湾には大きな才能(のある人材)のプールがある点。研究施設もあり、時間とともに有能なエンジニアがさらに育って行く素地がある。我々にとってはセンターを設立するだけでなく、将来センターをスケールアップする際にも人材を集めることが容易になるという人材のプールのスケールアップが期待できる。もう1つは、台湾には多くの有力な半導体パートナーが集結している点。設計センターをそうした場所に設立することで、半導体のエキスパートと密接になる」。

 では、台湾のCPU設計センターでは、どんなCortex-Mを開発するのか。それについてARMは、今回は「センサーデータではDSP機能が重要となる」とヒントを出すだけに留めた。

(後藤 弘茂 (Hiroshige Goto)E-mail