米AMDは5月15日(現地時間)、これまで開発コードネーム“Trinity”で呼ばれてきた第2世代APU、「A」シリーズを発表した。これまでLlano(ラノ)の開発コードネームで知られる第1世代のAMD AシリーズAPUを提供してきたが、Trinityはその後継製品となる(以下第2世代APUをTrinity、第1世代APUをLlanoと表記する)。
Trinityの特徴はLlanoと同様、GPUの性能が非常に高く、“Northern Islands”ベースのGPUがプロセッサダイに統合されている。また、x86プロセッサコアも新しい“Bulldozer”を改良した“Piledriver”へと変更されており、性能のみならず電力効率などが改善されていることが大きな特徴となっている。
本レポートでは、AMDの発表に先立った行なわれたAMDの記者説明会の模様などを交えながら、Trinityの特徴などについてお伝えしていく。
●Trinityはすべての点でLlanoを上回っているとAMDのリードCEOAMDは昨年(2011年)の8月に新しいCEOを迎え、新しい体制に変わりつつある最中でもある。その難しい舵取りを任されているのが、ロリー・リード社長兼CEOだ。リード氏はAMDのCEOに就任する前は、Lenovoの社長兼COOを勤め同社のPCビジネスを指揮してきたほか、それ以前にはIBMで長い間ITビジネスに携わってきた。
そのリード氏は「TrinityはAMDにとって非常に重要な製品になる。我々はこの製品を5年間も開発してきた。Trinityはすべての点でLlanoを上回っており、2倍の電力効率を実現するなど大きな性能向上を実現している」とし、TrinityがAMDにとって重要で、そしてエンドユーザーにとって魅力的な製品になると強調した。
リード氏に続いて登壇したAMD 上級副社長兼CTOのマーク・ペッパーマスター氏は「AMDの開発ストラテジーは、IPへの投資を積極的に行なっていくことだ。AMDはx86プロセッサだけ、GPUだけということではなく、両方に投資している。Trinityはまさにそうした製品の成果の1つだ」と述べ、TrinityがAMDの新しい開発方針にそった製品であると強調した。
「従来のプロセッサ開発ではデザインサイクルを加速したり、より新しいプロセスルールを投入するなどで競争していた。しかし、今後はより魅力的なSoCを開発することが重要になる。そのためにIPを上手く活用したモジュラーデザインを採用し、ソフトウェアとハードウェアを組み合わせて開発し、かつ低消費電力を実現することが鍵になる」と述べ、Trinityの開発手法を説明した。
こうした開発方針をとることにより、AMD内部の開発コストだけでなく、OEMメーカーの開発コストも削減できる効果があるという。実際、OEMメーカーレベルでの開発コストは、TrinityではLlanoに比べて30%ほど削減できているという。
AMD 社長兼CEO ロリー・リード氏 | AMD 上級副社長兼CTOのマーク・ペッパーマスター氏 |
従来のプロセッサ設計は長い期間の開発とプロセスルールの微細化に頼ってきたが、今後はSoC、ソフトウェアとハードウェアの組み合わせ、消費電力が鍵になる | Trinityでは従来製品に比べて開発期間をAMD側でも、OEMメーカー側でも短くできる |
●平均消費電力でIntelを追い越す
AMD 副社長兼コンピューティングソリューション事業部クライアント部門 事業部長 クリス・コーラン氏は、「Trinityの特徴は大きく2つある。1つはAMDの第2世代DirectX 11対応GPUを内蔵していることで、もう1つはプロセッサコアがStarsコアのHusky32からBulldozerコアのPiledriverへと変更されていることだ」と説明した。
「Trinityでは17WのSKUが用意されている。それを利用して性能を計測してみると、電力あたりの性能ではLlanoの2倍になっている」とし、Trinityのアドバンテージであると説明した。「Trinityは、ノートPC向けのプロセッサとしては、大きな消費電力の改善を実現し、IntelのノートブックPC向けプロセッサを下回る消費電力を実現した」と述べ、これまでAMDのノートPC向けプロセッサの弱点と言われてきた平均消費電力が、Intelのそれと比較しても遜色ないレベルを実現していると説明した。
実際、AMDが公開したバッテリライフのベンチマークデータでは、いくつかはIntelに劣ったものの、アイドルやPowerMark-PなどのバッテリテストでIntelのSandy Bridgeを上回る結果が示された。
AMD 副社長兼コンピューティングソリューション事業部クライアント部門 事業部長 クリス・コーラン氏 | Trinityの概要を説明するスライド。Trinityでは新たに熱設計消費電力(TDP)が17WになっているSKUが追加されている。電力あたりの性能では、Llanoの倍を実現している | AMDのTrinityとIntel Core i5-2410Mを搭載したシステムにおけるバッテリ駆動時間の比較 |
ほぼ同じシステムでバッテリテストをライブでやっている様子。同じタイミングではじめて、Intelのシスステムは残り43%であるのに対して、AMDのシステムは62%も残っている | AMDが示した消費電力の比較。2008年には大きく引き離されていたが、昨年のLlanoで追いついたとAMDでは認識してるという |
●PiledriverコアのCPUと、Northern IslandsコアのGPUから構成されているTrinity
AMD 副社長兼製品CTO ジョー・マクリー氏はTrinityの技術的な詳細に関しての解説を行なった。マクリー氏によれば、TrinityはGLOBALFOUNDRIESの32nm SOIプロセスルールで製造され、ダイサイズは246平方mm、トランジスタ数は13億300万トランジスタとなる。
Trinityのプロセッサコアは、前述の通り“Piledriver”コアと呼ばれるコアで、2つのx86コアと2MBのL2キャッシュから構成されるコンピュートモジュールから構成されている。デュアルコアの場合にはコンピュートモジュールが1つ、クアッドコアの場合にはコンピュートモジュールが2つという構成になっている。なお、今回の製品発表ではデュアルコア版と、クアッドコア版の2種類が用意されているが、現状ではクアッドコア版のダイから派生させて(つまりクアッドコア版の1つのコンピュートモジュールを殺して)出荷する形となる。AMDによれば、将来的にデュアルコアネイティブ版も計画されており、順次そちらのダイへと切り替わっていくことになりそうだ。
Piledriverは、Bulldozerコアそのものというわけではなく、Bulldozerから見てもいくつかの改良が加えられている。分岐予測エンジンの精度が改善されており、それによりIPC(クロックサイクルあたりの実行命令数、数字が大きければ大きいほどプロセッサの処理能力が向上する)が向上し、x86命令をより高速に実行することが可能になっている。これによりデスクトップPC版では14%、ノートPC版では25%の性能改善が実現されている。
内蔵されているGPUは、Llano世代がEvergreenベースのGPUを内蔵していたのに対して、Trinity世代はディスクリートGPUのRadeon HD 6000シリーズとして展開されている“Northern Islands”のGPUコアが利用されている。ストリームプロセッサは384個内蔵されており、24テクスチャユニット、32Z/ステンシルROPユニットなどの3D描画ユニットを備えている。
なお、内蔵されているGPUのブランド名にはRadeon HD 7000と、“Southern Islands”の名前が与えられているが、アーキテクチャはあくまでもNorthern Islandsベースとなるので注意が必要だ。
また、AMD Acceclerated Video Converterと呼ばれるハードウェアエンコードユニットを搭載しており、Intelの第2世代/第3世代Coreプロセッサに搭載されているIntel Quick Sync Video(QSV)と同じように対応したソフトウェアを利用することで低いCPU負荷で、動画をエンコードしたりトランスコードすることが可能になる。AMDによれば、今後CyberLinkやArcSoftが対応ソフトをリリースする予定で、今後リリースされる予定の両社の新バージョンソフトウェアにおいて対応される予定だ。
ディスプレイコントローラは標準で4つ搭載しており、内蔵GPUだけで最大4つのディスプレイに出力することが可能になっている。出力は、DisplayPort 1.2、HDMI、DVIから選択することが可能になっている。
マクリー氏によれば、Trinityでは省電力機能に関してもLlanoから強化されているという。例えば、Core C6と呼ばれる機能では、コンピュートモジュール(2コア+2MBキャッシュ)単位でCステートを変更することが可能で、負荷が低い時にはコンピュートモジュール単位でC6モード(ほとんど電源オフに近い状態)へ移行させることができるという。
このほか、ノースブリッジやメモリコントローラなどの省電力機能などが見直されており、前世代のLlanoに比べてダイサイズが大きくなっているのにもかかわらず、平均消費電力は削減されているという。公開された資料によれば、平均消費電力を計測するのに一般的に利用されるMobileMark 2007で平均消費電力を計測したところ、Llanoでは3Wを超えていたのに対し、Trinityでは2.09Wへと削減され、アイドル時の消費電力はLlanoでは2Wを超えていたのがTrinityでは1.08Wへと削減されているという。
●まずはノートPC向けが先行し、デスクトップPC向けは後ほど追加される
今回AMDが発表したTrinityはノートPC向けのみとなり、デスクトップPC向けは発表されない。これはデスクトップPC向けがないというわけではなく、デスクトップPC向けはやや遅れて追加される予定だ。すでに世界市場においてもマジョリティはノートPCになりつつあり、ノートPC向けを先行させるという判断なのだろう。
AMDはTrinityの発表にあわせてAMD AシリーズAPUのサブブランドにA10を追加した。表は今回AMDが発表したノートPC向けTrinityのSKU構成だ。
【表】AMDが発表したAMD AシリーズAPU(Trinity)のノートPC向けSKUモデルナンバー | GPUブランド | パッケージ | TDP | CPUコア | CPUクロック (最高/ベース) | L2キャッシュ | SP数 | GPUクロック (最高/ベース) |
A10-4610 | Radeon HD 7660G | PGA(FS1r2) | 35W | 4 | 3.2GHz/2.3GHz | 4MB | 384 | 686MHz/497MHz |
A8-4500M | Radeon HD 7640G | PGA(FS1r2) | 35W | 4 | 2.8GHz/1.9GHz | 4MB | 256 | 655MHz/497MHz |
A6-4400M | Radeon HD 7520G | PGA(FS1r2) | 35W | 2 | 3.2GHz/2.7GHz | 1MB | 192 | 686MHz/497MHz |
A10-4655M | Radeon HD 7620G | BGA(FP2) | 25W | 4 | 2.8GHz/2GHz | 4MB | 384 | 497MHz/360MHz |
A6-4455M | Radeon HD 7500G | BGA(FP2) | 17W | 2 | 2.6GHz/2.1GHz | 2MB | 256 | 424MHz/327MHz |
今回AMDはプロセッサ単体の価格を原稿執筆時点では明らかにしなかったが、AMD ワールドワイド製品マーケティング部長 ジョン・テイラー氏によれば「A10はCore i7、A8はCore i5、A6はCore i3対抗、A4はPentium対抗という位置づけとなる」とのことなので、A10は700ドル以上(約6万円)、A8は550ドル以上(約5万円)、A6は500ドル以上(約4.5万円)の製品に搭載されることになる。なお価格はシステムの想定価格で、特に付加機能(例えば地デジチューナやOfficeなど)を搭載していない価格となる。
発表会では特に具体的な搭載製品などは発表されなかったが、サンプルとしてTrinityを搭載したサムスン電子の薄型ノートPCが公開された。スペックなどは未定だが、TDP17WのSKUを利用すれば、こうした薄型ノートPCにもAMDのプロセッサを搭載することが可能になるため、IntelがUltrabookのブランドでマーケティングしている薄型ノートPCにおけるプロセッサ戦争が激化し、さらなる低価格化が進むことも予想されるだけに今後の展開には要注目だ。
(2012年 5月 15日)
[Reported by 笠原 一輝]