20億人の巨大な個人消費がPCや携帯電話などの市場を支配
半導体メモリの技術と市場を展望する専門講演会「MemCon(メムコン)」が3年振りに日本で開催された。MemConはメモリ設計・検証用ソフトウェア開発企業のDenali Softwareおよび子会社が世界各地で主催してきた講演会で、2007年には日本法人のデナリソフトウエアにより、11月13~14日に東京で「MemCon Tokyo」が催された(詳しくは2007年のMemcon Tokyoレポートを参照)。
しかし2008年以降の急激かつ深刻な半導体メモリ不況により、2008年と2009年は日本でのMemcon開催が見送られていた(本社所在地の米国では開催)。そして半導体メモリの景気が回復してきた2010年、東京開催が復活した。ただし開催日は1日限りで2007年の2日間に比べると規模は小さい。それでもMemconの東京開催に対する期待は非常に大きく、ウェブ・サイトによる事前登録受け付けは開催日前に満席となり、締め切られた。
講演会は午前が基調講演や特別講演などの講演セッション、午後は講演セッションとワークショップという構成である。また講演会場横のロビーには、小規模な展示コーナーが設けられていた。
●電子機器の個人消費市場は1年間に1億人のペースで拡大アイサプライ・ジャパンの副社長兼主席アナリストをつとめる南川明氏 |
基調講演をつとめたのは、市場調査会社であるアイサプライ・ジャパンの副社長兼主席アナリストをつとめる南川明氏である。南川氏は「マクロ環境の変化とメモリ市場動向」と題してマクロ経済とエレクトロニクス市場、半導体市場の動向を展望した。
南川氏は始めに、リーマン・ショック(2008年9月)以前の10年間とリーマン・ショック以降の10年間では、半導体市場の様相が大きく違ってくるとの予測を示した。リーマン・ショック以降に起こっている事柄は、電子機器市場の2極化による半導体需要の変化、電子機器製造請け負いサービス(EMS:Electronics Manufacturing Service)の成長、半導体微細化のスローダウンだとした。
それからマクロ経済(国内総生産(GDP))と電子機器市場の成長率の推移を説明した。世界全体のGDPは約6,000兆円、電子機器生産は約120兆円であり、2003年以降はGDPの成長率と電子機器生産の成長率の相関性が高まっている。その理由はGDPの55%を占める個人消費が、電子機器の消費を牽引していることによるとする。
個人消費が電子機器市場を主導する傾向は今後さらに強まる。企業消費と個人消費で比べると、電子機器と半導体はともに、個人消費の占める割合が高まっていくという。リーマン・ショックのおよそ10年前に、電子機器の個人消費に寄与する人口は約8億人だった。リーマン・ショック時点ではそれが約10億人に増えている。その中身は先進国と新興国の一部(高所得層)である。
南川氏は、今後10年で10億人の個人消費による電子機器市場が新たに発生するとの予測を示した。1人当たりGDPが3,000ドルを超えると、電子機器の購買(個人消費)に寄与する水準に達するという。この水準を超える人口が現在、1年間に1億人のペースで増え続けているというのだ。すなわち10年後には現在のおおよそ2倍に相当する、20億人が電子機器の個人消費に寄与するようになる。
また電子機器の個人向け(民生向け)市場は高所得層向け製品と低所得層向け製品に2極化しつつあると指摘した。その典型的な事例が携帯電話機市場で、スマートフォンが高所得層向け、通話機能主体の携帯電話機が低所得層向けと明確に分かれてきた。この傾向はPCやテレビなどでも生じつつある。大きく分けると20億人の個人消費は、10億人の高所得者市場と10億人の低所得者市場で構成されるようになる。
世界のマクロ経済(GDP)と電子機器生産の成長率推移 | 世界経済における電子機器個人消費人口の増大 |
●EMS企業とODM企業が電子機器の設計と製造を主導へ
それから南川氏は主題の2番目、EMS企業の影響に話題を転じた。半導体需要の全体に占める、EMS企業やODM(Original Design Manufacture)企業などの設計・製造請け負いサービス企業の割合がリーマン・ショック以前のおよそ10年間で大きく増加した。2000年にはEMSとODMが半導体需要に占める割合は8%に過ぎなかったのに対し、2008年には31%と3分の1近くに膨れ上がっている。
これは、世界の大手電子機器ベンダーが電子機器を設計・製造せず、EMS企業やODM企業などに外注する割合が増えてきたことを意味する。EMS企業やODM企業などは、コスト削減のために設計仕様を共通化したり、製造ラインを標準化したり、部品調達機能を強化したりする。半導体の仕様決定に対する大手EMS企業と大手ODM企業の影響力が強まる。
また電子機器産業の黎明期に比べると、個人市場における電子機器の普及率が最近は、より短い期間で高まる傾向にあると南川氏は指摘した。例えば'70年代のカラーテレビは、40年前後の長い年月をかけて普及していった。それが'80年代のPCになると普及に要する期間は15年ほどとなり、さらに'90年代の携帯電話機では普及に要する期間は10年ほどと短くなっている。
電子機器を大量に生産する必要があるのは大別すると、消費人口が急激に増える場合と普及率が急速に上昇する場合なのだが、現在はその両方が発生している。このことも電子機器の設計標準化を促す。例えば、異なる機種で同じLSIを使う。その例としてAppleのiPhoneとiPadを南川氏は挙げていた。
半導体の需要に占めるEMS企業とODM企業の比率 | 主要な機器の普及率推移。左上がカラーテレビ、右上がPC、左下が自動車、右下が携帯電話機 | iPhone3GSの内部ブロック図。赤い楕円で囲んだLSIは、iPadにも使われている |
●DRAM市場は中期的には伸びない
それから、講演の主題は半導体市場へと移された。2010年の世界半導体市場(金額ベース)は23~24%の成長を見込んでいるが、実際にはさらに高い成長率になりそうだと述べていた。過去最大の市場規模を記録した2007年を、2010年は超えるとの予測である。用途別では無線通信(携帯電話機など)、民生(デジタル家電など)、自動車が伸びる。製品別ではDRAMが牽引する。
ただし中期的にみると、DRAMの市場(金額ベース)は伸びない。PCの主役となったノートPCの価格が下がり続けており、標準搭載DRAMの容量拡大が進まないからだ。DRAM最大手のSamsung Electronicsはこのことを認識しており、米国テキサス州オースチンにある同社生産拠点への新規投資は、ロジックLSI製造ラインが主体となっている。DRAM製造ラインに対する設備投資の優先順位は高くないとする。
一方でNANDフラッシュメモリの市場(金額ベース)は中期的にも拡大していく。需要の拡大をけん引するのはスマートフォン、USBドライブ、SSD(Solid State Drive)などである。これに対してオーディオプレーヤーはスマートフォンやタブレット端末などに内蔵されているため、NANDフラッシュメモリの用途としては今後は伸びないという。
なお単体としての市場が伸びないのはオーディオプレーヤーだけでなく、PND(Personal Navigation Device)も同様だとしていた。PNDのGPSナビゲーション機能も、スマートフォンやタブレット端末などに内蔵されているからだ。
最後に南川氏は、台湾のPCベンダーと台湾のDRAMベンダーをヒアリングした最新の情報を紹介した。DRAMの需要と供給のバランスは不足状態(タイト)から需給がバランスした状態に変わったとする。PCの出荷台数は伸びているものの、PC 1台が搭載するDRAM容量をPCベンダーが削減する動きがある。台湾DRAMベンダーの歩留り改善もあり、2010年は年末にかけてDRAMの需給が一時的に緩和される可能性が高まってきた。
(2010年 6月 29日)
[Reported by 福田 昭]