富士通研究所は、報道関係者を対象とした「2012年研究開発戦略説明会」を開催。同研究所における最新技術への取り組みなどについて公開した。
富士通研究所の富田達夫社長 |
富士通研究所代表取締役社長である富田達夫氏は、「世界が狭く、フラットになる一方、世界は多様化し、抱える課題も複雑に錯綜している。こうしたことを想定しながら課題解決に取り組んでいかなくてはならない。これまでのICT(Information Communication Technology=情報通信技術)の役割は、効率化の追求であったが、今後は新しいビジネスを創出するものへとパラダイムシフトしていく。そのための正しい答えを出すには、業種、業態を超えたあらゆるデータを活用することが必要であり、それによって人や企業に対して、価値を提供していく。富士通研究所は、異業種にまたがるビッグデータによって異業種のお客様をつなぐConvergence(融合)という考え方と、垂直統合により全体最適化による2つの軸によって、研究開発を行なっていく」と、富士通研究所の基本方針を示した。
富田社長によると、富士通研究所には国内1,300人、海外200人の合計1,500人の研究員がいるという。2010年度実績による研究開発投資は2,300億円強となり、売上高に対する研究開発投資比率は5.2%。そのうち、富士通研究所には年間350億円を投資しており、世界中の11の研究機関や教育機関と、120のプロジェクトに取り組んでいるという。
富士通研究所では、2年前から「シーズ指向テーマ」、「全社骨太テーマ」、「事業戦略テーマ」の3つの観点から研究開発テーマを設定しており、2012年度もこの方針を継続。「シーズ指向テーマは、研究者の知見をもとに、5~10年先を見て取り組むものであり、研究所の投資の約20%を占める。ここでは、富士通の中でまとまらなければスピンアウトすることもある。20%を維持することは富士通の将来のために重要である。全社骨太テーマは、今後3~5年先を見越したものであり、富士通グループと技術戦略タスクフォースを作り、技術と市場のトレンドを捉え、富士通研究所と富士通グループが同じ方向性を目指すことが大切。ここでは約40%の投資を占める。そして、残りの約40%が、富士通の現事業に関連する事業戦略テーマとなる」などとした。
富田社長は、2012年度における研究開発方針として、「お客様、社会、富士通の新生を支える研究開発~継続したReshapingの積み重ね」、「全社骨太テーマの展開~事業ポートフォリオ変化に対応した技術開発」、「世界に誇れる研究成果(未知、未踏領域)~ユニークな発想、尖った技術」、「グローバルな新規ビジネス創出~ビッグデータへの対応」の4点を挙げた。
また、全社骨太テーマとして、「ヒューマンセントリックコンピューティング」、「インテリジェントソサエティ」、「クラウドフュージョン」、「グリーンデータセンター」、「ものづくり革新」の5つのテーマに取り組んでいることを明らかにし、基盤技術として、ソフトウェア開発基盤、セキュリティ、メディア処理、ネットワーク、システムLSI、エンジリアリングイノベーション、先端デバイス、実装/解析基盤、環境/エネルギーといった観点から研究開発を進めていることを示した。
「今後、研究所の成果をどんどん発信していきたい。研究者の成果をもっと訴求できる研究所に変えていきたい」などと語った。
富士通研究所の研究スキーム | 3つに分かれた研究開発テーマ | 2012年度の研究開発方針 |
2012年度に取り組む5つの全社骨太テーマ | 研究開発ロードマップ2012年度版。ロードマップは毎年更新していくことになる |
●サーバー向け電源技術など3つの新たな技術を発表
今回の説明会では、3つの研究成果について解説した。
1つ目は、世界最高の変換効率94.8%を実現したサーバー向け2.3kW大容量電源である。
サーバーやデータセンターで活用される電源は、外部から供給される交流電圧を、サーバーの動作に安定した直流電圧に変換するが、その際に変換損失が発生する。富士通研究所では、デジタル制御技術と、新回路技術によって、出力電圧12V向け大容量電源において、世界最高の変換効率94.8%を実現。サーバーの消費電力を削減し、データセンターの省電力化に貢献できるという。
デジタル制御技術では、FET1とFET2の2つのFET(Field Effect Transistor=電界効果トランジスタ)のオンとオフのタイミングを調整するもの。大電流時にはFETのオン、オフの速度が速くなるために、2つのFETのオフ時間が長くなることで発生するデッドタイム損失が増加するが、FET2のオフのタイミングを遅らせ、FET1のオンのタイミングを早めることで、両方のFETのオフ期間を小電流時と同じように最小化することができるという。また、FET内部の出力容量に溜まったエネルギーを再利用し、スイッチング損失を低減する新回路技術を開発することにより、世界最高の変換効率を実現したという。今後、信頼性および安定性評価を進め、2014年にはサーバー製品に搭載する計画だ。
富士通研究所の久門耕一取締役は、「スマートフォンの増加などにより、それらのデータをバックエンドで処理するサーバーやデータセンターでの高性能化が求められている。だが、それとともに高性能サーバーの電源には大容量化と損失低減が求められている。この技術によって、電源を冷やすためのファンの省電力化、電源の小型化にも寄与する」とした。
富士通研究所の久門耕一取締役 | 世界最高の変換効率94.8%を実現したサーバー向け2.3kW大容量電源 |
サーバー向け2.3kW大容量電源におけるデジタル制御技術 | 変換効率の実験結果 |
2つ目は、ディスクアクセスを大幅に削減する並列データ処理技術である。
これは、データの読み書きの傾向にあわせて、ディスクのデータを動的に再配置することで、ディスクへの読み書きを従来の約10分の1に削減する技術で、従来、新たなデータを分析結果に反映させるまでに数時間かかっていたものが、数分で可能となり、ビックデータを分単位で活用できるという。
ディスクの読み書きの回数を大幅に削減する適応的データ局所化技術を開発し、インクリメンタル方式の並列分散データ処理ミドルウェアを完成させたことにより実現したもので、アクセス履歴の記録、最適な配置の計算、動的なデータの再配置といった仕組みにより、適応的データの局所化を行ない、多数のランダムアクセスではなく、少数の連続アクセスのみで必要なデータをアクセスするように制御。これによって、分散処理系全体のスループットが大幅に向上するという。また、データアクセスを監視して、自動的に判断することで、あらかじめ予想しにくい社会システムのデータ特性にも徐々に順応できるようになるという。
富士通研究所クラウドコンピューティング研究センター主任研究員の槌本裕一氏は、「インクリメンタル方式は、必要最低限の処理で結果に反映するため、即時に最新情報を活用できるというメリットがあるが、頻度が高いと処理が追いつかず破綻するという課題があった。今回の技術はこれを解決できる。従来のキャッシュ技術に比べても、ディスクアクセス回数を約10分の1に削減できる。eコマースでのレコメンデーションや交通渋滞予測などにも応用できるだろう。2013年には製品、サービスへの適用を目指す」とした。
富士通研究所クラウドコンピューティング研究センター主任研究員の槌本裕一氏 | バッチ方式とインクリメント方式によるメリットと課題 | 適応的データ局所化による成果 |
3つ目がコンテナ型データセンター向けに、サーバーと空調システムを連携させた省電力システム制御技術である。
これまでの空調制御では、コンテナ内の空調システムとサーバーを独立して制御しているため、内蔵ファンを持たないサーバーの効率的な冷却が困難であり、また内蔵ファンの消費電力がコンテナ型データセンターの総消費電力において大きな割合を占めていた。
今回の技術は、サーバーと空調システムとを連携し、CPU温度とサーバーの消費電力情報を元に、コンテナ型データセンター全体の消費電力を最小にする形でコンテナ内の空調ファンを制御。また、CPU性能が低下し始める動作温度を超えないようにコンテナの空調ファンを制御する。
試作したコンテナデータセンターでは、外気が10℃~35℃の平温時に、コンテナ空調ファンによって、外気吸気口から挿入された空気がラック内部へ送り込まれ、ラック内で暖められた空気が排気口から排出される。
また、外気が35℃以上の高温時には、気化式冷却装置により35℃以下にまで冷やした上で外気をファンによって送り込む。一方、外気が10℃以下の低温時には、ラックから排出した暖気を、通気口(ダンパ)を通して吸気口に戻し、外気を10℃以上にまで暖めた上でファンに送り込むという。
富士通研究所ITシステム研究所サーバテクノロジ研究部・堀江健志部長は、「これまでは利用できなかった内蔵ファンを持たないサーバーの採用を可能とし、コンテナ型データセンターの総消費電力を最大約40%削減する。とくに温度の高い夏場に効果が高い技術となる。今後、さまざまな温湿度環境における実証実験を進め、制御アルゴリズムを最適化。2012年度中には、製品への適用を目指す」としている。
富士通研究所ITシステム研究所サーバテクノロジ研究部・堀江健志部長 | コンテナ型データセンターにおける制御技術の概要 | 総消費電力を最小にする制御技術 |
CPU性能低下を抑制する制御技術 | 試作したコンテナ型データセンターの内容 | 約40%の消費電力削減効果がでている |
コンテナ型データセンター向け省電力システム制御技術。研究所内に試作コンテナを設置している |
このほかにも、富士通研究所では、いくつかの研究成果についても公表した。その研究成果を写真で紹介する。
(2012年 4月 6日)
[Reported by 大河原 克行]