イベントレポート

光と電波の「テラヘルツ・ギャップ」をシリコンベースのトランジスタが突破

 光が電磁波であることは、良く知られている。発光ダイオード(LED)や半導体レーザー、フォトダイオードなどが光デバイスの代表だ。周波数で表現すると、10の14乗ヘルツ(Hz)から10の15乗Hzの領域を光デバイスはカバーしている。

 一方、トランジスタやダイオードなどの電子デバイスは、光に比べるとずっと低い周波数領域を利用してきた。例えば無線LANは、2.4GHz帯や5GHz帯などの電波を利用する。「GHz」とは10の9乗Hzである。光に比べると5桁~6桁は低い。クルマに搭載され始めたミリ波レーダーは、60GHz帯と非常に高い周波数の電波を送受信する。それでも、光の周波数に比べると、ずっと低い。

 それでは光と電波の間はどうなっているのだろうか。

有効活用されていなかった光と電磁波のはざま

 実は、何もなかった。少なくとも人々が身近には、光と電波の中間の周波数を利用するデバイスは存在しなかった。このぽっかりと空いた周波数帯域はおおよそ、10の11乗Hzから10の13乗Hzである。表現を変えると、100GHz~10THzの周波数領域になる。光と電磁波に挟まれ、有効活用がなされていないこの領域は「テラヘルツ・ギャップ」とも呼ばれている(なお300GHz~30THzの領域をテラヘルツ・ギャップと呼ぶこともある)。

 「テラヘルツ・ギャップ」の周波数領域を半導体デバイスで扱えるようになると、さまざまな応用の可能性が広がると考えられている。例えば以下のような応用である。100Gbit/sを超える高速の無線通信が可能になる。分解能の高い小型レーダーを実現できる。生体分子の格子振動を把握する医療用イメージングデバイスが作れる。そのほか、気象分野や天文分野などへの応用が考えられている。

 こういった期待から、「テラヘルツ・ギャップ」を埋める半導体デバイスの研究開発が活発になってきた。例えばEU(欧州連合)は、700GHz(0.7THz)と極端に高い周波数で動くシリコンベースのトランジスタを開発する産官学の共同プロジェクト「DOTSEVEN(ドットセブン)」を、2012年10月から2016年6月にかけて進めてきた。

「DOTSEVEN(ドットセブン)」のhttp://www.dotseven.eu/公式Webサイト。ドットセブンとは、0.7THzの「.7」のことだと思われる

シリコントランジスタの最大発振周波数が0.7THzを超える

 その開発成果が、米国カリフォルニア州サンフランシスコで開催されている電子デバイスの国際学会IEDM 2016で、12月5日午後(現地時間)に発表された(講演番号3.1)。発表者はドイツの研究機関IHP(Innovations for High Performance Microelectronics)である。

 IHPが開発したのは、シリコン(Si)とゲルマニウム(Ge)の化合物をトランジスタの一部に採用した、SiGeヘテロ接合バイポーラトランジスタ(SiGe HBT)だ。トランジスタの高周波性能を示す最大発振周波数(fmax)は720GHz、電流利得しゃ断周波数(fT)は505GHzで、いずれもシリコンベースのトランジスタとしては過去最高の周波数を記録した。

 また開発したトランジスタで、CML(Current Mode Logic)形式のリング発振器(31段)を構成し、1段当たりの遅延時間を測定した。遅延時間は1.34ps(ピコ秒)と、CMLリング発振器としては過去、もっとも短い時間を記録した。

最大発振周波数(fmax)と電流利得しゃ断周波数(fT)の測定結果。発表者であるIHPと「DOTSEVEN(ドットセブン)」の参加企業であるInfenion Technologiesが同じトランジスタを測定した。IHPがIEDM 2016で発表した論文資料から
試作したリング発振器の遅延時間。トランジスタのデバイス技術とプロセス技術の改良によって遅延時間を短縮してきた。グラフ中に「G2」とあるのが初期の製造技術、「D7bs」とあるのが最終の製造技術(完成形の技術)によるトランジスタ。IHPがIEDM 2016で発表した論文資料から

130nmのCMOS技術を出発点に改良を重ねる

 シリコンCMOSロジックとの集積化を容易にするため、トランジスタ技術は130nmのCMOS技術を出発点とした。このCMOSプラットフォームに、SiGe HBTをモジュールの形で組み込んでいる。

 最初のHBT技術は、「S13G2」とIHPが呼んでいる130nmのバイポーラCMOSプロセスである。このプロセスで作成したHBTの高周波性能は、fmaxが414GHz、fTが314GHzとかなり高い。ここから、エミッタ幅を縮める(ベースエミッタ間の寄生容量が下がる)、エミッタベース間にスペーサを設ける(ベース抵抗が下がる)、外部ベース領域を設ける(ベース抵抗が下がる)、コレクタ領域に選択イオン打ち込みを実施するハードマスクを設ける(コレクタ抵抗が下がる、ベースコレクタ間の寄生容量が下がる)、コバルト(Co)のシリサイドを厚くする(ベース抵抗が下がる)、バックエンドプロセスの処理温度を下げる(ベース抵抗とエミッタ抵抗が下がる)、極短時間のアニール処理を実施する(ベース抵抗とエミッタ抵抗が下がる)、などの改良を加えた。

開発したトランジスタの断面構造(左)と透過型電子顕微鏡(TEM)による断面観察像(中央と右)。中央は改良前の構造。右は完成形の構造。完成形ではエミッタ領域からコレクタ領域にかけて、断面構造がスリムになっていることが分かる。IHPがIEDM 2016で発表した論文資料から

 なお論文資料には記載されていないが、口頭発表では金属配線にアルミニウムを使っているとの説明があった。これには少々、驚いた。具体的には、下層が5層の薄いアルミニウム配線、上層が2層の厚いアルミニウム配線である(層数は聞き間違いの可能性がある)。アルミニウムだとエレクトロマイグレーション不良が心配になる。講演直後の質疑応答でも同様の質問が聴衆から出ていたが、エレクトロマイグレーション不良に関しては確認していないとのことだった。単純に、銅配線だとデュアルダマシン技術が必要になるので、選択しなかっただけかもしれない。